2020/07/15 のログ
群千鳥 睡蓮 > 「まあ……」

ぼかしておく。この場で深入りする問題ではない。
特に殺したモノたちについては。
今考えるべきは、自分の認識、思い出したかそうでないか。
そしてソフィア先生のこと。

「じゃあ―――それは。 しょうがないですね」

と。
一言で言い切った。

「………先生は、『そういうもので在りたい』んですか?
 後ろ向きな言葉しか口にしないようになったら、
 ほんとうにそうなってしまいますよ――あたしが『視て』いても」

他人に依存する存在。
それはわかった。彼女は自分がそう在りたいと言っていた『癖に』。
眉根を潜めて、悲しげな表情で迎えた。
手を伸ばして、ぽん、と頭をなでてみた。

「どういうロジックかはだいたいわかりました。
 ――よく、思考問題にでてくる、あれですね。黒猫、そういうことか。
 四年後に消えてしまう、というのも、理屈の上では分かります。
 ……そのうえでソフィア先生はどうしたいんですか?
 どう在りたいんですか? 教えてください。
 ちゃんと、あたしはここで今、『認識』していますから」

静かに、柔らかく。
あたしはあなたに、何を返せる。そう、真っ直ぐに問いかける。

ソフィア=リベルタス > 「んふふ……どうなのかな。 私自身、分かっていないのかもしれない。
 少し前にね、エインヘリヤルが此処に尋ねてきた、世間話だといってね。」

苦笑いする様にして、話題を変える。
苦し紛れというよりは、自嘲する様に。

「その時にも言われたんだ、お前は矛盾しているってね。 直接位言われたわけじゃない。 先生であろうとしているくせに、化ける存在であることを捨てていない。
 矛盾、化けてしまえば先生ではいられない。
 精神に依存しているくせに、肉体は全く反対のことをしている。」

同じだ、口に出る言葉と、想っている言葉が違うように。

「その時は、うん、そのまま口にしたよ。
 わたしは『人間』に、不安定な存在に憧れている、ってね。
 あぁ、本心だったとも。」

それは、例えば睡蓮の様な、例えば理央の様な、あの楽し気な『ラ・ソレイユ』の時の様な、ソフィアらしさがそうだったのかもしれないけれど。

「不完全で、不安定で、短くて、儚い、愚かな人間に、憧れている。」

『化け物』は、そう言うくせに、顔も歪めずに涙を流す。
それは、何が泣いているのか、ソフィアなのか、化け物が泣いているのか、それとも。

「でもね睡蓮、想った以上に、この不安定さは恐ろしいものだ。
 消えてしまう、誰かの思い出になることもなく、消えてしまうかもしれない。
 誰かの過去(想い)に塗りつぶされて、『私』でなくなるかもしれない。
 それがね、堪らなく怖いのさ。 不安定に憧れているというくせにさ。」

如何在りたいのか、在っていいのか、『化け物』にはそれが恐ろしい。
それは、ひょっとしたら自分が望んだ何かではないかもしれない、そう考えることが、過ってしまうことが、堪らなく恐ろしい。

「一人は怖いんだ……消えてしまいそうで。 でも頼るのも怖いんだ、変わってしまいそうで。
 だから……私は、如何在りたいのか、それすらもわからなくなって。
 睡蓮。私とは何だ? 僕ってなんだ? 私はどこにいて、何がボクデ、ナニガ私ナンダ?」

輪郭が崩れて行く、自己の認識が崩れて行く、ノイズの様に。
言葉が歪む。

『ソフィアって誰ナンダ。』

歪んだノイズは、哭いている。

群千鳥 睡蓮 > 「ああ、理央の―――」

彼女さん、というのはいささか飛躍した妄想ではあるが。
彼のプライベートな知り合いであり、ビジネスパートナー。
いまのラ・ソレイユにおいて、陽と並んでなくてはならない存在だ。
見定めようとする金十字の瞳。きらいではないが、やりづらい眼光。
それは的確にソフィアの弱さを突いたようだ。
そしていま彼女は揺らいでいる。
いい趣味していやがるな、と口のなかで笑った。

