2020/07/20 のログ
ご案内:「風紀の一室(レイチェルデスク前)」に山本 英治さんが現れました。
ご案内:「風紀の一室(レイチェルデスク前)」にレイチェルさんが現れました。
■山本 英治 >
風紀の一室。レイチェル先輩のデスクがある部署。
ドアをノックした。
焦りの三回。
いなかったら、あちこちレイチェル先輩の居場所を聞いて回ることになる。
「レイチェル先輩、今、よろしいでしょうか」
ほんの僅かな人数しかいない部屋だと噂で聞いた。
それが本当だとしたら。第十三管理部のあの仕事量を数人で回していることになる。
書類仕事もまた、正義の一端なれば。
緊張に息を呑んだ。
■レイチェル >
既に、定刻は過ぎていた。
レイチェル・ラムレイは一人、無言で椅子に座っていた。
既に窓の外から覗く暗闇は、部屋の中と外とをはっきりと隔てている。
レイチェルは書類の山を背にし、回転させた椅子の上で、
デスクではなく背後の窓の方を見やっていた。
その目はどこか遠くを見つめているようではあったが、
真に虚空を見つめている訳ではない。
彼女が手にしていたのは、一枚の写真だ。
佐伯貴子、園刃華霧、レイチェル・ラムレイ。
笑顔の3人が写った、少し色褪せてしまった写真だ。
「……『またいつか』、か」
そこへ響き渡るノックの音。
レイチェルは、慌てて写真を書類の山の下へ滑り込ませた。
続いて響くのは、男の声。
多くの風紀委員達が帰っていく中で、鯉の如くレイチェルの前に
現れた男――山本英治の声だった。
「ああ、構わねぇぜ」
鋭い刃の如き、空気を清めるように凛と響くその声で、レイチェルは彼を部屋に通す為の声を返した。
■山本 英治 >
中から聞こえるのは、レイチェル・ラムレイその人の声だ。
安堵と緊張が一度に押し寄せる。
「失礼します!」
入室し、ドアを閉めると軍事パレードの兵隊のような規則正しさで、姿勢を決めて立つ。
一線を退いたとはいえ、レイチェル・ラムレイの伝説は十二分に聞き及んでいる。
フェニーチェの殺戮の舞台俳優、癲狂聖者(ユーロジヴィ)を少人数で仕留めた、なんて噂だってある。
緊張しないと言ったら嘘だ。
しかし、今日は風紀委員のレイチェル・ラムレイに話があるのではない。
「レイチェル先輩にお聞きしたいことがあります」
「園刃先輩と仲が良かったと聞きました、その件についてです」
レイチェルという名の一個人に。話があるのだから。
■レイチェル >
「そんな畏まらなくたっていいぜ、別に」
頭からつま先まで兵隊然とした、その整えられた動きに思わず頬を緩めるレイチェル。
相手が自分よりも年上だから、という訳では勿論ない。
年上年下問わず、そういった風に畏まられるのはいつだって苦手だった。
しかしこの男のそういった態度は、どこか許せてしまうところがある。
彼の魂に根付く、まっすぐなものをその一挙一動から感じるとることができる。
だからこそ浮かべた、仄かな笑みであった。
「仕事との話かと思ったら、まさかそんなプライベートな話を
お前が持ち込んでくるとは、寝耳に水ぶっかけられた気分だぜ、山本」
その名を聞けば微かに目を見開くが、それもほんの一瞬のこと。
すぐに、普段通りの落ち着いた表情に戻る。
ただ真っ直ぐ目の前の男を見つめて、緩やかな笑みを浮かべながら、
レイチェルは語を継いでいく。
「まぁ、そんなこともあったかもしれねぇな……。
でも、もう『終わった』話だぜ、そいつは」
微かに、ほんの微かに曇るその声色。
それは目の前の男だけではなく、
自らの内へも同時に込めて放ったが故に発せられた、
重く、くぐもった銃声の如き音であっただろうか。
■山本 英治 >
「そうですか……?」
姿勢を少し楽にして、彼女と相対する。
そう、彼女はそういうところがある。
訓練の時には自他共に厳しく、血を吐くようなハードワークを課すが。
終われば笑顔でコーヒーを奢ってくれる……というところが。
無論、自分がその顔を幾度と見たわけではない。
しかし、ある種の確証を得る。
彼女は優しすぎたが故に、友との決別を容認したのだと。
「園刃先輩と話しました」
「園刃先輩は日ノ岡あかねさんと共に歩む覚悟をしています」
「そして自分は第三種機密に違法な手段に手を染めてアクセスしました」
「お叱り、処分の話は後で聞きます」
「……結論から言います、トゥルーバイツは小型の門、“窓”を通じて真理とコンタクトを取るつもりです」
「それは溶岩から砂金を渫うに等しい危険な行為」
「園刃先輩は真理を求めた結果、死ぬかも知れません」
咳払いをして。自分が踏み込んでいいのかどうかもわからない。
それでも。
「今のは前提の話として聞いていただきたい……園刃先輩と一体何が?」
それでも……こんな表情をした女を放っておけるかよ。
■レイチェル >
「日ノ岡あかねと共に歩む『覚悟』……」
山本の言葉を反芻するように、それでいて目の前の男へ改めて
確かめる問いかけの意も含めたその言葉を、レイチェルは口にする。
「違法って、お前……」
そうして、彼がイレギュラーな手を用いて情報を入手したことに対し、
一瞬口を開きかけるがしかし、彼の続く言葉にその口は閉じられる。
そうして黙って、彼の言葉を聞き届けた。
ただ静かに、目を背けることも一切せずに、ただ真正面からその言葉を受ける。
