2020/10/10 のログ
ご案内:「二年前、春」にとある女生徒さんが現れました。
ご案内:「二年前、春」にレイチェルさんが現れました。
レイチェル >  
宙に浮かぶ桜色を通して、二人を取り囲む春風を微かに照らす陽光。
共に見上げた空は、その輝きを幾分か増しているように見えた。
輝ける天の先は何処までも透き通った、鮮やかな蒼色で。
しかし其処にはただ、虚ろな風が粛々と踊るのみ。


「道の歩き方は、楽しみ方は人それぞれだからな。
これまで大事に抱えてきたもんを諦めるっつーのは……
たとえ『こんなもんのなにがたのしいの』って、そう思ったとしても、
正直、そんなに簡単にできることじゃねぇと思うんだ。
かけてきた時間がある。流してきた汗がある。周りの目もある。
それでも、お前は自分の好きなものを追いかけたんだろ。
そういう生き方、オレは好きだぜ」


真っ白な感情には、輝く笑顔を。
両腰に手を当て、少しばかり腰を折り曲げて女生徒の顔を見上げれば、
レイチェルはそう告げたのだった。自分を貫くその生き方が好きなのだと。
そして。


「確かにオレが築いてきた技術じゃ、そんな風に桜を咲かせられねぇ。
一生かかっても、真似事はできねーかもしれねぇな。
でも、別に悔しいとは思わねぇさ。
他人を見て悔しがるのは、自分に満足できてねぇからだろ。
オレは、オレがオレとして在ることに満足してる――」


そう口にして、次元外套《ディメンジョンクローク》に手を入れた。
次元外套の内側は、まるで漆黒の宇宙がそこに存在しているかのように、
暗い輝きに満ちていた。そこに突き入れた手を再びレイチェルが出した時、
その手には拳銃が握られていた。
人差し指のみをトリガーガードに突き入れ、
そのままガンスピンの形でくるくると回して見せる。


そうして回し終えた銃口を、女生徒へと向けた。
レイチェルの口元が、ふっと緩む。


「――誇れるもんだってあるしな。培ってきた技術も知識も、
尊ばれるべき個性だと思ってるぜ。でも、個性以上にはなり得ねぇ」


ばーん、と。悪戯っぽい笑みと共に冗談っぽく口にしながら。
そのまま銃口をバックスピンの形で半回転させると再び外套へとしまい込んだ。


「当然、異邦人だからな。異界の言葉だぜ。
……詩は、読むことが多かった。
幼い頃はよく、詩人の目を通して紡がれる世界に憧れたもんさ。
自分で作ったこともなかった訳じゃねぇし、
今でもたまには頭の中に思い描くことはあるが……
ま、機会がありゃいつか聞かせてやるさ」


困ったように笑うレイチェル。
流石に初対面の相手に自作の詩を聞かせるのは彼女とて恥ずかしかった。
そうして。彼女が次に語った言葉を受ければ悪戯っぽい笑みは消えて、
真剣な表情で向き合うのだった。


「悩んでる、ねぇ。人生は選択の連続だ、なんてよく言ったもんだが。
オレから言わせりゃ、いちいちそんなことで後悔して悩んじまってるのは、
どうかと思うぜ。まだ歩いている最中だってのに、
こっちの道は不正解だったんじゃねぇかとか、
あっちの道を選んでおけば良かったんじゃねぇかとか。
そういうの、一番『くだらねー』と思う」


レイチェルは。


「だってまだ歩き終わってないじゃねーか。お前は『それ』の道を諦めて、
自分が好きなもんを追い求める道を選んだ。そいつは過程でしかねぇ。
こうしてまだ生きて、歩いてるんならまだ『正解』か
『不正解』かなんて、そんな答えは出ちゃいない筈だろ。
だから、出てもいねぇ答えについて、不安に思い悩むよりも。
オレ達ができることは……すべきことは――」


