2020/07/03 のログ
ご案内:「落第街の廃バー」に群千鳥 睡蓮さんが現れました。
ご案内:「落第街の廃バー」にNullsectorさんが現れました。
群千鳥 睡蓮 > ビルの地階から深い階段を降りると鍵の掛かった扉がある。
少し前まではバーとして営業していたそこには、ボックス席とカウンターという過日の名残があるばかり。
スイッチを押せば照明は生きていたし、古めかしいシーリングファンがゆっくりと回り始めた。
視線をカウンター上に向ければ、ひとつ前までの客が使っていたらしい注射器が目についた。
ここの持ち主は、今は様々な目的に、この店だった隠れ家を貸し出している。

「あの合言葉を書くだけで本当にメールが来るとは思わなかったけど……」

ボックス席にくつろいで、電波状況の怪しいスマートフォンを取り出した。
評判のよろしくないSNSの片隅に書くだけで、
書いてもいなかったメールアドレスに連絡が入り、待ち合わせの場所を指定。
自分が鍵を受け取った場所で、彼女も受け取ってここに来る運びだ。
情報屋との密会。古い映画のような状況に、僅かばかり興の乗った風体で、
視線の先の扉に来るはずの、顔も名前も識らない訪人を待つ。

Nullsector > 何時来るか、来ないのか、以津真天が何処かで鳴くかもしれない。
そんな僅かばかりか永いか曖昧な暇に、音を立ててドアノブが動いた。
ゆっくりと開いた扉の向こう側には、白衣の女性がいた。
眼鏡の向こう側の常盤色、胡乱な瞳が相手を見据えて、少しばかり細まる。

「……驚いた。"普段は"もうちょっと厚着してたと思ったんだけどね……お前、デートには気合入れるタイプかい?」

あたかもその口ぶりは、普段の彼女を知っているかのようだった。
ゆったりとした足取りで中へと入り、扉を閉めた。
同時に、その細い指先に走る紫の糸。実態を持たない光の糸がドアノブを撫でると
その指先はタイピングするように動き、"ガチャッ"と音を立てて"ロック"された。

「……群千鳥 睡蓮。あたいを呼んだのはお前で間違いないね?」

「顔も無い代理人『Nullsector』……一体どんな情報をお望みだい?」

Nullsector(ヌルセクター)。
文字通り何もない空間。参照すれば、必ず何かしらのバグが発生する領域。
触れ得ざる領域の住人が、目の前の少女に語り掛ける。

群千鳥 睡蓮 > 「――監視カメラのハッキング? 機械式のドローンか、それともそういう異能かな。
 いいや、普段は隠してなきゃ少し刺激が強すぎるかな……ってね」

彼女の眼は信用に足るらしい。横を向いて、割れた鏡に映る自分の美貌を確かめる。
さて、と彼女に向き直り、まだ冷たさを残すボトルが入った紙袋を漁った。

「鍵閉めるなんてやらしいんだ。 そうだよ、あたしが呼んだ。
 インターネットにプライバシーなんてあったもんじゃないな、ふふ。
 ご存知の通り未成年なので酒は買えないから。カフェオレと……泥水――ブラックコーヒー。
 煙草は吸う?こっちに向けて煙出さなきゃいいけど」

二本のボトルと灰皿を卓上に並べて、座りなよ、と向かい側の席を示す。
不敵な笑みが出迎える。何が来ても大丈夫、という風体。

「調査依頼じゃなくて持ってるものが欲しい。それなら金はかからないだろ。
 最近来たばっかの新参でね。異能者やら、怪異やら、噂を編纂した『情報』……
 ……つーか驚いたのはこっちのほうだよ。オネーサンじゃん。
 背中が曲がった小男みたいなのを想像してたんだけどね」

Nullsector >  
「……人間の進歩には必ず"知識"が隣に存在する。魔術に科学に、或いはそれ以外……。」

「この世界の人類は、科学が常に隣にあった。それに合わせた時代進化。」

「技術の正当性、情報社会には必要な目、カメラ……それを少し逆手にとったのがあたい。」

「叩けば埃どころか泥が出るねぇ。あたいを突き出してみるかい?今なら、公安から一攫千金貰えるかもね。」

技術の発展。それが人々の生活を支えると同時に
それを悪用する人間は必ず現れる。それに対する対策
そこに対する対策。終わらないいたちごっこ。
相手の言葉にさも、"その通り"と言わんばかりの態度を崩さない。
だからこそ、悪びれた素振りも見せず
そうだと言ってやった。

「見られて困るのはお互い様。……よく言うよ、寧ろ肝を冷やしてるのはあたいの方だっていうのに。」

女は自らの力量を弁えている。
だからこそ、相手と生身で対面する"危険性"を知っている。
それでいて、顔色一つ変えず涼しい顔。
どちらかと言うと、肝が据わったとも言うべき態度だ。
促されるままに向かい側へと座ればフン、と鼻で笑い飛ばされた。

「ガキ相手に煙草なんて吸わないよ。こう見えて、ある程度良識は弁えてるさ。」

「泥水。それとも、お前が大人の階段登ってみるかい?」

気だるげに指先で空をなぞると、紫色のホログラムモニターが出現する。
よくわからない無数のアルファベットと数字の羅列。
虚数が淡い光と共に映し出されている。

「女だてら、色々苦労する事もあるのさ。けど、情報は鮮度と信用だ。」

「こうやって、生身で対面するのはあたいのポリシー……おかげで、今もこうして怖い思いばかりして、寿命が縮むよ。」

「……此れは、あたいから商品を買っていく全員に聞いている。お前、それを聞いて何やらかすんだい?」

群千鳥 睡蓮 > 「当世風の異能ハッカー……良いね。本当に映画みたい――ああ、安心していいよ。
 言うほど物欲も金銭欲もない。日々の小遣いはろくでなしとの賭け事で間に合うし。
 情報屋とのコネのほうが、後々、財産になるかもしれないしな…どう、安心した?」

