2019/02/15 のログ
■上総 掠二 > 「美術準備室で男女関係の相談をする日が来るとは、思いもしなかったが」
どうにも、バレンタインデーという古い習わしも、甘やかなチョコレートも男の口を軽くするには十分だったらしい。
ヨキ教諭の唸り声を聞いて、「俺もひとつ頂いても」、と右手をそっと伸ばす。
「一概に『合わん』と言ってしまうのも楽だということはわかっているんだが。
…そうしてはならぬのだろうとは、俺も思うようには常々していたんだ。
そう言ってもらえるなら、そうなってしまったらそうなってしまったで俺も俺を許せそうだ」
湯気の減ったコーヒーに目をやって、また眼鏡をかけ直す。
そして、指導者でありながらも友人のように耳を傾けてくれる彼に、丁寧に頭を下げる。
「有難う。…そのうち、卒業までは言葉を交わすには時間は有り余っている。
来年の今日には、よき報告をできるといいんだが。いいや、してみせよう。
…それから、これは興味本位の質問なんだが。ヨキ教諭は、恋仲の女性がいたりするのだろうか」
■ヨキ > 「驚いたかね? 何しろタダの美術準備室ではないぞ。誰あろう、このヨキの部屋だからな」
ふふん、と鼻を鳴らす。掠二の物言いは元より、ヨキの尊大さも大概だ。
チョコレートへ手を伸ばす彼に、どうぞどうぞ、と箱をそっと押し遣った。
ほんの一口サイズのそれは、甘すぎず、こっくりと深い味わいをしている。
「物事の合う合わないは、自分だけのものだ。本人が判じたそれを、外からとやかく言うべきではない。
ヨキが口を出すのは、食わず嫌いだとか、単なる偏見だとか、そういうものだけだ。
もしも自分を責めたら、せっかく選び取った道の先でも苦しむことになる。
“決断した自分”を認めることと、少なくともヨキという理解者が在るということ。
その二つくらいは、肝に銘じておきたまえ」
ふっと笑う。まるで冗談みたいな台詞だが、ヨキは本心からそう言っている。
「ふふ。君の報告、楽しみにしていよう。教え子を見守るのは、ヨキのいちばんの楽しみなのだ。
……恋仲の女性? ヨキに?」
訊かれて、瞬く。瞬いて、即答する。
「いや、居らんよ。女性の側が応えてくれるかどうかは別として、ヨキは女性という女性に恋をしているからな。
“誰か一人”を決めるつもりは毛頭ないんだ」
あっけらかんと言い放ち、明るく笑った。
■上総 掠二 > 「さすがだな。「ヨキ先生に相談してみろ」なんて皆して言うわけだ」
思わずこぼれた笑みを隠すことなく、大きな手で小さなチョコレートを摘む。
なるほど、確かに美味い、と数度頷いてから「もう少し甘くても俺は好きかもしれん」と。
チョコレートが口の中から消えれば、父親のような言葉に眉を下げて笑う。
「俺もあなたみたいな人生経験を、生きていくうちに積まなくちゃならないな。
…なるほど。相わかった。
それは俺には絶対にできん生き方であれども、それは心の底から尊敬しよう。
そのあり方は、実に素晴らしいと思う。野生の動物であれば、きっと群れの主であることだろうしな。
俺は恐らく、野生であれば生きていくのに苦労する性質であろうから」
その言葉に、上総も目を丸くし、その後にいくつか瞬いた。
自分と性質の全く異なる男を前にして、肩を竦めて「勝てないな」と。
そして、とうにぬるくなってしまったキャラメル色のコーヒーを一気に飲みきって、顔を向ける。
「もし片付けをするようであれば手伝うが、入り用だろうか。
それともまだ来客があるようなら、俺はこのあたりでお暇させて頂こうと思う」
■ヨキ > 「君も困りごとがあれば、いつでもここへ来るがよい。ランチが旨い店から、安くて腹が膨れる夕飯の献立まで、何でも相談に乗るぞ」
どちらも食事の話だ。話題が広いのか狭いのか、いまいち判然としない。
チョコレートの感想に、それではこちらはどうかな、と違う箱を指し示す。
ミルクたっぷりだとか、キャラメルがとろける一粒だとか。何とも食べ比べには事欠かない量である。
「これから経験は積んで行けるさ、いくらでも。
