2020/07/17 のログ
ご案内:「甘味処『玉響』」に群千鳥 睡蓮さんが現れました。
ご案内:「甘味処『玉響』」に紫陽花 剱菊さんが現れました。
群千鳥 睡蓮 > 夏風に煽られた風鈴が、清かな音をたてた。

お冷で喉を潤していた中、ふとそちらに目を向ければ、
抜けるような蒼穹を背景に、影絵となった短冊に何が描いてあるかと前髪越し、目を眇める。

風鈴のある座敷席、ひとりで滑り込めたのは僥倖であった。
贅沢な空間を独り占め。騒ぐ店内でもないが、周りの座敷はほぼ団体客やらで満席で、
人の気配は襖越しにもひしひしと感じていた。
敵情視察――というわけではなく、たまには他の店でも甘味を楽しみたい。
試験終わりの正午過ぎ、ここのところ慌ただしかったがゆえの一人の時間。

「…………ん」

そこで、給仕の若い子が、女性客ばかりゆえに少し待つ様と新たな来客に声をかける様がある。
視線を向けた。残念でしたね、と思って戻そうとしたが、
対応を受けている、漆を纏う人型には覚えがあった。

「あの。 ここ、相席だいじょうぶです」

少し声を張って呼びかけた。まあ、その男性客がどう受け取るかは定かでなし。
知り合いだから――というふうを装ったが、美丈夫にガッついた独り身には見えまいな。

紫陽花 剱菊 >  
男はふらりと甘味を求めてこの場に現れた。
さして深い理由は無い。強いて言えば、頭を使ったが故に甘味を求めたのかもしれない。

「……あい、わかった。」

如何やら生憎の満席らしい。
時間が惜しい立場ではあるが、そこまで先達理由も無い。
給仕に一礼し、待つかと思った矢先に張り上げられた、女性の声。
一瞥すれば、少女の姿がある。
何の変哲もない少女の姿。強いて言えば、"目配りが忙しない"気配を男は感じる。
給仕と顔を合わせればそのまま案内され、少女の対面へとやってくる。

「忝い……。」

一礼。そして、座敷席へと上がれば静かに足を下ろした。
凛然とした正座姿勢だ。普段は持ち歩かないビジネスバッグを己の隣へと置いて、少女に会釈。

「……むさ苦しい相手を招き入れて良かったのか?糸竹の風情を壊してはいないだろうか……?」

何分、少女一人の所にやってきたのだ。
折角の絵になるような席に招き入れた手前、彼女は大丈夫なのだろうかと聞いているようだ。

群千鳥 睡蓮 > 「いえいえ、独り占めは」

――ああ、此処までスッゴいのは久々だなぁ。

「流石に贅沢過ぎるかなーって」

――噂には聞いてたけど、噂だけじゃあてにならない。会ってみないと。

「思ってたところですし、それに」

――やってみないと。

「わたし、あなたのこと知ってますから。おはなし」

――否、証明の必然性は無し――呑み込む。微笑む。

「してみたいと思ってたんですよね」

冷がまだ七割がた残った湯呑に添えられた、右手の人差し指がぴくり、と動く。
連綿と繋がった式の先、死線の答えが見えた――耐えて、見せるのは女生徒の微笑み。
昔よりも耐えられるようになったが、少し最近気が緩んでいた。自戒。
あえて年季を感じさせるものを選んだらしい卓を挟んで、対座になる。
品書きをどうぞ、と手渡した。

「鉄火の支配者と喧嘩したっていう、公安の、紫陽花剱菊さん。
 ……ですよね?」

小首を傾げた。日陰のなかにあり、さらりと黒糸が流れる。黄金の瞳が炯々と燃えた。
抹茶ババロアの文字上には二重線が引かれていた。

紫陽花 剱菊 >  
行住坐臥。日常の趣、佇まい。
男がいた世界は乱世の世。即ち、戦場こそが日常。
故に其の佇まいに微塵の油断は無く、如何なる打ち込みを行おうが"対処"はしてくるだろう。
増してや、其の爛々と輝く金。奥の奥まで"運命"を見ようものならば……

───────途方も無き、空際也。
  
「折角手に入れた贅を分け与える心意気は立派だが、独り占めした所で慈悲深きも見逃すだろう。」

心の暇、風情に身を任せる贅沢を覚えても文句は言われまい。
何より少女の姿と此れは傍から見ても絵になるからこそ、と言うのも在る。
薄氷に、好んで石を投げ入れるものもいまい。
手渡された品書きを一瞥し、少女と目線を合わせて一礼。律義さが垣間見える。

品書きに見える、恋焦がれし抹茶ババロアは残念ながら今回もお預け。
滅茶苦茶微妙そうに、其れこそ口の中に梅干しを突っ込まれたかのような微妙顔をしている。

「……其処迄音を響かせた覚えも無ければ、名を上げた覚えもないのだが……。」

基本的な任務は情報収集が主な公安では在るが、己のやり方は時としてそのまま"現場対処"に当たる事もある。
名を轟かせる程蛮勇を振るった記憶も無ければ、個人的に名声と言うものには興味も無く、良い思い出も無い。
とは言え、此れも己の業なら素直に受け入れるべきか。
如何にも、と己の名を肯定し、頷いた。

「……然るに、存じ上げ誘った、と……私の影を踏んでいた訳でもなさそうだが……。」

追手、のようには見えない。
訝しげに少女に尋ねる。

「余計な世話を申し上げるが────人前で抜く気は無い。」

……釘を刺した。其の"視線"に気づかないはずもない。

群千鳥 睡蓮 > 「甘いもの、お好きではない……ですか?」

品書きに目を落とす彼の反応には不思議そうに。何故ここに来たのかと問うてみる。
他にも十全と言える甘味の数々、……歴史が浅いため、
やや『力押し』のものが多いのは致し方ないところ。
横よりの給仕さんに、『一緒の配膳でいいですよ』とお伝えする。
先に食べるのはいささか気まずいものに思えた。

