2022/02/10 のログ
神樹椎苗 >  
「死ねないヤツにも、それなりの事情ってもんがあるんですよ」

 とはいえ、日常的に自殺を試みてた頃に比べれば、椎苗も随分と人間らしくなったものだが。
 包帯の下の右手は、完全にミイラ化してしまってるのだ。
 筋肉も神経も死滅しており、動かなければ何も感じないのだった。

「仕事ならなおさら収支があわねーもんはするもんじゃねえですよ。
 まあ死なない様に手を尽くす態度は、褒めてやりますけどね」

 そんな事を言いながら、左手を見る。
 どうやら種は落としてしまったらしい。
 首を動かして周りを見ると、近くまで飛んで転がってきていた種を一つ、屈んで拾い上げた。

「しいも仕事ですよ。
 公安の手伝いで、現状の現地調査と報告です。
 ――ふむ、全く、生き物としてなかなか優秀なもんですね」

 拾い上げた種を、手の平で転がす。
 包帯やパッチのない素肌にも触れているのだが、『種』はなぜか根を張ろうとはしなかった。

「ん――どれくらい持ち帰ればいいもんですかね。
 一山いくら、ってもんでもねえですし、むう」

 そして、こうしている間にも、周囲の寄生体たちは、なぜか近寄っては来なかった。
 うめき声が聞こえてくるほどの距離で、複数の寄生体が徘徊しているのだが。
 やはり近づいてくるような様子は、一体にも見られなかった。
 

ノア >  
「……だろうさ。
 俺の知ってる他の不死者も大概しがらみばっかだ」
「元々はもっとサクッと終わる人探しの予定だったんだよ」

違いねぇやと乾いた笑いを吐きだして。
周囲から聴こえる唸り声ような声に装備に手をかけるが、
相も変わらず襲いかかってくるような個体がいない。

「持ち帰るって――お前それっ」

慌てて制止しようとしたが、素手で触っているように見えるが根を張る様子も無い。
機械みたいって言ったがマジで機械とか言わねぇよな。
公安の派遣した現地調査となると無策でという相手でもないだろう。
本来区画内で入手した物の持ち出しなんざ許されないだろうが、公安となれば話は別。

「……アイツらがこうして手をこまねいてんの、アンタのせいなんだろうけどさ。
 後で俺の仕事の手伝いだけ頼んでも良いか?」

襲われないだけで、こちらを窺う数は際限なく増え続けている。
こっちもそのままじゃ探し物どころの騒ぎじゃねぇな。
生存者であれば発見次第出口まで連れ帰る事ができればその場で処分されるような事も無いだろう。
ただ、その遺品ともなれば内部での獲得物品扱いで回収されかねない。
公安のおまけって事で何とかならねぇかね。

神樹椎苗 >  
「手伝いはまあ、構いませんが――お前、学園の人間じゃねえですね。
 登録されてる学籍に、該当がねーですよ」

 ふむ、と少し考えるように青年を見上げる。
 別に手を貸したところで椎苗に不都合はないのだが。

「別にしいが居ても大した事はできねーですよ。
 まあ探し物は得意な方ですが――手がかりくらいは無いとめんどくせーですね」

 拾った種をそのまま無造作にポケットに押し込む。
 他にもないかと探すように、足元を見まわしている。
 

ノア >  
「まぁ学園の人間じゃあ無いな。
 三木島植物研究所の植生調査派遣員で、名前はノアっていう」

皮製の名刺ケースの"奥"から一枚取り出して渡す。
本島と連携している研究所で、金とコネで内部の人間を買い込んでいるからこそ、
正式に所属者として名乗っても辻褄が合う。

