2020/07/09 のログ
ご案内:「常世総合病院 VIP個室」に神代理央さんが現れました。
■神代理央 > 入院してから数日。そろそろ失った血液も戻り、外出許可も明日には下りるという。
内臓へのダメージも金を惜しまぬ治療で順調に回復しており、週末に控えた懇親会には何とか参加出来そう。
取り合えず火急の懸念は解決した事もあり、身を起こし、ベッドの上に設置したデスクに置かれたタブレットを操作する少年の表情も幾らか軽やかなものだったのだろう。
「……始末書の類も減ってきている様だな。流石に報告書迄は全て目が通せぬが…」
処理すべき書類に電子サインを済ませながら小さく溜息。
ふと窓の外に視線を向けると、空を紅に染める黄昏れが西日を病室に注ぎ込んでいた。
「……もうこんな時間か。此処にいると、どうにも時間の感覚が無くなって困る」
ぽすん、とベッドに身を預けると小さく溜息。
規則正しい機器の電子音だけが、静かな病室に響いていた。
ご案内:「常世総合病院 VIP個室」に群千鳥 睡蓮さんが現れました。
■群千鳥 睡蓮 > 「お邪魔しまー……あれ、起きてる。
こんな時までお仕事とは、風紀委員会ってほんとうに大変なんですねー」
面会窓口からの通達は行っていただろうか。
ノックからするりと入室するはスイーツ部の後輩。一般生徒。
猫をかぶった装いのまま、見舞い品のバスケットを掲げてみせる。
「ラ・ソレイユから差し入れですよ。
お邪魔でしたらすぐ帰りますけどね」
と、言いつつ面会者用の椅子をベッドサイドに引き寄せて座るのだ。
さして心配そうにはしていない。元気そうだから。
報を聞いた時は相応にうろたえたが、それはおくびにも見せない。癪だし。
■神代理央 > 「……来客予定の連絡が来ていたから誰かと思えば。見舞いとは、中々に殊勝な心掛けじゃないか」
ノックの音に視線を向けると、訪れた来客の姿に緩く頬を綻ばせる。
因みに、彼女の面会希望を受け付けた窓口はちゃんと名前まで確認した上で少年に通して良いか連絡を入れていた。仕事に熱中していて適当に返事を返したのは少年の側。
「ん、有難う。見舞いの品としては最上級の物だ。褒めてやっても良いぞ?邪魔、という事も無いさ。此方も一段落したところだしな」
タブレットの液晶を消し、デスクの隅に置く。そのまま近くの水差しとグラスを手に取れば、二つのグラスに冷水を注いで。
「余り大した持成しは出来んがな。邪見にはせぬ。寛いでいくと良い」
程良く冷えた冷水が注がれたグラスを彼女に差し出すだろう。
■群千鳥 睡蓮 > 「いえいえ、他の皆さんがお店で忙しかったので……ね?
むしろ感謝して欲しいくら――い……」
お礼を言われた。前髪のむこうの金瞳をぱちくりと瞬かせた後、伺わしげに首をかしげる。
こちらもベッドのボードにバスケットを乗せて、魔法瓶の水筒とケーキの箱を見せた。
一口、グラスを軽く傾けた。汗ばんだ喉が僅かに動く。
「いただきます……外は蒸し暑いですよ、ほんと。院内とは別世界。
にしても、小さい頃はよく通院してましたけど、お金持ちって病室も豪華なんですね。
ホテルかなんかみたい……なにかいいことありました?」
えらくあたりが柔らかい気がする。浅いと言えない傷を負いながら。
誂うでもなく、こちらも柔らかく気遣わしげに問いかけながら、
箱をあけて、皿にフォークとブルーベリーのタルトを。自分の分も覚悟。
水筒を手に取ってみる。人差指を唇のまえにたてて。
「持て成せないならこちらがお土産を……
なんだと思います? シロップたっぷりの冷たい紅茶。
内緒ですよ。病院じゃこういうの飲めないでしょ」
■神代理央 > 首を傾げる彼女に対して、必然此方も同じ様に首を傾げる事となる。
