2020/09/13 のログ
ご案内:「常世学園付属常世総合病院」にマルレーネさんが現れました。
マルレーネ >  
目が覚めた。

もう、昼を過ぎて……それでも、まだ太陽は高いか。
日差しが窓から降り注いで……その影は短い。

「………………まだ、満足には動けませんか。」

目の焦点はいまだにちょっと合わないし、手に力も戻ってこない。
ただ、意識や理性ははっきりしてきたし、会話もできるくらいには回復した。

唯一我儘で、緑色の検査衣だけは嫌がって、いつもの服装に近い色にはしてもらったが、それ以外は窓の外を眺めているか、寝ているか。


金色の髪をしたシスターは、今はただ何もしない、を選択していた。
 

マルレーネ >  
できるだけ。

記憶を辿ることもしない。

修道院や施療院を思い、不安にかられることもしない。

助けに来てくれた人のことも、今は考えない。


頭の中を真っ白にしたまま、窓の外の白い空をぼう、っと眺める。
何も考えないようにして、本当に頭に何も浮かんでこない時には、心が本当に疲れ切っているときだ。
それを、彼女は自分の経験上理解している。
 

マルレーネ >  
それでも、しばらくそうしていると人は無になり続けられないものだ。

「………う、ぅーん……」

真っ白だった、何も描かないままの布を黒いインクにつけるかのように、じわりと不安が遡ってくる。

あの二人は傷ついてはいないのか。
他に誰か迷惑をかけていないのか。
修道院は。
施療院は。
またあの場に立てるくらいに、身体は元に戻るのか。
身体は元に戻っても、許可を得ることができるのか。

様々なことが渦巻いて、渦巻いて。
 

マルレーネ >  
思考を続ければ、まるでその思考を遮るノイズのよう。
こめかみからナイフをゆっくりと刺し込まる、そんな痛みが突き抜け。

水でも飲もうとベッドから起き上がっても、頭痛はさらに激しくなって。

「………………っは、っ……はっ、はー………っ」

病室の床にしゃがみ込んで、手をついてしまう。
吐き気が押し寄せてくるが、何も口にしていないから、何も出ない。
 

> 「"この世界に神はいない"」
ご案内:「常世学園付属常世総合病院」に日下 葵さんが現れました。
> 「"この世界に神はいない"」
何度も響く声。

日下 葵 > ダメもとで見舞いに来たが、手続きを済ませると案外簡単に通してもらえた。
病室の番号を確認すれば、コンコンコン、とノック。

病院は苦手だ。
随分昔に暮らしていた施設に似ているから。

病院は苦手だ。
普段怪我や病気で来ることなんてないから。

病院は苦手だ。
怪我や病気で苦しむ人にかける言葉のボキャブラリーが乏しいから。

その少し緊張したような表情は、
そんないろいろな感情を煮詰めたような表情だった。

「失礼しまーす。
 マルレーネさん、経過はどうでしょうか、って、
 大丈夫です?」

扉を開けた。
個室だからベッドは一つしかない。
その唯一のベッドの上にいるはずのシスターは、
しゃがみ込んで嗚咽を発していた>

マルレーネ >  
拠り所だった。
どんなに辛くても、そういうものだと理解して前向きに取り組んできた。
奪われていないと思っていた。
でも、揺らいではしまった。
何もかもがおぼつかないまま、頭痛と吐き気を堪えて………。

他人の声が聞こえてくると、それがすっと消えていく。
他人に対しての意思は、己の身体よりも優先される。
彼女の人生を煮詰めたようなクセが、頭痛も吐き気も忘れさせる。


「………ぁ、あはは、ちょっと足がもつれて。
 どうにも、歩き方を忘れちゃったんですかね。」

なんて、ころりと声を漏らして顔をあげて。
黒い検査衣のシスターは、以前と変わらぬ表情。
目の焦点が若干合わないままなのは、目の後遺症だと教えてもらっているかもしれない。