「………………先生」

化け物の言葉は、あまりに遠い。
理解しようとすればするほど、
たとえばなしをたえるような堂々巡りに囚われそうな思考実験。
そういう『存在』だと言った。おそらくそれが彼女の『本質』。
であれば、彼女が無表情のまま流す涙を、そっと指ですくって、

「ふざけるなよ………」

胸ぐらを掴み、持ち上げた。立ち上がる。

「あの夜、あたしに判ったような講釈垂れておいて――
 こまっしゃくれたガキに図星つかれて鬱に入ってたのか?
 あのバカ野郎といい、普段から大言壮語振りかざしてる奴にかぎって、
 小石に蹴躓いただけでピーピー泣きやがるな……?
 『世界でいちばん自分がかわいそう』病が流行でもしてんのか」

睨みつけた。認識する。
意志の双眸。其処に実像は結ばれる。
唯だ、識だけが在る――故に。

「消えたいならそのまま消えろ。 今なら誰も悲しまないぜ? 
 ――あんたは、『そう在りたい』んだと思ってた。
 化け物でありながら、『人間のようなやつ』で在りたいのだと。
 自由の刑のなかで、みずからの在り方はみずから定義しなければならない。
 それは化け物も変わらない――もっとわかりやすい仕組みになってさえいると思ってた。
 だが、あたしはそこから目をそむけ続ける弱者がきらいなんだよ。 わるいね?」

そう言いながら、ソフィア=リベルタスを定義する。
飲み込む。自らの世界に。そして、群千鳥睡蓮の内側の世界は、外側の世界を侵す。

「どうする、化け物。 夜闇に消えちまったらいっそラクになるぞ。
 もうなにも考えなくてよくなる。
 このまま放り捨ててやろうか。なんだったら月面にたたきつけてやってもいいんだぜ。
 ―――そう『在りたい』と願うこと。『在りたい』姿を探すこと。
 その途をつくる意志さえ放棄したものに、存在価値はない」

それは、邪悪すら凌駕する圧倒的な無価値だと、断ずる。

「――あんたはどうしたい?」

顔を引き寄せる。問いかける。

「あたしがあんたに先生でいてほしいってだけじゃ不満か。
 そんな生徒に、あんたの同僚に、頼るのがそんなに恐いか?
 一人じゃ立てねえなら好きなだけ掴まれ。屁理屈並べてねえでな。
 泣きべそかいて恥ずかしい格好で『助けてくれ』って言やいいだろ。
 ――しゃんとしろ! 『先生』だろッ!!」

ソフィア=リベルタス > 『虚像』は『実像』に変わってゆく。
そこに在ることを許されたように、『ソフィア』であることを定義されて。
相貌が、少女を捉える。 顔をくしゃくしゃに歪めて、胸ぐらをつかまれて、暗闇に浮かんでいる少女は泣いている。

「そこは、悲しんでくれたっていいだろう……睡蓮。
 私が消えても、泣いてくれないのかい? それは、寂しいなぁ。
 嫌われるのは、嫌だなぁ。 友達だと思ってるんだぜ? これでも。」

冗談のように笑いながら、ぐずぐずと鼻をすすって、見た目通りの幼い少女の様に泣いている。
ちぐはぐで、矛盾していて、それでも、それが一番ソフィアらしい。
彼女がそういうのであれば。

「怖いんだ……睡蓮、死ぬのは怖いんだ、消えるのは怖いんだ。
 嫌われるのは、もっと怖い。
 あはは、おかしいかい? おかしいだろ? 先生なのにさ。」

群千鳥 睡蓮の世界に、彼女の理解する『識』に捕らわれる。
掴まれて、しがみついて、抱き寄せる。

「良いのかい? 睡蓮、私を助けるってのは、そういうことだぜ?
 私を君が決めるってことだ。
 君を私が決めるってことだ、そこまでの覚悟、君にあるのかい?
 誰かの人生を背負う覚悟、君にはあるのかい?」

