2020/08/31 のログ
ご案内:「邸宅兼アトリエ」に月夜見 真琴さんが現れました。
月夜見 真琴 >  
「んん―――」

矯めつ眇めつ、作品の出来栄えを確かめる。
顎に手を這わせては神妙に唸る様は一端の芸術家さながらだが、
此度は本領である絵画の類を拵えたわけではなかった。

みずみずしい果実は可愛らしく切り取られ、
色とりどりのゼリーと共に可愛らしく飾られて、
クリームやアイスの白さを際立たせてくれる。
隙間に覗くフレークやクラッシュナッツはといえば、
食べる前からそのどこか子供っぽい歯ごたえを想起させてくれる。

「わるくない」

上機嫌に口許を綻ばせる。
背の高いパフェグラスに積層の芸術をつくりだしたのだ。
暇人の暇つぶし――そっと携帯デバイスを構えてカメラモードに切り替える。
ファインダーにそれを収めて、写角も光量も見栄えするようにしっかりと。

「ふふふ、最近はいろいろつくるからな。
 日課としてもちょうどいい――うん、送信、と」

味気ない連絡ばかりだとつまらんしな、と。
SNSに余暇の結晶を捧げてのち、スプーンをとりあげる。

天辺、アイスの頭頂。飾られた自家製のマラスキーノが特にお気に入り。

月夜見 真琴 >  
飾られているだけで美味しく感じられるから不思議だ。
アメジストのような紫紺の着色料に染められたチェリーを、
口にふくんで味わう。

最後の最後に乗せたとっておきなのに、
最初に食べるように置いてあって、事実そうしてしまうのが。
なんとも無常で――背筋にぞくりとした感覚が走る。
同居人にこういうことを話すと変な顔される。

「――そういえば、うまくやれているかな」

しっかり漬けこまれた酸味と甘さを味わい、嚥下して。
ふと視線を上げて想起する。

同居人、といえば今は在宅ではない。
今日は特別、格好に世話をしてやって送り出したばかりだ。
お使い物を頼んではみたが、まあ期待は半分程度にしておこう。
――少々ばかりの罪悪感もあるが、こればかりはめぐり合わせだ。

八月はもう終わる。暑い夏は未だ続いていても。

「考えていても詮無きことだが。
 夏季休業が終わるこれからが、むしろ忙しくなるからな」

デバイスを操作して、グループ交流のアプリを表示する。

月夜見 真琴 >  
諸々の祭事が増える向きのある後期はといえば、
式典委員会との関わりも密になり、芸術学科生の本領はむしろここからといえる。
未だ先の常世祭の準備も視野に入っている奇人変人の博覧会の会議は、
傍から見たものが――そう――首を傾げるような文言や絵文字が並んでいるが。

「フム――映像はこう――音楽方面は――なるほど?
 ――ああ、その手が――いやしかしなあこちらも――
 服飾はこの時期特に活き活きと――ああそうだこれも――」

月夜見真琴もその一員だ。
企画はまだ固まらない。学園に足を運ぶことも増えるだろう。

「外で作業するようになる時には涼しくなってくれていると有り難いのだが。
 ああ、そういえば紅葉の季節も来る――素晴らしい。
 もうすこししたら出かける頻度も増やそう、蟄居屏息は――
 ――んんっ、……鈍るからな」

首を回す。運動と修練は続けているけども、外に出なければ人間は鈍る。

さくり。
フレークまでたどりついて、その歯ごたえを味わった。

「ふふふ」

ご機嫌だ。食を楽しめるゆとりがあることはすばらしいことだ。
くだらないことを楽しむことこそ、世界を生きることだと月夜見真琴は考える。

月夜見 真琴 >  
「――さて」

音声通話をするほど込み入った用件はないので、
会議アプリを挨拶とともに閉じて切り替える。

続いて表示したのは電子書籍用だ。
モードを切り替えてデバイスをテーブルに置き、
宙空に投影されたデータを、弦楽器にふれるように指先を踊らせて閲覧する。

実書籍を手繰ることが嫌いなわけではないが、
重く、運搬に難儀し、そして同居人に見られたくない類のものは、
確かに存在していた。隠匿という意味では非常に便利だ。
同居人の目に限らない聡さを、月夜見真琴は、
評価するとともに憐れんでいる。

――吸血鬼。

並べた書籍に共通するワードを強いて挙げるなら、それだ。
数十年前までは神秘性を纏った夜の化身として畏敬を集め、
猟奇殺人などの不都合を押し付ける偶像でもあったそれらは、
しかし間違いなくこの世界にも別世界にも存在しているものであり。

「この島にも、とうぜん――」

閲覧した『トゥルーバイツ』の資料にも異能によって成った者はあり、
風紀委員会にも種族としてそれに連なるものはいる。

ベリーを煮出したジャムとともにクリームを口に含んで。
手首を軽く返し、ページをひらく。

月夜見 真琴 >  
身近に実例が存在する月夜見真琴の観点から見ても、
吸血鬼とは古めかしい異形の化け物としての数々よりも、
美と智を兼ね備えた存在――というものである。

時には色事師のメタファーにも用いられるであろう呼称に、
鮮血の化粧が施されると、途端におどろおどろしさが増す。
しかし転じて、"喰らわねばならない"という切実性を、
(先天的・後天的問わず)種族として見なすなら、推し量ることまではできた。
難儀している者も、多いようだった。

(善意の団体……そういえば何度か血を採ったことがあったっけ)

それでも癒えなかったという飢餓感が起こした事件も知っている。
つくりものの味がするゼリーとは、それこそ次元の違う話だ。

それが"食事"なのか。
あるいは"それ以上"の意味を持つのか。
幾らでもこれらの書物に綴られているように、この世界は。
愛の行為を盗み見るような背徳感が、指先をふるわせた。

――――。

月夜見 真琴 >  
(あの子は……)

どうやら、求められた、らしい。
――何を、だろう。
様々な関係の約定を結ばぬうちに。

荊棘の奥に閉ざされたような世界は、
しかし書物に綴られたままではどこか美化されていて、
恐らく――"実物"の悲哀を経験しているであろう同居人と、
理解を同じくすることは、非常に難しいことのように思えた。

「…………」

空になったパフェグラスにスプーンを差し込んだままで。
指はゆっくりと然し止まらず、三冊目の中ほどで不意に顔をあげた。

立ち上がる。陽は落ちていた。
夕食は連絡がなければ作らなくてもいいということだった。
諸々を片付けて、作業の続きに戻るとしよう。

(ああ、それにしても――)

胸裏の奥の早鐘に、首をふって白い髪をゆする。

(――夢に見そうだ)

嫌な予感はよく当たる。ため息とともに、食器の後始末をするためにアトリエを出た。

ご案内:「邸宅兼アトリエ」から月夜見 真琴さんが去りました。