2020/07/07 のログ
■簸川旭 > 何もかも変わってしまった世界で。
変わらない人の優しさに触れた。
何をどうされれば自分を救ってもらえるのかなどわからない。
何も信じておらず、何も希望を持っていたわけでもないはずなのに、優しい言葉を掛けられ、真摯に話を聞いてもらえれば、それだけで希望をもってしまいそうになる。
もし成功しなければ? もし嗤うことが出来なければ?
今はそんなことは考えられなかった。
ただ、この時代に目覚めて、少しでも生きる希望が芽生えたような気がしたのだ。
自身にとって、何もかもが虚構に思えるこの世界で、世界が変容する前と同じ手の温もりに触れられたのだから。
「僕は風紀に引っ張られたくないんでね。お断りしますよ」
快活な笑いが戻ってきた。
眠りにつく前ならば、思わず顔を赤くしてしまいそうな冗談も、今はどこか冷静に返してしまう。
まだ、心からの笑いには程遠い。やはり、心は冷えたままなのだ。
だが、目の前の、自分を笑わせようとする、楽しませようとする彼女の姿は好ましい。
彼女が心に抱えるプレッシャーも、今はただの「生徒」となった旭には感じ取ることは難しい。人のことを考える余裕など、今もないのだから。
「今日の洒落のセンスを見てると、あまり期待できませんが」
そう言って、皮肉めいた言葉をかける。
無理にでも笑みを作れば、いつか人は本当に笑えるのかもしれない。
とにかく明るく笑う彼女の姿を見れば、昔誰かがそんなことを言っていたのを思い出す。
故にこそ、虚無的であっても笑みを作って見せて。それでもまだ、笑顔には遠い。
「……まあ、さっきよりは面白いかもしれませんね」
セルフツッコミを行いながら、快活に笑う彼女の姿を見て、またそんなひねた言葉を返す。
どこか、この時間を楽しいと思える自分がいた。
そんな気分になったのは久しぶりだ。きっと、目覚めてからは初めてかもしれない。
流石に何度も手を握り返されると恥ずかしさもあり、顔を背けた。
「明日は七夕。まあ、そういうささやかな人並みの幸せぐらいは、祈ってのもいいのかもしれないな」
――こうして始まった一舞台。
人は皆、己の悩みや不安を心に秘めて生きている。
偽りを表して、それでも健気に明るく生きようとしているのだ。
そんな彼女が果たして、冷えた心の青年を笑わせることができるのか。
それとも諸共地獄へ堕ちるのか。
それはまだまだ、先の話で。
短冊を前にして、生徒と教師のときは過ぎていった。
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