泣きながら、しがみつきながらそれでも、『睡蓮』を案じる。
覚悟を聞いているというよりは……、こんなものを背負わなくてもいいんだぜ、と笑っているような。
そうされても、だれも恨みはしないというように。

「月の半分すら埋まっていないような、君の心に、誰かを住まわせて、良いのかい?
 まだ道半ばの君に、それができるのか?」

祈りではなく、自分への保身でもなく、彼女の心配をどこまでもしている。
ソフィアとは、どこまでもそんなお節介な奴だった。

「それでも、君は私を助けてくれるのかい? 『先生』と、呼んでくれるのかい?
 ソフィアって、君は呼んでくれるかい?」

最後の最後で、『化け物』は『ソフィア』の顔を見せた。
いつも不安に押しつぶされそうで、助けてほしくて、それでもそれを隠して、誰かに手を伸ばしていた、小さなお節介焼き。

群千鳥 睡蓮 > 「いったろ……『先生はソフィア先生でいてね』って。
 あんたがいなくなったら、悲しいよ、寂しいよ。
 だから、言ったんだ。
 あんたもいなくなりたくないって思ってくれるってうぬぼれただけ」

はあ、と肩を落として、認識のなかにとらわれるソフィアを見る。
座り込んで、自分のほうに彼女をもたれさせた。
逃さない。溶けさせない。彼女がそれを望むなら。

「そりゃそうだろ……、ふつうはそう。
 先生はふつうだって……それじゃいや?」

生きていたいと思うから、人生には価値があるのではないか。
いつか運命の帰結までに、謳歌し、恥じないためにもがく意味があるのではないか。
恥と失敗にまみれた旅、じぶんもまだ、そうした我執の穢れを引きずって歩いている。

「え? いや、ないけど」

一生あなたを背負っていく覚悟なんて、そもそもしていない。

「あたしに背負わせんなよ。 選んだのは『あんた』だ。
 今立ってられないなら、あたしに縋っていればいい。
 ……優しさにおぼれて、じぶんで選ばないやつは、あたしはきらい。
 だから――ね、ちゃんとまっすぐ立てるまでは、こうして支えますし。
 そしたら。 そのあともずっと、あたしは『睡蓮』です。
 この胸に多くのひととの出会いと別れをとじこめて、世界をつくるモノですから」

ともに歩いていくのだ。
自分と、みんなと。あなたを恩師と仰ぐものがいる。
多くいる。ゆえに、それが「ソフィア=リベルタス」をかたちづくっていくだろう。
彼女がソレを望むなら。 たまたま、自分が最初のひとり。
鋳型となるだけだ。それが済めば、対等になれる。なりたい。

「それ以外にあんたをなんて呼べばいいかわかんないし。
 あたしはまだ、あんたに色々教わりたいんだよ。
 できのわるい生徒だから。 だから、『いてね』って言ったんですよ。
 ほら。 ソフィア先生。 しゃんとして。
 導いてくれたぶん、恩返しするのが生徒の役目ですから……ね?」