「んや、探し物している間にアイツらに襲われねぇだけでも助かる。
 物は指輪だよ、こんなデザインのな」

地面を見回す少女に端末に表示したウェブページを見せる。
デザインはシンプルだが、トパーズの埋め込まれた安価でない物だという事は分かるだろう。

神樹椎苗 >  
「――ふむ、あそこの所員にそんな名前の人間はいなかったはずですが。
 まあいいとしてやりますか」

 確実に金で手に入れた偽の身分であるのはわかったが、特に興味があるわけでもない。

「しいは、椎苗、神樹椎苗です。
 常世島408研究室配置の『備品』ですよ。
 手足の着いた演算装置です」

 見せられたページの指輪には覚えがない。
 少なくとも、ここを散歩している間には見かけなかったようだ。

「それだけじゃ手がかりにならねーですよ。
 持ち主の情報くらいは入力しやがれってんです」

 はあ、とため息を一つこれ見よがしに吐きながら、近くを歩きながら『種』を拾っていく。
 

ノア >  
「……そうしてくれると助かるか」

金で買った身分、金で売られる事は想定していたが今コイツはどうやって把握した?
まるで"参照"するかのような言いぶり。

「椎名ね。『備品』ってのは、穏やかじゃねぇな。
 死なないって事はアンタ生きてんだろ? それを物扱いってのはどうかと思うがね」
「持ち主の名前は"嵯峨 博則(さが ひろのり)"。
 学園の二年だな。プレゼント用に買った物で未開封って話だから
 持ち主ってのが正しいのかは分からんが」

ため息を吐く姿はませたガキそのもの。
言葉の節々は悪態のように見えるが、悪気があっての物では無いのだろう。
そういう子なんだろうと、種を拾い歩く少女を見ながら思う。

神樹椎苗 >  
「『生きてる』――それは、お前の主観での認識ですね。
 単純に立場の話ですよ。
 しいは、正式に『学園の備品』として扱われています。
 とはいえ、外聞が悪いのもあって、一応は学籍が与えられてますが、基本的に人権は与えられてねーです」

 さらっと、フラットな声音で当たり前のように言う。
 本人の認識ではなく、学園――ひいては財団からの扱いが『備品』なのだった。

「ふむ『嵯峨博則』ですか、確かにここが封鎖される直前にこの辺りに居たようですが――ふむ、今のところ救出された生存者の名簿にはのってねーですね」

 とすれば、死亡者名簿はどうか――やはり名前はない。

「行方不明者のリストには載ってますね。
 さて、どこかで隠れているか、寄生されてるか――ん、大体絞り込めました」

 拾い集めた種を、軽く握りしめる。
 神性付与《エンチャント・ブレッシング》――握った左手がぼんやりとした光を放った。

「――ほら、探してきやがれです」

 そして、握っていた種を放り投げる。
 すると、十数個の種からは、脚のように四本の根が生え、カサカサと虫のように動き回る。
 それらは、あっという間に方々に散って、走り去っていってしまった。

「少し時間がかかりますが、まあしばらくすれば見つかるでしょう。
 ――死体の方は、ですが」

 なんて言いながら、折角離れた赤い花に向けて、ちまちまとした歩幅で近寄っていく。
 

ノア >  
「俺の主観で生きてる奴が『備品』だとか『実験動物』扱いされてるってのが気に食わないだけさ。
 ただのエゴ、俺の自己満足だな。学園からそういう扱いを受けるって事はそんだけの理由はあるんだろうが」

至極当然の話をするような口調に、異を唱えこそすれど憤る事はせず。
気に食わないってのは本音だとしても、椎名本人に対しての物では無いからな。
言ったところでしょうがない。

「望み薄だとは思っちゃいたが――そうか"死んでる"か」

研究者にとってどうかは知らないが理屈や工程よりも現場で重要なのは結果だ。
生存者、行方不明者、死亡者。それぞれのリストは公に公開されていない。
なにせこの街に人間なんていないからな。

「アンタのそれ、植物操作とかの類か」

改めて赤い花に近寄る少女を、再度引き離すような事はせず。
寄生体に襲われない程度に距離を保ったままに声をかける。
助けに行った側しか寄生されないってんならお笑いにもなりやしないしな。