「わたしが――鉄火の支配者の知人だから、ですね。
 彼がやってるお店、まあ部活のお手伝いをしてて……怪我の由縁を調べていたら。
 あなたに辿り着いたというわけです。 どんな人なのかな、っていう単なる興味」

それを相席で手打ちにはしてくれぬものか、なんて伝えてみれば。
牽制の言葉には前髪の奥で目を細め、冷をひとくち。
白い喉を嚥下する。

「あたしもです」

苦笑した。その途方もない無数の棋譜さえも、この眼は先々まで見通してしまう。
複雑怪奇たる千日手の先の先さえ視えてしまう眼は、その天命の在り処を確かめたくなる。
殺せるなら殺したくなるし、死ぬなら死んでみたくなる。
視えた運命は、本当に正しいのか。
殺意や敵意ではない。機械的な分析眼と、自覚してる分には好奇心。
いまは自分が、それを望まない理由があるというだけ。故に抜かない。

「甘いもの食べにきてますし、ここには勉強にきているだけ。
 学生は、ふつうそんなことしません。
 ……揃いも揃って甘いもの好き、なのは少し出来過ぎた話、ってかんじしますね。
 なに、食べます? どれも美味しそうですけど」

自分はもう注文しましたけど、と少し身を乗り出してメニューを覗き込む。

紫陽花 剱菊 >  
「好きか嫌いかで言問うので在れば、前者だ。……何、巡り合わせが悪いのだ。」

ふぅ、と溜息交じりに小さく頭を振った。
黒糸の様にきめ細やかな髪が左右に揺れる。
品書きに二重線を引かれた、憐れな恋煩いをトントン、と指先で軽く叩いてみせた。
……恋に恋をしていると言われたばかりでこれとは、中々皮肉が効いているな。
そんな事を内心独り言ち。此方の恋が適うのは、何時になる事か。

「……成る程。」

合点が行った。
何とも、お互いの主張の据え互いに刃と鉄砲を向け合った間柄ではあるが
此処迄して交友範囲が広いものか、理央は。
ああ言う人間ほど、やはり放っておけないのか、或いは彼の人徳か。

「……ふ。」

そう考えるのも少し馬鹿らしくなった。
いない事をいい事に、己が友人を鼻で笑ってやった。
互いに、人徳と呼べるほどのものがありはしない。そう言う嘲りだ。

「甘味を嫌う人間程、少ないと思うが……あんみつをお一つ……。」

ともかく、此処は茶屋である。
先ずは注文を頼み、給仕を下がらせた。

給仕が下がったのを見届ければ、自然と黒い瞳は少女へと向いた。
水底の様に暗い黒。奥に僅かな光を宿す、底の黒が爛々とした黄金を見据えている。

「……恐れ多くも、卒爾乍らに申し上げれば……"そうは見えない"。無論、所感だ。」

抜く気が無いと苦笑いする一方で、其の輝きは間違いなく好奇心によるものか。
試したくて、試したくて溜まらない。
幼子が好奇心のままに蜻蛉一つ掴まえて、加減も分からずに握り潰してしまう。
そんな拙さ。否、もしかすれば、己の分量を弁えた上で"そうである"なら、尚性質が悪い。
もし、本当にそうであるならば、の話。底を図れた訳でも無い。

群千鳥 睡蓮 > 「ううん? ……ああこれ?
 昨日売り切れちゃったっていうやつ……」

なるほど、抹茶。人を見た目で測るわけではないけども。
彼にはそういう渋い風情が似合う気はする。

「ここの、四角いらしいですね……ババロア」

しかもクリームが乗っているらしい。多めに。

「追えば追うほど、ってやつですか……?」

忸怩たる思いが音に混じっていたように思う。
漆黒の影より、遥かに揺れる逃げ水の如し。
求不得苦。求めても得られぬ苦しみは、
四苦に数えられる、現し世に在れば避けられない。
解脱するか手に入れるか、四角い心の虚ろ――抹茶ババロア。
ちょっと食べたくなってきた。

「…………そこはちょっと遠慮しません?」

真っ直ぐな感想には、少しばかり胸襟を開いた態度で頬杖を突く。
苦笑するものの、それは恥を突かれた弱みもあった。
殊更本性を隠そうとも否定もせずに。

「そう……"そうでない"からこそ、"そう在りたい"……っていうか。
 "そう在る"と、あたしが決めたので。
 ……うんまあ、やっぱりちゃんと出来てない……とこもありますけど。
 紫陽花さんは、そゆのありません?
 じぶんのだめなとこ、よくないとこ、足りないとこ。
 在りたい……理想の自分? 目標? に、届かないなあ、至らないなあみたいなの」

彼が眼にした黄金の奥に秘め隠されたる本質に対して、
こちらがさっきがた口にした"女生徒"の姿は実存――そう在りたい姿。
たびたび口にするのは、鼓舞のようなものだった。
外、青空を遠景に眺めながら冷で唇を濡らし――
視線を戻すとともに、年嵩がいくらか上の彼に水を向けた。

紫陽花 剱菊 >  
「…………。」

何だか聞けば聞く程余計に食べたくなってきたぞ。
四角いのか、抹茶ばばろあ。
くりいむがいっぱいあるのか、抹茶ばばろあ。
何故そんな売り切れているのか。よもや、此れが呪い?
成る程、此れが人の業か。初めてめぐり合わせた甘露な響き。
歓楽街で巡り合うた時から、この呪いは始まっていたようだ。
拝啓、蒼天にて眠る母上へ。剱菊は今己の生涯を三度呪おうとしています。
死に装束をご用意し、此処に割腹を致しますのでどうか、見守りください。


……まぁそんなアホな思考が巡る位には悔しいらしい。
ちょっとこの店に目をつけていたばかりに、昨日売り切れたという事実に心が打ち震えている。
そりゃもう、あんまりの巡り合わせの悪さに辟易所か虚無。
もうなんか虚無の顔。何時も不愛想だけどなんかもう虚無っている。永遠の零である。