はて、自分は何かおかしな事を言っただろうか。暫し思い返してみるが、今のところそんな覚えは無い。
「……ふむ?まあ、店が忙しいのは朗報だ。良い滑り出しを迎えたと誇るべきなのだろう。群千鳥も御苦労だったな。暑い中態々すまない」
「豪華なだけで、特に意味は無いのだがな。神代家の未来の当主が大部屋に入る等、と喧しい連中もいるのさ。此処は日本では無いというのにな」
と、彼女の言葉に応えつつ、何だかんだ気遣う様な声色の彼女に小さく笑みを浮かべ――ようとして、次いで投げかけられた質問に少し考え込む様な仕草。
「…いいこと?そうだな。あったのかも、知れないな」
拡げられるブルーベリータルトの甘酸っぱい香りと共に。
ふわりと嬉しそうに笑みを浮かべてみせる。
「……素晴らしい土産だな。病院食は栄養管理は完璧だが、完璧すぎて甘味に餓えていたところなんだ。
今の私には、黄金色の土産物よりも何倍も嬉しいものだよ」
そんな笑みを浮かべた儘、穏やかな口調で言葉を紡ぐのだろう。
■群千鳥 睡蓮 > 静かな病室。赤く焼ける西空の色に染まって、
穏やかな様子にこちらをねぎらってくれる少年は、
それこそ同じものでありながら知っているものとは別物だ。
不思議そうに眺める。でも、確かにいいことはあったのだろう。
そうですか、と一言告げてから、水筒のキャップにとぷとぷと内容物を注ぐ。
「未来のご当主様……が、過去形にならなかったのは本当に良かったですよ。
うわ――とろみついてる。どんだけシロップ入ってんだろこれ……
越後屋が塩や香辛料でもなく砂糖を持ってくるってのもなんか不思議な話ですけどね」
満たされた甘みはきんと冷えていて、今だけは世界が少年に優しい。
総じておぞましくなりがちなブルーベリー系のタルトもずいぶん可愛らしく、
食べてしまうのがもったいないくらいだ。
ベリーが飾られ、クリームが立って、小さなお城のようだ。
どうぞ、と言いながら、自分も皿にとってフォークを通した。
「――ガキに撃たれた、って……噂になってるけど」
言ってから、はくり、と口のなかに含んで。
そう、それを問わねばならなかった。
落第街でささやかれた醜聞の様な噂。
負傷したこと、生死の有無ではなく、その場所で。
彼が何を『選択』し、どう『行動』したのか。
問わねばならなかった。質さねばならなかった。死神はまっすぐに見つめる。
いつかとは違う、心配の静けさを湛えた黄金で。
■神代理央 > 「そもそも、御爺様が健在である以上、次の当主は父上なのだが…と、此れは関係の無い話であったな。
……これは…うむ。見ただけで分かる。絶対美味しい。甘い。美味い」
そう。今此の瞬間——―いや、こうして病室という檻に閉じ込められてから。世界は己に唯々優しかった。
暗殺者の少女は、己を友だと言ってくれた。部下だと思っていた少女と、想いを同じくする事が出来た。生意気だと思っていた後輩も、こうして己を気遣って見舞いに訪れてくれている。
人並みの。真っ当な。そんな幸福と平穏が、確かに己を包んでいる。
――蝕んでいるのではないかと、囁く声が耳を打つ――
手渡されたタルトと甘い紅茶。
優しい世界を具現化した様な甘味を受け取り、頬を緩ませて口にしようとした時。
彼女の言葉に、動きを止める事になる。
「……事実だよ。私は、私を撃とうとした少女を止めようとして、撃たれた。一息に、楽に殺せる筈の少女を。落第街の餓鬼を殺せずに、疵を負った」
止めていた手を動かす。
綺麗に整えられたクリームを崩し、白く濁ったクリームの乗ったタルトを咀嚼する。
「流れている噂も、殆ど真実に近いものだろう。鉄火の支配者は、子供一人殺せずに危うく死にかけたのだとな」
■群千鳥 睡蓮 > 「ちがう」