よいしょ、と立ち上がることも、自然にできる。

日下 葵 > 「……そうでしたか。
 てっきり容体が急変したのかと思って一瞬ヒヤッとしましたよ」

嘘だ。
ヒヤッとなんてしていない。
ヒヤッとはしていないが、心配はしていた。

「歩き方を忘れるなんて、
 今の貴女の状態で言われちゃったら反応に困っちゃいますよ」

ころりと声を漏らした彼女に、
また茶化すような返事。
後遺症で目の機能が完全ではないと聞いていたのもあって、
視線は焦点をずらしたままの目に向かう。

「立てるくらいに身体は回復したんですねえ。
 ひとまず安心といったところでしょうか。
 ほかに誰かお見舞いには来ました?」

立ち上がったシスターがベッドに戻るのを手伝いながら、
あたりさわりのないことを聞いてみる。
本当に、こういう時にどう言葉を選ぶべきなのかわからない>

マルレーネ >  
「すみません、ちょっとだけ頭が痛くて。
 でも、大丈夫ですよ。」

ぺろ、と舌を出して笑いかけながら。
それでも、まだ足取りはおぼつかないまま、改めてベッドに座る。

「………それが、今の今までずっと眠っていたようで。」

誰か来たかもしれないし、来ていないかもしれない。
だから、これはちょうどいいチャンスだ。

「なので、何があったんです?
 知っている限りでいいので、教えてもらえませんか。」

安心なのかはさっぱり分からないが。まあ、意識はあるし、今日明日でどうこうなることもないだろう。
それよりも気になることをストレートに尋ねてみる。
 

日下 葵 > 「そうですか。
 大丈夫そうには見えませんが、大丈夫なら大丈夫なんでしょう」

明らかに気丈にふるまっているように見えたが、
それを指摘するのも違う気がした。
でも、大丈夫という彼女を見て安心できるほどの馬鹿でもない。
だから、いかにも頭が悪そうに言葉を並べる。

「おや、目が覚めて一発目が私とは、
 貴女も運がいいのか悪いのかわかりませんねえ」

最も、彼女の為に尽力した人たちが、
すぐに駆け付けられるような状態に無かったというのもある。
一番乗りでここにこれたのは、
私が事情を知っている人の中で一番何もしていなかったからかもしれない。

「ええぇ……それ聞いちゃいます?
 こんな私がセンシティブな話になるだろうなぁと思って気を遣っている話、
 今ここで聞いちゃいます?」

ドストレートな質問におちゃらけて見せる。
もちろん揶揄っているからではない。
事の顛末を知って、彼女が要らぬ心配や心労を追わないかを案じているのである。

「まぁ、本人の希望なら教えますけど……」

渋々、といった感じで、自分が報告書や情報網、知人から聞いた話を伝える。
普段の自分なら「報告書とか読まないので」で済ませていたところだが、
今回はそうもいかなかった。
私と沙羅さんが情報の整理やらつじつま合わせをしていたことから、
椎名ちゃんが情報収集や相手組織の攪乱をしていたこと、
明さんと輝さんがマルレーネさんを救出したこと、


そして――別動隊で動いていた羽月さん、神代さん、山本さんの三人のうち、
神代さんと山本さんが重体であることも。
聴いている話を、何も隠さず、報告されている通りに説明した>

マルレーネ >  
「大丈夫ってことにしておいてくださいな。
 実際、こうやっていると少しだけ、楽なんです。」

ウィンクを一つ。
以前より少しだけ軽くなった身体でベッドに腰掛け。
相手が言葉を選んでいるのは分かる。
分かるからこそ、片目を閉じて。

「何言ってるんですか。
 こうやって足を運んでもらっているのに、それに優劣や順序をつけるようなことは………。
 まあ、ちょっとだけしかしませんよ。」

くすくす、と。 お題目だけにならないようにある程度の本音を冗談に混ぜて。
一切しない、と言えば建前になってしまうだろう。
少しだけでも、相手に気を遣わせないように………。

「その上で、ありがとうございます。
 来て頂いて嬉しくない、なんて、そんなわけないじゃないですか。」


「………なるほど。
 思ったよりおおごとになっていたんですね。」

ん、と目を閉じて話を聞く。
どうしても、攫われるその瞬間に関しては覚えていないけれども、それでも自分の不注意が招いたのだろう。
ふう………っと、ゆっくりと息を吐きだして、話を受け止める。
 

日下 葵 > 「人と話していた方が気がまぎれる、ってやつですかね。
 ちょっとと言わずにがんがんつけてください。
 私と他の人が同じ扱いなのは私の気が重いですから」

ウィンクをする彼女を見て、
こちらも冗談めかして返事をする。

「まぁ、他にすぐ動ける人も居なさそうですしね。
 本当は大事にしたくなかった、
 大事にする前に片をつけたかったというのが本音ではあるんですが。
 そうですね、方々の負傷は話題にならないほうが難しいかなって」

ただ、タイミングの悪さとか、準備の悪さが祟ったのだ。
今回の一軒はどう転んでも100点満点とはいかなかった気がする。

「ただまぁ……言葉を選ばず乱暴に言うなら、
 マルレーネさんを慕っている人が勝手に動いて勝手に怪我しただけですから。
 むしろ、当人にとってはそうであってほしい部分はあるかもしれません」