コートの裏側から黒い、少し厚みのある封筒を取り出して見せた。
表には表、裏には裏。それらの秩序は弁えてるし、
白か黒かは気にしない。ブラックのボトルを彼女のほうに押して、自分はカフェオレを手に取った。

「こう見えて普段はブラック……甘いものばっか食べてるからなんだけど。
 ……だったら、ここに居たのがあたしで安心しただろ、オネーサン?
 ただの無害な一般生徒ですから、あたしはね」

ボトルをあけて、久しぶりのわざとらしい甘さで喉を潤す。
口を離すと、上機嫌な笑みで、髭面の紳士のロゴを眺めていると、
横合いから問いかけが飛んできた。視線を戻す。とはいえ、
視線が外れている時も、睡蓮からの視線、眼力は常に相手に注がれる。
虚空に現れた端末は電脳機器ではないのかと。『視界の隅を凝視し』ている。

「恐怖を飲み込んで来てくれたみたいだから、正直にこたえるけど。
 単純に、あたしの異能が『異能を集める異能』だから。
 面白い奴のことは、ある程度目星はついてたほうが動きやすいだろ?
 よくドンパチやってるやつ……先日落第街の一角を随分めちゃくちゃにした連中、とか」

事も無げに言ってのければ、手を振って、手品のように古びた手帳を見せてから。
ぐっと身を乗り出して、不敵な笑みを見せた。

「……あんたのことも、気になるね。
 そんなにビビりながら、なんでこんなシンギュラリティの裏側で情報屋なんてやってる?」

Nullsector >  
「映画ねぇ。本当に映画みたいなことが起きたこの世界。そんな連中が集められた幽世の島。」

「本当に、よく言うよお前さん。口達者だねぇ、精々二枚舌をかみ切らない事だね。」

御伽噺には事欠かない。あの日、あの大変容から全てが一変した。
そして、此の島も、財団も。何もかもが段取りが良すぎる位に出来上がった一本の映画。
現在進行形で上映中。その中でも飛び切りのB級によくぞ言えたものだと、女は眉を顰めた。

「……無欲を語るには今一信用に欠けるというかねぇ……。」

トン、トン、テーブルを指先で数回叩いて、訝しげだ。
彼女に対して、思う所があるらしい。

「まぁいいけどね。その歳で火遊びをする方が、あたいは気になるけど。」

ボトルを手に持てばそれを開け躊躇なく喉へと流し込んだ。
苦言と苦みと一緒に喉へと押し込まれるものだから、何時もより苦く感じる。

「そうだねぇ、妙な暴漢だったら泣いてるかもね?……それで……ふぅん。」

「まるで、秘伝書でも作るみたいな事を言うじゃないか。」

「情報を集める為に精通してるものを選ぶ。あたいが選ばれたのは光栄と思うべきか……。」

現れた古びた手帳を一瞥し、常盤の双眸が相手の視線を見据えた。
黒髪の奥の瞳を覗き込むように
不敵な笑みとは対照的な、気だるそうな表情のまま、じっと見ている。

「…………。」

ホログラムモニターの下に現れるホログラムキーボード。
手慣れた手つきで、細い指が淡々とタイピングしていく。
音も無いその光景はどう見えるか。パソコンに精通してるものなら
タイピング音もしないのはちょっと気持ち悪いかもしれない。

「…………お前さぁ。」

「実は結構"怖がり"か……"飽き性"だったりしない?」

女の口から、徐に不躾な質問が飛んできた。

群千鳥 睡蓮 > 「この齢だから――此処の学生だから、だよ。
 ここに居られるのは四年間だけだからね。卒業までの、ほんの短い間だ。
 異能を蒐集できるこの環境を活かさないのは、怠惰じゃないか……?
 あたしにこの異能が備わったことに、なんらかの必然性はかならずあるのさ。
 ……四年経てば、島外に戻る。 『生き返る』――だからそれまでに」

秘伝書、という言葉には、近づけた笑みを深めるばかり。
記すことだけが目的ではない、というのは隠しきれたものではないだろう。
新たなものを知るのは好きだ。世界の一端にふれることは。
そして自分はまた強くなる。みずからの宇宙に世界を閉じ込めていく。
だから興味は目の前の餌にも向くのだ。大きめの金瞳がそれを覗き込む。

「最新鋭のホロパソコンってわけじゃないよな。
 ……ハッキングツールとして、そういうものの姿と機能を備えるわけか。
 手を触れずに鍵を閉めたのもそういうわけか?アレ、電子錠じゃなかったよな。
 もっと概念的な――どこまでハックできる……? ……ん」

触ったことがあるのは、最近は教員の焼きそばチャレンジを見たりする娯楽と、
レポートなどを作成するための個人用のノートパソコンくらいだ。
それでも両親や祖父母の世代より随分と進歩した技術だが、これは格別のもの。
そうして分析しようとした瞳は彼女の問いかけに顔を上げると。

「………、………飽き性ではないと思うけど。
 理由を聞いても?」

受け止めた言葉に、少し反発を覚えた後、カフェオレのボトルをテーブルに置く。
口元に掌を当てて、考える仕草をした。自分は『怖がり』なのか?という自問が始まる。

Nullsector >  
「卒業後に出戻りする気はない、と。ふぅん、意外と素気ないねぇ……。」

「…………。」

幾ばくかの言葉が引っ掛かった。
その笑みの裏には、如何様なものが隠れているのか。
その金色はまさしく獣のような気配すら感じさせた。
差し詰め、肉に食らいつく前の高揚なのか。
……"アイツと同じ反吐のする笑顔"だ。
女は胸中に不快感を吐き捨て、気だるげな表情でそれを隠し続けた。

「そんなに生き生きとした顔をしておいて、まるで自分が"死人"みたいに言うじゃないか。」

「お前にとっちゃ、随分とここでの生活は"窮屈"とでも言うのかい?"外"じゃ随分と好き勝手、やったみたいだけどね。」

女も全てを知っているわけではなかった。
広大はデータの海。伝承、言伝、ほんの噂話。
無数に転がる虚偽と真実を分けて脳内へと入れ込む作業は
例えどれだけ技術が発展しようと途方の無いものだ。
……物怖じはしない。女にはしない"理由"がある。
だからこそ、躊躇なく一歩ずつ、相手へと言葉を踏み込ませる。