カメラがある――当然だ。だから、静かに声を発した。
相手の言葉を否定する色。しかし柔らかく、穏やかに。
グラスで唇を濡らす。咀嚼する横顔を静かに眺めた。
「『殺せず』……じゃない。
……『殺さなかった』んだ。『撃たなかった』んだろ、あんたは。
……そう決断した筈だ。どれだけ短い一瞬でも、あんたはそれを考えて。
選んだ……そうだよな?」
言葉づかいは常の生意気な後輩でも、責める調子はなかった。
ただ、鉄火の支配者が――否、神代理央が口にした甘えを、そっと制する。
不測の事態。できなかった、という時間切れの帰結。
その場に居なかったし、風紀委員の仕事も、実際よくはわかっていないが。
たとえ事実がそうであっても、彼にはそう口にさせたくなかったのもある。
「……それは『間違い』だった? 理央にとって。
あんたはあんたがやってることを『練習』だと言ったな……『間違い』っていえばさ。
ブルーベリーって、あたし、去年くらいまでかな……ブドウの仲間だって思ってたんだよね。
ちがったんだよな……ツツジの仲間だって調べてわかった。
理央ってたばこは吸うけど、酒は? ワインって飲む?」
不意に話題が飛ぶ。表情に責める色もない。気易いものだ。
過剰に慰めることもしない。正否を問う資格もなかった。
■神代理央 > 「――…………」
選んだのだろう、と告げる彼女の言葉には、暫しの沈黙で答える事になる。それは思案に耽る沈黙でも無ければ、肯定や否定の意を示す沈黙でも無い。
此方を責める気配を示さない"後輩"に、無言を。無音を。
口内に広がる程良い甘味が、喉の奥を通り抜けていく。
「…私は以前、お前に選択の結果命を落としても後悔しないと言った」
飲み込んだタルトが嚥下され、腹部へと至る感覚を感じながら、静かに唇を開く。
「私の選択は過ちでは無い。少なくとも、こうして私は生き延びた。風紀委員の犠牲も、最小限に抑える事が出来た。結果論からいけば、私の選択は最善であったと自負している」
「そして、以前お前に告げた言葉を挿げ替える事もしない。私は、他者の介在しない私自身の選択によって命を落とす事に、後悔など抱かない」
彼女の前髪の奥。隠された黄金の瞳を見つめる様に、視線を持ち上げる。
「……しかし、あの時。もしあの時私が命を落としていたのなら。私は果たして後悔せずに済んだのか。それが、分からぬ。
『神代理央』にとっては、間違いなく正しい選択だったのかも知れぬ。だが『鉄火の支配者』として果たして正しい選択が出来たのか。あの時、お前の相対した私は、今の私をどう思うのか。
――考えても、答えは出ぬ」
深く。深く息を吐き出した。
苦悩、自嘲、煩悶、困惑。その全てが入り混じった様な溜息。
己の名と、己の二つ名を分けての例え。それが何を意味しているのか、最早己自身にも分かっていないのかも知れない。
「……未成年に聞く事では無いな。だが、ワインは好きだよ。自ら進んで嗜む事は少ないがね」
と、少し疲れた様に笑う。
■群千鳥 睡蓮 > 彼の根底にある『選択』と『行動』の理念。
あの時同様に、淀みのない返答を受けて、頷くでもなくまっすぐな視線で受け止めるばかり。
しかし、決然とした言葉の後は、まるで混ざりあったクリームのように――
どろりとしたニュアンスの煩悶が告げられた。僅かに、瞳が細められた。痛ましいな、と思った。
「そか。あたしは飲めないんだけどね……味の良さがよくわかんなくて。
よく……子供……まだ子供か。うんと小さい頃、よく旅行につれてってもらってた。
ワインの名産国にも。そこでね、ぶどう踏み…わかる?ぶどうを踏んでジュースを作るんだ。
下ごしらえ。おとうさんとおかあさんはできあいのワインを飲んで、
あたしたちはその――ジュース。ラグリマ、だったかな?
