2020/06/16 のログ
ご案内:「常世病院」に戸田 燐さんが現れました。
■戸田 燐 >
昨日、私は東郷月新と戦って重傷を負った。
けど、今は傷は癒えている。
魔術的処置、というものである。
それがなにかと言われれば回復魔法に頼るだけです。
体力がある若くて元気な間はこれが結構頼りになるわけで。
お金はかかるけど。
何故か両親は私に保険をかけていたらしく、滞りなく体は治った。
……なんで保険なんかかけてたんだろう。
そんなに娘は信用ならないのか。
兄もこのことを知っていたならヘコむ。
■戸田 燐 >
あとは検査入院という形なのだけど。
退屈だなぁ……………病院………退屈だなぁ…
それと病院食が不味いのはどういう事情なのだろう。
別に内臓を壊したわけじゃない、外科で入院しているのだから
ちょっとくらい美味しいご飯を食べさせてくれてもいいと思う。
あと20分でお昼の病院食が来る。
憂鬱…………
ご案内:「常世病院」に日下部 理沙さんが現れました。
■日下部 理沙 > そんな昼時の常世病院。
病院食より一足先に現れたのは、フルーツ盛り合わせバスケットを持った、不景気そうな顔の眼鏡の青年だった。
茶髪を後ろで軽く結び、きょろきょろと病室を見渡す。
平均的な体躯と、平均的な不景気面、そして別に平均的でも何でもない真っ白な翼が背中から生えている。
とはいえ、常世学園の有翼人としてみれば……それもまた平均的でしかないのだが。
「あー、えーと、すいません……この隣のベッドの方は今どちらに?」
青髪青瞳の少女に、同じように青瞳のその青年が控えめに声を掛ける。
同室の怪我人の見舞客らしい。
■戸田 燐 >
なんと、目を見張るような白い翼の青年が来た。
目の保養だなぁとか思っていると、私に話しかけてきた。
「隣の? ああ、こちらの方でしたら今、レントゲンで留守ですね」
隣の人は……確か………痛そうだったなぁ……とか。
思うわけで………怪我が治るというのは、すごいことで。
どこも痛くないというのは、すばらしいことで。
そのことを痛感せざるを得ない。
「お友達の方ですか? きっと喜びますよ」
■日下部 理沙 > 「ええ、ああ、はい……昔同じ委員会にいたもんで」
若干の苦笑いを浮かべる。あまり良い思い出がないのかもしれない。
なお、そのレントゲンで留守の人は風紀委員だそうである。
つまり、この青年も……昔は風紀委員だったということなのだろう。
基本的に生傷の絶えない委員会だ、病院に来るのも慣れたものなのかもしれない。
「えと、俺は日下部理沙っていいます。
隣の彼が戻るまで……暫く、お待ちさせてもらってもいいですかね?」
■戸田 燐 >
「……そう、ですか…」
元、風紀委員。
なにかドラマがありそう。
隣の風紀の人はこの人の昔の相棒(バディ)だったとか。
それで今でも怪我をしたら真っ先に駆けつけているとか。
すごい。脳内妄想なのに二人がドエリャアかっこよく見えてきた。
「燐です、戸田燐。どうぞ、暇してますしね」
スマホゲーのデイリーはもう完全に終わってハムりまくっている。
それくらい暇なのは確かだった。
「……昨日、風紀の方には助けていただいて…」
■日下部 理沙 > 「ありがとうございます、戸田さん……あ、よろしければこのフルーツもどうぞ。
同室の方にも振舞うつもりで多めに準備したので」
控えめに笑いながら、慣れた様子でパイプ椅子を引っ張ってきて座る。
怪我人の見舞いはやはり慣れているのだろう。
「え、あ、そうなんですか!
