2020/07/08 のログ
ご案内:「深夜の学校」にヨイ%チ カ タさんが現れました。
■ヨイ%チ カ タ >
カツン、カツンと硬質な音が消灯された廊下に響く。
身の丈ほどの画材を手一杯に抱えながらそれは月明かりに照らされた廊下をふらふらと歩いていた。
「……-……-♪」
か細い声で歌いながら時折画材を抱えなおす。
深夜の学校でこうしてさ迷い歩くことはあまり良い顔はされないことが多いが
はた目から見れば目立つかもしれないほど大きな荷物を抱えたそれは
守衛の目の前を通っても、夜間部の生徒とすれ違っても目にとめられることも呼び止められることもなかった。
いる、と気が付かなければ聞こえない。見えない。
それはそんなものだったから。
「……んしょ。」
目当ての場所にたどり着くと画材を置き、カーテンを開け放つ。
まるで額縁の様に夜空を切り取る大きな窓にはかつて見たような月がぽっかりと浮かんでいる。
僅かに目を細めてそれを眺めた後、抱えていた画材を組み立て始めた。
数分後には大きなキャンバスがイーゼルに立てかけられその前に置かれた丸椅子の上に
三角座りして筆を握っていた。
「……」
キャンバスに触れた筆先が迷うことはない。
迷うほどのテーマを持たせているわけでもない。
いつだって描くものは変わらないということもあるが
気の向くまま描いているといつも同じものを書いてしまう。
■ヨイ%チ カ タ >
しかし今日はいつもとは違った。
いつも描く月、けれどその色合いは全く別の物。
夜空をネガポジ反転させたかのように
真珠色の空に黒く沈んだ色で描かれた月はまるで虚空へと繋がる穴のようで……
「……ぁは」
大半を書き終えた後、勢いよく描いていた手が次第に速度を失い、止まった。
やはり自分に創作の才能はないようだ。とそれは再度月を見上げる。
自分の記憶にある月はこんな色ではなかったはずなのだけれど
それがどんな色であったかは未だに思い出せないままだ。
「……楽しかったなぁ」
ぽつりとつぶやく。
学生として過ごしていた期間は自分が記録している中では間違いなく最も穏やかな時間だった。
気が付かないうちにそのままずっと停滞すればいいと願ってしまっていた程に
それは穏やかな時間だった。
「うん、たのしかったねぇ」
他者から見ればあらゆる面で違った感想かもしれない。
当初の目的ではそんな予定ではなかったかもしれない。
少なくともそれにとっては心安らかに思い出すことのできる時間が多い、穏やかな時間だった。
あの頃と何も変わらないはずなのに。
■ヨイ%チ カ タ >
今から思えば甘えていたのかもしれない。
停滞することを許容していた時点で
数年前の自分から言わせれば怠慢だろう。
願いに至る手段を探る。
それだけの事だというのに随分と長い小休止をしてしまった。
「……くふ、非効率だって君は言うかなぁ。
思えばボクはいつも無駄な事ばかりしてた気がする。
それが楽しくて仕方がなかったんだけど。
ふふ、怒られても何も言えないね」
再び筆が動き始める。
描くのは夜にしか咲かない花。
あのヒトにはいつもこうしていたから……
描いた絵の傍に空の花瓶を置く。
もう、ああして合うことはないだろうから。
だから最後にいつものような花を届けておきたかった。
……本当に、馬鹿みたい。臆病で、下らない執着。
「随分待たせちゃってごめんね。
……これで最後にするから。」
絵をそこに残したままゆっくりと立ち上がる。
これは誰にも届かない。これは記憶から消えてしまうから。
いや、届かなくていい。忘れてくれる方がずっと楽だ。
「ボクはちゃんとボクを演じきって見せる。
……ちゃんと約束したとおりに。」
真実も過去も事実も、些細な事。
大切な願いの為に歩き出そう。例えそれが何もかもを無くすためのものでも。
私は笑顔で歩いて逝ける。
それに、あり得ない未来……届いた時を想うだけで、もう十分だから。
ご案内:「深夜の学校」からヨイ%チ カ タさんが去りました。