2021/11/23 のログ
ご案内:「某所 ビル地下2F」にノアさんが現れました。
ノア > 目覚めは驚くほどに穏やかだった。
陽も差さぬ地下の冷たいコンクリートの壁に、安い作りの軋むベッド。
薄っぺらい敷布団の上、毛布もかけられずに転がされていた。

「……自分が世話になんのは初めてか」

雑に着せられたガウンのような物の内を見るれば未だ痛々しく肌は赤黒くうっ血しており、
腫れが完全に引いているわけではない
しかし、その内にあったはずの折れた骨の違和感が消えているのは闇医者の手によるものだろう。
闇医者、というのも個人を指すものでは無い。落第街にそう呼ばれる者が複数人存在するだけだ。

経緯はそれぞれあるのだろうが、確かな技術や表のそれに比肩する異能、
魔術知識を持っていながら陽のあたる場所に立たぬ者たち。
銃に撃たれたなどと言って表の医者にかかれるのは風紀委員等のごく一部に限られるため、
治療に際して発生する高額の医療費は必要経費と割り切る他ない。

切開の痕なども無い事を思うと異能の類で治されたのだろうか。

ノア > 「……帰って、きたのか」

肌に触れる空気の冷たさに一つ身震いをして、改めてあの錆びの世界から連れ帰ってくれたのであろう狐の彼に感謝する。

施術者は既に立ち去った後らしく、ボロ雑巾のようになった自分の衣服が枕元に置かれていた。
医者の仕事に対する支払いは絶対だ。
それを今請求されていないという事は、建て替えた者がいる。

タカハシだろうか?

咄嗟に行き先として告げた友人の古巣で、便宜を図ってくれたとすれば彼だろう。

半ば自分で撃ったような物なので誰にやれたとなると言い出しにくいが、
生存報告を『雲雀』宛に行う。
端末が服の内で砕けることも無く事なきを得ていたのは不幸中の幸いというべきか。

ノア > 二度三度コール音あった後に繋がり、開口一番お叱りが飛んできた。

「悪かったって、迷惑かけてすまねぇ。
……正直助かったよ」

無事である旨を伝えると、ドスの効いた声で無茶をするなと脅される。
二度と同じ事をするなという言われれば、それには曖昧に笑う外ない。

迎えを寄越すという話を辞退しようとすぐに発つ旨を伝えようとしたが、
まともに立つのがやっとの人間が出る幕は無いと一蹴される。

「それもそうか」

電話を切ると、しばし真っ暗になった画面を見つめ、
一度は起こした身体を安っぽいベッドにまた沈める。
自分一人でカタをつける必要はない。それだけで幾分か気の持ちようは楽になった。

ノア > ベッドから這い出すこともせず、コートのポケットを漁り、
一箱のタバコとライターを取り出す。

コーティングが剥げた部分の目立つ蒼銀の色をしていた筈のオイルライター。
正式に警察官になった祝いにと、プレゼントされた物だ。

「吸うと嫌がるくせにこんなもん渡すんだから分かんねぇ……
渡した小遣いこそこそ貯めて、こんなもの買ってくれちゃって」

フリントを回すと久しく使われていなかったオイルがけたたましく燃え上がり、面食らう。
本土では終売して久しい銘柄のたばこは、ありがたい事にカビているような事も無く、
咥えた先にそっと着火して吸えば、なんとも風味の抜けた弱々しい煙が立ち昇る。

ノア > 「――もう何にも、返してやれねぇじゃん」

痛みを伴う煙を肺に落とし、叶わぬ淡い希望と共に吐き出す。
理想と幻想を過つ事無く、今ある物のためにできる事を為す。

頬を何かがひとすじ撫でるのは、きっと久しぶりの一服が目に沁みたせいだ。
涙はとうに、枯れたのだから。

残るタバコは19本。
換気の悪い薄暗がりの中、幕引きに向けて男は紫煙を燻らせていた。

ご案内:「某所 ビル地下2F」からノアさんが去りました。