すいません、本来なら一般生徒に怪我をさせてる時点でよくないんですが……!!」
とはいえ、もう理沙は現場を離れている身である。
大きなことは何もいえない。
■戸田 燐 >
「これはご丁寧に、ありがとうございます」
頭を下げて林檎を一つもらう。
氷の刃物を作り出して皮を剥き始めた。
「いえ、私が勝手にヘンなとこに迷い込んで、勝手に戦い始めただけで」
「風紀の方にご迷惑をおかけした、という自認はあっても謝られたら困っちゃう」
苦笑していると。
その時間はやってきた。
看護婦さんが昼の病院食を配膳したのだ。
ひじきと豆の煮物。
謎の白身魚。
ニンジンとグリーンピースが入ったスープ。
ご飯。
ダメだ、食べる前から気が遠くなりそう。
剥いた林檎をひとまず置いて、手を合わせて箸を持った。
「……日下部さんは入院のご経験は?」
■日下部 理沙 > 「ははは、そう言って頂けると……OBとしては気が楽になりますよ、ありがとうございます」
お互いに日本人らしい謝辞の応酬を繰り返し、申し訳なさそうに笑う。
燐の気遣いは、理沙にとってはありがたい事だった。
口では責務だの義務だのなんだの言ったって、怪我をさせた生徒本人やその関係者から叱責されるのは辛いものだ。
こっちだって出来る限り善処してそうなったんだから仕方ねーだろと思う事も少なくない。
だが……同時に、叱責してくる側の言い分も痛いほどによくわかるのだ。
仮に理沙が、自分の親しい人……恩師や友達が手酷く傷つけられたら、きっと同じことを思うだろう。
下手をすればもっと酷い罵詈雑言を関係者に叩き付けてしまうかもしれない。
それがわかるから、余計に……燐のような「大人の対応」には、全く頭が下がる思いなのだ。
食事を前にして少し難しそうな顔をしている燐を見ながら、理沙も静かに答える。
「はい……まぁ、結構な頻度で」
ぎこちなく、苦笑いをする。
「とはいえ、何度入院しても……慣れないもんですけどね。
それに、入院中って死ぬほど退屈じゃないですか。
いつも、お見舞いの誰か来ないかなって暇してたんで……自分は出来る限りそれを出来たらなと思って、今こうしてます」
■戸田 燐 >
「いえいえ」
なんて物腰が低くて良い人なのだろう。
世界は歪んでなどいない。
歪んでいると思っていたのは私の一時の気の迷いだった。
平穏と静寂というには、やや物騒な病院だけど。
これもなかなか悪くないんじゃないかにゃあ。
「苦労しますね……」
ホロリ。こんな病院食を立て続けに食べていたら頭がおかしくなってしまう。
ひじきと豆の煮物に手をつける。
素材の味が生きている。
というか、素材以外の味がしない。磯臭い豆だ。
「確かに。隣の方もきっと日下部さんが来てくれて喜ぶと思います」
「だってほら……心が弱くなるじゃないですか」
ニンジンとグリーンピースが入ったスープ。
スプーンの中でキラキラと輝くニンジンは、素材の味が生きていた。
コンソメ? 塩? 何の味もしないから判断がつかない。素材の味。
■日下部 理沙 > 「……なりますよね、わかります」
体が弱ると心も弱る。
結局、精神というものは肉体に隷属するものだ。
健全な精神は健全な肉体に宿るというが、実際その言葉は正しい。
というか、健全な肉体でないというだけで……精神はどこまでも萎びてしまうのだ。
何より、入院するという事は即ち。
「……食事もまっずいですしね」
驚くほど味気ない「それ」を四六時中食わされるということ。
ただでさえ気落ちしているところに、トドメとばかりに大量投入される「健全」な食事。
確かに身体にはいいかもしれない。
だが、前言を撤回するように聞こえるかもしれないが、身体にいいだけでは決して気持ちが安らいだりはしないのだ。
身体にどんなに悪かろうがトッピング大盛りのラーメンは旨いし、後にどんな悪影響があろうが生クリームたっぷりのシュークリームは旨い。
その「旨い」を全部取り上げられる入院生活が精神に良かろうはずがないのだ。
そも、全面禁煙である。
この時点で、理沙にとってはもう地獄でしかない。
「あの、良ければどうぞ……こっそり使ってくださいね」
そういって、小袋の怪しい粉末をいくつか燐に握らせる。
傍目から見れば完全に怪しい取引にしか見えない何か。
その粉末の正体は。
「……本当は良くないのかもしれませんけど、必要ですからね」
合成化学調味料。
いわゆる、旨味調味料という奴。
理沙にとっては、入院生活必需品の一つであった。
■戸田 燐 >
「……個体的人間の持つ、真剣さの重み」
ふと、そんなことを口にした。
隣には、キェルケゴールの著書がある。
「結局は心と肉体と人間関係の距離の問題なんですよ、たぶん」
古来より人は心という誰もが持つそれを掘ってきた。
しかし、終ぞ底に辿り着いた人を見たことはない。
だって……心について考えること自体が健全とは考えづらいから。
不健全。不健康。から生まれる悪循環は、実際スゴイ。
「………!」
小さな袋には、希望が入っていた。
「ありがとう……ございます…っ」
早速開いてスープにいれた。幾分か濁ったそれは、輝いて見えた。
それから、謎のゼラチン質で覆われ箸から逃げる白身魚の切り身と、
白いご飯なのになんの味もしない奇怪な白飯をスープを頼りに食べ終えて。
「……私…退院したら化調たっぷりのラーメン食べにいくんだぁ…」
残された調味料の袋を隠しながらそんなことをのたまう。
味玉を乗せるのもいいかも知れない。
■日下部 理沙 > 「入院明けのラーメンの旨さはマジこの世のものと思えませんからね」
理沙も退院したときに真っ先に向かったのはラーメン屋であった。
とんこつ醤油系のガッツリ太麺。
マジで泣くほど旨かった。
今思い出しても若干涙ぐんでしまう。
マジで少し涙ぐんでいたが、燐の言葉に……少し理沙も真面目な顔になる。
「心と肉体と……人間関係の距離、ですか」
反芻するように口にしてから、理沙は軽く眼鏡を掛けなおし。
「戸田さんは……氷の異能をお持ちなんですよね?」
先程、氷の刃でリンゴを切っていたのを思い出して、理沙はそう尋ねる。
「暑さって……忘れられるものですか?」
若干、素っ頓狂な問いかもしれない。
だが、理沙は真っすぐに燐の目を見て……そう尋ねた。
■戸田 燐 >
泣くほど。
「泣くほど。」
思わず考えていたことがそのまま口を突いて出てしまった。
けど、ありえる……こんな食事を続けていたら…っ!