神樹椎苗 >  
「お前もお人よしの側の人間ですか。
 苦労しそうな生き方ですね」

 言葉とは裏腹に、少しばかり声音が明るく弾んだように聞こえるだろう。

「確率で言えば――一割でも希望的にすぎますね。
 『蟠桃会』からのリークで、初動が早かっただけマシですが。
 それでも生存者は少ないのが現状です」

 まあ封じ込めが成功して、これだけの規模で済んだとも言えるが。
 封じ込めた中の状況は、悪化はしてもよくはならない。
 外からすれば、関係のない事なのだろうが。

「ん、操作とか、そんな大それたもんじゃねーですよ。
 単純に、こいつらは植物で、『生物』ですからね。
 より上位の相手には従順ってだけです」

 赤い花に近づくと、どこからともなく血のように紅い剣が椎苗の手に現れ、軽い一振りで苗床の死体と花とを切り離した。
 そして剣は現れた時同様、忽然と消えてしまう。

「しいは『植物として』こいつらより上位の存在ですからね。
 本能というのもおかしな話ですが、敵対するよりも恭順する方が都合がよいのですよ」

 切り離された赤い花は、椎苗の左手に茎を掴まれてずるずると引きずられる。
 青年の前に戻ってくると足元に、やたら雑に放り投げた。
 

ノア >  
「苦労せず生きるのより得られる結果が良けりゃそうするもんさ。
 お人よしってのは知らねぇけど、ただ俺"も"って事ぁ、人の縁には困って無さそうだな」

椎苗のような状態の人がいれば捨て置くような真似はできない。
こればかりは性根がそうさせるって話だが、そんな性根が重なる奴がいるなら困った時に一人になるような事はないだろう。

「分かっちゃいたさ。発生から日が経てば経つほどその確率が下がっていくのもな。
 生存者なんてそれこそもう残っちゃいねぇのかもとすら思ってる。
 それでも依頼人が望んでんのは生きてる嵯峨だからな……」

隠れる場所のある所、武装の用意がある所、出口に比較的近い所――
可能性のある場所はもう、捜しつくしていた。
ただ、せめてその生死の確認だけでも白黒はっきりさせておきたかったってだけだ。
それが依頼人の為なのか、未練がましい自分を納得させる為かは最早俺にも分からないが。

「上位の生物……ね。それこそ神とかその手の類か?」

この島では見ないという話でも無い。
異能と言うほど大それたものでは無いのだろう。
ただ、相手をそうさせる事ができるだけで。

「従順な犬も世話してやらねぇと噛み付くって話もあるし、
 あんまり無茶苦茶するんじゃねぇぞ――ってアブねぇなっ!?」

いきなりなんてもん投げつけてくんだコイツ!?

神樹椎苗 >  
「ええ、まったく、困ったことに」

 これでも妹分や、娘みたいなのも居れば、恋人もいる。
 なんだかんだと、お人よしの縁が椎苗にはしっかりと絡んでいるのだ。

「依頼人の願いは叶わねーでしょうね。
 だからせめて、遺品くらいはって事ですか」

 わからない事ではない。
 生死不明のままよりも、せめて死んだなら死んだという証拠があった方が慰めになるだろう。

「元、神ですよ。
 今はただの『端末』にすぎません。
 それでも、大抵の植物からすれば上位存在に位置づけ出来るでしょうね」

 だから、この『種』は椎苗には寄生しない。
 そして寄生体たちも、椎苗には手出しをしないのだ。

「何ビビってんですか。
 それだけになっちまえば、もう無害も同然でしょう。
 花自体には寄生する能力はねーんですから」

 そう言って、自分はまた近くに散らばっている種を集め始める。

「ソレ、やりますよ。
 ソレを風紀に引き渡せば、少しは報酬になるでしょう。
 しいとしては、ある程度まとまった数の種が手に入ればそれでかまわねーですし」

 公安の手伝いは現況調査で、それはもうおおよそ終わっている。
 あとは、研究室の方に『種』を持ち帰れば椎苗の仕事は終わりだ。
 

ノア >  
「そりゃいい事だ」

相変わらずのつっけんどん、言葉の選びはともかくとして少しだけ明るい語調に小さく笑う。
機械みたいだってのは、訂正しないとな。まぁ、口にしたわけじゃないから良いか。

「生きてるかも知れないってのは人の心を何も無い所に縛り付けちまう。
 希望に見えるのはただの都合のいい妄想――虚構だ。
 生きてる奴が死んだ奴の事を、その悲しみを飲み込むのにはそっちのが良いだろ?」

後ろ髪を引かれたとしても、事実は返らない。
それなら、その事実だけでも確かに伝えてやる必要があるだろう。

「元って……神格ってのは剥奪されるようなもんか?
 まぁ、それでもお前のお陰で襲われてない訳だし、ありがとうな。
 平時ならともかく、この状況で失せ物捜しってのは骨が折れるもんでな」

