2020/08/01 のログ
ご案内:「227の隠れ家」に水無月 沙羅さんが現れました。
ご案内:「227の隠れ家」に紫陽花 剱菊さんが現れました。
■水無月 沙羅 > 「やっと少し休めるかな……あと声かけるとしたら、公安の人とか、風紀の人かな……それと。」
ようやく、一連の事件の目的らしきものが見え始め、自分のするベきこともわかり始めてきた。
殺し屋を名乗った彼と接触したのは間違いではなかった様だ。
とはいえ、まだまだいろいろと足りないものは多い。
神代理央を『鉄火の支配者』から取り戻すには、地盤を固めないといけない。
とはいえ、だ。
お腹は減るし、疲れもたまる、何ならお風呂にだってはいりたい。
「とりあえず着替えて身体でも拭こうかな……」
ここ数日歩きっぱなしの上、ろくに何も食べていない。
その上お風呂にも入っていないと来たら、着替えたくもなる。
ちょっと臭いかも、自分の体臭を確認しながら衣服を脱ごうと。
■紫陽花 剱菊 >
彼女と初めて出会った時に、此処へ連れてこられたのを覚えている。
思えば、お互いよくよく希薄だった人間性が此処まで成長したものだと我ながら思う。
刃は人へ、獣は少女へ。……未だあの少女が何を目指すかは定かではない。
斯くも、今は理央の本妻の安否の確認である。
諜報機関である公安、ましてや既に知っている隠れ家への侵入だと容易く
珍しく今日はビジネスバッグを一つ手に掲げ、男は静かな足取りでやってきた。
「……沙羅……。」
静かな声音が、開けた空間に響く。
そして剱菊が目にしたのは、今まさに着替えんとする少女の姿。
「…………。」
水底の様に暗く黒い双眸がじっと見ていた。
「…………まな板。」
……男はよくよくデリカシーと言うものが無かった……。
■水無月 沙羅 > 「……っ」
誰も入ってこない筈の空間に響く、静かな足音。
響く声。
ありえない筈の緊急事態に思わず身を構える。
ニーナの知らない間に魔術の効力が弱っていたなんて言うことがあるかもしれない。
手に身体強化の魔術を込め、いざ覚悟をもって振り向いてみれば。
其処に居るのは公安の剣、『紫陽花 剱菊』、ある種理央の宿敵ともいえる彼。
なぜこんなところに、と思考を巡らせたその直後に聞こえた。
『まな板』
慌てて脱ぎかけていた上着をおろし、手近にあったタオルを顔面に向かって投げつけた。
言うまでもなく、羞恥によって顔面は真っ赤に染まっている。
「な、な、不法侵入の上に覘き魔の上にまな板って……失礼にもほどがあるんじゃないですか!?」
自分の身体を隠すように蹲って、紫陽花の方をにらみつけた。
若干目には涙が溜まっているだろうか。
「紫陽花さんがそんな人だとは思いませんでした。」
予想外の闖入者に驚いたのと、知り合いであったことへの安堵と、視られたという羞恥で頭の中はぐちゃぐちゃだった。
この家、アラートとかないのか。
■紫陽花 剱菊 >
飛んでくるタオルを躱す事なく見事に顔面直撃。
視界が真白に染まる。仄かに香るは……否、よしておこう。
「……待て、誤解だ。私はたった今罷り越したばかり……
其方の体が見えたのは偶然だ。確かに、肉付きは良い方では無かったが
少女然としたか細さと柔肌の上滑りは斯様にも触れずに目で理解出来る程だったぞ……。」
ともかく、此れが事故で在る事には違いない。
全くの偶然である。其れは間違いので誤解を解く事を試みる。
剱菊は大層生真面目で在り、嘘を吐けないような男だ。
うん、まぁ、言葉に嘘はないよね。
本人は至って"褒めてる"のだ。戦場で鍛えられた一瞬の洞察力により
其の女性らしさを遺憾なく口にするのだ。するのだが……。
此の現代的価値観に置き換えるとただのセクハラになる事を知らない……。
「……私は如何様な人物かはともかく、息災ではある様だな……
結構……其方に話があるついでに、必要と思ったものを持ってきた。」
「……この後の予定は?」
タオルを取って、静かな足取りで近づいてそっと差し出した。返却。
■水無月 沙羅 > 「誤解がっていう割にめっちゃ見てるし、何ならその気持ち悪い解説は止めてください!!
