2020/08/02 のログ
■神代理央 >
過去の己が吐き出した言葉が、己を穿つ。
嗚呼、それは彼等と出会う前の己だ。
先輩に、後輩に、友に、恋人に。
出会う前の、己の言葉だ。
「――そう、だとも。ああ、そうだ。
あの場所で、あの区域で。何人死のうと、学園は関知しない。
認知しない者が死のうと、消えようと、常世学園の人口には何の変化もない。
島に巣食う悪霊にならぬ様に。邪魔者にならぬ様に。慰霊祭で纏めて弔われるだけの『名無し』だ」
過去の己を否定しない。
拳を握り締めながら、それでも微笑む彼女から視線を逸らさず、言葉を紡ぐ。
「……その方が楽だ、と言えば。お前は私を憎まぬだろう。
許してくれ、と言えば、憎むのだろう。
だから、どうすれば楽かなどとは言わぬ。お前の『好きにしろ』」
そうして言葉を区切れば、夜風が己の頬を撫でた。
無性に煙草が吸いたかった。紫煙で、思考を煙らせてしまいたかった。
■小桜 白 > 「ふふ………」
微笑みが深まった。
「ほら。そうやって挑発して」
「憎んでもらおうとしてる」
「きみは、狡いね………そうやって、楽なほうに逃げてる」
花火のほうに視線をやる。
「わたしもそう………」
「煙草。どうぞ?」
「みてないから」
みていた。
最初の仕草も。
「………憎めたら楽だったのかなあ」
微笑んだまま、肩を竦めて。
■神代理央 >
「……否定はしない。だが、憎もうと憎むまいと、何方でも構わないのは本当だ」
「私が強制するものでもない。『好きにしろ』というのは、本心だよ」
小さな溜息。
少女の言葉が耳を打てば、その溜息は更に深く、もう一度。
「では遠慮なく。喫煙を風紀に垂れ込んでも良いぞ。今更、とやかく言われたところでな」
懐から取り出した煙草とライター。
金属が擦れる音と、一瞬だけ明るくなる手元。
火種を得た煙草から、甘ったるい紫煙が吐き出される。
「……寧ろ、何故憎まぬのか分からぬな。
私は敵なのだろう?であれば、憎んで当然ではないか。
それとも、憎む事すら疲れ果てたとでも言うつもりか?」
憎んで欲しい訳では無いが。
憎めたら楽だったのに、という事は憎んではいないという事なのだろうか。
その理由を察し得ぬ為に、僅かに首を傾げて少女に尋ねる。
花火が打ち上る頻度が、少しずつ少なくなってきた。
■小桜 白 > 「わたしも、わかんない」
何故憎まないのか?
何故だろう。
微笑みのままで、首をゆっくりと横に振った。
「あの子が死んだってわかったときは憎んでたとは思う」
「………もう花火もお終いかな」
視線は花火の空に向けたままだ。
うわごとのようにそうつぶやいた。
カフェテラスで言ったことだ。
ファリゼーアの味はわからないままだ。
「いもうとが死んで………それなのに」
「ふつうに学校行って、クリームソーダ飲んで」
「クーラー効いた部屋でお昼寝して」
「今日なんか友達とお祭り行って、団扇買ってきた」
一歩を前に。
神代理央のほうに。
「理解できないかな………」
「わたし、正規学生にしてもらうとき、面接………みたいなことしたんだよね」
■神代理央 >
「…そうか、妹か。
……悪い事をした、などと、安い謝罪はしない」
「すまなかったとは思う。だが、私が謝罪すれば、私の中でだけお前の妹の話は『終わる』」
「だから謝らぬ。お前の中で結論が出る迄はな」
花火が夜空を照らす。
それを見上げる少女の、何と儚い事か。
憎んだ方が楽になるのなら、いっそ憎んで欲しい。
己では無く、彼女の為に。
「……それは、ああ、そうだろうとも」
「無限のものなどない。永遠など存在しない。過去は何時までも過去の儘。其処で生きていく事など出来ない」
「どんなに虚しくとも。どんなに虚無であっても。お前は『現在』を生きねばならない」
此方に一歩踏み出す少女を見据えた儘、言葉を紡ぐ。
「……ああ、保護対象者の面接、か。
それがどうかしたのか?其処で、妹を殺した男の名でも尋ねたのかね?」
■小桜 白 >
「びっくりした………すまないとはおもってくれてるの?」
「なんでもないような顔をして、撃ってたじゃない」
微笑んだ。
疲弊の色を瞳に宿して。
きみがころしたのは、さいしょから知っていた。
「あの面接さ………うそかほんとかわかるようになってるでしょ」
「つらい、くるしい、いたい………恨みに、不満、それとなくいろいろ聞かれてるのわかった」
「それをぜんぶ、ないです、って否定したら、通っちゃったんだ」