「異能の一環。そこいらのおんぼろパソコンやホロよりは便利だよ。……まぁ、答え合わせは後にして……。」

ス、とモニターを指先でなぞると、そこに映るのは一人の写真。
それは、目の前にいる"群千鳥 睡蓮"その人に他ならなかった。

「……別に、子どものオモチャってるじゃない?飛行機にミニカー……子どもってのはねぇ、どうにも大きくなるにつれて多少なりとも飽きが来る。」

「それと同じさ。収集するだけして、飽きてぽい、ってね……その捨てられるオモチャが"何か"は……その時次第だけどね。」

常盤の瞳が、細くなる。

「それ以外にも思い当たる節はなくはないけど……そうさね。」

「お前、さっき"なんらかの必然性がある"って言ったけど、あたいはそうは思わないね。」

「それはたまたま、"偶然"だとも。お前さんは偶然、そう言う異能になっただけ。」

「──────"意味はないさ、そこにはね"。」

「寧ろ、そう言う異能だからこそ収集家でもやってないと、退屈で死ぬんじゃないかと思ってたよ、あたいは。」

群千鳥 睡蓮 > 「……信用商売ってのも大変だな。
 あたしが――――なんて呼ばれてたこともわかってて、来たのか」

まず、相手に喋らせる。言葉に割り込まない。
それは、誰かに、相応に厳しく教育を受けたマナーであるように見えるだろう。
過去の自分と眼があった。ひと目で、関わってはいけないと理解できる剣呑な様。
そんな過去があるから、出来る限り普通の女子高生として振る舞おうとする。
見下ろす視点から撮られたもの。
いつかの八月、十四日だったっけ?と、口のなかでつぶやいてから。
外側でのことを指摘されると、悪さを指摘された子供のように、視線を逸らした。

「窮屈さでいえば、むしろ外のほうが苦しくすらあったけどね……。
 もっと、単純な話だ。あたしにとって主体は『外』なんだ。島の外な。
 あたしがここに居る間は外にあたしは居ない――死んでいるんだ。
 そうして一度死に、ここで学んで……おとなになって、生き返る。
 島の外から見れば、……あたしの家族から見れば、そういうプロセス、だろ?
 まあ、学校に来てからもぼちぼち、電話とかしているけれど……」

脚を組む。深くテーブルに座り直した。金には手つかずのままだ。
改めて彼女に向き直れば、なるほどなと頷いた。カフェオレで喉を潤す。

「世界の在り方については、ひとそれぞれということにする。
 そうだね、あんたの言う通りただの偶然かもしれない。それは否定しない。
 ――あたしはそうは思わない、というだけで。
 そういう意味で、飽き性、というのはたぶん違うと思う…………かな。
 この異能があるから、すべては価値があるものとして認識できる。
 異能者。怪異。災異。魔術師、そして、それらがそう在るためには、
 『そうでない者』も要る――昔は『一般人』がポピュラーな呼称だったんだって?
 それらに飽きるということは、ない。飽きたら、すべてに飽きるということだ……」

あんたはあたしがニーチェやハイデガーに視えるのか、と苦笑する。
殺意や敵意というものは、発さない。一切ない。大胆不敵な姿勢のなかにも。
相手を害するとか、傷つけるとか、毛頭考えていない静けさを讃えたまま。
じっと相手の、自分には存在しない、年輪と経験という強さを、その六境にとらえる。

「ではオネーサン……『怖がり』なほうは?」

Nullsector > 「そう思うなら、やってみるかい?色気と愛嬌一つでとれる情報なんてたかが知れてるけどね。」

嫌味を一つ交えた。それはもう、うんざりした様子で泥水を流し込んだ。
吐き出すものが泥なら、それを泥水で濯いでるんだ。際限がない。

「さて、ね。呼び名なんてその時次第でお前もあたいも変わるだろうし、差し詰めお前は鬼退治の"鬼童丸"とでも呼んで欲しいかい?」

鬼童丸。
古今著聞集に記された鬼の一人。
父である酒呑童子の仇をとるために頼光を付け狙った鬼。
尤も、その結末は些末なもので、頼光の引き立て役に過ぎなかった。
敢えて、その名で呼んだのは知らぬを誤魔化したのか、或いは茶化したのか。
一つだけ言えるのは、間違いなく"嫌味"だと言う事。

「成る程ね……常世からの黄泉返りだね。国一つでも作ってみるかい?」

「尤も、アンタが気づくのは死体の山だろうけどね。」

詳しい経歴までは記録していない。
嫌味で口にした。だが、女は知っている。
この女が島の外では間違いなく"鬼"であった事を。
女は決闘なぞ、武なぞ一切の理解を示す気は無い。
だからこそ、字面のままにそれを受け取る。
異能者を斬り伏せた一匹の鬼。それを恐れずして、何と見るか。
それでも臆することない。女はひらり、ひらりと言葉を交わす。

「…………。」

「あたいは卑屈だからね。お前のその"強そうな言動"も鼻に衝く。」

「必然性があるというなら、証明して欲しいものだね。そうしたら……ああ、いや、変わらないな。」

「……少しばかりは運命だって片づけたいね、事情があたいにはある。全てに意味がある、価値があるとしても……。」

「結局あたいはあたいのままなんだろうしね。」

仮に"それ"に彼女の言う意味が、必然性があったとして
内にある泥が余計に肥大化しただけだ。
未だ口に出さない、出す事は無い濁りきった肥溜めを
更に汚す様に、一気に泥水を飲み干した。
こんな苦みも、今じゃ甘いものだ。空になったボトルを後ろへと放り投げた。
マナーが悪い。