ラーメンで感動……してしまう…っ!
「はい、嗜む程度に?」
嗜む程度に異能持ちってどういうことだろう。
自分のことながら異能に対する認識はおかしい。
「暑さを忘れたことなんて、一度もないですね」
「夏にどれだけ異能で冷やせても、冷やすのを忘れた瞬間とか暑い!って思いますし」
「低温耐性があっても冬場になったら寒いなぁって思いますし…」
視線を下げた。
「でも、本当は暑いとか寒いって思い込んでいるだけなのかも」
異能に目覚めてから、自分のことをどれくらい信頼できただろう。髪も瞳も真っ青な、自分を。
■日下部 理沙 > 「……」
思い込んでいるだけ『かも』。
それを疑う事は……きっと、できない。
理沙にもよくわかる。
理沙の異能は大した異能ではない。背中に翼が生えているだけだ。
しかし、それでも。
理沙も……その感覚には身に覚えがあった。
「……実は俺も、そう思う事が結構あるんです。
この島にいるとついつい忘れそうになるんですけど……外からみればどうだったかなって」
外の常識と、常世の常識。
それは全然違う。
言葉でいうだけは容易い。
だが、実際……全く異なっているのだ。
言葉でそう嘯く以上に……深い意味で。
「戸田さん、この手……どう思いますか?」
そういって、何の変哲もない左手を差し出してみせて、苦笑する。
「実は一回無くなってるんですよ、この手。
風紀の現役時代に路地裏の異能者に切り落とされましてね」
■戸田 燐 >
青年から左手が差し出されて。
それは彼の肌の色と同じなわけで。
「綺麗な手ですね」
と思わず言ってしまう。
日本では働き者の手、などと言って少々荒れた手が良いという文化圏もある。
私はそれには全く賛同しない。いいからハンドクリームを塗れ。
そして彼から出た言葉に。
「無くなっ…………」
絶句してしまう。切り落とされた? 手を?
斬られる痛みはわかる。それが切断ともなると……わからない。
体と心、そのバランスを崩して余りある事件だったに違いない。
「……風紀の時の話、ですか…?」
上目遣いにそう聞いてしまう。
とても……とても悲しい。林檎を食べながら思う。
どんなに善良であっても。腕を切り落とされることがあるのだから。
■日下部 理沙 > 「ええ、その通り……まぁ、あの頃は結構やんちゃしてましたからね」
不良の武勇伝のように気安く笑って見せる。
だが……実際のそれはもっと血腥いものだった。
「だけど、今は見ての通り完全に元通りです。
この常世学園の最先端異能治療と魔術治療の賜物ですよ。
……実際、俺自身もたまに病院に来ないと普通に忘れてることもあります」
痛みも喪失感も忘れるほどの……見事な再生治療。
常世学園の外では、四肢を失うなど全くの大事かもしれない。
だが、ここでは……「治る怪我」でしかない。
「だから、たまにこうして病院に着たりすると……俺も思っちゃうんですよね。
これ、勘違いなんじゃないかって。
腕が治ったと『思い込んでるだけ』なんじゃないかって。
……本当は義肢なのに、あんまりにも良く出来てるから『忘れちゃっただけ』なんじゃないかって」
どんな苦痛であろうと……喉元を過ぎてしまえば、熱さなんてあっさり忘れてしまうもの。
だが……喉元を過ぎる熱さすらないほど、見事に苦痛を取り払われてしまったら?
実害を被ったことをすっかり忘れられるほど……完璧に事後処理をされてしまったら?
「……本当はもっと悲しんだり騒いだりするべきことすら、忘れてるんじゃないかなって。
たまに、不安になるんですよね……はは、すいません、なんか、取り止めの無い事いっちゃって」
申し訳なさそうに、理沙が苦笑する。
■戸田 燐 >
「腕を斬られたのはやんちゃの範疇じゃないです…」
林檎を食べながら改めて彼を見る。
瞳の色は、やっぱり異能で変わったのだろうか。
だとしたら、同じ痛みを持っているはずなのに。
どうしても同じセンテンスを共有し得ない。
それは、多分だけど……彼が大人だからかも知れない。
私よりずっと聡い、自分の言葉で喋る人。
「取り留めのないことなんかじゃ、ないです」
そう言って林檎を刺していたフォークに視線を落とした。
「痛みって大事で、それを今回過程をすっ飛ばして治してしまったから」
「きっと私はまたどこかで無茶をする」
「それは私に、最悪の終わりをプレゼントする」
だからこそ。彼の言葉を自戒としなければならない。
「ありがとうございます、日下部さん。あなたの言葉は、とっても痛かった」
そう言って、微笑んだ。