「…………嗚呼。」

追えば追う程、と言われればは、とする。
思えば、あの夜へと手を伸ばしたのはいいが、其の暗闇に惑い、追うばかりは少女の幻影か。
……やれ、思えば思う程なんたる恥を晒したのか。此れこそ、本当に割腹ものだ。
睡蓮の言葉に、表情に苦味が浮かび上がる。

「……成る程……其れは、"己がそうである"と認めた上で、"そう在るべき"と定めたものか?」

其れが本質で在るのであれば、鼻腔を擽るこの"嗅ぎ慣れた匂い"は決して気のせいでは無いだろう。
年端も行かぬ少女が行った業。其の理由までは聞くに至らずとも、匂いだけでも理解するには事足りる。
死臭を纏うと言うので在れば、己もそうだ。
あな、竹糸の涼音は今や獄門、さながら左右は死神か。
……我ながら、笑えんな。自嘲の笑みが浮かんだ。

「……否、済まなんだ……人に言問う程、私も出来た人間では無い。欠けた茶器と比べても、私も大概欠かれた人間だ。」

向けられた水を静かに一瞥し、視線を戻す。

「……暗がりに一人、泣いている少女がいた。今生、人と変わらぬはずなのに、たった一つ欠けただけで其処には居られない。」

「お天道の日を浴びる事民草の花で在れば、彼方に咲く日陰花……暮夜は終わらぬ……。」

「だから、其れに気づかされたからこそ、私は手を伸ばした。想う余りに、と……。」

「此方は刃で在るが故に、斬ってしまわぬように、私自身も変わろうと剣を捨てたが……如何せん、私の生き様は余りにもすずろに流されていた。」

「……こう見えて、私は此の世界とは違う、幽世にて育ったよ……此処よりも苛烈で、乱世の世……何れ生命が全て死に絶える程、戦が耐えない場所だった。」

「私は、其処で言われる儘に何もかもを斬り捨てた。……其方の様に己を刃と定め、民草の為と息巻いていたが……」

「其の実、私はただ"握られるままに振るわれていた"だけに過ぎない。」

刃が握らねば振るえない。握る先を他人に任せた結果、男は生涯己で決めた事が少ない空虚な男だった。
故に、其処で刃を捨てた時、"人"であろうとした時、何も知らず、何もわからない甘えしか生まれたのだ。

「……彼女に、『手が早い』と言われてな。忖度を図れぬ、破廉恥な男と……。」

「何より、私が想う余りに……其れこそ茶器を扱うかのように余りにも用心に、丁寧にし過ぎた。其の上で女性に迫った。」

「何よりも望まぬ事を知っていたはずなのに、其の事実すら忘れて……面映ゆい限りだが……。」

「至らぬのであれば、其れこそ『恋に恋い焦がれる』程盲目だった私の、人としての愚かさだろうな……。」

「無論、何時までも未熟の身故に、欠かれただけなら、如何様にでも語れる。」

「……如何様な期待をしていたか存じ上げぬが、今、其方の目の前にいるのは、そう言う男だと幻滅して頂いて構わない。」

群千鳥 睡蓮 > 「んん……"在るべき"ではない……かな」

聴かれると、真面目に考えるそぶり。

「……まあ、格好をつけたいいかたをすれば――」

冷を干した――飲んじゃった。喉が乾くからしょうがない。
緊張もあった。自分の欲求を抑えているのもあった。
未だ未熟、にして薄弱。ことん、と湯呑を置く。

「生と死のはざまにある"天命(こたえ)"がだけうつし世の真実。
 あたしにとってそれ以外のすべてが、
 それに付随している泡沫の……胡蝶の夢、みたいなもので」

世界がそう視えている、という話だ。世界はひとりひとりにある。

「でも、夢(こっち)に居たいじゃないですか。綺麗だから。楽しいから。
 居て欲しいって望んでくれた人がいたから、そのひとたちに恩を返したい。
 だから、如何に本質があたしをどうさだめようと、
 夢(こっち)に相応しいもので"在りたい"と。
 ……至ってないのは百も承知、率直に言ってくださるのはありがたいですけどね」

言い方は考えてくださいね、と言いたげに。
水鏡に、甘き夢を映す花は微笑んだ。これが問いへのこたえだ。

「別にいいんじゃないですか、話す分には別に恐くもない。
 出来不出来でいえば、"出来た人間"なんてどれくらい居るのか。
 あのバカとやり合う時点でどっかトンでる奴なのは判ってますよ――
 ――……うん、……はい? 少女?」

静かな面差しの漆が不意に妙な物言いを繰り出してくると、
若干前髪の奥の瞳が怪訝に細められた。

(――これもしかして藪つついちまったヤツか?)

顔を背けたい嫌な予感を浴びたが、しかし礼儀はそれを赦さない。
姿勢のよい正座のままに彼の独白を受ける。受け止める。

「―――あ、と……」
(ああやっぱりこういうヤツだコレ……! すっごい悩んでるやつだ……!)

鋭利な在り方に切り捨てられるかと思っていた目論見は外れ、
目の前の男が『人間』であると否が応にも理解させられた。
最近、そういうひととばっかり縁があるな、と。
ちょっとずつ笑みを引きつらせながらそれを受け止め、受け止めて――
――おまたせいたしました。クリームぜんざい(特大)とあんみつが配膳される。
お茶つきだ。

「……全然そうとはわからなかったんですけど、なるほど。
 "異邦"の方だったんですね。紫陽花さん。
 雅やかな名前をしてるから、こっちのご出身かとばっかり」

塔のように積まれたクリームに匙を入れて、はくり。
表情が綻ぶ。少し気分が上向いた。甘いものはやはり効く。

「殺し屋稼業に身を窶し、ただ他者の凶刃であったのに。
 要するに、ひとりの――欠けている……?女の子に恋に落ちてしまって。
 唐突に迫ったら、怒られた。嫌われた……フラれちゃったんですか?
 意外と等身大な悩みだな……? あたし恋愛とかよくわかんないけど……
 ああ、いえ―――だいじょうぶですよ」