「…………。」

自然と細く、睨みつける常盤の瞳。

「────"怖い"ね。お前も、島も、外の世界も。」

「……自分自身もね。お前は……島の外の自分は死んでると言ったね?」

「そこには同意するよ。あたいも同じだ。けどね、もう"外"にあたいはいない。生き返る事も無い。」

「……虚数に呑まれて、ソイツは死んだ。虫が踏みにじられたみたいに、なんてことの無い命。」

「目の前にいるのは、そんな虚数が生み出したバグ。」

「……あたいにとっては、今は島<ココ>が主体なのさ。畏れているこの場所がね。」

群千鳥 睡蓮 > 「…………やめときなよ、オネーサン。
 あんたは何か、不思議な体をしているみたいだけども……
 『斬ってくれ』という挑発は、『斬りたがる奴』にしなきゃ意味がない」

口の前に人差し指を立てる。
喧嘩をしに来たわけではないし、何があっても自分は殺すつもりはない。
しずかに――諌めた。何が起こるかは、しかしわからないぞ、と。

「あたしは生まれてきてからいままで……
 『人を殺したい』と思ったことなんてないし、人殺しが好きなわけでもない。
 もちろん……技を競い合うだの、命を懸けて殺し合うだの、
 そんな暴力的なことに価値や尊さが、意味があるとも思わない。
 …………くだらないとさえ思うよ。
 そんな、ただの、一般生徒なんだからな、まあ、ナマイキなのは否定しないけど。
 ……そう、そうだな、そうだよ……死体の山。それが自然のなりゆき。
 外に居たままでは、そうなっていたかもしれないから……
 あたしは、此処に居る。学ぶために、此処に来た。おとなに――」

少し疲れたような微笑で答えると、戯けるように肩を竦める。
ころん、と落ちた空のボトルを見送ってから、こちらは少しずつカフェオレで唇を濡らす。
言いかけた言葉が、不快感を強める彼女に果たして届くかもわからなかった。
どこまでも静かに相手を視ようとする。すべてを糧としようとする。

「……実際に輪廻転生をしたわけか?
 その能力の濫用か、なにかの悪意か事故によって……?
 道理で妙な視え方がしたわけだ……それがあんたの原体験か。
 なにかあって死に、違うものとなって、生まれ変わった――その変化は、
 あんたにとっては悪いものだったか? すべてが恐怖の対象になった?
 すべて。 胡散臭い言葉だが、未知も既知も恐怖なら、なんでそんな商売をしてるのか」

両肘をついて、組んだ指の上に顎を乗せた。
じっと見つめた。相手のことを識りたい。識らなければならない。
真摯さには真摯に。総てに敬意を払う。
鬼であるかもしれないし、邪であるかもしれないが、ひたすらに真面目だ。
しずかに――優しく。 笑みはせずに、声をかける。

「吐き出してみてよ。 目の前に居るのは何やっても心の傷まない『鬼』なんだ。
 あたしはあんたも識りたい……そしたら、あたしの恐怖を教えてあげる」

Nullsector >  
「……ハハ、そう見えるかい?生憎、何処を切り取ってもココと、ココ以外は普通の人間だよ。」

自らの左目と、コメカミを差して乾いた笑い声を漏らす。
異能の関係上、効率性を重視した結果"取り替えた"部位。
生身の体に唯一生まれた異物。今でもずっと気持ち悪い。
目の前の景色と、別の景色を同時に眺めて叩きつけられる無数の情報力。
この気持ち悪さ、口に出しても伝わる訳もない。

……だが、それを挑発ではないと否定はしなかった。
斬られるならそれも止む無しだ、と。
貴女のその目が、生死観の見極めを上手くできると言うのであれば
女はきっと、"斬られてもいい"と思っていた気配を感じれるかもしれない。

「…………。」

鬼が、"哭いた"。
少なくとも自分にはそう見えた。
猫かぶり、この言葉も果たして嘘なのか、本当なのか。
女が信じるのは確証があるデータだけ、不確証な言葉は信じない。
では、人の心は?──────……。
ふぅ、と疲れたように溜息を吐いた。
徐に伸ばした細い指。避けなければ、ぐにっと右の頬にちょっとめり込む。

「……敢えて信じるなら、そうかい。そりゃ……災難だったね。」

「あたいはアンタを誤解していたことになる。真とするなら、それには謝るけどね。」

「……アンタは『外』が主体と言ったね。4年経って、戻って、また誰かを殺すのかい?」

素直にそれだけは謝罪した。
指で突こうとしたのも、彼女なりの気遣い、気を抜こうとしたのかもしれない。
気だるげで、いけすかない言動をとる女だが
その本質には妙なお節介焼きが見え隠れしている。

「…………節穴。」

けど、減らず口は相変わらず。
鼻で笑い飛ばすとともに、机から身を乗り出した。
ホログラムのモニターに肩が突っかかり、全てがぼやけて乱れるノイズに変わる。

「多少の異物が混じってるのは間違いないよ。純粋な人間とも言い難い。」

「……でも、弱い弱い人間さ。踏みにじられた、何処にでもいるような女……。」

奥の奥。その金色から何かを見出すように、胡乱な常盤が覗き込む。

「……おい、『鬼』。ソイツを聞いちまったらアンタは引けないよ?」

「一緒に地獄を見てもらうさ。あたいと共に、天変地異で全部が悲鳴を上げるような共犯者。」

「……人の事を知ろうっていうなら、生半可な事で聞こうとしたんじゃないだろうね?ただの拗ね傷もちと思うかい?」

「わざわざ虚数<ヌルセクター>を参照しようと言うからには、予測不可能なバグを起こされても、文句は言えないよ────?」

そう、それは誰もが参照するものではない不可侵領域の虚数。
虚空の淵から覗き込む。低くドスの利いた声音が、底無し沼から脅しをかける。
────が、不意にその表情は、微笑んだ。