崇めるような気は無い。ただ齎された実利に対して礼くらい言わせてくれ。
『備品』と言うくらいなのだから使われる事に何の思いも無いのかもしれないが、声をかける事は使用者の自由だろう。

「ビビりなくらいの方がこの街だと生きていきやすいんだよ。
 報酬になるってのはまぁ、依頼の方がご破算になった今としてはありがてぇけど」

花自体に危険性が無いという事は分かったいたとしても、全様が分かっていない以上避けて通ってきたというのに、何とも気の抜ける話だった。
入るたびに気を張っていたというのに、椎苗のお陰で襲われる気配も無い。
ただこの少女と離れた途端に自分がどうなるかだけは分かる威圧感と気配だけはそこら中にあった。

暫くは、椎苗の使役する種が探してきてくれるのを待つしかないか。

神樹椎苗 >  
「――生ある者は、隣り合う死を忘れてはならない。
 死を想う事を忘れれば、生の意味すら見失う」

 ぶつぶつと、それまでと違う口調で呟く。
 そうして呟いてから、静かに首を振った。

「『七歳までは神のうち』
 かつては子供の命の儚さを表した言葉は、様々な解釈と共に独り歩きしました。
 ――まあ要するに、人間が神で居られる時間は有限なのですよ」

 拾い集めた種をポケットが膨らむくらいに詰め込んで、さて、と周囲を眺める。
 周囲で動かないまま立ち呆けている寄生体は邪魔だが、椎苗が動けば道を開ける。
 ――おおよその見当はついた。

「ん、いましたよ、『嵯峨博則』。
 やはり寄生されてますね。
 幸い損傷は少ないようですし、他の連中に壊される前に回収しましょうか。
 指輪の方も持っていると良いですね」

 走らせた『種』を目の代わりにして、位置関係を把握すると、また小さな歩幅で歩きだす。
 歩き出せば、周囲の寄生体は一斉に椎苗から距離を取って、散り散りになっていった。

「ああ、そんな装備してるんですから、荷物持ちくらいはできますよね。
 途中で見かけたら花をいくつかと、『嵯峨博則』の遺体はお前が持って歩くのですよ。
 しいは力仕事はめんどくせーですから、やりません」

 そう言いながら、返事を聞く前にさっさと歩いてしまう。
 椎苗に少しでも置いていかれれば、途端に襲われるだろう事は想像に難くない。
 

ノア >  
――汝死を忘ることなかれ。
ラテンの言葉で、どこぞの警句だったか。
椎苗の呟く言葉に記憶の中の言葉が思い返された。

「元、神ってのはそう言う事か。
 良いんじゃねぇか? 神様なんて重苦しい肩書、捨てたくても捨てらんねぇ奴だっているだろうし」

椎苗が望んでそうなったのか、そうだったのかは知らないが。
崇める人いたのだとしたら、それを蔑ろにしろという事は無いが、縛られる道理も無い訳だしな。

「――あぁ、助かる」

"寄生されています"予想していた通りの答えではあった。
少しだけ返事に時間がかかったのは、俺も自分の中で希望的観測ってのを捨てきれてなかったからか。
先に歩き始めた椎苗を追って後ろを歩く。
歩幅のせいか、速さのせいか。先導する椎苗の後ろを歩いてもすぐに距離は縮まった。

「ガキに荷物持たせる程落ちぶれてねぇよ……」

ぶつくさ言いながら、後ろを歩く。
探偵業なんてやってるが、実の所はなんでも屋が近い。
日がな一日猫追って走り回る日もある。店に難癖付ける違反部活の連中相手に拳1つ分からせる事もある。

それでも、誰かと歩くなんてのは何年ぶりだっけな。
合わない歩幅が、ただただ懐かしく。みっともない顔してそうな気がした。
――歩くの後ろで良かったな。

神樹椎苗 >  
「神でなくなったら、今度は『神様の付属品』になりましたけどね。
 まあ、しいの事に興味があれば、学園の公式データベースでも見ればいいですよ。
 しいの情報は、外部の人間にすら閲覧権限がありますからね」

 特にプライバシーがどうのと、今更言うような生活はしていない。
 なんなら、恋人といつ何をしたかすらレポートの形にされているのだ。
 椎苗に個人の権利はやはりないのだ。

