2022/03/16 のログ
ご案内:「とある洋菓子店」に藤白 真夜さんが現れました。
藤白 真夜 >  
 甘い香りがする。
 
 それもそう、とある洋菓子店の前に私は立っていた。
 時節柄、この手のお店には客足が増えるらしい。やっぱり、男のひとの姿が少し目立つ。
 ホワイトデー。
 名前でだけ見るなら、私に似通うのかもしれなかった。

 ショーケースの中には、色とりどりの洋菓子が並んでいる。
 イチゴのケーキ。
 イチジクのタルト。
 林檎のパイ――

 色鮮やかで、香りも豊かに自らの甘露を謳う香り。
 飾られる菓子を前に品定めに悩むようでいて、まったく別種の重いものを抱えて立ちすくむ。
 私の心中は、重く沈んでいた。

(……どうして私が……)

 知らず、顔が下をむいた。
 私はただ、お返しを買いに来ただけ。
 甘く、感謝の気持ちと共に贈られるもの。

 でも、私は……、信じられなかった。

 ――本当に、私にそんなことをする資格があるのだろうか。

藤白 真夜 >  
 感謝をする。
 それならば良かった。
 けれど……そもそも、私に贈り物が届けられるほどの何かが、あるのだろうか。
 それを疑うことは、私には心苦しかったけれど……、それほどまでに、自分自身への疑念は深い。

 ただ、相手を想うこと。
 感謝と感情の取り扱い方は、時として簡単に色に染め上げられる。
 バレンタインデーのようなイベントを気にするつもりはなかったけれど、自分のこととなると思いのほか考え込んでしまうものだった。

 ただの感謝の気持ちにすぎないかもしれない。
 たぶん、あまり詳らかな意思の元にでもない。
 ……でも。
 私に届いたそれに、少しでもそういった想いがあるのならば。
 ――そう、考えただけで。
 
(……駄目。)

 歓びよりも遥かに早く、私の心の中には罪悪感が溢れかえった。
 黒く、焼け焦げるように。
 ……今の私に、別の何かに目を向ける余裕は、資格は。
 そう問う自らの声が、止まない。

「……はあ」

 ショーケースの中のイチゴのパイを見つめて、溜息をついた。
 ……艶々として赤くて、見た目は好きだった。
 でも、だめ。
 まっとうな食事よりかはマシだったけれど、お菓子はお菓子で好きになれない。
 ……それは、人が生きる上で必要の無い栄養素だから。

藤白 真夜 >  
 私は元から人との結び付きが下手な性格だ。
 自ら避ける部分もあった。
 ……ようするに、人付き合いが苦手なんですけどね。

 それでも……近く、かけられた言葉の影響はあったかもしれない。
 あたりに漂う果実の香りと甘やかな雰囲気の影響も、あったかもしれない。
 甘くて綺麗なモノと現実から目を背けるように、瞳を閉じた。
 向かう先は、自らの中。
 ……それは、私の現実と大差の無い暗いモノだったけれど。 

 気持ちを、感情を、そのまま受け取ることはきっとできない。
 ……私に、甘やかな何かを受け取る資格は無い。
 でも。
 何かに流されることなく、ただただ在るモノだけを見つめれば良い。
 未練や絆だなんて、結ぼうとしてできるものではないのだから。

 ただ、受け取ったものを返すだけのこと。

 ぱちりと目を開く。
 また、イチゴのパイと目が合った。
 
 ああ……甘いモノでお返しを、だなんてことがそもそも、このイベントに流されていた。
 私はこういうの、別に好きでもなんでもない。
 ただ、赤いから食べてみようと思っただけなのだ。あれは、割とうまく食べるフリができた気がしますし。

藤白 真夜 >  
「……よしっ」

 長らくお店の前に立って辛気臭い顔をして見るだけ見る、というお店側からすれば噴飯ものの行為をした挙句、何かを振り切るように声を上げた。私には珍しく。

 ホワイトデーにお返しをするならクッキーだとか、マシュマロだとか、知らないし。
 ……本命だとかバレンタインデーだとか、それこそ知ったことじゃない。
 恋愛だなんて、私には数字通りに100年は早い。

 ただ、贈られたコトに感謝の気持ちを返そう。私としての、形を。

 そう決断すれば、あとは早かった。

「……うーん……リボンだけ添えておいたほうがいいんでしょうか、こういうの……」

 ぶつぶつとつぶやきながら足を動かす。贈り物なんてしたことありませんしね。
 すぐに、お店の前でぶつぶつ呟く営業妨害に気づいて、小声でそこら中に謝りながら頭を下げるけれど――
 上げられた顔からは、暗い罪悪感は抜け落ちていた。

ご案内:「とある洋菓子店」から藤白 真夜さんが去りました。