2019/02/14 のログ
ご案内:「ヨキの美術準備室」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 学生らに半ば談話室として使われることも多い部屋は、今日はチョコレートの甘い香りで満ちていた。

何しろバレンタインデーである。
ヨキが買い集め、また学生から持ち込まれたチョコレートの試食会のような有様で、午後になって試験がぽつぽつと終わり出した頃から、人の出入りが増えてきた。

今は人の波が引いて、ちょうどひと息ついた頃だった。
応接テーブルで口直しの玄米茶に塩味のおかきを齧りながら、ふう、と一服。

「米菓が染みる……」

学生と食べる分だの、人に渡す分だのと、今日まであれやこれやの支度で何とも多忙だったのだ。
そろそろ日が傾き始めた時刻だが、外はまだ明るい。

ヨキ > 製菓材料にラッピング用品、ついでに花屋。
あちこち足を伸ばした末の今日、甘いものを抓みながら学生たちと過ごす時間は何とも賑やかで楽しい。

ゆえに、こうして独りになると部屋の静けさが際立った。
これから新たな来客があるとも知れず、ひとときの休憩時間であることに違いはないのだが。

「しばし寛いでから、出かけるとするか」

ローテーブルの上には、まだいくつかのショコラティエから取り寄せたチョコレートの箱が残っていた。
コーヒーにお茶にと大活躍の電気ポットで、湯を沸かし直す。

ご案内:「ヨキの美術準備室」に上総 掠二さんが現れました。
上総 掠二 > 「失礼する」

普段の絵具の匂いよりも甘やかなチョコレートの香りが鼻孔を擽る。
チョコレートなど似合わなさそうな見目の――ヨキほどではないが長身の男が小さく会釈した。
手には、学生街の「ちょっと良い」ケーキ屋の小さな紙袋を携えている。

「話には聞いていたが、壮観だな。ヨキ教諭が女生徒からやはり人気だというのも伺える。
 ……追加の差し入れでも、と思ったのだが、多忙だったろうか」

男は、ヨキの美術講義の中でも座学だけを取っていた。
実習は頑なに受講しようとせず、それでいて座学には人並み以上に興味を示す男。
そんな男も女子生徒の間の噂話でも耳にしたのだろう。
当然のような顔をしながらバレンタインデーの差し入れを持ち寄って、更に試食会の品数が増える。

ヨキ > 「やあ、上総くん。いらっしゃい」

準備室を訪れた青年に気付き、湯呑を置いて立ち上がる。
追加の差し入れ、と聞くや、両手を合わせてにっこりと笑った。

「はは、差し入れとは有難い! いやはや、今日は男子禁制にしているつもりはないのだがな。
 いつもは入り浸る者が来なかったり、普段顔を見せぬ者が菓子目当てにやって来たりと、何とも楽しい一日さ」

二人の会話に横槍を入れるようにして、電気ポットが湯沸かし完了のビープ音を鳴らす。

「人気などとんでもない、半数以上はヨキが自分で買い込んだものでな。
 どちらかと言えば、試験や勉強に励む学生らへの労いの意味合いが強い。

 コーヒーでも淹れようか。君も一緒に、おやつにしよう」

ローテーブルを挟んで向かい合うソファへ、掠二を招く。

上総 掠二 > 「お言葉に甘えて。
 男子禁制でない、と書かなければ入りづらいやもしれない。
 …俺も少し、邪魔ではないかと。少しばかり、頭を悩ませた」

招かれるままに、男はソファに座る。
体格のいい男二人が向き合って座るさまは、バレンタインデーだというのにそんな雰囲気も薄めて。
湯が沸いたのを聞けば、小声で「茶葉の差し入れのほうが良かったな」と呟き。

「ああ、何から何まで、すまない。
 代わりと言ってはなんだが…チョコレートばかりでは飽きるかと思ったんだ。
 よかったら、これも一緒に。…試験に励む学生は、試験がなければ励むこともできん。
 教諭方の苦労も、同じく労われるべきだろう」

男が差し出したのは、ケーキ屋のドーナツだ。
真っ白い艷やかなシュガー・グレーズでコーティングされたシンプルなドーナツを幾つか。
チョコレートで飽きる、と言いながら、その差し入れも口の中を甘くするものだった。

ヨキ > 「確かに……バレンタインデーと言えば、男女が仲睦まじくするイメージが根強いか。
 いやはや、来年からは気を付けよう。要らぬ遠慮をさせた」

二人分のカップとソーサーを準備して、ドリップポットから湯を注ぐ。
ゆっくりと蒸らされたコーヒーの香りが、湯気と共に立ち上った。

「……ほう、ヨキへ労いを? さすが、君は気遣いが巧いな。
 君の方こそ、女性から持て囃されてもおかしくないものを」

冗談めかして、二杯のコーヒーカップを互いの前へ。
テーブルの中央には、予め用意されていた砂糖やミルク、ガムシロップも置かれている。

「今日のコーヒーは、甘い菓子に合うようとびきりの豆を選んだのだ。
 君のドーナツと一緒にいただこう」

いただきます、と丁重に挨拶して。
コーヒーとドーナツを味わいながら、相手へ目を細める。

「君は……異性よりも、勉強や仕事にときめくタイプかな?」

上総 掠二 > 「冗談を」

フン、と短く鼻を鳴らして、口元を緩く持ち上げる。
コーヒー独特の苦味と酸味の混じった香りを楽しむように僅かに目を閉じ。
砂糖とミルク、ガムシロップをこれでもかというほどにコーヒーに注いでマドラーでかき混ぜる。