「ふむ、いい心がけですね。
 こんな美少女ロリに荷運びなんてさせたら、ちゃんと股の下にぶら下がってるか疑う所でした」

 歩きながら、花が咲いた寄生体を見つけると、片手でひっつかんで、犠牲者の身体から無造作に引き抜く。
 それは意外なほどあっけなく、犠牲者から引き抜かれ、犠牲者は暫く痙攣した後に人間らしい姿のまま死体になった。

「――あんまり表情緩めてると、こういう時に顰めっ面になりますよ」

 引き抜いた赤い花をこれまた無造作に後ろに放り投げる。
 コントロールはばっちり、青年の顔に向かって飛んで行くだろう。
 

ノア >  
「晒しもんじゃねぇか……」

言いつつ後ろを歩きながら端末を弄ると確かに出て来た。
丸裸なんてもんじゃねぇ。

「女の子がそんな冗談言うもんじゃねぇぞ」

小学生のガキ同士くらいの低俗さだぞ神様の付属品。
美少女とロリの部分には突っ込むような事は無いがそんな事で疑われてたまるか。

「……お前良い性格してるな!?」

スカートでも捲ってやろうかこの女!? 顰めっつらにもなるわ。
顔で受けるような事も無く、狙い通りに飛んできた赤い花を引っ掴む。
延々と伸び続ける生命力を持っているはずの花だったが、椎苗の手の前ではそれもあっけない物。
横を通り抜ける際に見た動かぬ寄生体は人の形を保ったまま綺麗な姿をしていた。
頭を撃ち抜く事も、燃やすような事もせず。

神樹椎苗 >  
「そうですよ、しいは性格がいいですからね。
 及第点の誉め言葉です」

 わざと曲解する優しさ。
 ひねくれ者とはまさにこういうのである。

「死体をどうするかは好きにすればいいですよ。
 あと二週間もすれば、この区画は全面焼却されるでしょうし」

 そんな事を言えば、青年がどう思うか理解していながら、わざと言葉にする。
 まったくたしかにいい性格といえよう。

 ――そんな珍道中をしているうち、ようやく一体の寄生体を確認できる。
 その足元では複数の『種』がカサカサと歩き回っていた。
 ほかの寄生体は近くには見当たらない。

「さて――いましたけど、どうします?
 このまま持ち帰っても構わねーと思いますが」

 散々、寄生体を犠牲者から引き抜くところを見せておいて、このセリフである。
 椎苗の捻くれっぷりが良く現れているセリフだ。
 

ノア >  
及第点、抜け抜けと言い放つ椎苗に自然と頬が緩んだ。
また花投げつけられても、それはもうしょうがねぇや。

「全面焼却、か。やっぱそうなるわな。
 コイツらには悪いけど、全部を背負えるほどにマッシブじゃねぇんだわ」

焼却処分。公安の使いが言うならじきにそうなるのだろう。
両手が塞がってるせいで手を合わせたりはできないが、ほんの僅かに目を伏せて。
淡々と歩く少女に遅れないようにと手短に。

いた――渡されていた写真の通りの男、嵯峨 博則だ。
暴れるでもなく、逃げるでもなく。
寄生されたそのままに、ただ椎苗の存在を前に立ち尽くしていた。

「ヒトの悪ぃ事言ってねぇで、さっさと楽にしてやってくれ。
 俺がやると綺麗なままで終わらせてやれねぇんだ――頼むわ」

俺以外がやってもそうだ。出口にこのまま連れて行けば、処分されて終わりだ。
寄生体から花を引き抜けば、さっきまでに見た奴らと同じように眠るように死ぬ。
つまり、この少女に殺してやってくれと言っているのに他ならない。
俺も散々撃ち抜いて燃やしてきた。それでもしたくてやってきた訳じゃない。
それは声なき声で耳に残った断末魔で、未だに俺を苛み続けている。

「――手間かけさせて悪いな、椎苗」

努めて平静を保っていたというのに、声が震えてしまったのはきっと俺が弱いからなんだろう。

神樹椎苗 >  
「しかたねーですね。
 まあ、正しく死を与えてやるのも、しいの使命ですから」

 そう言って、やはり容易く赤い花を引き抜いていく。
 全身に根が張っているはずなのだが、引き抜かれた花は短い根を残すだけ。
 犠牲者の身体に残った根は、あっという間に枯れて、分解されていった。