困ったように微笑む。
微笑んだままだ。
「『つかれた』と『かなしい』だけは、ほんとだったみたい」
どうやら真偽を感知する異能に晒されていたであろう自分は。
それによって、心が"言うほどの"痛痒を感じていないことが証明されてしまった。
"安い痛み"、"安い苦しみ"、"安い辛さ"である太鼓判をいただいてしまった。
あの時もらった委員たちの優しさが――――泣けてくるほど暖かったのに。
「いまもあの子がどこかにいるんじゃないかって探しちゃって」
「いたくてくるしいのに………"いたくてくるしい"のうちに入らない程度でしかないんだって」
「話せば憎めるかと思って、カフェテリアで話しかけたんだけど」
結果は。
溜息をひとつ小首を傾げた。悪戯っぽく。
「結論がでたら、謝ってはくれるんだ?」
■神代理央 >
「……流石に、罪悪感を感じるだけの人間性はあるつもりだ。
『書類上存在しないモノ』がこうして眼前に現れればな」
微笑む少女が浮かべるのは、疲弊、疲労の色。
それを宿したのは己の行為によるものなのだろうか。
――疑問に思うまでもない。きっと、そうなのだろう。
「………それはまた。或る意味では、中々タフな精神をしている事だ。本当に、風紀委員向きだと思うな。私に勧誘されても、不愉快だとは思うが」
微笑む少女に、ちょっとだけ冗談を交えて言葉を返す。
奇妙な事だ。何の痛痒も感じていないと告げる少女が。
真偽を見定める異能によって、それを証明された少女が。
随分と、危うく見える。
「なら、それで良かったではないか。少なくとも、お前の精神の疲弊と慟哭は、間違いなく本物だったのだろう。
それ以外に何も感じなかっただけかも知れんぞ。風紀委員会の質問事項というのも、マニュアルありきの堅苦しいものばかりだしな」
慰めている訳ではない。しかし、少女は楽にならなければならない。
敵である己を憎めるくらいには、心の健康を取り戻して欲しい。
復讐心すら抱けぬ様では、健全とは言えない。
ただ、過去に囚われて腐り続けるだけだ。
「…感情のダメージは、個々人の器による。決して、統一化されたマニュアルと基準で測れるものではない」
「お前が『いたくてくるしい』と思うのなら、きっとそうなのだろう。其処に、他者の基準を求めるな。認めて欲しいと甘えるな」
「その苦しみは、お前だけの苦しみだ。他者が共有など、出来るものかよ」
煙草を咥えて、再び紫煙を燻らせる。
脳内を巡るニコチンが、心地良い。
「だから健全に私を憎めぬのだ。いや、憎めという訳では無いが」
「……出れば、な。今ここで『妹を殺してすまなかった』といって、お前の気が晴れるなら、そうするが」
「妹の思い出を。敵である私を。お前の苦しみを。
どうするか結論が出たなら、心を込めて謝罪してやるさ」
もう、花火は上がらない。
遠くで光る街灯と、星空の灯り。そして、手元の煙草の火種だけが、二人を照らす光源。
■小桜 白 >
「謝罪は何にもならないよ」
■小桜 白 >
「ひと目で、あの子だとわかった」
「……………ひと目で、"もうダメだ"ともわかった」
「その時はもう、凄く怒ったよ。憎んだよ。でもそのあとは」
穏やかな微笑みのまま。
そう。何やら、色々な山を超えて。
"大丈夫"になってしまったから。
今の小桜白は。
"妹を殺した人間が、どんな奴だったのか"。
見定めている。
「………それで?」
■神代理央 >
「…では、謝る必要はあるまいな。謝罪は、私が満足するだけの行為だ。貴様が求めぬのなら、無意味な事はせぬさ」
「……最早、憎むべき熱を持たぬか。業火に燃え尽き、灰となったか。それを強さと言う者もいるが…果たして、お前のそれは、心の強さ故に乗り越えたものだったのかね」
"大丈夫"になった。心の熱も痛みも、失ってしまった。
恨めど、憎まず。くらいのものだろうか。
或いは、そういう気力すら失ってしまったのだろうか。
「……それで?それで、だと?」
コツリ、と革靴が鳴る。
アスファルトを、踏み締めて、一歩少女に近付く。
「それは此方の台詞だ。恨み言がある訳でも無し。憎悪を向けられる訳でも無し。お前の妹を殺したという罪の意識を、私に持って貰いたかったのか?」
「であれば。それは半分成功で半分は失敗だ。
お前の妹の死に罪悪感を覚えはするが、私にとってはそれだけ。名も顔も知らぬお前の妹を、何時屠ったのかも。どうやって屠ったのかも覚えてはおらぬ」
