2020/10/11 のログ
■とある女生徒 >
「冗談じゃない」
彼女の言葉が締めくくられると。
鼻を鳴らして、一笑に伏した。
肩を震わせ、失笑しながら。
「あなた、ほんとに……苛々する性格してるわ」
天賦を持つ自分よりも、地の底で足掻いている者たちのほうが、
楽しそうに人生を謳歌しているのを見た時に覚えたものは。
苛立ち。理不尽。嫉妬、羨望。
英雄然とした彼女が告げる、"レイチェル・ラムレイのままならなさ"に対しても。
似たようなもやもやが、胸のなかにわだかまる。
空白では得られるはずもない、そのままならない"穢れ"こそ。
「かんたんすぎるよりも、ほどほどに大変なほうが楽しいに決まってる。
あなたの"道"は、きっと楽しくてしょうがないんでしょうね。
……で、なに?"そんな生き方したくないなら"?」
指をつきつけた手をほどき、大仰にふりぬいた。
甘やかに透き通った声で、朗々と謳う。
「"そんな覚悟なんてないんだろ"とでも、言いたいの?」
本当に。
"どこから物を見ていやがる"――その激情のまま、女生徒は、
「冗談じゃない!」
笑った。
「あーあー! やーだやだ!
"それで良いんじゃねぇか"ぁ?
悩んでたらあなたにそんなこと言われるんだったら、
だれもが憧れて。だれもが、まちがえることが恐くて。
おいそれと選べない生き方なんて」
首をふり、白い髪を払い、そして。
孤月の鋭さを持つ笑みで見据える。
「――"選ぶ"に決まってるでしょ。
"やってやる"わよ。あなたよりも強く、気高く生きてやるためにも」
それを選べないすべての者達を、嘲弄するために。
「だから、そのために。
レイチェル・ラムレイ先輩。
あなたから色々と――"盗ませて"欲しいな」
そして。
身体の後ろで手を組むと、腰を折って、上目遣いで睨みつけた。
先んじて、その道を踏み出したらしく。
上からものを言ってくれた相手の鼻を明かすために。
心に映した極彩色を、その手で現世へと描き留める、
こたえのない学問に向き合い続ける修羅道を謳歌するために。
「刑事部に異動願いを出すので、どうぞよしなに」
適性診断の結果に迎合して、"やりたいこと"を見逃すような。
消極的な、物分りのいい、目立たない生き方は、やめだ。
楽しくない。嘘は、光のなかでつくから面白い。
このまばゆい太陽の光輝を浴びながら。
この、目の前にいる、レイチェルとかいうおもしろい女の。
硝子の薔薇めいた美しき心が折れ、砕け散る瞬間を味わいたい。
みじめに、無様にあがく姿を見てみたい、闇に沈むその様を。
きっと、すばらしい味が舌に転がる筈だ。
――それを、特等席で味わうためにも。
その時に、さっきの言葉を、この女が吐けるかどうか確かめるためにも。
「……まさかあそこまで色々言っておいて、ここで逃げたりはしないよね」
悪辣な性格の滲む笑みを浮かべて、その女生徒は嗤う。
■レイチェル >
「はっ! 言うじゃねぇか。じゃあ、選んでみせろよ。盗んでみせろよ。
後悔のねぇ道になるように、お前も覚悟して歩いてみせろ」
レイチェルは、ここに来て初めて挑発的な笑みを浮かべる。
その笑みは心の底から楽しそうに、女生徒へと向けられていた。
にっと笑ったその口から、鋭い牙がちらりと覗いた。
「オレも一緒に足掻いてやるさ――」
レイチェルだけには見えていた、彼女のその表情の裏側。
それを見据えて、レイチェルは嬉しそうに笑っていた。
内にレイチェルらしい鋭い色が混ざっていたとしても、それでも確かに笑っていた。
そして。
「――しかしまぁ、『逃げる』ねぇ。冗談じゃねぇぜ。
お前も随分偉そうに言ってくれるじゃねぇか、あぁ?
