2020/10/06 のログ
ご案内:「二年前、春」にとある女生徒さんが現れました。
とある女生徒 >  
 
 
二年前・春――風紀委員会本庁舎
 
 
 

とある女生徒 >   
 
  
その女生徒は。
ある時期まで、多くの物語の背景で奔走していた、
どこにでもいるような風紀委員のひとりだ。
そういうものたちひとりひとりに人生がある。
あたりまえのことだ。
 
 
 

とある女生徒 >   
昼下がり。
うららかな日差しが、床に窓のシルエットを等間隔に切り取っている。 
そのどちらもがぴかぴかで、掃除が行き届いているのがよくわかる。

雑然としたイメージのある「庁舎」という言葉を裏切るたたずまいは、
仕事終わりに歩いてみると、とても気分がよいものだった。
綺麗好きの先輩委員がいるとか、小耳にはさんだ気がする。
ありがたい限りだ。

足を止めた。
 
「…………」

おろしたての赤い制服。肩には真新しく輝く腕章。
内勤――庶務を担当する部署に配属を希望した生徒だった。
すこし特徴的な色の頭髪をゆるく編み、サイドに垂らしている。
眼鏡の奥の瞳は、どこか物憂げに、窓越しに満開の桜花を見下ろした。

「…………飽きるまでは、やろっかな」

学校生活には期待に胸ふくらむばかりで、そこに不満などない。
しかし委員会活動となると、望んでいたものとは違った形になった。

そこに。
足音が聞こえるまえに。
気配を感じた。

視線を廊下の奥へ。だれかがこちらにむかってくる。
愛想よくしないと。今は誰もが先輩だ。気に入られておくに越したことはない。

ご案内:「二年前、春」にレイチェルさんが現れました。
レイチェル >  
いつも通りに違反部活との戦いを終えた、その翌日。
レイチェル・ラムレイは庁舎を一人歩いていた。
季節は春。多くの新人風紀委員達が入って来ている。
ここ最近は新しい数多の出会いに、日々胸を踊らせていた。

外套を靡かせながら歩むその姿は、十人十色の中にあって尚、
異質な存在感を湛えているように見える。

ある者は其処に幻想を見るだろう。
ある者は其処に畏怖を見るだろう。
そしてまた、ある者は――。

「……ん?」

見知らぬ少女がそこに居た。
鮮やかな赤の制服に身を包んだその女生徒を前に、レイチェルは――

――足を止めた。

それは、目の前の女生徒が纏うただならぬ雰囲気がそうさせたのか。
或いはそれこそ、『必然』の出会いだったのか。

いずれにせよ、二人は出会った。
咲き誇る桜花を切り取ったその廊下で。

「……よ、見ねぇ顔だな」

右手を開いて、ひらひらと振って見せる。
その表情は、太陽の如く笑顔に満ちていた。
底抜けに明るいその笑顔をいっぱいに浮かべながら、
数歩、彼女へと近づく。

揺れる金色の川が、窓から射し込む光を受けて輝きの軌跡を描く。

雪のように白い肌は、瑞々しく。
その顔立ちは少し幼さを残しているが、十二分に整っている。
紫色の瞳は、透き通った宝石の如き美しさを湛えながら、
目の前の女生徒を見つめていた。

「新入り?」

口にする声は、廊下に凛と響く。
桜色の廊下の横にあっても尚、そこに輝きを添えるかのような。
幻想の一場面を切り取ったかのような少女がそこには在った。

そうして、その少女は目の前の女生徒を繁繁と見つめると、一言
口にするのだった。


「……前線組、か?」

とある女生徒 >  
知っている、人だった。 一方的に。
向こうから歩いてきた相手は、それほどの有名人だ。
《時空圧壊》なんて大仰な二つ名で呼ばれている風紀委員。

才色兼備を違和なく纏える存在がどれほど居よう。
"着られている"連中なら嫌というほど見る。
実力に裏打ちされた自信、それが醸し出す存在感。
なるほど、"本物"だな、と思う。

「はっ、はい!」

いかにも、挨拶しようか迷っているうちにかけられてしまった、
なんて風体で、甘い声を、驚いたように上ずらせて背筋を伸ばす。

(ははーん……新入りにもお優しいタイプ、ね)

そのまま少し勢い余ったお辞儀をした。
男子にも女子にもずいぶんファンが多そうだ。こういう手合いはモテる。
共学だった中学までもだが、一年だけ通った女子高では特に顕著だった。
それを冷めた横目で見ながら話を合わせていたのを思い出す。

