2020/09/29 のログ
レイチェル >  
「ふぅん」

怒りの感情を顕にするレオに対し、レイチェルはといえば、
穏やかに笑みを浮かべて目を閉じ、深く頷くのみだ。
そこに軽蔑や嘲笑の色はなく、ただ彼の感情をしっかりと
受け止めるように
 
「お前の怒りはきっと正当なもんだよ。だから……
 そいつを聞くのは『嫌』なことなんかじゃねぇさ。
 
 本当に、大事に思ってるんだな。
 沙羅のことも――そして、理央のことも。
 お前みたいな奴が風紀に入ってくれたのは、
 頼もしい限りだ」

レイチェルとて、思うところはある。
『神代 理央』と話をして、彼が退院したその後。
すぐに落第街に行き、更には朧車の討伐にまで向かった話も
聞いている。
その行動は何も変わっていないように見える。
怒りの感情を覚える者を、咎めることなどできまい。
レイチェルとて主たる感情は彼を『心配』する気持ちだとはいえ、
彼の抱くそれと同質の感情を抱いていないと、
真っ向から否定はできない。


「時間が必要なんだ。人は簡単には変われねぇ。
 特に理央が背負ってる呪縛は……簡単には解けやしねぇさ。
 鉄火場に居なければ、存在する価値がない……理央は、
 そんなことを真面目に考えちまってるんだ」

自らもまた、呪縛を背負っている。だからこそ、分かる。
愛する者ができたとて、自らが抱えてきた柱をそう簡単に
投げ捨てられるなんてことは、きっとない。
迷いながら足掻きながら、
そうしてやっと向き合えるのだろう。

「誰かを不幸にしていることに、なかなか気付かねぇ
 ……そんな不器用な奴も居るもんさ」

それは、レイチェルがそうであったように。

「じゃあ、『レオ』はどうしたいんだ?
 あいつに怒りをぶつけに行くか?
 もしそうだとして、止めはしねぇが……
 結構な茨の道だぜ、そいつは」

荒療治が簡単に効く男ではないだろう。
ならばやはり、彼の『価値』をよく知っている者――
他の誰でもない、沙羅だけが彼に気付かせることができる筈なのだ。

しかし――

「――だからといって。
 あの呪縛は、沙羅一人に背負えるもんじゃねぇ。
 ただでさえ、不死者の呪縛を背負っているんだ。
 お前が心配する通りにな。
 だから、互いに向き合うのは骨が折れるだろうよ。
 
 そんな中で、オレ達ができることは……
 
 ただ『信じて』あいつらを『支える』ことだと思ってる。
 
 理央が沙羅に、そして……沙羅が理央に。
 互いに向き合うことを支えることしか、オレ達には
 できないんじゃねぇかな。
 
 甘すぎるって、言われるかもしれねぇけどな。
 それでも、オレはそうしたいと思ってる。
 だから、近々沙羅ともじっくり話すつもりさ」

レオを見る紫瞳には、確かな意志が宿っていた。
その上で、口の端を緩めてレイチェルは彼へと問いかける。

「改めて聞くぜ、レオ。お前はどうしたい?」

レオ >  
「…そう、ですね」

分かっている。
これは”我儘”なのだ。
自分も変われてはいない。
なのに相手の事をとやかく言う資格なんてない。
神代先輩だって、時間が要る。

問題は……
今まさに沙羅先輩の方が限界に近づいている事。
いや、限界に達しているだろう事。
だからこそ、急く気持ちがあるのだろう。
勝手に踏み込んで、怒っているのは、そんな”我儘”で。

「実際のところ、どうすればいいと思いますかね…?
 
 …僕も、神代先輩がそういう…なんといえばいいんだろうな……
 僕とも違う、”抱えてるもの”があるのは、わかります…
 それが僕と同じで、簡単に変えられない事も…

 でも、何か……

 変われないなりに、二人を……どうにかしたい、っていう気持ちが、あって。

 これも、自分勝手な言い方になるんですが…
 僕の…好きな人は、沙羅先輩と親しいんです。
 だから、沙羅先輩が苦しんでいったら…多分、その子も苦しむんじゃないか、って。
 そんな気持ちも、あるんです。」

大事な人。
そう言ってはいたが、きっとそれがどういう意味か、なんとなく悟られているだろうと思ったから、包み隠さずに言う事にした。
あの二人だけの感情ではない。他にも関係する事。
自分にも、関わる事になった事。

