2020/09/16 のログ
ご案内:「邸宅兼アトリエ」に月夜見 真琴さんが現れました。
月夜見 真琴 >  
住宅街の森のなかに築かれた瀟洒な邸宅。
川のせせらぎに守られた牢獄は、最近特に賑わしい。

その一階の大部分を占める空間は、もともとはリビングだ。
中庭に続く、カーテンの閉ざされた大きいフランス窓からと、
僅かばかり蓋の開かれた天窓から注ぐ陽光が、
その場所の在り方を薄暗いながらに照らし出している。

壁に掛けられた幾つもの額縁のなかには極彩色の蝶たちが舞い、
その花園だけでなく、適切に保たれた湿度と温度は画材も守っている。
名家の子女が買い受けて、名画家を真似て演出したアトリエ。
応接用のカウチセット――これは最近、とくにお気に入りの品だ。

ご案内:「邸宅兼アトリエ」にレイチェルさんが現れました。
ご案内:「邸宅兼アトリエ」からレイチェルさんが去りました。
ご案内:「邸宅兼アトリエ」にレイチェルさんが現れました。
月夜見 真琴 >  
暑さが少しずつ失せつつある昼下がり。
木立の影を地にえがく陽光からも、
ぎらぎらとした鋭さは失せつつあった。
夏は通り過ぎ、秋がおとずれる。時間は進んでいた。
 
「やあ。待っていたよ、レイチェル」

久方の訪い人を玄関先で迎えるのはいつもの微笑。

「入ってくれ。コーヒーを淹れてくる。
 つかれがとれるような、甘いのを。
 このまえとおなじところで寛いでいてくれ」

声には確かなねぎらいがあった。
風紀委員会はいまなお激動だった。
甘やかな声で、場所はわかるね、と彼女を迎え入れる。
あのカウチセットのあるアトリエだ。

レイチェル >  
以前このアトリエを訪れた時は、まだ随分と暑かったように思う。
空の色は青から黒へ、黒から青へ。
四季は止まることを知らずに移り変わっていく。
秋が香り立ち始めている今日この日は、心地よい風が穏やかな顔色で
街を踊っていた。


「……おう、邪魔するぜ、真琴」

正直、最初に会った時なんと言っていいか分からなかった。
道中、ずっと最初にかける一言を考えてここまで足を進めて
来たのだ。
しかしいつもの真琴の微笑を見てとれば、少しばかり緊張も和らいだか、
レイチェルは微笑と共にそう返したのだった。
それはそう、いつも通りに。

「助かるぜ。それじゃ……お言葉に甘えて」


玄関に並べてあったスリッパの中から、今日も猫のスリッパを
選んで履く。場所は、既に知っている。
カウチセットまでたどり着けば、レイチェルは前と同じ場所に
腰を落ち着けて、ふぅ、と一つ深い息を吐いた。
息を吐いた先、宙空の虚を見やる。
心の中を掻いて回る感情が、息と共に少しだけ胸中から抜け出た
ように感じないでもない。
それは彼女の微笑もあってのことだろうか。
しかし、その裏にある何かを既にレイチェルは、感じ取っていた。

今日は、向き合う為にやって来たのだから。

月夜見 真琴 >  
「はっはっは。なんの邪魔にもならないとも。
 きょうは予定もあけてある――次がなかなか、浮かばなくてな。
 それにな。 ここに、おまえを阻める錠などもともとない。
 見舞いにでかけているけれど、今後はあの子も顔も見に来てやってくれ」

きっと喜ぶ、と。そんな風に笑った。
うさぎのスリッパがぽすぽすと床を踏み、キッチンへ向かう。


アトリエは常に適温に保たれている。年がら年中、同じ温度、同じ湿度。
違うところがあるとすれば、奥側の作業スペースには、
真っ白なカンバスが立て掛けてあるイーゼルが見えることと。

カウチセットのすぐ近くに、
布のかけられた、前まではなかった絵が飾られていることだ。


「待たせたな」

少しして、アトリエに主が戻ってくる。
トレイに乗せられたトールグラスは、過日と違って、
ミルクの割合が多いカフェオレで満たされている。
空っぽの皿はというと、彼女の土産を受けるためのものだ。

「フローサーで泡立ててみた。こうしてやると口当たりがよくなる。
 イタリアンならミルク多めでもコーヒーの風味が残ってて美味しい。
 ふふふ――いやあ、おまえの土産がまえから楽しみでな」

