2020/09/09 のログ
ご案内:「邸宅兼アトリエ」に月夜見 真琴さんが現れました。
■月夜見 真琴 >
心斎坐忘の極致にて
月魄風清の牙を研ぐ
■月夜見 真琴 >
欠かしたことはなかった。
先に進むために置いてきたはずの過去。
選ばなかったほうの道。
面白みのない白黒の世界。
誰もがこの背を指差した選択。
それを恥とは思わなかったが、
それでも幾許か思うことはあった。
『本当に正しかったのか』という千恨万悔の痛みが、
胸裏にいつまでも蟠り続けていた。
■月夜見 真琴 >
出かけるという彼女をめかし込み、絵画とはまた違う時間に没頭していた。
たった一言で、みずからの悩みを吹き消したあの言葉は、
ひととき心中を光風霽月の有り様に変えてくれたから。
いまなお欠かさず続けている。
道を進むことはなくても。
■月夜見 真琴 >
ふだんはつかわれていない最上階の部屋から降りて、シャワーを浴びて。
同居人不在のアトリエへ。
冷たいアイスコーヒーを片手に身体を癒やしながらデバイスで報告書に目を通す。
青い紙。苦々しい記憶。目を細めた。会ったらなんと声をかけるべきか。
それとは別に新顔たちのことも綴られ、ひととき貌に安堵の色が満ちる。
「ウルトール――得難い人材だったが、仕方がない」
昨晩の出会いを追想する。
彼が守りたいものが、風紀委員会に今はないのなら。
自分のなかにある惜しみを、甘くささやくような声で、あえて言の葉に乗せて飲み込んだ。
彼の選択は祝福されるべきだった。 あとは彼がその道を正解とできるかだ。
「――――」
さて。
■月夜見 真琴 >
アトリエの奥。高級チェアの置かれた作業スペース。
「出来上がってしまったな」
拙作を見て、苦笑する。
我ながら良い出来だった。哀しくなるほど
憎悪すら乗った筆で打ち込んだ、閑雲孤鶴の夏の一作。
その絵は、あの来客以来、描きつづけていたものだった。
「見る者によって、たたずまいは変わってくる――あたりまえのことだが」
園刃華霧がこれを見たときの表情は慮外のものだったが。
園刃華霧の一端を知るに値した対照の姿。
芸術は人の心を映した。夢に見た数々のように。
「"なくならない"ものではなく、なんと題するべきだろう」
これはきっと、名付けるものによってまるで在り方の変わる一幅だ。
だれにそれを頼むべきか、わざとらしい物言いとともに首を傾ぐ。ひとりで。
■月夜見 真琴 >
なくなってほしくなんてなかった。
眩い青春。
赤い制服。
正義の証。
瞑目のむこうに思い描いた過去は、
開いた先の絵画にすら描かれていない、今や秘密の向こう側。
グラスを投げつけたくなる衝動に駆られながら、
それをぐっと飲み干した。作業机に干したグラスを置く。
「選んだこの道で、いったいなにを手に入れてきたのだろう」
布をかぶせた。イーゼルを持って移動する。
あのカウチの近くによいしょ、よいしょと運んで。
見えやすい位置に置いてみた。自罰行為としてはなかなかに皮肉が効いている。
正解にするには、どうすればいい。
カウチに座り込んだ。
■月夜見 真琴 >
罪とはなんだろうか。
ただしさとはなんだろうか。
迷わず頷いた少年に、すがって問うことはできなかった。
「なにもかもをてにいれよう、なんて」
ずるりとカウチに横になる。
むかいがわに――今はいない面影を想うなら、
鼓動は早鐘をうち、隠すようにブランケットを被る。
「すこし――甘いんじゃないかな」
なくならないものなどない。
なくしたくないものはあった。
どうにか残っていた。
「だから――」
■月夜見 真琴 >
また罪を重ねることとなろう。
ご案内:「邸宅兼アトリエ」から月夜見 真琴さんが去りました。