誰のせいだとか、誰が悪いだとか、
あまりそういう話にはしたくない。
だから、個人が勝手に動いただけ。
私の中ではそう結論付けている>

マルレーネ >  
「それを私が言ったら、修道院に誰も来なくなっちゃうじゃないですか。」

ころころと、以前のように明るく元気にではなく、少しばかり控えめに微笑んで。
話を聞きながらも、少しばかり胸を抑える所作。


「………それであれば、尚のこと。
 私のような者のために頑張れる人なら、その頑張りを知っておかないと。
 全部知った上で、お礼の一つでも言わないといけません。

 私は元気ですよー、って改めて伝えながら、ですね。」

昔は脳まで筋肉とか言われてたんですけどねー。なんて笑いながら。
それでもまだ顔色は、病室の壁と同じくらいに白いまま。


「その上で。」

あえて、真面目な顔で。

「ありがとうございます。 日下さん。
 来て頂いて。 手間をかけて頂いて。 助けてもらって。」

その手を両手で包むように握って、その手を自分の額につけるように。
祈るような所作で、お礼を伝えた。
 

日下 葵 > 「それは修道院にいるときのお話ですよぉ。
 ここは病院で、貴女は今患者ですよ?」

全く、どこまで律儀なのやら。
と笑う一方で、彼女のそういう部分は素直に感心する。

「とはいえ――

 『求められなきゃ救わない、得がないなら救わない、報酬がないなら救わない』

 をモットーにしている建前、感謝してもらえるなら受け取っておきます。
 元気ですよーって伝えるのは、本当に元気になってからにしてください。
 気丈にふるまうのもいいんですけど、
 風紀委員の人ってほら、何かと”鋭い”人も多いですから」

せめてあと数日は患者っぽくげんなりしててください。
私が怪我をしたときは治療お願いしますね?
なんて、今後恐らく起こりえない内容で恩をうりつけておく。

「とはいえ、私に冗談を飛ばせるくらいには回復しているようで安心しました。
 今から続々と人が来ると思います。
 つもる話もあるでしょうから、そういう話は後続の人たちにお任せします」

祈る様に手を合わせるシスターにこたえるよう、
こちらも頭を下げる。
そして端末の時計を確認するといい時間になっていた。

「じゃあ、私は仕事に向かうので。
 私の同僚たちにもよろしくお願いしますね」

そう言って、病室を後にするのだった>

ご案内:「常世学園付属常世総合病院」からマルレーネさんが去りました。
ご案内:「常世学園付属常世総合病院」から日下 葵さんが去りました。
ご案内:「常世学園付属常世総合病院」に羽月 柊さんが現れました。
羽月 柊 >  
違反部活『ディープブルー』との決戦から日が明けた。

港で起きた大規模戦闘で戦った三人。
山本英治、神代理央、羽月柊。

敵将だったのかはまだ不明ではあるが、
"ブラオ"と名乗った男を山本英治が討ち取ることで、一旦の終決を見せた。
とはいえ、理央は瀕死、柊は左肩の負傷。

英治も異能による回復が追い付かず意識不明にまでなった。

戦闘力あれども徹底的に"知られて"対処された三人は、
一対三+小竜であったにも関わらず、不利な戦闘を強いられた傷は深かった。


それは、身体も、心も。



──常世学園付属常世総合病院。

病室の一室で紫髪の男は溜息を吐く。
ベッドの上で病衣を纏っている。
服の合間からは左肩側に包帯が見えた。

三人の中でも一番負傷の軽かった柊である。

とはいえ、レーザーブレードの飛斬撃に左肩を焼かれているのに
一番軽症というのは、他の二人に比べただけという話だが。

しかしここは常世島。
医療の発達はすさまじく、科学、魔術、異能といったあらゆる技術により、
柊の火傷程度なら、せいぜい治療と検査で一日から数日で済むだろう。

これが現代なら、片腕を失ってもおかしくは無いのだろうが。

ご案内:「常世学園付属常世総合病院」に山本 英治さんが現れました。
山本 英治 >  
車椅子を押してもらいながら病室に戻る。
虚ろな眼で自分のベッドに座り込む。
現代医学と魔術の複合処置、というのは凄まじい。
死ぬような怪我でも、あっという間に治してしまう。