自嘲する彼には、そっと微笑んで、

「慣れました」

紫陽花 剱菊 >  
藪を突いて飛び出したのは蛇所か、ただの悩める人なわけだ。
人にとっては、其れこそくだらないと一蹴されるような悩みである。
現に、昨日の片割れに散々鼻で笑い飛ばされた出来事である。

「……正確には戦人である。今も、其れは変わらない心算だ。暗殺も心得が在るがな……。が、的を射ている」

人を殺すという点ではどちらにも明確な違いは無い。
だが、敢えて訂正するのであれば其方が正しい。
尤も、あの世界での此の男の在り方は正しく『兇刃』で在った。
大多数の意志の代弁者。己の在り方を定めず、目の前のものを斬り捨てる『兇刃』
故に、睡蓮の言葉に苦味の舌を巻いた。言葉通り、図星である、と。
そして、思わず吹き出す様にはにかんでしまった。

「……左様か。否、汗顔にもなるだろう、此れは。」

余りにも耳朶に沁みる一言だった。
彼女の交友関係の気苦労が知れると同時に、夜の少女の言葉は反芻される。
ただ、悩みを抱えるのは己だけに非ず。……そも、思い返せば彼女の悩める者の一人では無いか。
たっだ一言に気づかされる事が昨日に続き、余りにも多すぎる。
己の視野の狭さ、多くの発見。其れこそ恥ずべきなのだろうが、同時に嬉しくもある。
"人としての閃き"。即ち、此の天啓こそ、"己が前に進む証"なのだと、胸に刻んだ。
自責の念も、彼女の言葉もしかと受け止め、生半とせず、彼女に感嘆の意を込めてしっかりと目を合わせている。
生真面目な男だ。其の本質は、変わりはしない。

凛然とした姿勢のまま、配膳された湯呑を手に、音を立てずに口に含む。
程よい苦味と冷たさ、悪くはない。心が落ち着く。

「…………。」

気のせいでなければ、睡蓮のぜんざい凄い事になってないか?
何と言うか、小山が立ち上っている。なんだあれは。思わず二度見してしまった。

「……怒られはした。傷つけもしただろう。知っていながら、其れを忘我し迫ったから……。」

「然れど、其れでも『嬉しい』と言った。尚も私の事を『好き』と言ってくれたよ。私が言うのも何だが、良い乙女だな……彼女は。」

本心か否かは差し当たって本心を理解したとは言えない。
其れでも尚、そう言ってくれた。だからこそ、より傷つけたのではないかと、自覚した。
嗚呼、私は本当に酷い事をしたのだな。口に残った茶の苦みよりも、何よりも苦しいものが喉元を這いずって落ちるような錯覚もした。

「……私こそ、言われて漸く自覚したものも多い。昨日、今日日。存外、縁には恵まれているらしい。」

あの雨の中でも、三者三様の答えを出した中でも確かに互いに絆と感じ取った。
今でも、確かに、此の胸に"熱"が残っている。
未だ其の熱の有り様を理解せずとも、此れが『大事なもの』とは理解出来る。
そして、此の天啓の数々を齎す少女もまた、大事な縁だ、と。
備え付けられた食器であんみつを掬い上げ、口に含んだ。
……此の素朴な味が、好きだったりする。

「……夢幻。幽世より覗き見る万華鏡……。」

そうか、成る程。
彼女の言葉が胸に落ちた。
何方がどう、と推し量る訳でも無い。
だが、此の悩み、もしかしたら己と似ているからかもしれない。
だから……

「……理解した上で、敢えて何くれと申し上げるなら……"夢は覚める"。」

例え己が蝶か、人か。境界線が如何にぼやけようが、夢は夢。
覚めれば其れは、"今の彼女"が終わりを意味する。

「……『陰陽以て、人と成す』……最早、誰に言われたかも思い出せない。憚り申すので在れば、現の其方、胡蝶の其方。」

「何方も其方で在るが故に、"人"と、"己"と成す。」

「……得も知れぬ赤子の様な己を恥ずべきだと、鉄の支配者は答えた。」

心を冷やすかのような俯瞰的物言い。己なりに世界と向き合う冷徹な支配者。

「……刃で在ろうと、斬れば其の痛みは帰ると照の友垣は答えた。」

己も血に塗れ、未来を見据え尚人に温かみを問いかける優しき拳。

「……"何方"も私で在り、其の刃を握りし人が、私……。」

「……私は、そう、"定めた"。」

目を背けたくなるような、唾棄すべき血に塗れた自分。
無知を称し、愚かながらに人を、民草を愛する自分。
何方が欠けても成り立たない。
先日得た、答え。
黒の水底に沈んだ光は、其れでも尚絶えぬ一筋として、ありありと黄金を見据える。

「……其れこそ、空虚な男に言われても綿雲の如きと誹られるやも知れないが……。」

「"どうか、そう言ってくださるな"。」

在るべきではないは確かかもしれないが、在ったからこそ今がある。
説得力にはきっと欠けるだろう。だが、其れさえ認めねば本当に今の夢で終わりかねない。
どうか、と静かに男は、頭を下げた。お願いだ、と。
余りにも、余りにも不器用で生真面目な、真っ直ぐな男の言葉だ。

群千鳥 睡蓮 > 「付き合い方をすこし間違えちゃった感じなんですかね……
 それでちょっといま、気まずい感じになってる?っていう。
 ははあ――まあ惚気けてくださるのは結構なんですけど、
 ごちそうさまって感じではあるんですけど、
 最近そういう類のせりふ、すごく聞いたおぼえが――あ。
 ……紫陽花さんって理央と似てるって言われませんか」

口のなかの味を流し込むがごとくに大きめにクリームをもったりと含む。
大の男も色恋に現を抜かしていれば、その時は戦士ではいられないのか。

「……良いお友達がいるんだなあーひとりは何か心当たりありますけど。
 黙々考えてるだけじゃ、なんか答えとか出ませんもんね。
 ひとと触れなきゃ、変われない。 あたしはそれを学びました。
 紫陽花さんは、何れも在って人、あなた、と――まぁそりゃそうだ」