「――これで終わりです。
 あとはお前の好きにすると良いです。
 一応、お前が帰るまでは付き合ってやりますから、ゆっくりやると良いですよ」

 そう言いながら、脚を生やした『種』をまた散会させた。
 どうやらまだ区画内の情報を集めるつもりなのだろう。

「何か手伝いが必要なら、しっかり地面に手と頭を着けて頼めば考えてやりますよ」

 と、しっかり余計な事も口にして、倒れた『嵯峨博則』の死体から数歩下がって離れた。
 

ノア >  
「おう、ありがとうな。今度なんかあったら三転倒立しながら頼んでやるよ」

言って、死体から下がる椎苗と入れ替わりに死体の側に寄る。
浮き上がった血管のように全身を這っていた根は僅かな痕だけを残して消えて、眠るような綺麗な姿をしていた。

荷物になっていた赤い花を側に置き、手を合わせる。
この男の事を何か知っているわけでも無い。ましてや何かをしたわけでも無く。
ただ、依頼者からの手紙に込められた想いの残滓がそうさせた。

「……これだな」

手袋を付けたままジャケットをまさぐれば、すぐに小さな小箱に入ったペアリングが見つかった。
婚約指輪だかなんだか知らねぇけど、んなもんまた買えばよかっただろうに。

右手の手袋を外して、箱の表面を薄くなぞる。
刹那、流れ込んでくるのは少年の記憶と想い。恐怖の中にありながら思い続けた依頼主の姿。

「――馬鹿な奴」

再び手袋をして呟く言葉は冥福を祈る言葉とは程遠く。
熱くなった目頭が視界を歪ませていたのを、手袋の背で乱暴に拭う。
ペアリングの片側を箱から取り出して硬くなった少年の手の内に握らせて、対の1つを箱ごと回収する。

「――俺の方は終わった。そっちはもういいのか?」

神樹椎苗 >  
「ん、終わりましたか。
 しいの方はまあ、後はついでみてーなもんですからね。
 ただ、種を幾つ持って帰ればいいのやら、って所ですが――まあ、これだけあれば不十分とは言わないでしょう」

 スカートの左右に付いたポケットは、詰め込まれた種で丸く膨らんでいた。
 どうやら、閉鎖区画の外へ持ち出すらしい。

「いくつか効果的に焼却するためのプランを作らなくちゃいけねーですが。
 まあ、それは帰ってから提出すればいいですからね」

 公安からの仕事は、正確には『確実に区画内を処理するための最適なプランの提出』である。
 恐らく最後の焼却作戦は、風紀と公安の合同作業になる事だろう。

「それじゃ、お守りをしてやりますから、さっさと帰りますよ。
 忘れ物しないように、しっかりついて来やがれです」

 そう言って、また返答を聞く前に歩き出す。
 椎苗が離れれば途端にうめき声が大きくなって、周囲からいくつもの気配が集まってくる事だろう。

 ――そして、区画の出入り口にあたる場所に到着すれば、ボディチェックをしようとする風紀委員に対して、傍若無人にそれをはねのける。

「お前たちは命令書を読んでねーのですか。
 お前たちはしいの仕事を手伝うのが仕事です。
 ほら、さっさとこの『種』を梱包しやがれです。
 しいから離れなければ危険はねーですから、ちゃっちゃと働きやがれってんです」

 と、近寄ってきた風紀の男子を足蹴にするのである。
 まったくもって、暴君である。

「あと、こいつが持ってるもんにもケチつけるんじゃねーですよ。
 無害な死体と、その遺品だけです。
 種が付着してねーのは確認済みです。
 あと、花を回収してきた分の報酬はきっちりと払う事ですね」

 一緒に来た青年に対しても、当たり前のように特別扱いを要求していく、ロリ暴君。
 担当するハメになった風紀の班員たちは、その理不尽さにひぃひぃ言いながら言われるままに慌ただしくし始める。

「そこのお前、なに暇そうに見てやがるんですか。
 突っ立ってる暇があるなら、迎えの一つくらい手配してこいってんですよ。
 つべこべ言ってねーでさっさと動きやがれです」