「……僕は自分を大事に出来ないし、今まで戦いの中で生きていたのもあるので。
 神代先輩が危険な場所にいる事も、戦う事も、否定できないし、むしろ……間違ってないと思います。
 戦う人が必要なのも事実ですし。
 その上で死ぬ人がいるのも、仕方ないですし。
 それが敵じゃなくて、自分や…味方かもしれないのも、当然です。
 それを変えるのも違うと思います。
 
 だから、その上で……
 沙羅先輩の苦しみと、神代先輩がまだ変われない事の間で……
 どうにか、出来る事がないかって……」

レイチェル >  
「理央《あいて》のことを、どうにか救ってやりたい。
 理央《あいて》の在り方がどんなものだったとしても、
 そうしたいと願い続けること自体は、
 きっと間違いなんかじゃねぇ。
 後はやり方次第だ。……ま、そこが難しいんだけどな」

それは穏やかな声色でありながら、重々しく響く音だった。
レイチェル自身も今まさに華霧との関係の中で
向き合おうとしていることだったからこそ、そのように
響くのだった。何かしら裏に思うところがあることは、
レオにも伝わったことだろうか。

そしてレオが語る、彼が怒りを抱くもう一つの理由。
自分の大切な人とも無関係ではないからこそ。
二人だけの関係ではないからこそ、踏み込みたいのだと、
その思いを真剣な表情で受け止めたレイチェルは、
彼を肯定する言葉を返す。
 
「自分勝手な言い方、ねぇ。
 別にいいんじゃねぇの、自分勝手で。
 誰かを救いたいが為に抱く『我儘』だってんなら」
 
誰かに向けて、手を翳《のば》すこと。
それが自分自身への救いになることは往々にしてある。
 
レイチェルの場合。
圧倒的な力を前に傷つけられていく人々。
大切な人を失う寸前に、思わず泣き叫ぶ人々。
そして、目の前で死んでいこうとする人々。
色んな人々に会って来て、その度にこの身は異能《きせき》を
引き出した。

目の前で起こる見たくない結末を否定する為に、
『レイチェル・ラムレイ』は手を翳《のば》し続けてきた。
それは、どう突き詰めても『我儘』でしかない。
だからこそ、レイチェルはレオの『我儘』も肯定する。
精一杯の言葉で、受容する。

「『我儘』は時に誰かを傷つけるかもしれねぇが、
 それでも誰かを救う『我儘』だってある。
 
 お前が自分勝手だと考えてる我儘は、
 誰かを救い得るかもしれねぇ我儘だろ。
 
 だったら……オレからまず言えることは、
 その大事な人達を『守りたい』『救いたい』っていう
 『我儘』を、自信もって貫いていけってことだ。
 
 二人をどうにかしたいって思うなら、
 どうにかする為に足掻いてみせろ。
 それが『我儘』言う奴が背負うべき『責任』ってもんだ」

簡単なことじゃねぇけどな、と呟きながら。
ふっと笑う、後頭部に腕を回すレイチェルの視線は
天井に向けられる。

誰かを救うための『我儘』。
それは、レイチェルの根源《ルーツ》であったにも関わらず、
システムに埋もれる内にすっかり忘れ去ってしまっていた
根幹。山本 英治という男によって再び呼び覚まされた、
『レイチェル・ラムレイ』が抱く彼女らしさだ。


「その上で、具体的に何すりゃ良いか。
 今のお前にアドバイスするとしたら……そうだな。

 まずはお前がしけた顔するのをやめることだ。
 その微笑みの裏にあるお前の悩みを、
 一度吹き飛ばしちまうことだ。

 誰かを安心させたいと思うなら、
 まずはお前自身の気持ちを晴らさなきゃな。
 その為なら、オレは協力するからさ。
 その上で、沙羅や理央を支えていけばいいんじゃねぇか。
 お前の想いを伝えればいいんじゃねぇか。
 オレも丁度……大事な奴のことで、
 色々思うところがあったところだ」