猫にしてやるように、脇下に手を入れて、持ち上げてあげる。
笑みを向けて、問いかけた。

ソフィア=リベルタス > 返答を受けて、ソフィアは笑う。
ケタケタと、愉快そうに笑う。
頬に伝った涙が弾け飛ぶくらいに。

「あはははっ、ふふ、そう、だね。 うん、それが普通か。
 考えたことなかったよ。」

死ぬのが怖い、それは当たり前のことで。
そんなことすら忘れていた自分に、嗤う。

「なんだい、てっきりプロボーズの言葉かと思ったのに。」

クスクスと冗談のように笑って。
やっぱり生徒を揶揄う。 君がそれを望むなら、私はそういう『人間』のような『化け物』であろう。

「本当のことを言うとね、ここにいる私は虚像なんだ。」

自分を持ち上げる、生徒に向けて告白する。
どこか遠くの世界を垣間見て。

「向こうにいる、私から切離された一部分、それが私で。
 だから、認識を貰ってもそれを保持できなかった。
 虚像だからね、全てすり抜けて行く。」

異邦の世界に、もしもまだソフィアが居たとして、それを実像とするのなら。
たった一部分、『ソフィア』だった何かから分離されたそれは、導を失って。
『形』を求めた。

「でも、今君が、僕に形を、実像をくれたんだ。
 わかるかい睡蓮、君が、正に金型になって僕を作り上げた。」

ソフィアがどういう意味で、それを言っているのか、理解するのはきっと難しい。
彼女であれば、理解することもできるのかもしれないが。

「だから言ったんだ、僕を背負う覚悟があるかって。」

ニシシと嗤って、生徒の頭を撫でる。

「理解しなくてもいい。 君という世界が、確かにここにあった、それを君は証明した、それだけの話なんだ。
 まぁ、相変わらず認識という誰かの力を借りないといけないのは変わらないんだけどさ。」

ぴょこぴょこと、首を振れば、いつもの『黒猫』が姿を現して。

「だから、君がそう望むなら、君達が望むなら。
 私はもう少しだけ『ソフィア』でいることにするよ。
 それが君の恩返しだというなら、跳ねのけてしまっては失礼だしね。」

共に歩きたいというのなら、せめて君が歩みを止めるまでは。
共に歩こう。
君に教える『師』として、叡智を与えるものとして。

「ところで、物のついでにお願いがあるんだけど。」

こんどは、ちょっとにやついた顔で、いたずらっぽく。

「夜は怖いから、一緒にいてくれるかい? ルームメイトでいいからさ?」

ソフィアはにししと、何時も通りに笑った。

群千鳥 睡蓮 > 死を忘れるな。その言葉はまるで旅芸人のようにひとりあるきをしていた。
時に恐怖を煽る白塗りのピエロでありながら。
限られた生を謳歌せよ、という意味合いのスローガンであったこともあるという。

「みんな苦しくて、みんな辛いんだと思うんです。
 でも、あたしはだれよりも強い存在なので――少しだけ他より余裕がある。
 だから、恐いだとか辛いだとか、大切なひとたちのそれなら、
 少しだけ分けてほしい、つかまってほしいんです。それはわすれないでね」

自分は、死を恐れる気持ちは少しだけ希薄だ。
だから、余裕がある。ふつうではない。
自分が死ぬことも、他人に死を与えることも、かんたんだった。
恐いのは――この、恥辱にまみれた苦しみの生の終わりに、
笑えないことだ。だから、痛みや苦しみに泣かずに、前に進みたい。
誇り高く。与えられたものは返したいのだ。

「外で会った、『黒い神父』みたいな――まあ、そんな感じ、ですか?
 ええ……なんか悪い影響受けてません?
 あたしの異能、けっこうよろしくないものですよ。
 金型、ねえ……それだったらもっとこう……大きくなってると思ったけど……
 ……まあ、なにが起こっても大丈夫。 あたしは一番強いですから」

覚悟など必要はないのだ。
肩を竦めた。『自分にはそんなことができて当たり前』。
そう考えて、すべてに向き合う。たまに辛いが、もっと辛い人は山程いる。
目の前の教師もそうだ。だから、優しくなれる。

「ちゃーんと、視てますよ。 あたしも……みんなも。
 先生、意外と人気者なんですから。 なんたってテストなくなったし」

そうやって、生徒として笑ってみせた。じゃあ、と彼女を抱き上げる。
時計塔から飛び降りて、音もなくふわりと降り立てば。
魔の鳥は虎の眼でもって、ひと筋の光となる。闇のなかで道行くための杖として、ひととき。

「教師と生徒でルームメイトって、いいんですかねー?」

苦笑しつつ、家路につこう。
うんと子供の頃には、母に抱かれて寝たものだ。
それを誰かに返せるなら、自分は更に強くなれる。
ソフィアに恥じない生徒で在れるだろう。

ご案内:「大時計塔」からソフィア=リベルタスさんが去りました。
ご案内:「大時計塔」から群千鳥 睡蓮さんが去りました。