そして向かいに座った。
あの名前で、呼びそうになって、

「あらためて、退院おめでとう、レイチェル。
 まずは近況報告といかないかね? いろいろあったのだろう?
 風紀委員としても個人としても、だ」

レイチェル >  
「ま、そう言ってくれりゃ嬉しいけどよ。
 お前が言う次ってのは、作品だよな。
 っつーことは、一つ絵は完成した訳か」

喜ぶから顔を見に来てやって欲しいという言葉に、
レイチェルは小さく、幾度か頭を縦に揺らした。
視線は、床に落として上げぬままに。

その後に大きく首を振ってから、
にこりと笑って、そうだな、と返したのだった。
そうして、布のかかったそれに、何となく視線をやる。

「ちゃんと、土産は持って来てあるぜ、
 ほらよ、ビターのチョコクッキー。
 絶対美味いから、覚悟しとけよ」

そう口にすると、次元外套から紙袋を取り出す。
その中身を皿へと流していけば、甘い香りがふわりと
二人を満たした。
魅惑の茶色の上、大きめに刻まれたアーモンドが
ちょこんと可愛らしく乗せられている。

「ありがとう。そうだな、お前の言う通り……色々あった。
 あんな風にぶっ倒れちまって、
 本当に、真琴にも心配かけちまった。
 本当に、本当にごめんな。
 
 しかしまぁ、色々あったが……お前が聞いていることも
 色々あるみたいだしな。
 ま、ディスティニーランドは楽しかったよ。
 メールでお前が言ってた華霧の衣装、確かに似合ってた。
 華霧の衣装っていやぁ、あんな懐かしい衣装を華霧に着せた
 メールも送ってくるし……全く。
 まぁ、お前ら二人が楽しそうでオレは、何よりだけどさ」

真琴とはここ最近、メールで何度かやり取りをしている。
その中で、ディスティニーランドの時に華霧の衣装は真琴が
見立てたものだという話も聞いていた。
そして、華霧のコスプレ写真も彼女から山程送られてきていた。

「しかしほんと、一緒に住んでるなんて思わなかったよ、華霧と」

改めてそう口にすれば困ったように笑って、
レイチェルは真琴を見やるのだった。

月夜見 真琴 >  
「すこし、魂が抜けた心地だよ」

同じく、布に閉ざされた絵画に視線を送る。
描き終えるといつもこうだ、と苦笑した。
しかしそんな表情も、いつもの"種のある手品"に視線が向けられる。
見目のよい焼き菓子を見れば、表情はわかりやすく上機嫌になった。
指でひとつつまみあげて、口に含む。

「んー♪」

甘さと苦味。アーモンドの香ばしさ。笑顔が咲く。

「――――。
 いいさ。この味で帳消し、とまでは行くまいが。
 暑さを理由に見舞いに行かなかったやつがれの不徳もあるしな。
 いまはこうして健やかにしてくれているだけで、うれしいよ」

あの子もきっと安心する、と視線をグラスに落とす。
指を振ってみせて、謝罪に対しては柔らかにうけとめた。
彼女がこうして時間を割いてくれていることが、
他でもなく、本人が重く受け止めている証左だ。

「こちらからといえば、いくらか活きの良い新入りと出会った。
 孤眼心刀流――あの幻の剣術の使い手がいる。
 レオ・ウイットフォード。もう会ったか?なかなか面白いやつだよ。
 池垣あくる、霜月一天流槍術の使い手も前線にやれる手練れだろう。
 またずいぶん、にぎやかになりそうだな」

自分の近況を、そうして思い起こすようにして、
視線をさまよわせながら語ってみせた。

「報告書はだいたい読んでいるからな。
 復帰第一回目の現場も、英治に完璧に近いサポートをしてみせた。
 あの写真は、その労い。すこしでも仕事の息抜きになったら幸いだ。 
 プライベートの充実――出かけられるだけの余裕があることも、
 かつての多忙族の姿を思えば、とても喜ばしいことさ。

 そうして――
 風紀委員レイチェルとしても、レイチェル・ラムレイ個人として。
 積み上げてきた信頼。実績。縁。恩義。
 それらが成してきた『レイチェル』という存在。
 おまえはいま、多くのものをその両腕にかかえている状態にある。

 そしてこれからも、おまえは手をのばし続けるのだろうな」

愉しげにうたいあげる。

「――――で」

月夜見 真琴 >  
 
 
「華霧のためなら、どこまで棄てられる?」
 
 
 

月夜見 真琴 >  
ふたたびレイチェルの顔にむけた視線は、
炯々と銀の炎に燃えている。

「――気が合ったから同居を始めようと思ったわけではない。
 《トゥルーバイツ》構成員、園刃華霧には。
 "監視"が必要だった。そう考えたがゆえのことだ。
 いまが楽しい同居生活である、ということは否定はしないが」

"監視"。それはただ、近くで見ていればいいというわけではない。
したからには、"報告"という業務がある。
提出先に目の前のレイチェル・ラムレイが選ばれた。いまこの場で。