そう口にして、レイチェルは立ち上がる。
そろそろ、休憩の時間は終わりだ。

「……手始めに、オレと模擬戦、やってくか?
 気持ちもちょっとは晴れるだろうよ。
 安心しろ。
 お前の気持ち、オレが受け止めてやるから」

遠慮は要らねぇから、と。
レイチェルは肩を大きく回して彼を見下ろした。
神秘的な輝きを湛えたその顔は、爽やかな笑顔に満ちていた。

「……あ、ただし模擬戦用の武器で頼むぜ。
 オレにも大事な奴らが居て、
 無茶しねぇって約束しちまったんだ」

金髪の少女はそう口にすれば、後頭部に腕を回して
冗談っぽく笑うのだった。

レオ >  
「―――――奇遇ですね。
 僕も、同じことを”頼もう”と思ってました。」

彼女の言葉に、少し笑った。
自分も、同じ事を考えていた。
だから、少しだけおかしかった。

人に”頼る”のを否定していたのに。
いざ頼ろうとしたら、先に頼ろうとした事を切り出されたから。

今、どうしたいか…

何をすべきなのか…

それを考えた中で。
辿り着いたのは”自らを鍛える”事だった。

「……僕の刀術、孤眼心刀流って言うんですが。
 徹底的に殺人…怪異とかを”殺す”為の刀術で、”不殺”にはハッキリ言って向かないんです。
 それに、不死斬りの力もあるので…
 沙羅先輩であっても神代先輩であっても、力づくで止めるなんて事になったら……僕が本気で戦えないか、本気で戦って殺める、もしくはひどい怪我を負わせかねないんです。
 ただでさえ、剣だと上手く戦えないので……余計に。

 だから…”殺さない戦い方”を覚えたいな、と。
 一つだけ……それに向いてる技があるんです。
 単純だけど、上手く使えるようになりさえすれば”殺さず、必要以上に傷つけず”に無力化できます。
 ただ、今は実力が低い相手にしか通用しないので……
 それを本気の戦いで、使えるようになりたいんです。」

そういって、中指を親指で抑え、力を”溜め”て。
少しだけ自分の魔力を中指の先端に集めて、遠くにある、自主練用の的の方に向ける。



そして、弾く。


―――――タァンッ


魔力の探知ができる人間なら、指先で溜めた力を解放して魔力の塊を”弾いて飛ばした”のが分かるだろう。
銃弾のように、それが真っ直ぐに飛び…的を穿った。

「…”これ”ですね。
 『指銃』って言われる基礎鍛錬の応用技なんですが…
 剣と違って威力の調整もかなり可能です。
 魔力を纏わせれば、見ての通り…遠距離からでも攻撃できます。
 威力は…直接当てるよりも弱くなりますけど。


 ……実戦で上手く使えるようにできますか?」

目の前の、眼帯の先輩にしっかりと、聞いた。

レイチェル >  
同じことを頼もうと思っていた、とレオは語る。
その言葉には無言のままに、ただ目を閉じたまま笑みを返す。

「力づくで、ね……ま、そんな事態にならねぇことを
 先輩としちゃ望むけどな」

人差し指で頬を撫でながら、レイチェルは、はは、と。
小さく笑うのだった。
 
「それでも、最悪の事態は想定すべきだし、
 その時にはお前の……
 『我儘』とその『覚悟』が必要になるだろうよ」

レイチェルは歩き出す。
同時に外套が、穏やかに揺らめいた。
 
「でもって、お前が殺さない戦い方を鍛えるっていうなら、
 それは今後も風紀委員としてやっていく中で必ず役に立つ。
 喜んで協力させて貰うぜ」

そう口にした後、的の方に当てられた一撃を、レイチェルは
目で追う。それが魔力の塊であると、すぐに分かった。
今でこそ魔術は使えないが、『レイチェル』になる前は、
魔術師を目指していたことだってある。


「……実戦で上手く使えるように『できますか』だと?」

レイチェルは立ち止まり、最後にレオの方へ振り向いた。

そうして、不敵に。しかし、何処までも優しく笑うのだ。

レイチェル >  
 
「できるようにするさ。してみせるさ。
 それがお前の問題に首突っ込んだ『オレ』の、
 そして……『先輩』の責任だからな――」

満面の笑みを見せて、レイチェルは再びレオへ背を向けた。


「――ほら、行くぜ。
 覚悟しろよ、オレの訓練はハードだぜ。
 足腰立たなくならねーように、気をつけな」

金髪のダンピールは、冗談っぽく笑う。
その激しさは、鬼と呼ばれるほどに。


それでも、その激しさの所以は――。

レオ >  
「なら――――――」

びっくりするくらい、綺麗な笑みを浮かべた目の前の”先輩”を見て。
あぁ…本当にこの人は、あの”先輩”にそっくりだな、と心の中で思った。

笑顔が眩しい。
自分の中のものと、向き合う力がある者の、強い顔。
優しさと、強さを持って……
だからこそ。

彼女に、最初に”自分の事”で頼ったのかもしれないな、と。
苦い記憶の中に埋もれながらも煌めく、思い出を一つ、拾いなおした。

「――――よろしくお願いします。レイチェル先輩。」

模擬剣を手に取り、長椅子から腰を上げ……先に待つ”先輩”の方へと、歩を進めた。

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ご案内:「風紀委員専用訓練フロア」からレイチェルさんが去りました。