さらに言えば、君はヨキが知らない人生を選ぶことだって出来る。
ヨキが人生を楽しんでいるように見えたとしたら、それはヨキの周囲の者たちのおかげだよ。
少なくとも上総くんには、自分から世界を広げようとする勇気がある。
このヨキの講義を聞きに来てくれるように、な」
自分もまたカップの中身を空にして、微笑む。
「初めから、来客の約束なんてないのさ。来てくれた者はみな、ヨキの大事な客人だからな。
自分の部屋の洗い物を、客人にさせる訳にはゆかんよ」
言って、先ほど自分が食べていたおかきや、別のチョコレートの個袋を見繕って上総に差し出す。
「恋愛だけがバレンタインデーではあるまい。
ふふ。『いつもお疲れ様』、上総くん」
自分が教える授業も、自分が日頃世話になっている常世島の鉄道も。
その一言に込めて、にっこりと笑い掛ける。
■上総 掠二 > 示された箱を見て、手を伸ばしては口に入れる。
首を縦に振って、また違うチョコレートに手を伸ばしては「これはいい」、と。
「勇気がなければこの学園にはいられんだろう。
世界で一番、臆病なままでは取って食われてしまう島だろうさ。
進まねばそれは尊き技術とは成り得ない。だからこそ、俺も、俺の手にするものは尊きものとしたい」
この常世島の学生を導くもの。教師。
そういうもののあり方を体現したような彼の姿を見て、眩しいものを見るように目を細める。
「それなら、今度はこちらが持て成そう。
委員会街のラウンジ。委員会所属学生であれば割引になるものがいくらかあるんだ。
途中経過でも、そのうち俺のほうから話を聞いてもらいたくなるだろうよ」
様々な個包装を見て、一度は断ろうとするものの、一拍置いてすべて受け取る。
「ああ。こちらこそ。
導くものありきの学生という身分。どうか苦労が出ぬよう」
笑顔には、目を逸した照れ笑いで返し。
ゆっくりと立ち上がって、小さく会釈をしながら「ではまた」、と。
いつも通りにぴんと背筋を伸ばして、美術準備室を後にするのであった。
ご案内:「ヨキの美術準備室」から上総 掠二さんが去りました。
■ヨキ > 甘いチョコレートに舌鼓を打つ姿に、自分まで味わっているような顔になる。
「君の思慮深さに、ヨキは敬意を表しよう。
教師が学生を導くように、教え子の存在なくばまた教師もない。
君がヨキを尊んでくれるからこそ、ヨキは教師で居られるのだよ」
相手からの“持て成し”の誘いに、笑みはいよいよにんまりと深まった。嬉しげだ。
「君のSNSの投稿、ヨキも見たぞ。うっかり仕事帰りに目にしてな、とんだメシテロであった。
上総くんのお墨付きとあらば、これは間違いないと思ってな。
ヨキも是非、あのラウンジの味を楽しみに行こうではないか」
菓子を受け取った彼の挨拶に、うむ、と首肯した。
「まだまだ風が冷える。どうか心身を労わりたまえよ」
指先でひらりと手を振って、教え子を見送る。
■ヨキ > 独り部屋に残ったのち、清々しい顔でひととき目を伏せた。
二客のカップとソーサーを慣れた調子で片付け、余った菓子は明日のおやつに。
ヨキらしい手早さで一通り後始末を終えると、壁の時計を見上げた。
日が暮れて外は暗くなり、間もなく夕食どきという頃合い。
「そろそろ向かうとするか」
事務机の傍ら、備品や鞄に交じって置かれていた紙袋を取り出す。
物陰からするりと取り出すのは、花屋で買い求めた一輪の赤い薔薇。
「――恋仲でなくば、さて。
何とも妙な間柄であることよ」
身支度を済ませ、薔薇を差し込んだ紙袋を片手にスマートフォンを取り出す。
『今から行く』。
ごく短いメッセージを打ち込んで――部屋を後にする。
■ヨキ > ――行き違いになった赤毛の少女が、机に残していったチョコレート。
ヨキがそれを手に取るのは、翌朝になってからのこと。
贈り主の名前に気付いた瞬間、どんな顔を見せたかは――
きっといつの日か、かの少女だけがヨキ本人から聞き知ることになるだろう。
ご案内:「ヨキの美術準備室」からヨキさんが去りました。