真っ直ぐに、瞳を見据えて。


「――『選んだ道を、正解にする』。し続ける。
自分が選んだ道を、満足いくもんに変えちまうんだよ。
その為に足掻いて、前向きに努めることだ。それしかねーだろ」


その悩みを、否定した。

レイチェル >  
そうして。

「別に、気を遣ってるからこういうこと言ってるんじゃねぇさ。
 ただ……思ったことをそのまま、お前にぶつけた。それだけだ」

先の問いかけに答える形となる締めくくりの言葉を、
真っ直ぐに見据えて口にするのだった。

とある女生徒 >  
肯定してくれる。
肯定は、してくれる。
言葉は淀みなく、桜の花が受ける陽光と同じように眩しい。
直視出来なかった。視線を反らし、耳に心地よい声を受ける。
嬉しくない――わけではない。

愛していないのに、否、愛していなかったからこそ、
瞬く間に補陀落を登り詰め、空を見上げた者の"努力"は。

「"頑張ったことなんてない"――って言うほうが、みんな良い顔するもん」

嗤った。どこか虚しく。
人生を賭して心血を注いでも、未踏峰に辿り着けなかった者ばかりだったから、
十代半ばにして空を見上げた自分が、本当に"努力"をしたのかわからずに。
だからきっと、自分は努力をしていない、と考える。

「――――ッ」

手品が見えた。銃口が向くと、僅かに肩が竦む。
"栓が閉まった"状態ではどうしようもない。かといって開くのも流れ的に悔しい。
流石に撃つまい――そう思うけど、暴力はせめて死なない程度にして欲しい。
平静を保ち、見事なガンプレイを眺めて、ぱちぱち、と拍手を贈った。
すこし機嫌はよくなった。

「―――――」

要するに。
彼女が言いたいことは。
事の正否に煩悶するのではない。無思慮であれということでもない。
要するに、強靭なまでの"自己肯定"、言うなれば"自信"の話か。

――『選んだ道を、正解にする』。

ずしりと胸に響いた、まっすぐな言葉に、

「…………?」

首を傾げて。

とある女生徒 >  
 
 
「………………なに、それ?」

目を細めて、怪訝な顔で見つめた。
 
 
 

とある女生徒 > 「それ、言ったらおしまいなんですけど」

敵愾心さえ滲む声色で、彼女の『否定』に噛み付いた。
色んな悩みを否定し、不自由を否定するその言葉は。
言葉そのものは、混沌という心地よいモザイク画を導く筆だ。

「唯我独尊、青天白日、闊達自在――たしかに、聞こえがいいことばだけど。
 自分が正解だと思えば、それでいい、ってことよね」

腕を組み、真っ直ぐに見上げて。

「でも、あなたはいま。
 "ただしい"ところにいる」

太陽を喰らおうとした白い狼のように、唸る。

「《時空圧壊》のレイチェル・ラムレイ先輩。
 あなたはわたしにとって――聞くところによれば。
 "主役(ヒーロー)"のような人。 少なくともこの学園においては。
 社会的強者であり、成功者であり、確たる努力でその地位を築いている。
 ――そんなあなただから、言えてるだけでしょ?」

どっから見下ろしてくれてるんだ、と。
強者の傲慢を見出して、裸の心で世界に触れ合う少女は噛み付いた。

「この島の秩序を担う、風紀委員会刑事部の英雄豪傑様だから!」

腕を空へと勢いよく振り上げ、そして振り下ろし、指さした。
真っ直ぐに、その透き通った鼻梁、美しき鼻っ面にむけて。

「では、あなたの魂が、そのマントの裏側のような無辺の漆黒(やみ)に赴いたなら!
 "風紀委員"を捨ててそちらに行けるとでも?
 行けないでしょ。《時空圧壊》を、《レイチェル・ラムレイ》を、
 詩歌にうたわれるような、美しく強い在り方を捨てるなんて。
 つくりあげてきた偶像を捨てることなんて、できないでしょう。
 しがみついて、すがりつくでしょう――そういう話ですよ」