「この春から、こちらに……はい、先日、入庁したばかりです。
 ……あの、ラムレイ先輩……ですよね?」

眼鏡は印象を誤魔化すのに非常に役立つ。
如何にも大人しげに、気後れしています、みたいな風を装って。
見られている。値踏みでもされてるのかな――吸血鬼に。

「――刑事部の」

入りたかった部署だ。その声には、少しだけ本物の羨望が混じった。

――けれど。
続いた問いかけには。

とある女生徒 >  
「…………え?」

なにを言われているのかわからない、という。
不思議そう、というよりは、驚いたような表情で。

佇まいは非力で。
歩み方は素人で。
どこをどう見て、そう思ったのか、僅かに困惑したような顔を"作った"。

「庶務のほうですよ。
 ほんとは刑事部に行きたかったんですけど、事前の適性検査で、
 刑事部の点数は……よくなくって……ねえ、先輩」

体の後ろに手を組んで、軽く屈んで。
その顔を見上げた。

「どうして、そう思ったんですか?」

レイチェル >  
「ああ、そうだ。オレはレイチェル。レイチェル・ラムレイだ。
 ま、知ってんなら話は早ぇ」

そう口にして、胸の下で腕を組んでふっ、と笑うレイチェルは
目の前に居る眼鏡の女生徒をしっかりと見据えていた。
弱々しくて、内気な性格の少女に見える。
誰もがきっと、そう感じるのだろう。
レイチェルとて、ぱっと見ただけではそのように感じた。
庶務の方へ回るのだな、と。

しかし、彼女を見ている内にレイチェルの胸中に違和感が芽生え始めた。
何処をどうとっても、非力な人間にしか見えない。
そうとしか見えない筈なのに、それでも。

――違う。

瞳に映る彼女の在り方を見たレイチェルの胸がドクン、と脈打つ。
『胸』の中で、目の前の少女の在り方を『否定』する、己の言葉が
自然と浮かぶ。それは吹き抜ける風の如く胸の内を通り過ぎる
違和の感情に過ぎなかったがしかし、そこにレイチェル・ラムレイが
立ってきた戦場の記憶が裏付けとなり、疑念は一つの確信へと変わっていった。

「お前を見てると……なんつーか、違和感があってな。
 適性検査で点数が良くなかったって言うが、
 検査なんてもんは何でもかんでも教えてくれる訳じゃねぇ。
 統一された規格で測れるもんなんざ、誰の目で見ても分かるもんだけだ。
 ま、初対面のオレの言葉だ、笑い飛ばしてくれてもいいが。
 思うに――」

問われれば少しだけ目を丸くしながらそう口にして、
レイチェルは自らの頬を人差し指で撫でる。


「――お前の在り方、自然な在り方じゃねぇっていうか――」


女生徒の纏った嘘は、完璧だった。
きっと、誰もが見抜けない嘘の筈だった。

頭頂部から、つま先に至るまで。
身のこなしから、放つその気配に至るまで。
一挙一動から、言葉の節一つに至るまで。
どうあっても、その嘘は完璧であった。
きっと、どんな人間だってこの女生徒の在り方を疑いはしないのだろう。

しかしながら、レイチェル・ラムレイはその在り方を――

「――『そいつはお前じゃねぇだろ』って、オレはそう感じたのさ」

――真正面から、『否定』した。

淡々とした口調で、眼前の女生徒へ向けて。
『否定』こそが、レイチェルの胸に宿る奇跡《いのう》の性質なれば。


「……悪ぃな。いきなりこんなこと言って、気を悪くさせちまったかも
 しれねぇ。けど、どうしても気になっちまってな」

再び笑顔を向けて、レイチェルは掌をひらひらと振るのであった。

とある女生徒 >  
紫色の瞳を、じっとみつめていた。
特段、すきないろというわけでもないけれど――きれいだな、と思う。
淀んだところのない、ひたむきな透明感。

いままで近づいてきた軟派な連中とは中身はまるで違う。
どうしてやったかも覚えてない木っ端どもとは。
ましてここで足を止めてくれた理由が"これ"、ときたものだ

「……………」

じっと見つめる、銀の瞳。

刑事部に入らなくてもよかったじゃないか。
犯罪者を追い回す必要なんてない。
委員会の中に居るじゃないか。

とある女生徒 >  
 
 
――極上の獲物が。
 
 
 

とある女生徒 >   
「ひどいこと言うんですね、ラムレイ先輩」

言葉と正反対に声を愉快げに弾ませて。
体の後ろで組んだ指を引っ張るように、ぐっと伸びをした。
深呼吸をして、楽にする。

「うそを赦さないこと……それが、刑事部としての適性ですか?
 それならわたしの適性が低いのもうなずけます」

こつん、と磨かれた床を踏む。
硬質な音が廊下に響いた。
素人丸出しの歩き方で、レイチェルとすれ違うように歩みだす。

「青垣山には、もっとたくさんの桜が咲いてますよね。
 ……いっしょに、見に行きませんか?」

振り向いて、微笑んだ。
面を貸せ、と不敵に嗤う。

さて、どう恥をかかせてくれよう。

レイチェル >  
『うそを赦さないのが、刑事部の適性』。
思ってもいなかった言葉が出てきたものだから、レイチェルは
目を今度こそ丸くした。が、それも一瞬のこと。