「無論、異性にだってときめくことはなくはないだろう。
 …だろうが、今はそれどころではなくてね。かわいらしい後輩には怖がられる始末だ。
 今やらなければいけないことと、あとでもいいことを天秤に掛けたらそうなってしまうだけだ」

教諭相手にも偉そうな口をききながら、甘ったるくされてしまったコーヒーを一口。
「美味い」「いい舌だ」と短い褒め言葉を幾つか並べながら、テーブルの上のチョコレートに手をのばす。

「それに、…どうにも女性が得意でないんだ。よきアドバイスを頂けたりするだろうか」

あの賑やかさについていけないんだ、と付け足しながら。
ヨキ教諭であれば、女心だとかそういうものに詳しいだろう、なんてイメージだけで。
バレンタインデーに、そんな教えを美術教師に請うのだ。

ヨキ > 見る見るうちにキャラメル色へ変じてゆく掠二のコーヒーを前に、しかし特に気にした風もなくドーナツを咀嚼する。
さっきまでチョコレートやおかきをたらふく食べたろうに、何とも美味そうに食べている。

「君らしい。なあに、人には人の楽しみや目指す先があるというもの。
 今しか学べぬこと、今だからこそ学びたいことがあるならば、それを何より優先すべきだ」

にやりと笑う。
軽薄なようでいて、異性はいいぞ、などと軽率に勧めはしないのがこのヨキという教師だ。

「さて、困った。女性相手、という十把一絡げの助言はなかなか与えづらいでなあ。
 君や他の男子学生の人柄がひとりひとり異なるように、女性もまた十人十色だ。
 残念ながら、“女心”などという判りやすい理屈は存在せんよ。

 少なくとも――同じ委員会であれば、君のように鉄道や工学が好きな女性も居よう。
 自分の“好き”を究めんとする者に、全く趣味の合わん異性は困難が多いからな。
 まずは自分と道を同じくする女性と、会話を交わす機会を増やしてみては如何かな」

上総 掠二 > その助言は、自分の「ほしいところ」を見事に突いていることに男は溜息をつき。
緩く頭を横に振って、こういう人こそが女生徒の心を掴むのだ、と口元を緩める。
曇った眼鏡を外してローテーブルに置いたまま、腕を組んで。

「理屈でわからんものを理解するのは、やはり、…難しい。
 会話の機会、ああ、そうか。そもそも、ということ。
 その、…こういう場で愚痴のようになってしまうのはよきことではないが」

恥じるように視線をテーブルに落としたまま、先程までの語調はどこへやら、
大変にいたたまれなさそうな表情をする。

「上司が、一応は女なんだが。
 悪く言うつもりは一切これっぽちもないんだが、…苛烈と言えばいいのか。
 俺の手に余る。そういう奴でね。気圧されずに言葉を交わす練習と思うようにしよう。
 
 無駄だ無駄だ、と、無駄口の多い会話は避け続けてきたからな」

頷く。無駄口だけでは時間の無駄だが、練習となればそれは随分と有益になるものだ。
そうして面倒な上司との向き合い方も教わりながら、またチョコレートに手をのばす。
オレンジの香りが香る、ビターな小粒のチョコレート。

「どこに行ったら女性の扱い方を学べるやらと思っていたが、存外近い場所に答えはありそうだ」

ヨキ > ドーナツを食べ終えると、自分もまたチョコレートを取って口へ。
島内の菓子店や外のショコラティエから取り寄せたそれらは、箱のデザインはもちろん、形や味もさまざまだ。
薄いチョコレートからとろけ出すガナッシュに、んん、と幸せそうに唸る。

「そうだとも。君が女性を知らぬように、女性らの大半もまた、恐らくは君を知らん。
 知り合おうとせん者らの距離が縮まらないことは、よくよく考えずとも明白だろう?
 ……愚痴? 気にするな。ここは談話室にして相談室だ」

そう言って唇を結び、相手の吐露に向き合う。
ふうむ、と漏らすと、コーヒーを半分ほど減らしたカップを一旦置いた。

「ふふふ……。烈女が上司とあっては、上総くんにはなかなかやり辛そうだな。
 君が会話を避けることと同じで、その上司の気概にも理由や信念があろう。

 互いの気性を尊重しながら、会話を交わす余地が見つかるといいな。
 せっかく一日のうちで長い時間を過ごす場所なのだから、社会の仕組みと同じほどに、人間関係を学ぶとよい。
 学んだ上で『やはり自分に人付き合いは合わない』と悟った者を、ヨキは決して笑いはせんよ」