2020/09/02 のログ
ご案内:「レイチェルの病室」にレイチェルさんが現れました。
■レイチェル >
炎に蕩けたような夢が終わって――。
時刻は、朝。
窓枠に踊る白の光が病室にまでやって来て、
暗闇を徐に光へと変えていく。
ベッドの上、うつ伏せになったレイチェルは荒い息を吐いていた。
純白のベッドシーツはあちこちにひどい皺を作り、
寝る前まで敷いていた筈の枕は、床に転がっている。
「あ、ぐ……あぁ……ああぅ……」
ぎりぎりと音が聞こえるほどに、
強く奥歯を噛み締める彼女の表情には確かに苦悶の色が刻まれていたが、その顔は燃えるように紅潮していた。
シーツの上で力なく藻掻いた後に、
重々しい身体をごろりと転がして仰向けになれば。
そうして、大きく息を吸って、吐いた。
吸って、吐いて。
そうしてもう一度吸って、肺の中が空になるまで吐いた。
胸の内に残る灯火が、呼吸を重ねる度に掻き消されていく。
「……は、ぁ……は……はぁ…………うぅ……」
しかし夢と現実は未だ混濁し、目線は天井に胡蝶の夢を見ている。
口元に白く細い指を当てる。
その端から端まで、つつつ、と人差し指を滑らせた後に、
指の腹を視界に入れる。そこに、目が眩むような赤は無い。
上半身をゆっくりと起こす。
半分ほど開け放たれている窓が、
艶かしくじっとりと汗ばんだ顔に、清涼な風を齎した。
■レイチェル >
「真琴」
苦い記憶を思い起こす、その名。
しかし目覚めてすぐのこの瞬間、その名には幾ばくかの
扇情的な甘味が染み込んでいた。
呼びかけても応える声はそこにない。手が届く場所には、いない。
彼女に向けて簡単に手を伸ばせるなど、どこまでも夢想的だ。
「真琴…………」
今一度、その名を呼ぶ。
あれはただの、夢。彼女の言葉も、きっと全て夢。
その筈なのに、胸は張り裂けんばかりに苦しかった。
あまりに生々しい真琴の姿が、瞼の裏に今も焼き付いていた。
■レイチェル >
視線をベッドの横へ向ける。
そこにある、緑色をした筒状のプラスチック製ゴミ箱。
その中に、銀色のパックが今も入っていた。
「随分、酔わされたもんだ……」
昨晩、寝る前に現れた紅蓮から渡された血液パックだ。
慈善団体による血液の提供があったと聞いた。
奇妙な縁だ。或いは仕組まれていたことかもしれない。
いずれにせよ、おそらくは、この血液の主は。
「……やっぱりあいつにだって、必要なんだ」
手の届く場所にあるものには手を伸ばしたいと、そう願っている。
学園都市に住む人々や風紀委員の仲間たちをはじめ、
大切な存在――華霧と、それから夢で会ったあの相手だって。
退院したら、『あいたい』。
華霧にも、そして真琴にも。
■レイチェル >
気付けばすっかり呼吸は落ち着いていて、
未だ胸の内に残る灯火は消えずとも、
激しく上下する肩のぶれは、随分とマシになったようだった。
そうして、レイチェルは肩をぐるぐると回す。
十分身体は動くようになった。
退院は、午後。
今日からまた、忙しくなる。
しかし、これまでとは違う忙しさになる筈だ。してみせる。
本当に大切なあの人と約束をしたのだから、無茶する訳にはいかない。
眠気と汗、
そして胸の内に残る艶美の色を洗い流す為のシャワーを浴びるべく、
レイチェルは立ち上がったのだった。
穏やかな陽光が、オレンジ色のガーベラを静かに、ひっそりと輝かせていた。
ご案内:「レイチェルの病室」からレイチェルさんが去りました。