「……けど、対価はくれてやる。底の底まで堕ちるなら、死んでるアンタを生かしてやる。"外"でも"島"でも、面倒を見てやるよ。」

「ギブアンドテイクだ。その気があれば、あたいの異能の一つでも何でも教えてやる。情報量もタダだ。」

自ら虚数に飛び込む勇気があるのなら、飛び込んでみるといい。
そう言わんばかりに、女は貴女の両の頬に手を添えようとする。
添えられれば、額同士を重ねて間近で視線が交わる事になる。
光の無い緑の奥へ、ようこそ、と。

群千鳥 睡蓮 > 「んぅ……? ……ああいや、災難とはまた違う。
 あんたがどれくらいあたしのやってきたことを調べてるかはわからないけど、
 殺したこと自体は、あたしの意志。あたしが選んだ。……殺人鬼だよ。
 わざわざ『社会的に殺しても問題ない相手』ばっかりを選んで、だ。
 死を山と積み上げてきた。鬼というよりは、ただの餓鬼とか畜生の類だろ。
 そこは軽蔑してくれて構わないし、……少なくとも周囲には隠したい恥で、罪だ」

頬に指がめりこむ。体温がある。
それを横目で追ってから、なんだよ、と正面を見据えた。
そして、心臓を握られてるのはあんただけじゃないんだぞ、と。
後ろ暗い過去を隠す、他称・鬼は、目の前の犯罪者に肩を竦めた。

「世界とは……」

殺傷についての答えは、少し考えてから、視線を斜め下に向け、考えながら紡がれる。

「ひとりひとりに、あるんだ。 八識……眼・耳・鼻・舌・身、意。
 五感と、第六感だね……そして、執我識とすべての大本たる一切種子識。
 それが受容して感じるものが世界、要するに、わかりやすくいえば……
 ひとりひとり視え方、在り方が違う……ということだな。
 あんたはすべてが運命だとは信じないが、あたしは信じてるように。
 ……あたしには、『先ず、視えるもの』がある。真理とか、真実とか?
 大仰な言い方は好きじゃないが、そういう……そして、そのほかのすべては、
 『それに付随しているもの』にしか過ぎない、ただの真理への寄り道」

小さい頃からそうとしか感じなかった、と言った上で、少し声が震えた。

「でもそれじゃあ駄目みたい。受け止めきれない運命に出会った。
 一番簡単な方法で、過程をすっ飛ばして真実にたどり着くだけでは。
 だから此処に来た。学ぶために。強くなるために。
 運命とはすべてが決まっていると考えたうえで、
 終わった時に物事を受け止められるかどうかという『とらえかた』のことだ。
 あたしは弱い子供だと痛感したから、大人になるためにここにきた。
 病院に入るか、ここに閉じ込められるか、多分あたしのための二択に対して…
 ……殺さずに識ることが、強者に至る道と、今は考えている」

これでいいかな、と言った上で、電脳の壁をこえてこちらに向かってきた彼女を、
受け止めた。額に触れられる。受け止めた。
思ったより睫毛が長いな、となんとなくぼんやりした感想を受けながら。

「節穴で悪かったな。 ……近い、近けーよ」

苦笑してから、肩を竦める。不敵な笑顔は変わらない。

「あのさ。あたしはあんたから情報を買い付けに来てんだよ。
 そのうえでなんか苦しそうだったから、お話を聞いて気に入られようと思ったわけ。
 優しい美少女で涙が出るだろ? 随分とまあ、知ってほしそうじゃねーか。
 そうだよな、あたしの抱えたもんなんざ、大人の苦労からすりゃ小物も小物だろう。
 ところで……あたしがどんなものを斬ってきたか知ってるあんたは、
 あたしが天変地異程度で膝を屈するものに、視えるなんて言わないだろ」

手を伸ばす。胸ぐらを掴んで、逃すまいとする。

「女子高生の小遣いにゃいささか情報量は高けーからな。
 フリーパスがもらえるっていうなら是非にもお聞かせ願おうじゃねーの。
 何処にでも居る女であっても、貴重なあたしの糧だとも。
 聞かせてみなよ。寂しいんだろ? すべてに覚悟はできてるよ。
 運命は受け止めてから考えるものだ。小娘に全部打ち明けてごらんよ、オネーサン」

Nullsector >  
「何処まで調べてるかなんて、教える訳ないだろ。」

「けど、まぁ……そうさね……。」

「……いや、ちょっとだけ羨ましいね。畜生でも餓鬼でも、自分で選んでそこまで言い切って……いいんじゃないかい?」

「"覚悟があれば、怖いものない"からね。」

大袈裟な物言いだったかもしれない。
少なくとも相手にはそんな気は無いかも知れないが
女の目にはそう見えたようだ。
覚悟があれば、怖いものは無い。
そこが修羅道、血にまみれる事になろうとも、鬼と成ろうと
そうまでケロッと……いや、そうでもしないとやっていけないのかもしれないけど
それは彼女の強さ、覚悟だと女は思う。

「隠す事が罪なら、暴くあたいは差し詰め罰かい?」

島を埋め尽くすドローンの目。
電脳の侵入者。言葉遊びだ、と鼻で笑ってやった。

「……阿頼耶識、仏教とかその辺の考えだっけ?にしても……真理、ねぇ。ニーチェよりよっぽど哲学臭い事言ってないかい?」

「今度は斬った命について、論文を書いてみるかい?」

意外と興味が薄い事に対する情報に対してはガサツっぽい。

「…………。」

「"受け止められるか"どうか、ねぇ。向かってくる運命とやらには無抵抗かい?」

「……生憎、あたいはそんなものを受け止めれる程強くないからね。」

「受け止められないと思ったら、例え冒涜と言われても、運命に抗うね。跳ねのけるさ。」

「"弱い"からね。此のスペースに、そんな大仰なもん入らないよ。」

彼女の考えが強者なら、きっと自分の考えは弱者そのものだろう。
運命に抗い、受け止めようとしない。
全てを暴き、改ざんし、自らの都合の良いように捻じ曲げ、跳ねのける。
抗い、抗い、抗い続けて自らの意思で忌まわしきこの島にやってきた。
弱いなりの生きる処世術とも言い換える事が出来る。
溜息を吐いて、軽く髪を揺らす様に頭を振った。