でも、良いぜ。お互い好き勝手言う関係は、嫌いじゃねぇし……面白ぇ。
だから――」
変わらず、真っ直ぐに。
しかし、瞳の内には確かな炎を宿して、レイチェルは返す。
「――来いよ、刑事部。友達少なそうなてめーの面倒見てやらぁ。
で、お前こそ……逃げたりしねぇよな?」
そうして、右手を握手の形で差し出す。
『逃げたりしねぇよな』というその言葉と共に、力強く。
春の風が穏やかに、金の髪を撫でて陽に輝かせている。
■レイチェル >
「そんじゃま、改めてっと。
オレはレイチェル・ラムレイだ。よろしくな――」
面倒そうな後輩ができちまったもんだと、レイチェルは内心で呆れたように笑う。
これから忙しくなりそうだが、まぁそれもいい。
きっと楽しい道になる筈だ。
してみせる。
「――お前の名前は……?」
少女に向けて不敵な笑みを輝かせながら、伸ばした手をそのままに、
レイチェルはそう問いかけた。
■とある女生徒 >
「お友達が少ないのは、入学したばっかりだからでーす」
自分の人間的な欠陥は熟知していた。
いちいち腹を立てたりはせず、開き直った物言いとともににまり笑う。
友達は実際、絶無というほどではないが、殆どいない人生だった。
それを是とわきまえているような人間だ。
差し出された彼女の手を見ると、自分の腕をもたげて。
なんとなく掌を眺めた。
この時は、のばされた手を振り払う選択肢なんて――無かった。
「熱烈峻厳な訓練のお噂はかねがね。
――"この程度?"って、笑われないよう、全力でどうぞ」
握手。か弱い指先が、しっかりと決意を確かめる。
春風にさそわれて芽吹くよう、愉しみはつぎつぎと萌芽して。
目の前が色づいていくような心地だった。
「――あ、そういえば」
問われると、目を丸くして。
名乗ってなかったな、と視線を横に動かしてから。
■とある女生徒 >
「月夜見真琴。 よろしくね、レイチェル」
ご案内:「二年前、春」からとある女生徒さんが去りました。
ご案内:「二年前、春」に月夜見 真琴さんが現れました。
■月夜見 真琴 >
光輝をあびて。
闇のなかから、表舞台に引っ張り出されたその存在は。
認識されることで、月夜見真琴として。
その物語の背景に一輪の白い花を添える。
「さて、じゃあ可愛い後輩から先輩に。
さっそくおねだりしちゃおうかな。
よろしくついでに、詩を吟じてくれない?
この片欠けの桜が咲いてるうちに、また来られるかもわからないし。
――異界の詩、聞きたいなぁ」
左手は人差し指を立てて、唇の前に。
甘ったるい声は、猫を撫でるようにじゃれついた。
■レイチェル >
「お前こそ、訓練中にびぃびぃ泣き言吐くんじゃねぇぞ?
全力で来いよ」
肩を竦めるレイチェルは、女生徒を見ながら思う。
本当に、楽しい春になりそうだと。
レイチェルは、春が好きだった。
この世界に来て、そして学園に入って知った、春の素晴らしさ。
『出会いと別れ』の季節とも呼ばれているらしいこの季節は、
この国の人々にとって、とても重要な季節であるらしかった。
自分の生まれた国にも、四季はあった。
同じように、『始まりと終わり』と呼ばれる季節も。
世界が違っても、同じものを感じられる。
それが少し、嬉しかった。
「ああ。よろしくな、月夜見」
そうして互いの手を交わらせた後、その手を離して
レイチェルは彼女が続いて話す言葉を、耳する。
「なーにが可愛いだ。
自分から可愛いだなんて言ってる奴は可愛くねーっての。
でも、うん。
そうだな……詩か。悪くねぇ、な」
再び見上げる。青垣山の桜は、確かに綺麗だった。
美しく、枝の先で誇らしげに咲いている花もあれば、散っていく花もある。
それらを見ながら、レイチェルは目を閉じた。
■レイチェル >
彼女の口から、詩が紡がれる。
紡がれるその言語は、月夜見真琴の知らぬ響きだった。
抑揚に、響き。聞いているだけで心が落ち着くような、優しい童謡のような。
言葉の節々から感じられるその色は時に重厚な幻想を奏で、