この女生徒にとって。
"すべて"は、"ちっぽけな存在"だった。
もちろん、自分も含めてだ。だが、空を見た自分に。
"同い年の先輩"が垂れてきた講釈には、そう詰らずにはいられなかった。

「陽も届かぬ極夜の底でも、あなたは"その道を正解とする"と、いえるとでも?
 ああ、そうか――"自分ならそんな道は選ばない"ですか?
 正解、というつよいことばも、お師匠様の受け売りですか?
 それは――"あなた"が、口にしていい言葉じゃない……!」

ここまで、噛み付いたのは。

社会の枠組みという鎖、善悪という枷、周囲の期待という重しに縛られて。
そのなかにあっても、自分の選択を肯定し続ける生き方をせよ、というのが。
どこまでも、自分が征きたいと希っていた"道"。
誰もが後ろ指を指すだろう道行きへ迷いなく踏み出して、
自我の獣の如くに悠々と、鼻歌混じりに謳歌してみせる、そんな生き様。

ただ、ひたすらに。
"この鬱陶しい女"に、こんな言葉をかけられたのが。

とある女生徒 >  
 
 
――"悔しかった"。
 
 
 

レイチェル >  
『同い年の後輩』が放つ言葉を、レイチェルは全て受け止めた。
年下の後輩でなく、同い年だからこそ伝えられる言葉がある。
レイチェルはそう感じながら、丸裸の言葉を紡いでいく。

「ったく、ぐだぐだ言いやがる。
 言っとくが……オレは、主役《ヒーロー》なんかじゃねぇ。
 そんなもんには、なりたくもねぇ。くだらねぇにも程がある。
 だから、そんなもんには縋りつかねぇさ。
 でもって、他人様がどう評価してるかなんざ、知らねぇけどな――」

睨むように、女生徒を見据える。レイチェルとてまだ若い。
己の感情を隠しもせず相手にぶつけるのは、彼女の常だった。
しかしその後に続く言葉を語る内に、その表情は困ったような、
穏やかな色になっていく。


「――風紀の仕事でも沢山失敗してきたし、恥も晒してきた。
 書類仕事は苦手だし、気に食わねぇもんを見るとすぐカッとなっちまって、
 まだまだ先輩に怒られてばっかりさ。
 戦いの腕だって、まだまだ未熟なもんだ。
 オレだって、そこんとこは不安に思わない訳じゃねぇさ。
 でも。
 いや、だからこそ。
 自分が選んだ、今歩いているこの道を、変える為に足掻くんだ。
 まだ先が見えていない道なら、いくらだっていい方向へ変えられる。
 そう信じて、歩き続けてるんだ。それしかねぇんだ。
 選べなかった道に目をやるよりも、オレは前を見ていたいからな」

レイチェルは決して、今自分が歩いている道が正解だとは思わない。
未だ、彼女とてこの道が何処へ向かうのかなど、見えていないのだから。
それは、山を登った先に見える空のように、見通すことのできないものだ。
故に彼女は前へ前へと、手を伸ばすのみ。

「ま、ちなみに鋭いお前さんの言った通り、半分は受け売りだな。
 オレの師匠は言ったよ。『自分が選んだ道を信じろ』ってな。
 だから、オレは道を信じようと思った。でも、ダメだった。
 いつだって、悩んだし苦しんだ。今だって、そうさ。
 だからこそ、オレはこの道を自分の納得のいくものに
 変えるしかねぇと思ったのさ。
 そんで、道を変える自分自身を、信じるしかねぇって思った。
 だから、そう信じて歩いてる」

怒りを顕に噛み付いてくる眼の前の女を前にして、
レイチェルは目を閉じ、首を振った。

「オレの考え方が気に食わねぇなら、それでもいいさ。
 そんな生き方したくねぇってんなら、聞き流して構わねぇ。
 それでもな、道の選択に悩んでいるよりもずっと、
 前向きな生き方もあると思ってる。
 何より、お前が選んだお前の『好き』な、『楽しい』道なら……
 オレは、それで良いんじゃねぇかと思う。
 そのことを伝えたかっただけだ」