 ふん、と鼻を鳴らしながら、椎苗は検問で存分に権力を振り回すのだった。
 

ノア >  
「……それ持って帰んのか」

いや、まぁそれが今回の仕事だって話だしな。椎苗の近くにある限りは大丈夫だろう。
ポケットが破れてバイオハザード発生なんて笑えねぇぞ。

「その焼却までに間に合ったのと、アンタと出くわした事には感謝しねぇとな。
 っと、気の早ぇお嬢様だな」

先ほどまで静かだった寄生体が唸りを上げて、内から湧くまがい物の闘争心をたぎらせ始めていた。
慌てて嵯峨の死体を背負い、手に赤い花を握りなおして後を追う。

この少女の傍若無人ぶりは出入口でも発揮され、果てには困り果てた風紀委員から
もう良いから行けよと半ばせがまれるように追い出された。

「ん、毎度あり」

今までの出入りの際にも何度か顔を合わせて来た風紀委員に回収した"花"を手渡して相応の報酬を
――いやなんか多くねぇか? まぁ良いか。

「世話んなったな椎苗。碌に礼もできなくて悪ぃ。
 次会う時にはなんか甘い物でも奢ってやるよ。寿司屋のパフェで良いか?」

検査用に設けられた区画の端で二人、浮いたままに声をかける。
ややもすれば、風紀委員は近寄ろうともしなくなっていた。
なんだこのひねくれお嬢、植物どころか平気で人もひれ伏してるぞ。

花を引き抜かれるまで生きていたお陰か、死臭がするでも無い嵯峨の死体を抱えて。

「さて、俺は霊安室までコイツをお届けかね……
 お別れだな。助かったぜ、ひねくれおチビ」

どいつもこいつも暗い顔して作業を続けるその場所で。
用意させた死体袋を手に、減らず口を返した男は外に置いたままのバイクへと向かうだろう。

神樹椎苗 >  
「礼を言われるような事でもねーですよ。
 ただの『ついで』ですしね」

 報酬を受け取り、死体を抱えた青年に、小さく欠伸すらして退屈そうに答える。

「まあ、貰えるもんは貰いますから、期待せずに待ってますよ。
 それじゃ、精々早死にしないように仕事は選ぶことですね、『へっぽこ探偵』」

 そう、外へ向かう青年に声を掛けた。

「――ああもう、手際がわりーですね。
 こんなもん、いちいちピンセットで抓んでるんじゃねーですよ。
 ほらお前、容器を支えるのです」

 持ち込んだ多数の『種』を、怯えながら対応する風紀委員たちの前で、手づかみで密閉容器の中に放り込んでいく。
 その様子にさすがの『歓楽街一部地域担当』の手練れな風紀委員たちも唖然とするのだった。

 ――そうして、椎苗は『種』を408研究室へと持ち帰る。
 それが何に利用されるのかはわからないが――悪用されない事だけは確実だった。
 

ご案内:「落第街 閉鎖区画」から神樹椎苗さんが去りました。
ご案内:「落第街 閉鎖区画」からノアさんが去りました。
ご案内:「落第街 閉鎖区画」にサティヤさんが現れました。
サティヤ > 「なるほど、感染症か、生物兵器か……
この手のものを見たのは本当に久々だ」

悍ましく、愚かだと呟き、仮面を腰から外す。

君子危うきに近寄らずや、虎穴に入らずんば虎子を得ずといった言葉がこちらの世界にはあるそうだ。
どちらも愚かである。
元より愚かとかそうでないとか考えずに作られた教訓としての言葉であるとはいえ、極端であることは愚かさの代表例である。
最も愚かでないのは君子不用意に危うきに近づかず、用意周到の上で虎穴に入り虎児を得るのだ。
君子とやらがどういう人物かは知らなかったが、きっと最後は愚かに死んでいったのだろう。

この手の災害に遭遇するのは初ではない、用意周到とは言い切れないがそれなりの対策は講じてある。
普段とは別の認識阻害の編み込まれていない仮面をかぶり、肌を覆うローブと呼吸補助の小型魔道具を起動し、短刀を再確認する。
しっかりと固定され、抜刀も出来ることを確認すれば、こちらを認識し駆けてくる感染者らしき中型犬を見据える。