「……いい子だね、睡蓮。もう引き返せないよ?」

ニヤリ。口元が歪む。心の底から嬉しそうに。

「大人をなめるんじゃないよ。子どもの面倒をみるのも、あたいの仕事さ。」

「優しい美少女の苦労を労ってやる優しいお姉さんで、安心したろ?さて……。」

そのままじ、と視線を逸らす事は無い。

「あたいの事を話す前に……興味本位で聞くけど、その"真理"に辿り着いて何するんだい?」

群千鳥 睡蓮 > 「恐いよ。 自分が考えなくなった時が。
 すべてを無価値だと気づいたら、この手帳が手帳であることをやめたら、
 あたしは、わたしである成り立ち、『睡蓮』という輪郭すら失う気がして……」

決まりきってないガキなんだよ、と、自嘲気味に、捨て鉢に笑った。
弁えたことを言っていても、この眼は時として、真理以外の付随物を見誤り、
今も、目の前の女性を、如何なる者かと視ようとして、躍起だ。
視えたものが違えば、慌てて修正して、見極めようとする。
煩雑な回り道。その成り立ち、識こそが大事だと、あの教師は言ってくれたから。

「要するに視点は人それぞれということ。だから、
 あたしは相手を否定したくないの。否定されたくもないし。
 あんたが罪人であれ、裁定者であれ、ひとりの価値ある存在で。
 ……斬ってきたものもまた。そういう運命だった。それだけの話。
 あたしに斬られた時点で、あたしに斬られるために生まれてきたんだと」

殺意でもなく、運命への興味だけで殺傷し、そしてそのたび落胆してきた。
虚無を降り積もらせる日々の終わりになにかがあって、ここにきた。

抗うと言ってみせる強さに対して、うなずいた。
運命という言葉はそれほど、時として強く聞こえるらしい。
首を静かに振って、優しく微笑んでみせた。

「全力を尽くす。死力を尽くす。ひたすら考え抜いて、安易な帰結は求めない。
 あたしがそうした時に、『受け止めたくない運命』であることはありえない。
 あたしは強いから。何よりも。誰よりも。だから、抗わないよ。
 あんたと同じさ。 物事の捉え方が違うだけ……ね?」

藻掻いてもがきぬいた先に掴み取ったものこそ運命だと。
要するに、最後に笑えるかどうかの弁え方。
それは消極的な、すべてを諦観するような論理ではない、と考えている。
挑戦的に笑ってみた。言ったからには、苦境でも彼女は抗ってくれるらしい。
けれども、真理について聞かれれば、困ったように眼を逸してしまった。

「真理は、あたしが剣を抜けばそこにあらわれる。
 必然の落着、運命の帰結。 強さとかじゃなくて、そういうもの。
 だから、それには辿り着かない。寄り道。運命に絡みつく付随物を識りたい。
 ……それが、其処にある必然性を。意味を、理由を、識ることで。
 四年間、学び続ければ、あたしは島の外に相応しいものに、なれるんじゃないかって……」

そして、ぐしゃぐしゃと自分の髪の毛をかき混ぜて。

「も、もーいいだろ……早く自分語りしろよっ!
 人生相談しに来たんじゃねーんだよ、あたしは!
 情報!じょ・う・ほ・う!買いに来たの!」

Nullsector >  
「…………。」

「────"物事に意味は無い"、って、今のアンタに言ったらぶった斬られそうだけどね。」

「そこに意味と言う色が付くのは、意図せずとも後から証明されるさ。今から怖がってどうすんだい?」

「その"手帳"に……"群千鳥 睡蓮"に意味を持たせたけりゃ、誰よりも気高く目につくように生きてみせるんだね。その為の黒子くらいはしてやるよ。」

如何様な意味を持たせたいかは知らないが
結局その意味を、価値を付加されるのは
結局いつもいつも"後から"ついてくる。
その時に如何なる過大評価を受けようと、過大は過大。
何れ歴史の激流に流され、摩耗し研磨され
落ち着いた評価に落ち着く。それが個か群かは関係ない。
少なくとも、人類史がそう証明してきた。
女の思う意味は、そう言うものだ。

「…………ふぅん。そう言う運命ねぇ。自分から選んでしかけといて、随分な物言いだね。自惚れが強いじゃないか。」

「結果的にそうなったとしても、どういう経緯であれ向こうも其れを選んだなら、そうとは言えないだろう?」

「誰も、"剣を振るしか能のないクソガキ"の為に生きてるわけがない。そう言う物言いこそ、自惚れも甚だしいし、自分の価値を下げるよ?」

「ま、アンタが一方的な辻斬りなら話は変わってくるけどね?どっちにしろ、クソガキって事には変わりないけどね。」

バッサリと切り捨てるように言い放った。
強さゆえの慢心か、それとも積み重ねた空虚か。
フン、と鼻で笑い飛ばして、女はそっと額を離した。

「やっぱり"飽き性"じゃないのかい……?」

重ねたものが空虚しかないなら、落胆でしかないのなら
粗末な運命だと、女は呆れるだろう。

「…………。」

「……フン、大層な事言って、子どもは子どもだねぇ。」

「生憎、一蓮托生とくれば面倒は見る方でね?人生相談位は受け持ってやるさ。」

迷うと言うのであれば手を取るくらいの甲斐性はある。
見た目よりも大人びて、結構倫理観の外れたクソガキかと思っていたが
彼女は彼女で、自分から見ればただの"少女"。
ふ、と何処となく得意げに口元を緩めれば
そのまま引っ込んで背もたれに持たれた。