しぼりたての。ちょっと渋かったけど、美味しかったな」
思い出話は少し楽しげに声を弾ませながら、視線は窓の外に送った。
「でもそれは体験施設でさ、だいたいは工場でね。
オートメーション化された搾り器で、ブドウジュースをつくるんだよね。
ワイン史はわからないから、どっちが先かとか詳しくはわからないんだけど、
昔はそうやって素手とか足で潰しつつ、すりこ木とかも使って…
そのあと樽みたいな木造の装置で搾ってたとか……だったかな。
まあ、なんだろ、その工場で働くひとたちは、足で踏んだ――
ぷちぷち、ぐちゃぐちゃって、あの感触を知らないまま、
ワイン作り続けて一生を終えるのかなって漠然と思ったんだよね」
実際は知らないけど、と、フォークでブルーベリーをそっととりあげた。
口に含む。ゆっくりと噛み潰して、味わった。甘酸っぱい。
「……そこに命があること。潰れるものがあること。
あんたは落第街やスラムに居たものを、それこそ居なくなっても問題のない、
本来居ないはずのもの――命ですらないものとして認識していたはずだ。
時計塔で、そう言ってたな……でも、撃たなかった。命を護ってしまった。
そこに『在る』と認識してしまった――違うか?
いままで潰してきたブドウのことも認識してしまっていないか」
嚥下する。よく噛めばそれはジャムのように形をうしなった。
そうなれば、それはブルーベリーのままだろうか。
「今まで通り、やれるのか?
オートメーション化された分別装置。秩序の番人さま。
銃は優れた武器だよな。砲も。つぶれる感触が識れない――人の叡智だ。
『理央』……あんたが次にまた銃弾を受けても、生き残れる保障はない。
あたしは――それは、嫌だ。
そのもやもや……答えを出さないまま、次の戦場にあんたを往かせたくはない」
ベッドに、そっと手を置いた。
顔を近づけた。覗き込む。ふたつの相反する仮面を内包した少年の瞳を覗き込む。
「その時、『鉄火の支配者』はいつもと違って――あんたを護らなかったんだな。
喧嘩したのかな。それとも、『理央(おまえ)』が抑え込んだのか」
■神代理央 > 華が咲く様に続く、彼女の物語。思い出の詩。
それに口を挟むでも無く、相槌を打つでもなく。
静かに。静かにその言葉に耳を傾ける。彼女がその先に己に伝えたい事は。得難い思い出を、記憶を引き出して、伝えたい事は。
――それは、残酷な問い掛けだった。
或る意味で、逃げ続けていた答え。目を背けていた事実。
己が救った少女が。少女達、が。
「…違う。違う違う違う!奴等は存在しない。戸籍も、データも何も存在しない。体制が、システムが、秩序が"存在しない"と定義した連中だ!
だから俺は、何も殺してはいない。瓦礫の山に埋もれようが、砲火に巻き込まれようが、其処には何も存在していない!何も、何も――!」
悲鳴に近い否定の言葉は、明確な迄の肯定だろうか。
幸福と安寧を得たからこそ。ソレは己を蝕む呪いとも化した。
鉄と硝煙は、正しく己を守る鎧足り得た。それを剥ぎ取ったのは。一人の人間であろうと『選択』してしまったのは――
――だから言ったのだ、と嗤う声がする。
他者を受け入れる事は弱さだと。埋伏の毒だと。強大な個は、受け入れるのではなく従わせるもの。導くもの。
闘争の牙を折るべきではない。安寧の泥濘に沈むべきではない。鉄火の塹壕を埋め立てるべきではない。
――『残骸』は嗤う。神の依り代を、再び支配者へと戻す為に――
「……やれる、さ。ああ、やれるとも。
砲火の炎獄を。鉄火の暴風を。秩序と体制の守護を。
私はその為に。その為に努力し、行動し、選択してきたのだ。
それは揺るがぬ。揺るがない。多数を害する者共の処理に、私は迷いを抱かぬ。
潰すさ。鋼鉄の鉄槌で以て、葡萄にすらなれぬ屑共をな」
気付けば、フォークは皿の上に放置され、残ったタルトも甘ったるい紅茶も所在なさげにテーブルの上に残されている。
己を覗き込む彼女の顔。隠された黄金の瞳を、下ろされた前髪の隙間から射貫く様な視線と強い口調。
しかし、その表情は――ほんの僅かな。僅かな苦悶の色が見える。近付いた彼女だけが漸く分かるほどの、些細な表情の違和感。
「……馬鹿な事を言うものだ。私は何時だって、どんな時でも。
『私』であるというのに」
尊大で傲慢な声色と言葉。しかし、その表情には軋んだ様な苦悩がほんの僅かに。紅茶に一滴だけ交じったシロップの様に、浮かんでいるのだろうか。