彼が言った言葉は理解できる。
剣禅一如、というやつか。彼の至ったもの、そして悟りの境地。
お茶で甘味を中和して後、でも、と首を横に振って言い添える。

「紫陽花さんからすれば両方あって……"あなた"。
 でもあたしにとって剣なんてのは、それこそ」

クリームを――いつぜんざいに辿り着くかも知れないクリームを、
救った瀟洒な意匠の匙を、軽く振ってみせた。

「こいつと同じなんです。 必要な時に、鞄から出す持ち物。
 数あるなかで、たぶんいちばんうまく使えるってだけの"道具"でしかない。
 剣に生きたつもりもないし、魂や矜持なんて毛ほどもない。
 真面目に磨きはしているつもりですけどね、今でもいつでも。
 過去を否定するんじゃない。 ただ、『この夢で、剣を使う必要はない』だけ。
 ――あたしはそう生きて、酔う如く生きて夢視ながら死してみせますよ。
 笑って運命を出迎えるため。 あたしは強いので。
 誰よりも……ご心配どうも。
 やさしいんですね、紫陽花さんて」

そうして、得意満面に微笑んでみせる。
男の世界に迎合できぬ、どこにでもいる女子高生は。
が、そうしてぜんざいを横に退けるなら、ずい、と彼に近づいて。

「でもね、それって男の子の理屈、かんがえかた……じゃないかな。
 定めるのは大いに結構。 だから、あなたはこんなにも鋭い。
 ――でも、その定めだの、剣だの、人だので。
 彼女さんと、ちゃんと仲直り、できるの?」

すっ、と匙で顔を差す。
結局、その定めた身剣の向くは其処なのだろう、と?

「ちゃんと伝えられますか?
 日陰で泣いてるような、欠けちゃった女の子にさ。
 研ぎ澄まされた男の理屈なんてぶつけたら、すっぱりいっちゃうんじゃないのかな。
 ……恋愛下手なあたしからですけど、そこがちょっと心配かな?」

ご心配してくれたお礼ですが、と体を戻し、ぜんざいに取り掛かる。 

紫陽花 剱菊 >  
「そうなるな……。似ていると言われれば、そうさな……否定はしない……。」

端的に言えば其の通り。
既に感じているやも知れないが、道を切り拓く事は得手としても
絶妙に人との付き合いが不器用、人間として欠かれているのだ。
そして、比べるあの少年と似ていると言われれば否定もしなかった。
似ているが故に、些細な違いから互い死合った。
ともすれば、互いの道は案外簡単に交わり、背中合わせになるかもしれない。

「……嗚呼、私は其方より学ぶのが遅かったがな……。」

結局、刃のままでは今迄人と向き合う事はままならない。
一歩遅れる事を恥ずべきか、其れに気づけた事を誇るべきか。
奥の寒天を口に含み、睡蓮の言葉と一緒に、噛み締めた。

「…………。」

嗚呼、確かに強いな。
間違いない、彼女は強い。
柳の様にしなやかで、柔軟で、折れる事無く合わせるような強さ。
道具、確かに刃は文字通り道具でしかない。
刃として定めた生き方をしてきたが故に、理解している心算だ。
己には至らない俯瞰的価値観。其れもまた、辿り着くべき至りか、或いは……。

「……私が優しいかはさておき、尤もだ。余計な口出しをした。」

済まない、と頭を下げる。
こういう堅さに気づけない辺り、鋭く、そして折れるものなのだが、自覚は無い。

「……杞憂で在れば其れでも良い。夢から覚めてしまった時の其方が気がかりだ……。
 夢浮橋も渡れぬ私が言うべきでは無いやも知れないが……。」

静かに、頭を上げる。
結局、其処に至るのが先の発言。
夢は、何時か覚める。其れを自覚した上で……彼女は言っているのだろう。
其れこそ余計なお世話かも知れないが、刃と定めようと、人と定めようと
誰かを何時でも愛し、思う此の穏やかな陽の本質は変わらないのかもしれない。

「……む……。」

思わず、やや身を引いた。
突き出された匙を一瞥する。

「……───────。」

「男の理屈、か……。」

いざ言われると、言葉に詰まる。
其のつもりではあったが、ばつが悪そうに唸り声を上げる。

「……率直に言えば、自信の程は、余り……恥を忍んで申し上げれば、其の辺りの事は未だ不得手成れば……、……ううむ……。」

「……不束な人となりで在る。日ならずして、言葉の刃として彼女を斬るか……其れこそ、秋風も笑うだろう……。」

「畢竟、其方が彼女の立場なら……如何様にして許す?不得手故に、一つ御教授願いたい……。」

参考程度に、と言う奴だ。

群千鳥 睡蓮 > 「余計なんかじゃないよ――だって、紫陽花さんがどういうひとか知れるし。
 そうかも。そうじゃないかも。そうやっていろんなひとのことがわかれば、
 あたしはあたしに、『どうなんだ』と問い続けられる――夢をみていられる。
 あなたは、あなた。 あたしは、あたし。
 どっちが正しいとか間違ってるとかじゃ、ないし。 
 あたしは正否とか善悪にはキョーミないからね。
 あなたこそ、あたしみたいな小娘に講釈垂れられて苛々しません?」

ほんとうに真面目で不器用な人なんだな、と、すこし不安顔で問うた。
人間の心は、『何処』から始まるのだろうか。剣であったという青年は。
案外、その『女の子』のほうが、年上の構図になってたりするのかな、など。

「さめたらあたしが――《群千鳥睡蓮》って実存が消えるだけ。
 あなたが人であることをやめ、ただ一振りの剣に立ち戻るように。
 災禍を撒き散らす《  》という本質に戻るだけ、かな。
 そーならないようにしてんだよ。 あたしはずーっとそいつと戦ってんの」

