2021/12/09 のログ
■月夜見 真琴 >
「斯様に、演じる部分そのものは自前だから、
表現されるものは幾分カリカチュアされた虚像にはなってしまうがね。
こういう風に相手を驚かすだけの奇術の域を出ないものだよ」
極端化された個性の再演に留まる。
しょせんは贋物。そして、消耗の激しさから"実用"にも足らない。
たとえば――。
あるはずのない足場を、あると相手に誤認させるとか。
平静さを失わせた上で、そこを歩くように促せば、簡単に"実用"できる。
だが、そういうことは一度もしていなかった。
やることは笑って済む悪戯ばかりだ。
だって、そんなのは――
「――――本来であれば。
安全なところで落ち着かせて、静養させておくべきだ。
今、あれは風紀委員会で何をしている?
おまえは、その行動を容認しているな――どういうつもりだ?」
カップを静かにおいた。
赤い舌がクリームを舐め取る。
「返答は聞いていない。
やつがれに捜査権はないし、服務規程違反になるだろうからな。
ただ、あれがかなり危険な状態にあるなら、余計なことは吹き込むな。
"なんだそんなことか"とか、"だったらこうすればいい"という意識の変化が、
均衡の崩壊を生み、幻覚に食い殺される可能性だってある――
あいつがいま見せている姿も、あいつ自身が作り出した、
カリカチュア化された山本英治という仮面に過ぎないかもしれないんだぞ」
言い含めておく。
月夜見真琴は、精神の強さというものを――あまり信用していない。
戦うということを、美化もしていない。
慎重過ぎるかもしれない。
山本英治という人間を、レイチェル・ラムレイという意思を、
信用していないのかもしれない、だが、ひとえにそれは、
「"おまえたち"がするべきことは、
絶対に、園刃華霧の前からいなくならないことだ」
決定的な破局を危惧してのことだ。
それを押しても優先する程のことだというのなら、
「なにを追っているのか知らないが。
絶対にふたりとも無事で帰ること。
そして、おまえたちが風紀委員であることを見失わないように」
殺人から始まった、誰かの物語。
あるいは、死という形で幕を引いてしまった、いつかの"公演"のような。
それを過ちと考えるなら、風紀委員であるならば、犯罪者に対する始末は如何に在るべきか。
考えなければいけない段階だった。
ソト側にいるからこそ、冷静に忠告を捧げた。
正義に、善意に、熱意に、運命に――"酔う"時こそ、
足元を掬われる、最悪の隙なのだと。
他でもない、月夜見真琴が狙う好機でもあるからこそ。
「それを、見失おうというときは―――………、」
■月夜見 真琴 > 「……救いたい、とかさ。
ひとりの人間が考えるには、重たすぎる感情だよ。
その重さ、相手にはけっこう伝わっちゃうんだ」
レイチェル・ラムレイが、
"レイチェル・ラムレイ"たろうとすることは、危険だ。
彼女が、一部では伝説のように扱われているからこそ――
いつか、在りもしない太陽を幻視していたどこかの女生徒のように、
多大に過ぎる期待が押しつぶしてしまう悲劇も、繰り返させたくはないから。
「痛みに決して患わずして、謀られた時こそ笑え――これもお祖父様の受け売りだけど。
自然体でいるときのあなたが、一番強いんじゃないかって思うよ。
どうしてもつらいときには、わたしがいるから」
手を差し伸べるように。
どうせ、止める権利だってないのだ。
風紀委員としてできることは、こうして小言を言うことだけ。
であれば今の、名状しがたい関係を、少しだけ昨日より強く結んでおきたい。
「いまのポイント高かったでしょう?