完全にセクハラですからね!? あかねさんに陳情しますよ!?」
ぜぇぜぇと息を吐きながら、とりあえず呼吸を落ち着かせることに尽力する。
吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて。
深呼吸を繰り返して頭に上った血を冷ましてゆく。
これが公安の狗だというのだから世の中分からない。
嘘をつくような人でも、言い訳をするような人でもなく。
真っすぐすぎる故に言葉は刺さるのだ。
……先輩も胸の大きい方がいいのかやはり。
伊都波先輩とか、伊都波先輩とか!!
「……おほん。 えっと、はい、とりあえずは元気です。
いろいろ不便はありますけど、少しづつ慣れてきました。
不自由だったころが皆無だったわけでもありませんし……。
でもどうしてここが……話?
あ、必要な物、それはどうも……」
いろいろ聞きたいことは山ほどあるが、少なくとも捕まえに来たというわけではないらしい。
むしろ、心配してくれている?
いや、確かに一度話しはしたが、そこまでの儀理が彼にあっただろうかと首を傾げた。
「一応……休憩する予定だったので、時間はありますけど。」
タオルを受け取って、頷いた。
……臭くなかっただろうか。
■紫陽花 剱菊 >
「……抜けば玉散る。然るに、見れば網膜に残るは必定……。」
一瞬の判断が求められる戦場において、あらゆる感覚を材料に瞬時に見極める事は重要。
瞬間記憶力とは違うが、常に注視を怠らない瞳が事細かに覚えるのは当然なのだ。当然ではないが。
「…………。」
物凄い何とも言えない若干虚無った表情になった。
今、何と申したのだ彼女は。
「……せくはらとは……?」
────そっちだったかーーー!
仕方ない、知らないものは知らない。
何せ乱世の世じゃぁ、此処よりも風通し良かったからね。
ともかく、落ち着いて頂けたのであれば重畳。
ビジネスバックを床に置けば、一式出てくる物資の数々。
猛暑を凌ぐための学園公式の冷符。
着替え。と言っても剱菊は見ての通り女性に対する理解力は疎く
間に合わせの適当な衣服。夏場に合わせたもの。
電子機器などを使う為の万能充電用の雷符に
そして、苺ババロア。……此れは多分ただの土産。
それこそ必要なものを大よそ取り揃えている。
物資の数こそ、戦場においての己の寿命。
其れを知っているからこそ、『か弱い少女』に過ぎない沙羅相手には
やりすぎくらいが丁度いいほどに持ってきている。
己のいた世界と違い、此の世界は科学力の発展も目覚ましく
小型化した器材の数々は持ち運びにとても便利だった。
「……さて……食べ乍らでも構わない……。
先に答えれば、私が如何様な対応をとるかは
其方の『答え次第』と心得て頂きたい……。」
時間があると言われれば、水底の奥の一筋の光が沙羅を見据える。
「単刀直入に……何故、斯様な行いを?
正当な理由足れば、風紀に一言申せば足りたはず。
其方……扱いとしては『行方知れず』との事だが……。」
「─────答えて頂けまいか?全てを。」
静かな声音で、訪ねる。
熱のこもる猛暑でさえ僅かに冷ややかさを感じさせるような声音だ。
■水無月 沙羅 > 「……。」
そう言えばこの男は戦国時代からタイムスリップしてきた様な男だった。
此方の常識が通用しないのも道理、しかし言葉の意味も知らないとは誰が予測できようか。
流石の異邦人、斜め上を行くとはこのことか。
「見せてあげますので勝手に読んでください、文字くらい読めますよね。」
セクシュアルハラスメントが詳しく乗っているネットサイトを開き、携帯端末を床に滑らせて彼に送る。
日ノ岡 あかねもこれから苦労するに違いないと思うと、少々同情心も沸いてきた。
「な、なんかいっぱい出てきましたね。
申し訳なくなるぐらいに、あの、紫陽花さん、私、不死身だってご存知です?
一応死なない人ですからね?