「別に、何もねぇよ……って、そう適当に追い払って終わり、
ってのを許す人間じゃなさそうだ。お前も、聞いたからには、
オレの話を聞く権利くらいはあるか。いいぜ、話してやるよ」
目を閉じるレイチェル。
そうして、彼に語って聞かせた。
『あの日』と同じ浜辺で彼女に呼び出され、別れを告げられたこと。
自分自身がドブさらいのまま変われないまま居たことを告げ、
『面白い』と思った真理を掴む道へ身を寄せたこと。
そして彼女を止めることのできぬまま、行かせてしまったこと。
「……オレは」
多くを語り、一息ついてからレイチェルは、そう口にして
一瞬言葉を止めた。
逡巡。頭の中を過るのは、あの瞬間の華霧の表情。
そして、積み重ねられてきた風紀としての彼女の過去。
彼女がドブさらいと自嘲した、その過去だ。
「……オレは、あいつを止められなかった。危険なんか承知だ。
二度と会えなくなるかもしれねぇ。そう知った上で、止められなかった」
深く息を吐く。そうして山本を見上げれば、少し自嘲気味に、しかし穏やかに笑うレイチェル。
「風紀の仕事……いや、ここに来る以前から、
オレは色んなものを否定して生きてきた。
お前のやっていることが気に食わねぇ、許せねぇ、捨て置けねぇ。
そんな気持ちで、真正面から向かってきた。叩き斬ってきた。けどよ」
相対してきた様々な出来事を思い浮かべる。
かつて風紀の荒事屋として、あらゆる事件に首を突っ込んでいた時の話だ。
『気に食わねぇ』。
たったそれだけの理由で、違反部活や凶悪犯罪者、果ては悪魔とまでやり合っていた。
「しかし、どこまでも行ってもそれはエゴだ。
自分が気に食わねぇから、誰かを傷つけている奴をぶん殴って否定してきた。
そこに絶対の尺度なんかありゃしねぇ。
当然だ、自分勝手な定規は、いつだって……」
そこで再び、レイチェルは言葉を止めた。
少し開かれた窓から夜風が吹き込んで、レイチェルのデスクの上に置かれた
珈琲が立てる湯気を連れ去っていく。
「自分のやりてぇように動いてきた皺寄せが、遂に回ってきたんだ。
オレは、あいつの選択を否定することができなかった。
本来なら、殴ってでも止めるべきだったんだ。
他の奴らと同じように、そうすべきだったんだ。
『気に食わねぇ』って思ったんだったら――」
拳を握りしめるレイチェル。
血がにじみ出るほどに、握り込むのではなく、白く握りつぶすように。
「――でも、できなかった。親友の……いや、親友だったあいつが、
『覚悟』を決めて道を選んだって言うんだ。あの華霧が。
歪んじまったオレの定規《エゴ》には、その重さを否定するだけの力はなかった。
気に食わねぇから、戻ってこい、だなんて、あいつに言えるだけの権利なんてねぇ。
臆病にもそう思っちまったのさ。
結局、親友を死地に赴かせるしかねぇ。
その『選択《いきかた》』を、否定できないままな……」
そこまで語って、目を閉じてレイチェルは笑う。嘲笑う。自らを。
「……笑えよ」
■山本 英治 >
「はい、とても正当とは言えない手段を取りました」
「本件に関し、謝罪の言葉が許されるのであれば」
「……全てが終わってから───と致します」
全て。そうだ。まだ何も終わってない。
俺も。園刃先輩も。レイチェル先輩もだ。
「……………」
そこから語られる、長い話は。
今まで武勇伝どころか自身について多くの言葉を使うこともなかった。
ヒト
彼女とあの女の物語。
「笑えるわけがない」
真剣にレイチェル先輩を見る。
どこまでも哀しく、どこまでも誠実な友情を。
笑っていいはずがない。
「なぁ………レイチェル先輩…………」
「それでいいのかよ?」
幾重にも渡り自分に問う言葉を、彼女にもぶつける。
部外者が放るには鋭利な言葉を、真っ直ぐに放った。
「親友なんだろ? 貴子さんって人と同じだ」
「先輩がその、親友である資格を喪失したとはどうしても俺には思えねぇ」
そうだろ、未来。
親友ってのはそうじゃない。
そうじゃないんだ。
「親友相手だからこそ言えるワガママがあっていい」
「そしてそれに定規は関係ない」
「親友との距離を定規で測るなんてこと、あるわけないからな」
「どうして……誰も彼もそんな感じに…」
「物分りが良い風に大事なものを諦めるんだよ…」
「離しちゃいけない手くらい、誰にだってあるはずなのに」
懐からシルバーの名刺入れを取り出した。
古びたメッセージカードが、ただ一枚収められている。
「これ……『親愛なる友へ 佐伯貴子』って書いてる…」
「貴子さんと、レイチェル先輩と、園刃先輩と」
「余人が想像できないような大切な時間を過ごしてきたんだろ!?」
「だから俺に託した!!」
「これをどうするも自由って言われたよ……だからこれは園刃先輩に返す」
「ただし、返すのは俺じゃない! レイチェル先輩だ!!」
自分勝手な定規を振り回して、目の前の女性にメッセージカードを差し出した。
受け取れ、と目に意思を込めて。
「相手の覚悟を超える覚悟くらい今すぐ決めて見せろよ、レイチェル・ラムレイッ!」
「大事なんだろ……今でも想ってんだろ!!」
「俺みたいに親友にもう二度と会えなくなったら、どうすんだよ!!」
髪をぐしゃぐしゃと弄って、彼女に今一度問う。
「それでいいのか、レイチェル・ラムレイ……!!」