「…………。」

そして、元に戻ったホログラムモニターに指先をスライドさせる。
口では語らない。代わりに、古い映像がそこには映った。


映像には、一人の女性が映っていた。
彼女の名前は"繁縷 紫苑(はこべ しおん)"
学界でも期待が高かった女性科学者だ。
明るい常盤色の瞳に、温和な表情が特徴的だった。
そんな彼女を傍らで見守るのがもう一人の科学者の男。
青いバンダナをつけた金髪の男、"松葉 雷覇(まつば らいは)"。
二人はとても優秀な科学者であり、異能学方面にも長けており
この大変容で変わった世界でも新たな発展をもたらす存在になると思われていた。
常世財閥から支援を受けながら
彼女達の優秀さかすれば、常世島に呼ばれるのは必然だった。
何れ二人で、此処で科学で世界の真理を突き止めよう。
二人で人類の発展を。


そう、二人は将来を誓い合った仲。
既に子を授かった紫苑は、幸せの絶頂期だった。
このまま寿退社もあり得たが
彼女は雷覇のために、此の島の為に身を尽くした。
島の繁栄期とも言える時期に、二人は数々の貢献をしてきた。


しかし、ある日紫苑のいたチームは"ある発見"をした後
プロジェクトは凍結、チームは解散。
その後、島の退去する際の船は"爆発事故"を起こしてしまった。
チームは紫苑を含めて残らず死亡した。
死んでしまったはずだった。
だが、一人だけ生き残ってしまった女がいる。
女は目が覚めた時、全てに絶望した。
己に、世界に、そして、未だ悠々とあの島に残っているかつて愛した男に。


これが許せるか、許しておけるものか。
女は全てを投げ捨てた。
第二の人生を歩むことも出来た奇跡を投げ捨て
"復讐"に身を焦がした。自らの一部を機械に変え
虚数の海から這い出たバグとなって


再び島に、舞い戻った────。

「……めでたし、めでたし。」

淡々と切り上げ、モニターの映像はプツン、と切れた。

群千鳥 睡蓮 > 「相手がどうかは、それこそ関係ない。
 救いようのない外道も居たし、親友ってくらい仲良くなったやつもいた。
 殺したいなんて思ったことなくて。楽しさなんてなかった。でも……
 我慢できなくて。あたしが剣を抜いて天命が定まり、運命は帰結した。
 それがすべてなんだ。尊い命を、運命の視えるまま奪ってきた。
 覆ることを期待してたのかな。本当そうなるのか気になってたのかな」

言われても、揺るがない。いや、ばっさり言われると苦しい。
しかし奪ったがわが、悲しみや苦しみを訴える道理はない。
眼に涙の堪らぬようにして、口元に手を当てたまま、考える。
天井を向く。シーリングファンはゆっくり回っている。

「自分の価値。 ……こんなあたしに、価値を見出す人がいたから。
 あたしはまだ生きてる。 どこかに……行こうとしてる。
 なにか……親身になってくれてるみたいだけど、いいの?
 それこそ不意に魔がさして、あんたを殺しちゃうかもよ」

彼女は大人であり、子供に親身になってくれる優しさを、
大人あたる証としているように視えた。
けども、それこそ――導かれるべき子供はもっといるはずだ。
なにかが人の皮をかぶっているだけなのかもしれない、
自分のような殺人者に割くリソースはあるのかと。

その物好きがどのような人間なのかを見つめた。

「―――ちょっとした映画みたいな話だけど」

黙ってすべてを見た。別に茶化す様子もなく、
画面に注いでいた視線を彼女に上げる。

「松葉雷覇。確か、異能学会の……。
 ふう、ん……なんとなく、動機に得心はいった。
 でもあくまで額面上のものだけ。
 あたしには結婚とか、恨みとか、そういうの……わからないけど」

でも、受け止める。繁縷紫苑という女性の人生。運命。
未だ決して居ない天命。彼女を見た。
……そして、こわごわと問いかけた。
怯えた瞳だった。

「繁縷さん。 あたしに、
 ……こいつを斬れ、なんて。
 言わない、よね……?」

子供の声だった。自分ならば。
可能か不可能かでいえば、間違いなく可能だ。
彼女の復讐がそういう形でないことを祈った。
彼女が見てくれているのが―――ではなく、睡蓮であってほしいと、
今築いた信頼への裏切りを、不安に思ったのだ。

Nullsector >  
「……まるで、脊髄反射。そうしなきゃ生きられない。中毒症状だね。」

「将来はマグロでも解体してくらせば、安泰じゃないかい?」

「"手癖が悪い"。」

人にはどうしようもない癖と言うものがある事は知っている。
色々御託を並べた所で、"我慢できなくなったら"ときたら
それはもう、そう言うものだと言う事だ。
そう言う人間もいる。普通の社会から考えれば、爪弾きどころか首を堕とされても文句は言えないだろう。

「──────……。」

ふ、と噴き出す様に笑った。笑ってしまった。
それこそ映像で見えたような、温和で、融和的な雰囲気の
きっと本来の"繁縷 紫苑"が浮かべる笑顔。

「言わないよ。コイツを殺すのはあたいだからね。他の誰でもない、あたいが殺す。」

「そして、この島を"転覆"させる。それが……」

「あたいが、アイツに……雷覇と"常世財団"へする復讐だ。」

それはきっと、余りにも無謀な事だろう。
ある意味、一個人が世界に喧嘩を売っているようなものだ。
勝てるはずも無い復讐劇を彼女はやり遂げようとしている。
一度死んだからこその捨て鉢。ヤケクソ、或いは勝算があるのか。
その穏やかな笑顔の裏には、繁縷 紫苑としての人間性の崩壊が見え隠れする。
"覚悟があれば、怖いものはない"。
恐怖と言う感情を感じなければ、危機感なんて抱くはずも無い。