レイチェル >  
真琴の語った言葉を、レイチェルは静かに受けとる。
見舞いの話が出た時には思わず口を出しかけたが、
それも一旦は止めてただ、話を受け取る。

そして新人風紀委員の話には、へぇ、と。
レイチェルは純粋に興味深そうな視線を向ける。

「真琴がそこまで評価するんなら、そりゃ期待できそうだな。
 ま、ばっちり鍛えてやるさ」

真琴がそう言うなら、信頼できる。
真琴の人を見る目、確かなものだとレイチェルは信頼している。
新しい戦力は歓迎だ。
いつだって風紀委員は人手を欲しているのだから。


そうして繰り出された、真琴の問いかけ。
それを受けてまずは、少しばかり口の中を噛んで
沈黙を少しばかり紡いだ後に、言葉を返した。

レイチェル >  
 

「華霧がオレに望む分だけを与えたい。そう考えてる」
 
 
 

レイチェル >  
銀の炎を真正面から受けて、レイチェルは己の紫色の宝石に
しっかりと真琴を映し出す。
一歩も退かず、その問いかけにレイチェルは向き合う。
大好きを超えた、その先。
望むだけを、全部与えたい。
本当にそんな馬鹿なことを考えてしまうくらいに好きなんだ。



けれど。真琴の言う通り、抱えているものは、多すぎる。
だから。レイチェル・ラムレイの在り方は、変わらない。

レイチェルは、口を開く。
このアトリエに来てから初めて、
本当に彼女《レイチェル》らしい顔を見せている。


「でも、もしその選択《みち》の先に……
 困っちまう奴が居るとしたら。
 悲しんじまう奴が居るとしたら。
 オレはやっぱり――」

紫の宝石は、銀の炎に包まれて尚、輝きを失っていなかった。
寧ろ、その輝きが増したようにすら感じられるだろうか。
それは他ならぬ、レイチェル・ラムレイの輝きだ。

「――それを見過ごせない」

その言葉は、迷うことなくただまっすぐに。

「――見て見ぬ振りなんかできない」

しっかりとした力強さの中にはしかし、確かな温良の色を以て。

「――手を翳《のば》して、救いたいと考えてる」

対話の相手である、真琴に放たれた。

甘過ぎる考えに聞こえるかもしれねぇけどさ、と付け足しながら、
レイチェルは一息ついてクッキーを摘んだ。
それは、なかなか口には入らなかったが。

月夜見 真琴 >   
「それでこそレイチェル・ラムレイだ――と言いたいが」

眩いほどに正しく、熱くすらある輝きをうけたような心地だ。
はっきりと言ってみせた彼女に対して。
双眸を伏せた。逃げたわけではなかった。

「たとえば分岐器をうごかした先に、ふたりの少女がいたとして」

山城灯と浅沼橋花のような。
あえて想起させる喩えを選んだのは、それだけ重たい問いかけだった。

「おまえは迷わず、《園刃華霧(ただしいほう)》を選ばなければならない。
 メールでつたえた、あの思考実験の本質を考えれば、
 まったく的外れな変形した問いかけになってしまってはいるが。
 ――まあ実際、そういう状況になったならば、
 周囲が親切にも、おまえに《選ばせてくれる》だろうな。
 
 おまえはそうして英雄らしく。ヒーローらしく。
 レイチェル・ラムレイらしく、在り続けることはできる。

 そしておまえは、その恩恵に預かっていいだけの功績と、
 意志の力もあるのだろうが――残念ながら」

眼を閉じたまま、そうしてうたうように語り終えると。
カフェオレで喉を潤した。

「"そういう問題"では、ないんだ」

ヒーローが立ち入れる問題ではない、と。ただ静かに囁いた。
それをソーサーの上に休めると、立ち上がり。
こちらへ、と彼女を誘導した――絵のほうに。

「やつがれは、"園刃華霧"についての報告をしている。
 メールでもいったな――ここまでは前置き、イントロダクションだ。
 あの子がどういうモノなのか、その断片を伝えよう。

 喪失と欠落を持つ者たち。《トゥルーバイツ》のひとり。
 やつがれは園刃華霧の抱える『問題』に着目していた。
 
 もとより、やつがれは園刃華霧が風紀委員として正常に活動できるかを見定め、
 そして彼女がおまえ――レイチェル・ラムレイにとって、
 "望むだけ与えてもいい"ほどの存在であるならばこそ、
 おまえが問題なく活動するためのことと考えてあの子を視てきた。

 先に言っておく。彼女は傷ついている。傷つき続けている。
 傷つけ続けてきたのは周囲の多くだ。
 おまえも含めてな――レイチェル」

布にそっと手をかけて、振り向いた。

「愛の告白を、したらしいな?」

にっこりと笑顔で、問いかける。