2021/10/11 のログ
ご案内:「うたかたの夢」に少女さんが現れました。
少女 >  
 
 
 
『おじいさま、どうして彼らだけが特別なの』
 
 
 
 

少女 >   
生まれた時から、自分を取り巻く世界には、既に恐ろしいものが溢れていたように思う。
遡ること数百年前、とある俳人が枯れ尾花を化生の正体と見抜いた逸話は、まさに遠い昔のことだ。

人間を基準にして、我々を脅かす驚異といえる存在――すべて理の内のものであるが――は、
隣人のようにそこにいた。街を歩けば時折すれ違うほどに。

"例えば、お前のような魑魅魍魎のことか?"
そんなふうにはぐらかそうとする祖父に、
子供じみた必死さでせっついたのを思い出す。

学校の友達、あるいはそれ未満の知人たちが、話題に上った際にとりわけ声をあげて恐れるのは、
角持つ者でも羽根を宿す者でもなく、古典的な特徴として、むしろ『人間にあるべき一部分がない』者たちだった。

それがどうにも解せなかった。

少女 >  
"身近だからではないかね"

絵筆に集中したいのか、あるいは、いつものように、
人の真面目な疑問を、煙に巻いて楽しむ悪い癖が出ているのか、
生きているだけで因果応報の理を否定しているような男の気のない言葉に、
それでも考え込んだものだ。

『わたしたちと近いものだから?』

悪意を持って接してくる人間(どうぞく)とは、恐ろしいもの――であるということはわかる。
非常に近しいものだから、恐ろしく感じるのかもしれない。
でも、それは、その、どうなんだ。

『人間のほうが恐くない?』

そして人間を脅かす異邦人たちのほうが、もっと恐いのでは?
ことさらに、彼らを特別視する理由が見えてこないのだ。

そりゃあ――真夜中に出くわしたら、悲鳴はあげてしまうかもしれないが。
包丁を持った大人や、ぞろりと牙の揃った者のほうが、恐い気がする。

少女 >  
祖父は黙った。
困っているのかもしれない。
そう考えると少し胸が騒ぐ。つかの間の勝利感。
沈黙の合間を、絵筆が滑る様を見つめながら、土産の林檎飴を舐めていた。

"おまえ、社会科はどこまでやった?"

不意な質問に、目を丸くした。
まだ、瞳の色が黒かったころだ。

『ええと――』

なんと答えたのだったか。
少なくとも、その時に、あの俳人が枯れ尾花を指差した、それよりももっともっと遥か昔の日本のことも履修済みだった。

"縄文時代のヤツとかは、出てこないよな"

『え―――?』

困らされることになった。

少女 >  
"ネアンデルタール人のが出てきたとか、聞いたことないだろう"

質問攻めを適当にはぐらかす動きだったのだろうけども、
幼かった自分は、その術中にまんまとはまっていた。
木の棒に石をくくりつけ、マンモスと戦っていそうな――それでいて両足のない半透明な――

"出てきたら恐いか?"

そう聞かれると、首をひねった。
足がついているほうが、目の前に出てきた時の恐怖感は強い――と思う。

"じゃあ、どういう形態なら恐いと思うのだ?"

林檎飴を眼前に置いたまま考える。

少女 >  
"やつがれはな"

答える前に、祖父が切り出した。

"やつがれの、都合の悪い秘密を、抱え込んだまま死んだ奴には出てきてほしくないな"

――なるほど。

少女 >  
『みんなに訊けってこと』

祖父は鼻を鳴らした。
そういうことらしい。

人それぞれなのだ。
それが恐いと思う経緯は。
恐ろしいものだと教えられてきたのかもしれない。
実際に恐い目に合わされたのかもしれない。
理解できないものが恐ろしいという普遍的な恐怖感か。
物理的にどうにもできない(個人差がある)超常の存在だからか。

少女 >  
その日から熱心に、クラスメイトや教師に、なぜ恐れるのかということをしつこく聞きまわった。
案の定変人扱いされたが(元々そうだったが)、それなりに万華鏡めいた様々な答えを得たのを覚えている。

いつか外国人の友達や、異界人の友達ができたら、また聞いてみたい。
違った色の答えが聞けるかもしれない。

――しかし。
そんな風に執着してしまう時点で、自分にとってもやはり、
"幽霊"というやつは、どこか特別な立ち位置にある概念だったのかもしれない。

空を見てしまうまで、そんなことを熱心に考えていた――そんな少女期を夢に見た。
実家の棚には、きっと、多種多様な幽霊の絵が収められている年代が切り取られていたはずだ。

少女 >  
「…………幽霊騒ぎなんて話を聞いたからか」

空気が乾燥しているせいか、もともと最悪な寝覚めに喉の痛みまで加わっていた。
深海生物のような緩慢さでデバイスを手に取ると、日付変更線を跨ぎ、夜明けまでにはまだ長い時間帯。
声が聞きたい、なんていうのも憚られる時刻と、問題の小ささだ。

「いまにして思えば、やつがれが気になっていたのは、きっと、どうして幽霊が特別なのか、とかじゃなくて――」

希薄な境界線の価値を、見定めたいと思ったのかもしれない。

「喉、渇いたな……」

暖かいお茶でも入れよう。林檎飴はあいにく在庫を切らしてはいるけれども。

少女 >  
暗い廊下でばったり同居人と出くわして悲鳴をあげた。

ご案内:「うたかたの夢」から少女さんが去りました。