――さ、つぎは、楽しいことを聴かせて?」
■レイチェル >
「ありがとな。お前の言うことは、本当に筋が通ってる。
だからこそ、お前の言葉は全部、胸に刻んでおくぜ」
目を閉じたまま微笑んで、頷く。
本当にそうだ。月夜見 真琴という女は、
監視対象であるからこそ。外側に居るからこそ。
冷静な提言をくれる。
それは、とてもありがたい話だった。
その言葉に救われたことが何度もあった。
だが、英治のことに関して言えば。
「……だがオレは同時に、論理で解決できるほど、
シンプルじゃねぇとも思ってる」
風紀を離れて渡航して尚、今の現状であるとなど考えれば、
ただ静養を続けることがベストな選択肢だとは、
オレには到底思えなかったし、それ以上に――。
返答は聞かない、という言葉があったからこそ。
オレは続く言葉に対する返答だけを寄越す。
「ああ――」
一歩一歩、とは言った。
しかし、正義に、善意に、熱意に。
酔えるような暇など一切ない。
彼女の強い意志の籠もった囁きを聞きながら――
■レイチェル >
「分かってる。華霧の前から居なくならないことは、
オレにとっちゃ……
そして、『オレ達』にとっちゃ最優先事項だ」
これ以上、傷つける訳にはいかないのだから。
そうして続く、何処か柔らかな言葉には。
「……伝わっちゃう、か。
そうだな、ある意味……
あいつのことをきちんと見ようとするあまり、
オレが、自分自身を見ることができていなかった所は、
やっぱりまだあったかもな」
重たい感情。その自覚はあった。
けれどその中で、その重たい感情を抱えている自分自身が、
あいつの目にどう映っていたか――。
ああ。あいつが言ってたお互い様の意味、
改めて一つ分かった気がする。もしかしたら、だけど。
「……自然体、ね」
まぁ、そこんとこに関しちゃ、
前に比べりゃ多少マシになっては来てる。
それでもまだまだ、ってところは確かにある。
絶対に救わなきゃいけない。助けなきゃいけない。
きっとそれは、オレ自身の過去《のろい》に根ざした
溶けぬ氷だ。
これもいずれ、何とかしなきゃならねぇんだろうか。
「……何のポイントだよ」
思わず呆れ顔。いや、こういうとこなんだよなー、こいつ。
ほんと、こういうとこ。
けれど。
「ま、ほんとありがとな」
改めて礼を口にする。
真琴にこの件を話して良かったと思うし、気も引き締まった。
ほんと、頼りになる奴だ。頼りっぱなしじゃいけねぇんだけど。
そうだ、これから何をするにしても。
あいつの前からオレは、絶対に離れない。
抱え込み過ぎちゃ潰れるのは、その通りだ。
それでも。それだけは、その想いだけは――。
「……んじゃま、最近笑えた話でもしてやるか。
ちょっと前に、貴家がさ~」
真面目な話はこれで終わり。昔馴染みの小言に感謝しつつ、
後は、楽しく語り合うこととしようか――。
少しでも潤いを手渡すことができるのならば、きっとそれが。
■月夜見 真琴 >
「言うだけは言った。
あくまで推測、且つ一方からの私見だ。
そのうえでそっちのやり方を"選ぶ"なら、
――現場判断はそっちの得意分野だったから」
あえて止める理由はない。
述べられる所見は述べておいた。
役割は果たしたはずだ。
詰まるところ、刑事部、前線、それらに僅かでも身を掠めさせるなら、
100%の確実など保証されはしない。
起こったことを受け止めて、正解にしていけばいいだけだ。
どうせ――自分は赦してしまうのだろうし。
(まあ、ブロウ・ノーティスは教師だったわけだし
――生徒が超えられない試練は課せるまい)
不安と恐怖があるうえで、
なにもかも想定通りなんて――面白くない。
そう思う自分もいるのだ。
「いいよ、ゆっくりで、大丈夫。
焦らなくっていい。
すくなくとも、ここでは」
現場から、現世から、切り離されたような場所で。
甘い飲み物が供されて。
それでも今は、ここにいて、と、強く引き止めることはない。
この場所も、その主も、変わらないようでいて、変わっていく。
「この季節に有り難そうな尻尾とまた何か面白いことしたの?
ねえ、きかせてきかせて――」
楽しい話に耳を傾け、相槌を打ちながら、
そうした時間に充実を覚えた。
何処か遠く感じる、かつての古巣の現在の話を、たのしそうに。
穏やかな刻一刻が、嵐の前の静けさでなければいいと願いながら。
ご案内:「偏屈画家の邸宅」から月夜見 真琴さんが去りました。
ご案内:「偏屈画家の邸宅」からレイチェルさんが去りました。