「青垣山、ね……別にいいぜ。桜は好きだしな」

にこりと微笑んで、その提案を受け入れる。
彼女がどう在るにしろ、如何な理由で自分を誘ったにしろ、
少し話してみたいと思ったから。そして――

――桜。
古来より、特別な花としてこの国では扱われている。
この国の古い歌においては、花といえば桜を示したのだと。
この世界の、この国の人々の魂に刻まれた象徴のような花であるのだと。
そう、学園の授業で教わった記憶がある。

レイチェルは小さい頃から詩が好きだった。
紡いだ言葉に想いを乗せて、一つの芸術と成すそれらが。
場所や時代を超えても、胸に染み渡る感情を揺さぶるそれらが。
だから、この国の古い歌も好きだった。
そしてこの国の人々が愛して止まない桜には、興味があった。
青垣山で桜に囲まれたのなら、詩の一つでも思いつくだろうか、と。
そんな、小さな憧憬を胸の内に抱きつつ。

レイチェルは、目の前の女生徒の足元をそれとなく見やる。
その歩き方は、完全に素人のそれだ。
やはり気の所為だったのかと、一瞬思ってしまうほどに。
その『嘘』はやはり、完璧だった。

「楽しみにしてるぜ」

女生徒がレイチェルに興味を抱き始めていたその時、
レイチェルもまたこの女生徒のことを知りたいと、
そう感じ始めていたのだった。


その在り方に、少しだけ影を感じたから。
 
 

とある女生徒 >  
 
 
同日――青垣山
 
 
 

とある女生徒 >  
桜花の化粧も色濃い山にさしかかると、女生徒の機嫌は目に見えて良くなった。
気に入りの曲の旋律を口ずさみ、ハイキングさながらに花びらの絨毯を歩く。

「花紅柳緑……やっぱり、綺麗。
 刑事部のみなさんで、お花見とかなさるんですか?」

枝に見事についた花を見上げながら、先導する。
さっき、『桜は好き』という言葉に対して、嬉しそうな微笑を返している。
美しいものは、すきだ。
いなくなっていないかと、背後を確かめる。

「――――」

美しいもの、というならこのひともそうだ。
容姿、造形、声――それがどんな美を見せてくれるのか、
大変に興味があった。

「桜は、花言葉で……"内面の美"を謳っているとか。
 咲いているうちに、一度は描きに来たいな……」

つぶやく。そもそも、絵を描きに来島しに来たのだ。
さすがに荒事で鳴らしている人だし、芸術に興味は――どうなのかな。

内面の美。

――"そいつはお前じゃねぇだろ"

醜い、と言われたのだろうか。
在り方を糾弾されまいとする偽りであることは――否定しない。

思考に反して、足取りは淀みなかった。
次第、桜の森の奥深く、普通は立ち入らないような場所まで。
異界に誘う妖精の如く、彼女を導いた。
そこに、目当ての場所があることを知っていた。

レイチェル >  
――随分と上機嫌だな。

その気持ちも、分かろうというものだ。
桜色に彩られた山々は、思わず見る者の心の内にも美しい花《かんじょう》
を咲き誇らせるほどの魅力を見せつけていた。

「かこ……う? りゅうりょく……ねぇ? ああ、まぁ綺麗だよな、桜は。
 花見は……そうだな、いつか行けたらいいが、なかなか忙しい奴も多くてな」

彼女が口にするのは、聞いたことのない四字熟語。
この国の言葉の文化には興味があり、少しは勉強していたのだが、
まだまだ勉強せねばならないな、と実感させられたレイチェルであった。
よし、帰りに本でも買うか、などと思いつつ。
微笑みながら先導する彼女に対して、レイチェルもまた柔和な笑みを
返して渡す。

「桜の花言葉、ね。そいつは聞いたことがあるぜ。
 まぁ、こんな綺麗な花なんだ。綺麗な心を表すにはもってこいだろ」

両腕を後頭部にやりながら、歩を進め続ける。
妖精に導かれるままに、外套を揺らしながら。

「しっかしまぁ……描きに来る、ねぇ。
 ってことは……絵描きなのか? だったら今度絵、見せてくれよな」

興味深げに笑いながらそんなことを呟くレイチェルは、
先導する彼女を追いかけて、歩いて、
歩いて。