「あまり群れる動物とは刃を交えたくないですが、仕方ないです
正常に群れれるようにも見えませんしね」

唾液をまき散らしながら駆けるその矮躯は、その細さに見合わぬギラギラと血走った眼でただ一点こちらを見つめている。
短刀を2本構え、待つ。不用意に触れるよりまずは様子見から行いたいものだ。

サティヤ > 感染系の災害で気を付けるべき事象の一つに感染者を媒体とした感染拡大がある。
それは当然この場この事態において最重要と言っても過言ではない。
感染を防ぐには寄らない、触れないなどとあるが、今回の場合はそこにさらに

「種や根、体液あたりでしょうか」

中型犬の体表を覆うように張り巡らされた線はおそらく”根”である。
離れているときはなかなか見えずらいものがあったが、近づいてきてよくわかった。
確信に至る要素は不十分であるが、未知に対する警戒はそう愚かではない。
むしろ命を守るためにも必須であると言っても過言ではない。

唾液をまき散らしとびかかってくる中型犬の攻撃を余裕を持って避ける。
反撃はしない。
周囲にほかの敵性体が無いことはすでに確認してある。

少し過ぎた場所に着地し、こちらをにらみつける中型犬の眼には爛々とした殺意が灯っていた。
乗っ取られて操られているというより、興奮して自分を見失っているといったほうが正しいだろうか。
この災害の原因には精神に作用する効果のあるものがかかわっているのかもしれない。

犬に対して軽く手招きで挑発してみせると、それまでグルルと唸っていた犬は怒り狂ったような叫びと共に襲い掛かってきた。

サティヤ > 挑発を理解する脳と怒りという感情は残っているようだ。
やはり、ある程度の自我は残しているのだろうか。
感染初期段階とかそういった可能性も考えられる。
感染が完全に進行した場合、いったいどうなってしまうのだろうか。
思いつくのは、植物の種をまき散らす感染源となってしまうことだろうか?

「特に特殊な力とかはないのでしょうか。これではただの凶暴な犬のような気がしますが」

犬の無造作な噛みつき攻撃をかすらない程度に躱し、その尻を固いブーツの先で蹴り飛ばす。
何もしなくても離れたところに着地したであろう犬は相当離れたところに着地した。
いや、墜落というべきだろうか。
何もしなければまともに着地で来ていたであろうに。
現状特に特殊な力は見受けられない。
異能や魔法、そうでなくてもツルぐらい伸ばしそうなものだが。
精神的な影響がやはり主となっているのだろうか。
吹き飛ばされた犬は墜落した先でよろよろと立ち上がり、再びこちらに向き直ると、再び咆哮と共に突進を開始した。

「そろそろ別所に移動しますか。いつまでもとどまっていては囲まれかねません。」

迎え撃つべく、腰を僅かに落とし、短刀を構えなおした。

サティヤ > これまでの犬の様子を振り返ると怒りというよりかは……もっと別の何かに駆られているように感じられた。
とはいえ、どうにも自分はその感情をあまり持ち合わせていないらしく、犬に共感を示したり理解してやることが出来なかった。
殺意か、闘争か、憎しみが幻覚でも見ているか。
いまいちわからないが、一先ずこいつには止めを刺すこととする。

何かしらの感情に支配されているのなら、精神的な影響を受けているのなら。
脳を破壊すれば、止まるだろう。

犬が犬というより異形とでも言われた方が納得できる奇声をあげながら迫りくる。
先ほどと大差ない突進噛みつき。
とはいえ爪を前に出している様子を見るに学習能力はあるか、はたまた偶然か。
まあしかし、それにより何か変わることは無く。
再びかわし、脳天を短刀で突き刺し、捻った。

犬は奇声とともに痙攣し…しばらくして、絶えた。

「……やはり、特にこれといった特殊な力が備わるものではないのでしょうか。
この程度なら、もう少し探索していってもいいでしょう。成果もまだあがってないことですし。
持ち出せない分、ここである程度探っておきましょう。」

突き刺した短刀を使い捨ての布で綺麗に拭き、その布をそこらへんに捨てる。
しばらく犬だったものに警戒していたが、ある程度離れればその警戒も解くことになった。