改めて卓につきながら、行儀悪く頬杖ついて食べすすめる。
名乗った。そして、考えないほうが楽だからこそ、考えるんだよ、と。
今の自分が正しいのか。明日の自分が今より良い自分なのか。
そういう当たり前のことを、ひとつずつ、ひとつずつ積み重ねて、
じぶんが目指すのは、『ふつう』で、だれかの『なにか』であるモノだ。

「いやマジでほんとに定めだの剣だので立ち向かうつもりだったのかよ……?
 えー、んー、あたしもそゆの詳しくないからな……。
 ……ちょっと前、ともだち……とそういう空気になりかけたときはぶっちゃけ恐かったかな?
 そんなつもりじゃないのに――みたいな。
 振り払っていいのかとか、そゆの……まあどうにかしましたけど」

思い出すと少し顔が赤くなる。それを誤魔化すように風鈴をみあげた。

「なんていうか……その、紫陽花さんて。
 まっすぐ、自分の気持ち伝えるの苦手でしょ。
 自分がどうしたいのかとか、『剣がいちばん手っ取り早い』からかんがえられなくて。
 結局、もってまわっちゃう。遠回りしちゃう、だから――」

―――だから抹茶ババロアにたどり着けないんじゃねえの、と言わない優しさはあった。
ごまかすようにクリーム――クリーム多いな?(極大)は我慢したんだけど――食べて。

「彼女さんがあなたにどうして欲しいとか。
 逆に、紫陽花さんが彼女さんにどうして欲しいかとかって。
 考えたことある? 難しい事情抜きにしてさ。フツーの恋人同士的に。
 ……だから襲ったとか言うなよ? さすがに怒るよソレ。付き合ったばっかみたいだったし」

紫陽花 剱菊 >   
「…………。」

目を瞬かせた。
豆鉄砲でも受けたかのように、でもすぐに力なく微笑んだ。

「……面と向かって言われたのは、初めてだったな……。左様か……。」

似たように物申される事は在れど、所詮は謙遜程度に受け止めていた。
其処迄ハッキリと言われるたのは初めてだ。
今迄気に掛けた言葉は、無駄ではなかったのだ。
自然と、嬉しさが身に沁みる。

「『問い続ける』事、夢……否、其の通りだ。禅問答めいてはいるが、微塵も不快とは思わない。
 物を知らぬだけで言えば、私のがそうではないかと返すが……。」

其の価値観は理解している。人は人、己は己。
明確な答えが無い事も心得ていたつもりだが、そうか。
陽の友垣が問いかけたのも、そう言う事なのか。
こうして彼女と話していると、己の無知さを身に沁みる一方で、視野が広がっていく感じが、徐々に進めているような感覚がする。
錯覚で無ければ、嬉しい限りだ。
匙に絡めた餡と果物を一口とする。────甘い。苦味をこそげ落とすような、甘さだ。

「睡蓮と言うのだな、其方は。つまり此の幽世の島は、文字通り水面に漂う泡沫か……。
 其れは、長く、永い戦いになるだろうな……波紋も幾何、波も起きよう……。」

そうか、そうだな。
戦っているんだ、誰もが、己と戦っていたんだ。
己と向き合い、達観したつもりで大局に流されていた己とは大違いだ。
そうか、此れも"人"の在るべき姿か。
陽の拳も、氷の鉄も、水面の蓮も
────宵闇の少女も、等しく、戦っている。
いや、知っていたつもりだった。知っていただろうが
今、こうして"人"として在ろうとすると己の観点から見れば
何とも猛き、勇敢な武士なのだろう。

「───────……。」

脳裏に、誰かの顔が浮かんだ。
もう思い出せない、己の故郷で共に砂を噛んだ友。
あの寂しそうな微笑みは、己を心配してくれていたのか……。
斬り捨てた生命が多すぎて、そんな大事な武士の顔さえ思い出せない。
だが、彼も戦っていたんだな。己と、そして向き合えぬ自分の事を、心配していたのか。
……今、至った。だからこそ、悔恨が胸を劈く。
静かに被りを振った。耐えがたき、されど忘れてはならない痛み。

「……嗚呼、そうなのだな……済まない、睡蓮。其方には、教えられてばかりだ。」

人としての無知さ。人は此処迄、複雑怪奇だったか。
頭が上がらない、彼女には。

「……否、其の、そう言うつもりでは無い……
 在りのままに至った事を伝えるつもりだったが……
 ……其の、何だ。其方の言葉を聞けば聞く程"抜き身"な気がして……。」

うんまぁ、間違いなくまた一発平手食らいそうな気もした。
自信の無さの表れでもあるが、と己の頬を軽く擦った。

「…………、…………。」

「……女性はそう来ると、怖い、か。成る程、成る程……嗚呼、否、……未だきとは、そう言う意味も在ったか。」

面目なさが徐々に膨れ上がる。
彼女の事を知っているからこそ、尚の事。

「そう言うつもりでは……なかったが……そう、見えるか?」

遠回りを選ぶ愚かさ、おずおずと尋ねた。
先ずは其の答えを、頂きたいようだ。

群千鳥 睡蓮 > 「うん、わりと。
 ――だって、『どうしたい』よりも『どうするべき』で考えるひとっぽかったから。
 率直な気持ち、感情――まあ、悪いかたすれば、『欲望』?伝えられないのかなって。
 あとまあ、ちゃんと真面目に聞いてたけど、たぶん実際、
 あたし、紫陽花さんの言ってたこと半分くらい理解できてないと思う」

先ずの問いには。
首肯した。要するに、考えすぎてしまうんじゃないかなと。
世界を難しく捉えすぎてしまう。相手を難しく捉えすぎてしまうひと。
諦めて少し下のほうからぜんざいを救って食べた。今度は芳醇な甘さ。
少しクリームが傾いた。大丈夫かなこれ。