「ああ……それに関しては協力しろなんて言わないよ。」

「これは、飽く迄あたいのやるべき事さ。」

「それとこれは、別。手伝いたいなら好きにすればいいけど……。」

徐に女は立ち上がり、少女へと近寄ってくる。

「アンタの価値は、アンタが思う以上に大きいものさ。鬼だろうと人だろうと、あたいが教えてやるよ。」

女はそっと、細い指先を伸ばした。
避けなければその顎に指を添えられ、無理やりにでも視線を合わせようとさせる。

「別に、殺したきゃ好きにしなよ。ガキの手癖位キッチリ受け止めて教育してやるさ。」

「だから────……。」

女は顔を近づける。
互いの瞳が覗き込み、息が吹き聞かるような至近距離。

「群千鳥 睡蓮。」

「もう我慢する必要はないよ、あたいに全部委ねてみないか────?」

虚数の淵で、亡霊が優しく笑う。
物好きな人間はきっと、どうしようもなく穏やかで、お節介で、命知らずな女のかもしれない。

群千鳥 睡蓮 > この世界はまず死があり、そこにあらゆるものが付随している。
強くなればなるほどそう視えて、それを乗り超える強さを求めれば求めるほど、
克明にすべては一色に、極めて明瞭に弁えられるようになっていた。
運命の託宣。絶対的な結果。ゆえに自分はあの様な名で呼ばれていた。
試さずには、いられない。問わずにはいられなかった。結果が視えていても。

「――――、……ふ、……は」

安堵した。ずるり、と背もたれに擦り付けられる体は汗でじっとりと濡れていた。
ノースリーブのシャツが、汗で張り付いてきて、気持ちが悪い。
緊張が切れて荒い呼吸を繰り返していると、顎をとらえられた。みあげる。

「あたしは……」

亡者の誘いに、うわごとのように口を開く。
下唇を噛んでから、胸ぐらを掴む、湿った掌に更に力を込めた。

「もう、人を……殺さない……剣は抜かない。 
 我慢するのをやめたら、考えることをやめたら……ふりだし以前に戻るだけだ。
 まえに進むためにここに来たんだ……ふつうに……つよくなって……
 ……おとなになりたくて」

誘惑を拒んだ。首を横に振る。肩で息をしていたが、それはすぐにおさまっていく。

「……誰かを殺したいって思ったことは、ない……、
 でも、殺したくないって思ったことはたくさんある。
 たとえ、なんか……情報買いに来ただけなのにいきなり説教してきて、
 重たい過去をぶちまけてくるようなオネーサンだとしてもだよ」

顔をあげて、皮肉っぽく笑った。力なく。
顔色は悪いが、どうにか平静は保てた。
斬れ、ともし言われていたら。自分を殺人鬼として求められたら。

「殺人鬼だとわかってて、まっすぐみてくれたひとの……
 ……あんたの期待に応えられないことが、こわくて。
 復讐を止める気なんて、ないし……在り方の是非は問わないよ。
 それはきっと、あたしが松葉雷覇と会っても……同じだ」

シャツの襟を皺にした手を離して、その頬に触れた。

「……この出会いにも、意味はある。 すべては必然だ。
 あんたはあたしの糧だ。亡者と思い込んだ、その壊れかけの生き様が、
 あたしに成長を齎すだろう」

優しく触れた。強者たらんとする決然とした瞳を、穏やかに細めて。

「全部委ねるなんて、弱者の在り方だ。それは選べない。
 人生は、本当にそれでいいのかと、問い続けながら帰結を目指す途だ。
 ……半分は、学校の先生の受け売り、だけどね。
 ……そのなかで、あたしは、あんたと対等でいたいって思う。
 紫苑さん。あたしはあんたの何かになりたい。
 そのやさしい瞳に……なにかをかえしたい」

静かに語りかける。眼はそらさない。そしてぶれない。
間違いない。自分はまた一つ、強くなれている。

Nullsector > 「──────……。」

斬らずにはいられない自分に抗い、剣を抜かないと抗う。
……似てるんだな、あの子と。
ベクトルは違うけど、この子も悩んで自分と戦っているんだ。
それに水を差そうとは思わない。
胸ぐらを掴むその手に、そっと片手を添えようとする。
暖かな人の、細くて白い女性の指先。

「……そう、そう言う"大人"になりたいんだね、睡蓮。」

その手を添える事が出来ているなら、ほぐす様に、絆す様に
指先を絡めとって、掌を合わせようとするだろう。

「ふふ……期待なんて大袈裟さ。アンタが嫌だって言うなら、それでもいいし、なりたいものがあるならそれを目指すのは当たり前だろう?」

「いいよ、アンタの大人への階段……何処まで登れるか、見てあげるよ。少しくらいは、手を貸してあげる。」

彼女がそうなりたいのなら、大人である自分は見守るだけ。
迷う彼女の前に立って、先導するだけ。
決して自分が良い大人では無い事は百も承知だが
大人の役割を放棄するほど、無責任ではない。

「よく言うよ、コイツ……話してごらんって言ったのはアンタじゃないか?」

「……まぁ、少しは気が楽になったかな。」

本当に、少しだけ。
こうやって人に世話を焼いている時だけ、自分は少しだけ救われている気分になる。
如何に今の自分が醜いと自覚していても
その光に浸かりたくて、溜まらない。
我ながら滑稽だと、胸中自らを嘲笑っても、世話を焼かずにはいられない。
人間が人間であるように、自分の本質は簡単に変えれないらしい。
これが例え、虚数の亡霊だとしても
繁縷 紫苑は、確かにいたのだろう。

「……ふぅん。」

決然とした真っ直ぐな目を覗くのは
まるで母親の様に穏やかな、優しい常盤色。

「強いねぇ。強くあろうとしてるのかい?睡蓮。……大げさすぎだよ。」

「けどねぇ、いいんじゃないかい?たまには肩の力を抜いても。強さどうのこうの、なんて。ずっと言ってると疲れるよ?」

「ま、力の抜き方をアンタは知ってそうだけど……そうさね。見返りは考えてなかったけど……」

「とりあえず、リラックスでもしたらどうだい?……どうせ、今はあたいと二人きりだしね……?」

その強さを支えてあげよう、強くなろうとする少女よ。
だから、たまには少しでも羽を休めようよ、と。
顎に添えていた手を離せば、今度は背中へと回そうとする。
少女の体を優しく抱擁しようとした。その体に
少しでも、安らぎを与えようとして、そして

「────……怖がらせて、ごめんね?」

ちゃんと、したことには謝りたくて。