時に軽やかなそよ風を奏でた。
それは、異界の詩。彼女が生まれた故郷の言葉を使って、
彼女自身の想いを表した――詩《こころ》。
「――『出会いと別れ』には桜色。今は、散って。
――『始まりと終わり』の桜色。今は、落ちて。
――散りゆく花々は別れを惜しむ顔をしているのだろうか。
――落ちゆく花々は悲しげに溜息をついているのだろうか。
――彼らの顔の色は薄紅色。
――変わらぬままの薄紅色。
――だとしたら、終わりに見えるそれは。
――だとしたら、悲しみに見えるそれは。
――新たな道への飛翔なのだろう
――前に進む為の飛翔なのだろう」
そうして、改めてこの世界の言葉で詩を紡いで聞かせた。
そうして詩を紡ぎ終われば目を開き、レイチェルは少し恥ずかしそうに指で
頬を掻いた。
「……今聞かせたのは。ま、そんな意味の詩だ」
■月夜見 真琴 >
掌にぬくもりを残したまま。
詩作を邪魔するまいと、茶々入れはせず、制服の上着のポケットを撫でて。
時折、そよりと抜ける春風に、金糸が揺れる様を眺めていた。
その唇が異界の言葉を紡ぎ始めるや、しばし。
ゆるやかに睫の影をつくり、瞑目して、遠い世界の韻律に聞き入った。
「散華を前向きにとらえるのが、レイチェル流というかんじ」
うっすらと瞳を開ける頃には、恥じらう顔が目に入った。
まっすぐな賞賛の心とともに、軽やかな拍手の音を響かせる。
終わりも別れは、あたらしい始まりの出会いの兆しとも。
「枯樹生華、っていうことばがあって」
風に乗った、いまも散った花びらを、そっと指先でとらえる。
一度散り、この島に流れ着いたゆえのこの出会いは。
「枯れ樹、華を生ずる。
苦境に活路を見出すとか、そういう意味だったかな。
散ろうと、枯れようと、それを正解としようとすれば。
桜を咲かせることだって、できるかもしれないね。
――じゃあ、新しい道を、まえに進ませてもらおうっと」
来た道を、歩き出す。時間は常に一方向に進んでいる。
帰路につきながら、ポケットから携帯デバイスを取り出して、視えるように。
――"録音停止ボタンを押した"。
「秘密を一方的に握られてるっていうのは、フェアじゃないよね」
肩越しに振り向いて、目を細めた。
「素敵な詩をありがとう、レイチェル。 宝物にするね?」
なんて、甘ったるくささやくような声を弾ませた。
■レイチェル >
「枯樹生華、ね。いい言葉だ。覚えとくぜ」
長耳の異邦人はその言葉を受けて、へぇ、と一言漏らした後に
その言葉を胸に刻むのだった。
やはり自分で詩を紡ぐ、というのはなかなか骨が折れる。
しかし、悪い気分ではなかった。
『拙作』であるかもしれないが、想いを言葉の風に乗せるのは、心地が良かった。
しかしそんな思いも、目の前の月夜見の拍手を受けて、少しばかり消し飛んだ。
――ま。詩に、もうちょっと胸を張ってもいいかもしれねぇな。
なんて、そんなことを思い浮かべていた矢先に。
目の前で、押される録音停止ボタン。
「あっ、てめぇ! この野郎! 録音してやがったのか!」
目を細める月夜見に思わず、があ、と叫ぶレイチェル。
全力で睨みつけながら、今にも殴りかかる勢いであったが、
続く月夜見の言葉に、頭を振ってふっ、と笑ってみせるのだった。
「……ま、確かにフェアじゃねぇか。しょうがねぇ。
悪用はすんなよな、てめー、何しでかすか分かったもんじゃねぇ……」
甘ったるく囁くような声に、じっとりとした声を返しながら、
二人は桜色の帰路を辿っていった。
元来た道を、歩んでいく。
『引き返す』道を、辿っていく。
それは、きっと。
薄紅色に照らされた者達にとっての、新たな道への飛翔であったことだろうか。
■月夜見 真琴 >
終わらない白夜の夢を見ていた。
太陽の光が絶えることなどありえないと、
年相応の子供のように信じていた。
ご案内:「二年前、春」から月夜見 真琴さんが去りました。
ご案内:「二年前、春」からレイチェルさんが去りました。