2020/09/26 のログ
ご案内:「邸宅兼アトリエ」に月夜見 真琴さんが現れました。
■月夜見 真琴 >
夜中に目が醒めた。
そういうときはたいてい、ゆめのせいだ。
わるいゆめ、であるとは限らないが。
倦怠感をひきずりながら部屋を抜け出して。
シャワーを浴びて、髪を乾かし終えたときには。
「眠気はいったいどこへやら、だな」
苦笑した。早めに寝入った筈が、よくこうなる。
同居人を起こさないように飲み物を作って、
いつものカウチセットに腰を落ち着ける。
■月夜見 真琴 >
湯気を立てるカップからは、バニラとコーヒーの香り。
ふつふつと白く立つ泡は、よくフォームされたミルクの蓋だ。
「さて、と――此度はどうしてくれようか」
いつものお気に入りの旋律を口ずさみながら、
持ち込んできたキャラメルシロップの瓶を開栓する。
これを飲むときならでは楽しみだ。
「秋ならではに紅葉を、いや秋桜を咲かせてみるのも――」
どうせ飲むんだから、という奴はわかってはいない。
せっかくなのだから、これをする。
手持ちのデバイスがあれば、記憶を残すことにも不自由しない。
泡のカンバスの上に、甘い絵の具が伸ばされる。
■月夜見 真琴 >
よく似た日々が、続いていた。
座り慣れたカウチ。気怠い朝。
賑わしい共同生活。静かな夜。
奥に置かれたカンバスは、いよいよ白いまま。
仕事に滞りはないが、心の赴くままに筆が暴れることはなかった。
むねの奥にうずまく想いは、いよいよ嵐のようにかき乱されているのに。
聡い同居人に、いろいろ変化に気づかれているのではないかというのが、
すこしの心配ごとだ――不安にさせたくないのが正直なところ。
視線は横に。「あの絵」がある。
今は、あの日と違う題をつけられる気がする。
向かい側に視線を向ける。無人のカウチ。
考えるたびに、ふわふわとして、実感がなくなる。
地に足がついていない感覚、夢の続きに夢を見ているような。
「――――――あ」
気づけば、マキアートから覗き込まれている有様。
描いてしまった――心赴くままに、となるとこうだ。
きょろきょろと周囲を伺う。同居人の気配はない。
顔を赤くしつつもデバイスを翳し、カメラモードを起動する。
■月夜見 真琴 >
しゃらん、という音が響いて、写真データが画面に切り取られる。
銀色の瞳を細めて、じっと出来栄えを確認する。
画面をしばし凝視した後、自嘲の笑みで唇が感情を示した。
「――うん、我ながら良い出来。
良い出来だ、けど……これは内緒にしておこう」
SNSに昼食時、自家製のパンケーキをアップロードしたことだし。
三枚重ねに生クリームは、たしかに後輩の心配通り若干重かった。
なので二枚を重ねて、クリームはヨーグルトで代用した。
同居人にはそのぶんたくさん重ねてやったものだ。
十分に楽しんだ後、画面を閉じようとして。
「―――――」
ふと。
メーラーを起動し、
■月夜見 真琴 >
……………。
……………。
……………。
■月夜見 真琴 >
「―――――」
首を軽く横にふって。
ぽい、とカウチにデバイスを放った。
短いことばほど、伝えるのが難しい。
あらゆるものに曖昧にされ、みずから足首に嵌めた鎖が邪魔をする。
("夢の中であっても、足を止めてはいけない"――か)
"先生"が向けてくれた、意志の光の道しるべ。
「ああ、もう……」
顔を手で覆って、奇妙な感覚をどうにか飲み込もうとする。
みずいろの気持ちは未だくるくると惑ったままで、
まばゆい光のなかで、脚をもつれさせていた。
キャラメルアートの完成したマキアートのカップ。
それを手にとって、ひとまず落ち着こう。そうしたら。
同居人が起きてくるまで、カンバスの前に座っていよう。
それにもきっと意味がある。
よく似た日々でありながら、それは一方向に進み続けている。
■月夜見 真琴 >
「あつっ……」
ご案内:「邸宅兼アトリエ」から月夜見 真琴さんが去りました。