「素直に、ごめん、って謝れる?」

先程の質問の答え。畢竟、どうすれば赦すか。
そうすれば赦す、というわけではない。でも、『考えた』上で。
『選んで』、『決めた』上で、謝ってもらわなければ。

「そうじゃないと、つたわらないよ――たぶん。
 まあ、紫陽花さんと同じ世界から来た女の人……とかならさ。
 時代小説とかの女の人――まあけっこう居るだけっぽいキャラも多いけど――
 わかってあげられるのかもしれないけど……『地球(ここ)』の、女の子、なんだよね?」

伝えるのは、考えるまでもないごく簡単な理屈だ。
恋愛未経験者でもわかるような、コミュニケーションの形。
どうして欲しいのか。どうしたいのか。相手に伝わらなければ、噛み合わないだけだ。

「相手を過剰に信頼しすぎて、過剰に愛しすぎてて、
 却って気持ちの重さでつぶしてしまった……とか?
 あなたの気持ち自体は、ちゃんと受け取ってくれてるんだよね。
 ……ひっそりと、泣いてるような、女の子……なんでしょ?
 その子、いまもしんどいんじゃないのかな……」

あなたもなんだろうけども、と、
この場に居ないひとの妄想はあまり逞しくしたくもないが。
目の前の青年のように。今まで接してきた人たちのように。
誰彼も、みななにかに悩んで、苦しんでいる。クリームを口に含んだ。

「まあともだち相手でも、けっこうそこらへん難儀するから。
 カレシカノジョ、ってなると余計にー、なんだろうけど。
 ざっくり聞くけどさ、紫陽花さんってその子にどうして欲しいの?
 あるじゃん。まあその……男女の仲ってのは抜きにしてね?鞘におさめておいてね」

唇にスプーンつけたまま、んー、と考え込む。
唇にふれるのは、癖だ。なんでかは覚えていない。

「すこしもどるけどね……それこそ、カラダの関係になりたいのか。
 いっしょにおでかけしたり……ごはん食べたり、趣味のおはなししたり。
 ただ、そばにいるだけでもたのしいなら、いっしょにいて、とか。
 自分をえらんでくれたひとに、ちゃんとまっすぐに伝えた……?」

子供じみた恋愛観だ。実際の機微は、よくわからない。

「そのひとが、あなたになにかを求めてくれたことはある?」 

紫陽花 剱菊 >  
「…………けだし、間違いでは無い、と、思う……否、済まなんだ。
 我ながら、些か自分への理解度も高いとは言えん…………。
 然れど、欲の強さなら其れこそ余り、件の少女が欲しいと思った程度だ。」

元より己が身を捨ててる程の人……否、刃だった。
そも、刃が己の事を考えるはずも無く、そして其れは余りにも真っ直ぐであるが故に
物事を捉えるのも斬るか否か、其れ以外は全て一直線の堅い考え。
彼女発言はまさに『其の通りである』としか言えない。

「……──────。」

恐らく、『謝る』事は出来るだろう。
そもそも、其のつもりは初めからあった。そう『決めて』いた。
だが、『考えた』上でと言われると、些か自信の程が揺れた。
この時までは、だ。

「…………。」

「……此の世界の女子にて、相違無く。私は……。」

嗚呼、そうだ。
過剰な信頼は元より、其れこそ『ああいう扱い』は多分、嫌うんだろう。
理解したつもりだった。彼女の"秘密"を知ったからこそ、理解したになっていたんだろう。
……此処迄複雑怪奇な人を、そも其の程度で理解出来ると思っていたのが、愚かなのだ。
片腹痛い。酷く、そう思う。
あの時受けた平手の、己の頬を軽く擦った。……あの痛みを、思い出す。
ともすれば此の痛みは……────。

「……────あかね、のか。」

彼女の、痛みで在るのか。
其れはきっと、誰も気づけない。
誰も気づけない暗闇に、ただ一人取り残されて、泣いている。
其れを隠して、人に、世界に、そっぽを向かれて尚笑って、必死に人生を楽しもうとして────……。
ハッキリとは言えない。あの時、笑顔が消えた時、うつむいた彼女はきっと……。


──────……泣いていた野かも知れない。


泣かせたのは、己。
自覚は在る。嗚呼、そうだ。其処迄いつも無理をしてきた彼女が
"己の危険を省みず、全て、話してくれた"。
半ば脅し、刃で在るが故に、彼女の真意を問いただす為の結果論でしか無いが、今はとりあえず、それはそれ。

「…………。」

死地へと向かう彼女を、『待つ』と約束した。
彼女の"願い"を叶えるために、『共犯』になる約束した。
そして、今……其れをひっくるめて、無碍にしたのか……。
そんな事を、改めて思った。

「……彼女は私に求めた。『始まり』『出会い直す』事も……さやかに、私に伝えて、其れでも尚、きっと"普通の扱い"を求めて……、……。」

「……此の日常を、平穏を、何時もの様に……。」

ぽつり、ぽつりと、語りだす。
あの、宵闇の少女と語り、約束した事を。
彼女が己に、求めた事。……其れを踏まえて、"彼女にしてほしい事"は……。

「……彼女は、きっと今でも泣いている。何一つ、誰もが享受できる当たり前を手に出来なかったから
 ずっと、明けぬ暮夜をさ迷って、手を伸ばして、伸ばしても誰も気づけない。
 …………"普通"を取り戻すために、彼女はどんな危険にも手を伸ばして…………。」

「自分を否定した世界に、必死に生きる為に、"全てを遊戯と見て楽しまない"ときっと、心の平穏を保てない……。」

「一人なら、そう。だが、今……、……そう。
 私と共に、此の手を取ってくださるなら……"無理に笑わなくて良い"。
 もう無理をしなくて良い、と。せめて、私の前では……、……。」