心以外は。

「……ああ、羽月さん」

どこかぼんやりする意識の中で頭を左右に振る。
夢を見ているようだ。それも悪い夢を。

「すいません……俺が巻き込んで、負傷を………」
「なんか……………申し訳ないすね…」

正しい言葉が浮かんでこない。
死んだ親友の幻影を見るようで、視界の外が恐ろしかった。

羽月 柊 >  
「あぁ、戻ったか…怪我の具合はどうだったんだ、山本。」

部屋に戻って来た英治を見て溜息を呑み込む。

自分はほぼ検査入院みたいなモノだ。
久しぶりに愛するヒトの声を聞いたとて、1人ならともかく、
もう生徒の前で取り乱す程では…無かった。

「いいや、俺に対して徹底的に対処されたんだから仕方ないさ。
 それを言えば、君はこちらを庇ってくれたんだからな…。」

音を消去してしまう"異能疾患"の再現。
言霊や音を魔術発動の合図にしているタイプの自分にとっては効果覿面だった。
あの場で英治に釣られて異能を発動させなければ、
自分は本当にただの、"無能力"でしかなかったのだ。

山本 英治 >  
「体力はあるほうなんで……徹底的に処置を…」
「弛緩毒の除去と、再生治療に時間をかけてもらって……」

なんだっけ。次は。次の言葉は。
何を言えばいいんだっけ。何を。

薄ぼんやりと考えながら、羽月さんのほうに向き合おうと体に力を入れると。

羽月さんの隣に。
死んだ親友の姿があった。

「……ッ!!」

絶句してしまう。今は、その姿が何より恐ろしい。
怖い。怖い。怖い。
未来が、俺は。怖い。

ふと、親友の幻影は消え去っていた。
頭がおかしくなりそうだ。

「か………庇うのは、当たり前のことですよ…」
「羽月さんは俺が認めた男なんですからね………」

視線を彷徨わせながら、汗を拭った。

羽月 柊 >  
………友人の様子がおかしい。

危ういながらも強い意志を持ち、
冷めた己をも動かした山本英治の姿がそこにない。

相手を殺したことへの罪悪感? いいや。

──彼と己が同じであるならば。


「………、……。」

ベッドから降りる。

歩く分にはなんら支障はない。
彼の方へと歩み寄り、今はその象徴を無くし、
そして壊れそうな相手に視線を合わせるように、傍らの椅子に座る。


「…何かアイツに聞かされたか。山本。」


自分が愛するヒトの声を聞いたなら…彼は。
 

山本 英治 >  
羽月さんにそのことを聞かれると、心が軋む。
あの野郎……羽月さんにも同じことをしてやがったのか…
あいつを殺したことに、後悔はない。

それでも。

「親友の……未来の幻影を見せられています………」
「親友が俺のことを詰る悪夢を…………」
「あいつを殺した後も……消えない………むしろ」

「あいつが死んだ今、正当な解除方法はない────らしいです」

荒い呼吸をしながら、無意識にネクタイを緩めようと手を伸ばした。
ただの病院着の襟があるだけだった。

「あいつを殺したのは……俺だけどさ…………」
「こんなのねぇだろ………! クソッ」

羽月 柊 >  
英治の状態を聞けば、眉を寄せる。

自分はただ悲痛に問われただけに過ぎない。
故に彼とは違い、惑ってしまった。

「……俺も香澄の声を聞かされたのは確かだ。」

しかし、自分にはブラオが死んだ後の痕は残されていない。
例え、その声は己が欲して止まないモノだとしても、響き続けてはいない。

「しかし、君のような…奴が死んだ後もずっとということは無い。」

僅かばかりに己と友に、
強引に溝を作られてしまった気分になり、内心歯噛みする。


──あの時、英治が奴を殺すのを止めておけば。


そう後悔をした所で、喪われた命を戻すのは、
《大変容》が起きたこの世界とて簡単なことではない。

「正当な解除方法が無い……とはいえ…、何かしら手段、は…。」

相手に起きていることがもし自分にも起きたら?
こうして話すことすら…ままならなかったのかもしれない。

山本 英治 >  
「そう……ですか………」

羽月さんが同じ呪いを受けていないと安心すると同時に。
俺は。ああ、なんてこった、クソッ。

羽月さんを妬ましいと思ってしまった。

苦しい。どうして俺がこんな思いを………
苦しい。これが俺の罪で、罰なのかよ。

 
「祭祀局から色々見てもらったんですが」
「地道に解除を試みることしかできないって……」

「そして、異能を使ったり人を殺せば、取り返しのつかない状態になるとも」

 エイジ。キミはもう救われたりしない。