「お前は、私に何を望む?謝罪か。懺悔か。それとも――」
もう一歩、近付く。
「――無様にはいつくばって、私が死に至る事を望むか?」
最後の一歩。
己と少女の距離は、革靴一個分もない。
ともすれば、瞳の中に映る互いの姿すら分かる距離で、緩やかに笑みを浮かべながら首を傾げた。
■小桜 白 >
「ほら、また」
指を立てて。
微笑みの前。
「そうやって、挑発する。きみはわかりやすいひと」
恐れる様もない。
そもそも最初にあのカフェテラスで言っている。
おもったよりふつうの子。
「あの子を殺した罪の意識を持ったところで」
「謝罪してもらったところで」
「懺悔してもらったところで」
「きみが死んだところで」
微笑みのままで。
「どうなるの?」
逆に問い返した。
それで、小桜白がどう思うと思ったのか。
至極冷静に。
威圧の仮面に、冷笑の挑発に。
そよ風ほどの影響も受けぬまま。
「おはなししていただけのわたしは」
「あなたになにをしろとも言っていないのに」
「どうして欲しい、って聞いてくるのは」
「………なに?」
■神代理央 >
「……どうにもならぬ。お前の妹が死んだ事実は変わらない。死者は蘇らない。お前は学園生活を謳歌し、私は風紀委員としての任務に励む」
「日常が戻ってくる。…いや、戻ってくるというのはおかしいな。
お前は『妹のいない世界』で、日常を謳歌すれば良い」
「…というよりも、本当にそうするべきなのだと思うが。
今のお前は何というか……」
其処で一度天空を見上げ、紫煙を吐き出す。
少女に紫煙を吹きかけぬ様全て吐き出すと、再び視線を少女に向けて。
「……何というか、危うい。まだ、ナイフの一振りでも持って襲い掛かってくれた方が"健全"なのだが。それをおかしなことだと詰りも責め立てもせぬがね」
「てっきり、私に何かしら不利益な事を望んでいるかと思ったから聞いただけだ。それ以上の他意は無い。それすら望まぬと言うのなら」
コツリ、と再び革靴を鳴らして少女に背を向ける。
「……その虚無と虚空を抱えた儘、それが埋まるまで人生を楽しめ。私に関わらぬ様にな」
背を向けて、顔だけを少女に向けて告げて。
ゆっくりと、少女から離れていくだろう。
■小桜 白 >
「そう………"どうにもならない"んだ」
彼の言葉に微笑みのまま頷く。
微笑み以外の表情などないような。
「わたしがあの子を喪った世界で生きていくことは」
「あなたがなにをしても………変わらないの」
翻れば。
「あなたには、もう」
罪の意識というものが、どうにも彼にあるらしいなら。
その事実を、そっとジャケットの中にしのばせてあげる。
"今まで殺してきてしまった被害者の為に"とか。
犠牲を無駄にしない為に、とか。
"小桜白"の存在を認識して。
"殺し屋"の因果を認識して。
そういうことを考えるなら。
まず、前提として。
「なにもできない」
できることなど何もない。
その上で。
そっと、その背後に忍び寄り、耳元に唇を近づけた。
■小桜 白 >
くちづけのような音を残して。
そのまま彼を追い越した。
■小桜 白 >
「正解なら、また会うことになるかもね」
「きみがそれを望むとおもう」
団扇が、ひら、ひら。
白詰草が夜に舞う。
「………じゃあね、神代くん」
からり、ころり。
音を立てて、灰の墓石に心を埋めた女は。
夜闇に溶けるよう、桐下駄の音だけ残して、消えた。
ご案内:「常世港」から小桜 白さんが去りました。
■神代理央 >
耳元を打つリップ音。そして、甘ったるささえ感じる様な――昏い、囁き、
思わず身を震わせて立ち止まり、視線を少女に向けるも。
此方を気にする事無く、一瞥する事無く。
少女は、立ち去っていく。
「……クソが。分かった様な口を。理解した様な口を」
「………誰が。誰が俺を罰せられるものか。資産はある。異能も、魔術もある。
例え落第街で何千、何万と殺そうと。其処に正当性があれば誰も俺を責める事など出来ない」
「……罰が欲しいか、だと?おかしなことを。本当に、馬鹿げた事を聞く――」
立ち止まった足が、再び前へと。
アスファルトを踏み付け、前へ。前へと。
「………………当然だ。ああ、その通りだよ。クソが」
いくばくかの後。
漆黒のセダンが、甲高いホイール音と共に港を立ち去っていく。
灰の墓石を宿す少女に穿たれた楔に、表情を歪めた少年を乗せて。
ご案内:「常世港」から神代理央さんが去りました。