2020/07/21 のログ
■レイチェル >
彼が発する言葉。
その一つひとつを真摯に、丁寧に聞き取り、受けるレイチェル。
「親友相手だからこそのワガママ……ね」
思えば、友達なんてものはここに来るまで出来たことがなかった。
幼い頃、悪魔に取り憑かれた父親を、震えながら、泣きじゃくりながら、銃で撃ち殺したあの日から。
魔狩人になったあの日から。
そんな甘えた日常を過ごす暇など殆どなかった。
毎日が、生《エゴ》の為に化け物を殺す日々だった。
この学園に来るまでは。
だからこそ、山本英治が放ったその言葉はレイチェルにとって盲点で
あり、新鮮な響きと痛みを持って受け入れられた。
彼女は言葉でその過去を語ることはなかった。それでも、目の前の男に
向けた静かな頷きは、彼の言葉を肯定する証であったことだろう。
「……メッセージカード、あいつも持ってたのか」
心の底から湧き出るような、優しい笑みを浮かべるレイチェル。
ふふ、と。それはあまり周囲に見せることのない笑みであった。
自分勝手な定規を振り回して、
あらゆるものを否定し続けた先、最後に否定したのは己自身だった。
押し殺された自身は白の砂浜に溶けて消えてしまっていたのだろうか。
レイチェルは、笑う。彼の言葉をしっかりと受け止めて、笑う。
しかし今度は、自嘲の笑みなどではない。
レイチェルの胸の内で燻っていた灯火が、輝きを増す。
それは、自分自身を取り戻した笑み。
「分かったよ、山本。オレの負けだ。
その問いに対する答えは、『良い訳がねぇ』だ。
受け取ったぜ、そのカードは……!」
それは、レイチェル・ラムレイを取り戻した笑みだ。
それは、相手の覚悟を超える覚悟を決めることのできる、
そんな、彼女本来の不敵な笑みだ。
「忠告、ありがとよ」
『俺みたいに親友にもう二度と会えなくなったら』。
そう彼が漏らした言葉を思い返しながら、
レイチェルはメッセージカードを受け取る。
このカードは、華霧が託したもの。
しかし、それだけではない。
目の前の山本英治という男もまた、
自らの、『過去の選択《あやまち》』をこのメッセージカードに託したのだろう。
そうレイチェルは受け取った。
「……無駄には、しねぇさ。ここに託された意志は、一つだって」
華霧の意志。男の意志。
意志《メッセージカード》は今、彼女の手に託された。
■山本 英治 >
「レイチェル先輩……あなたを女と見込んでそのカードを託します」
すぅ、と呼吸をして。
真っ直ぐに彼女を見る。
「俺は俺で園刃先輩を止めます」
「全力で邪魔をします」
「死物狂いで足を引っ張ります」
「絶対にレイチェル先輩と園刃先輩を会わせます」
「そして俺は園刃先輩の本気の覚悟に立ちはだかった責任を取る」
背中を向けてドアへ行く。
「それが俺の漢としての道です」
ドアを開けてから、立ち去る前に振り返って敬礼を一つ。
「先輩に生意気を言い、申し訳ありませんでした!」
「それと……」
ふ、と柔らかく笑って。
「ありがとうございました」
と、敬礼したまま告げて。
背を向けて。瞳には強い意志を持って。
一歩を踏み出していった。
■レイチェル >
「華霧を止める、ね。かなりハードル高いと思うぜ?
でも、お前、諦めねぇんだろ?」
くふっ、と小さく笑い飛ばすレイチェル。
それはまるで、年相応の少女のような笑みで。
「オレも最後まで諦めねぇさ。お前が漢の道ってのを行くんなら、そこは任せた。
頼んだぜ、山本」
その言葉は、山本英治という男の生きざまに対する
レイチェルなりの敬意だ。
「でも、あいつの本気の覚悟に立ちはだかる責任は、オレも背負う。
オレのやり方で、あいつにこのカードを返す形でな。
ぶん殴ってでも、連れ戻す。今度こそ、
あいつに、本当の居場所を『与えて』やるさ……!」
定規を振り回してみせる。ただのワガママを、言い放ってみせる。
立ち向かってみせる。取り戻してみせる。
一人の風紀委員でなく、レイチェル・ラムレイとして。
――二度と、自分を見失ってなるものか。
拳を握りしめたレイチェルの瞳にも、確かな意志が宿っていた。
敬礼する山本には、朗らかな笑みを返して、軽く頭を下げる。
顔いっぱいに吹っ切れた感謝がそこには現れていた。
「さて……」
デスクの引き出しを開ける。そこには、新品の写真立てが
ビニール袋の中に入ったまま置かれていた。
ビニール袋を破ってデスク端の小さなゴミ箱に捨てれば、
レイチェルはその写真立てをデスクの最も目立つ場所、
書類入れの上に置いた。
そうして書類の下に隠していた写真を今一度手に取れば、
その写真立てへと、しっかりと収めたのだった。
ご案内:「風紀の一室(レイチェルデスク前)」からレイチェルさんが去りました。
ご案内:「風紀の一室(レイチェルデスク前)」から山本 英治さんが去りました。