 キミを信じたことは、僕の人生において大きな汚点だったね。
 キミの終わりを望むよ。ずっと、ずっと。

 ───隣でね。

「うるさいッ」

悲鳴のように小さく叫んで、髪を掻き毟った。
俺の心の弱さを、追い詰めるように。親友の幻影は傍に来る。

羽月 柊 >  
…嘘でも、同じ状態だと言えば良かったのかもしれない。
しかし、嗚呼しかし、自分の不器用さは自分の一番知る所で…。

身近な彼に対して嘘を吐き続けるのは…難しく思えてしまった。
 
こんな時、ヨキなら彼になんと声をかけられたのだろう。


「…異能すら引き金になるのか。」

せめてそこが無ければ──と考えてしまう。

異能とは、その人間の備える資質であることも多い故に。
まさか彼の異能が、"異能疾患"にすらなり得る状況になるだなんて。

「山本……、…俺の前では無理しなくても良い。
 
 想像することしか出来ないが……、
 そういう状態なら、独りでいれば悪化する一方のように思える。」


強引に溝を作られても、『それでも』
『俺の言葉が届く』と信じなければ。


ここで彼を独りにしてしまえば、以前の自分より酷い状態になりかねない。
ならば、自分がこうして前を向けているように、
言葉を伝えるより他ない。

「俺は、君の言葉で動かされた。
 こうして教師をしているのも元を辿れば、
 『取りこぼしたくないのではないか』と君に言われたからだ。

 だから、どれほど声が君を苛もうとも、
 それでも同じ道を歩み、君が灯した火を忘れないでくれ。」

──友はここに在ると。

山本 英治 >  
はぁ、はぁ。荒い呼吸。
自分の呼気か? これは………
ナースコールを……いや、何も解決はしない…

俺は赦されない。決して。

「はい……異能で傷の再生をしようとしたら、症状がひどく…」

胸のあたりをぎゅっと握って。
落ち着け。落ち着け。何もいない。未来は死んだ。
死んだんだ……!

 
「こんな状態を………」
「羽月さんに、見られるわけには……」

羽月さんの前では。一人の男でいたかった。
潔く。男らしい。そんな存在でいたかった。

そして続く言葉に。
自分が行ってきたことは、ただ奪ったり奪われただけじゃないと今更ながら理解して。

俺は。泣いたんだ。

「すまない……! 俺は………」

どこまでも、彼を信用しきれていなかった。

羽月 柊 >  
…以前、自分も日下部理沙に対してそういう態度を取った。
カッコつけて、大人ぶっていたかった。

けれど、それは自分が壊れるだけだと気付いたから。


椅子から少し身を乗り出して、
涙を零す英治の背をぽんぽんと軽く叩く。

いくら彼は成人しているとはいえ、己と一回り近く違う。

…自分は、『教師』になった。
それは、間違いなく目の前の彼のおかげも一つあるのだ。

「泣いてもかまわん。
 むしろ、互いに痛みを知っているからこそ分かる涙もあるだろう?」

涙にはストレスの緩和効果もある。
自分が涙を流せる相手がいるかといえば分からないが、
それでも己が英治にとってそういう相手ならば、彼の心も少しはマシだろうと。

「以前の入院の時も思ったが、
 君の朗らかさに救われた人間は数多く居たと、安易に想像がつく。
 それを君に多少返したってバチは当たらんはずだ。

 確かに俺も君も大事なモノを失ったことは、罪にすら思えたとしても……。」

許されないというなら、自分だけでも彼を許そう。
一歩を踏み出させてくれた英治への、せめてもの恩返しとして。

山本 英治 >  
泣いた。泣きながら、誓う。
親友のことを正しく理解してあげようと。

今は、俺のことを罵ってくる彼女の真実の姿を。
思い出してあげようと。

羽月さん。
すまねぇ……アンタとダチになれて良かった…
俺と同じ傷を持つ、アンタと………

俺がやってきたことは無駄じゃない。
だから、俺はここで終わりじゃない。
そのことを、どれだけ心に刻み込んでも。
 

 
俺の傍で未来は口元を歪めて笑っていた。

羽月 柊 >  
『言葉』は『祝福』で『呪い』だ。

友人が泣き疲れて眠りにつくまで、
『言霊』を使う柊はそれを理解していながら、声をかけつづけた。

自分がそうであるように、どれほどの友の言葉があっても、
…苛まれ続けるのは、変わらないとしても。



この『祝福』が、届くと信じて。


 

ご案内:「常世学園付属常世総合病院」から山本 英治さんが去りました。
ご案内:「常世学園付属常世総合病院」から羽月 柊さんが去りました。