「本来の在るべき『日ノ岡 あかね』の儘でいてもらいたい。……嗚呼、そうだな……。」

「そんな事、良いもしなかった。結局私は、彼女に言われるままに本当に、ただの約束をし、暗れ惑い、求めた。」

「……尤もな、怒りだな……。」

群千鳥 睡蓮 > 「世界で一番の謎は、じぶん……これは、友達にも言ったことなんですが。
 そんなもんじゃないんですかね、たぶん。 唯我独尊を気取ってても……
 だから、みんながあたしをどう思ってるかで、あたしは自分を識ることができる……
 ―――――――ん? あかね?」

彼の思索を殊更に邪魔するわけにもいかない。
黙して語らずの間は、ただのんびりとぜんざいのクリームを崩す。
これくらい多いと却って助かったな。間が持つ。クリームたべていれば――
そんな折、聞き捨てならない名前が、聞き間違いかと視線を戻した。

「あ、んー…………そ、っか。 あかね先輩のことだった、んだ」

口のなかで、気まずげに独りごちる。
不意に、できたばかりの友達の秘密を知ってしまったような。
彼の言葉が正しければ、『そういうふう』には扱ってほしくない、ひと。
眉根を顰めて、匙を白い歯で軽く噛む。

「あのひとのこと、あたしに言わなかったことについては――
 聴かなかったことにします。
 それは、『あなただから』打ち明けたことなんだろうから」

お茶の渋みで喉を潤し、居住まいを正してから、
そっと彼に二人分の伝票を握らせつつに、微笑んだ。

「目指すべく道が見つかったようでなにより。
 前途の無事を祈ってますよ――たぶんあのひとのことだったら、
 もうそんなに、時間ないと思いますし――
 彼女以外の美少女と、そんなときにこうやって膝つきあわせてお茶してるーなんて識れたら。
 どんなことになっちゃうかな?」

挑発的に匙を揺らし。

「怒らせたなら、ごめんなさいしなきゃ。
 まあそれでも、うまくいかないことってたぶんあると思うんですけど。
 終わるにせよ……どうなるにせよ、さ。
 とりあえずやれるだけやって、済んだことを運命と受け入れられるのが。
 いちばんだってあたしは思ってますから」

自分は、待つといった。友達になったばかり。らしいことなにひとつしてない彼女を。
そのときにようやく『始める』ために――だからなにをしても、差し出口。
彼はまた会う必然性を持つ。その先に運命を視るなら。

「だから、悔いのないように――きょうは楽しかったですよ、あたし」

つぎは抹茶ババロア、たべられるといいですねと。
そう見送る姿勢で、やわらかく微笑んだ。

紫陽花 剱菊 >  
「……そうか、知り合いだったのか……。月並み乍ら、世間は狭いな……否、嗚呼……。」

多分、彼女は意図して多くの人間に自分の記憶を残そうとしているかもしれない。
今思えば、あのカメラも、そうだ。
今彼女が向かうべき場所は、そう言う場所だ。
────共犯者としてなるのであれば、やるべき事は……。
胸の熱が、刃が示している。

「……私だから、か……余り自信は無いがな……。」

日ノ岡 あかねを図りかねたが故の強行策でもあった。
其れでも尚、殺意で在れ、差し伸べた手で在れ、真摯な気持ちだったのは間違いではない。
……其れに応えてくれたので在れば、其れこそ己も、答えるべきだ。

「…………。」

徐にコートの裏から取り出したのは、一枚の写真。
不愛想な剱菊と、楽しげに笑う日ノ岡 あかねの、顔。
──────今一度其れを、見て、思った。

「……"遺影"で終わらせるものか……。」

終わらせない。彼女と二人で、『歩む』と『選んだ』
写真を戻すと、代わりと言わんばかりに握られた伝票。
訝しげに交互に睡蓮の顔と見やって、はにかんでしまった。

「…………。」

「……正直言えば、"悔い無き道"を選べる自信は無い。私はまた、過ちを犯す自信も在る。
 私なりに謝罪の意を述べるつもりだが、許されるかは分からない。
 未だ、私の中に迷いは在る。が……」

ゆっくりと立ち上がり、睡蓮の方を見る。

「私なりに、『選んで』行くさ。」

正しい事答えかは其れこそ分からない。
本当になんとなく、では在るが、きっと前よりは、大丈夫という自信がある。
暮れ惑う事が"人"生か。故に、人は問う。己にも、人にも。
ともすれば、彼女も、あの陽の友垣も……。

「睡蓮、ありがとう。」

感謝の意を述べ、頭を下げた。
憑き物が落ちた、気もする。
余計な言葉は不要。伝票に札を挟み、後はただ、

指し示された出口へと向かっていく。
己の『選択』を、彼女に示すために──────……。

群千鳥 睡蓮 > 「惚気けてくれるね……」

どいつもこいつも、と苦笑する。
自分はまだ、他人にすべてを打ち明けられるつよさもない。
他人のすべてを受け止められているかどうかもわからない。

「匙も劍も、畢竟するとこ使い手次第。
 おたがいまともになっていきましょ――ね、紫陽花さん」

どこか似た出自の互い、その有り様に違いあれど、どこか通ずるところもあったはず。
彼が望む形、在りたいと願うみらいに伝わればいいなと。

「こうみえて、誰かとスイーツつついて語らうの、すきみたいなんで。
 ――なによりあたしはつよいから」

礼には及びません、と。
ひらひらと手を振って、彼を見送る。
奢っていただけるようだ。うん、男ポイントは高め。
うまくいくといい。いかずとも悔いが残らねば。

群千鳥 睡蓮 > ひとり残った静かな店内。
たのしかった。切実な願いにふれて、じぶんはなにかを学べたはず。
彼の『なにか』にもなれたろう。でも。

「たのしかったけど。 ……ちょーっと、ふふ」

最近こういうの多いな、って。悪い気はしないが、ちょっと自嘲。
なんとなく、ににななに会いたいな、なんて漠然と考えながら。
ゆっくりと特大ぜんざいを攻略して、こちらもまた日常にまぎれていった。

ご案内:「甘味処『玉響』」から群千鳥 睡蓮さんが去りました。
ご案内:「甘味処『玉響』」から紫陽花 剱菊さんが去りました。