いや、お腹は空くし、熱さも痛みも感じますけれど。
……あ、ババロア。」
段々と申し訳なくなってくる物量に完全に溜飲は下ってしまった。
どれだけ心配性なんだと、おそらく理央でもここまではしないだろう。
しないよね? しないと言ってください理央さん。 あ、あの金持ちは金に物を言わせそうだからダメだ。
苦笑して、目についたババロアを少しだけ口に含んだ。
「……。」
空気が一瞬凍りつく、何故逃げ回っているのか、何故騒ぎを大きくしているのか。
一見してみれば確かに謎だろう、風紀委員なのだから、同僚に助けを求めるのが自然だ。
「――――全て、ですか。 なかなか難しいことを言いますね。
時間がかかりますよ、いろいろと。
あと、できれば怒らないで聞いてほしいんですが、よろしいです?
わたしもか弱い乙女ですから、そう凄まれると水ものどが通らないですよ。」
少し冗談めかして、でも言い訳をするつもりもなく。
真紅の瞳は黒い瞳を貫く様に見据える。
この剣に、私の我儘は果たして通用するのかどうか。
それが分かれ道だ。
■紫陽花 剱菊 >
紫陽花 剱菊は大層真面目な男で在る。
読め、と言われれば道理が通らぬような場合を除けばちゃんと読む。
端末を拾い上げれば、言われた通りに目を通す。
「…………なる、ほど。」
理解した。たった今理解した。
成る程、此れが此の世界の律足れば、其れに従うのは自明の理。
そして、己が今まで行ってきた所業を思い出せばそれこそ今も色々やった気がする。
苦虫嚙み潰す所か、苦味そのものを喉元にねじ込まれたような苦い表情をしながら、静かに頭を下げた。
「……悪かった……。」
先ずは謝罪。
女性の尊重はしていたつもりだが、これほどまでとは。
なまじ、文化が似通っているからと言って甘えてきたせいだ。
「……『心』がある。不死だけで『心』は清らかに成らず……
自ら渦中に飛び込むので在れば、これ位は当然の事……。」
彼女の異能や能力の詳細など知らない。
だが、己の知る『水無月 沙羅』もまたたおやかな心を持った少女と成れば
其処に不死等は関係無く、其の心を浄めるのも気遣い。
孤独とは、心を苛むもの。環境とは、心を癒しもするが、過酷とも成ればすり減らすもの。
即ち、精神力と言い換えれば、すり減らした途端に『判断力』は失われる。
此の場は水無月 沙羅の戦場、本陣とも在れば、此れだけの物資の提供は必然。
続く問答に対する事もそうだが、己の行いに正常な『判断力』を残しておく為のものでもある。
戦人ならまだしも、剱菊は彼女をその様に見ていない。
然るに、当然『やりすぎ』位は持ってくる。
「……私は、可能ならば其方の手助けをしたいと思っている……。
だが、場合によっては其方を連れ戻すか、或いは"斬らねば成らない"。」
飽く迄個人的心根は前者だ。
だが、秩序を護る影の番人成れば
彼女の行い次第では其れを咎めねばならない。
嘘は吐かない。故に、其れは前置きで伝えておく。
……言ってしまえば、相手の心理的退路を断つ心算も在った。
此処で"嘘"を罷り通せば、其れこそ如何なる所業が待っているか、と。
腹芸が出来る程の男ではない。だが、逆に対処も『単純』かつ『明確』なのだ。
其れをどう感じるかは、当の沙羅次第では有る。
「……凄んだ心算も無いが、そう見えたので申し訳ない……。時間ならば、問題無く。」
瞬きすることなく、水底から真紅を見据える。
じっと、水無月 沙羅の一挙一動を見ている。
■水無月 沙羅 > 「なんというか……、真っすぐですね、私も人のこと言えないんでしょうけれど。
嫌いじゃないですよ、紫陽花さんのそういうところは。」
此方の世界の実情を理解し、呑み込み、自分の過ちを認める。
口にすることはたやすいが、行うは難し、そう誰にでも出来る事ではない。
そう言う意味で、彼はとても真摯な人間なんだろう。
怒りはとっくにどこかへ消えてしまった。
「『心』――ですか。ありがとうございます。
まだ、貴方にとって清らかに見えるならいいんですけれど。」
実際のところ、沙羅の精神は危うい均衡を保っている。
神代理央の暴走、特殊領域コキュトス、神樹椎苗の問題、そして今回の殺し屋。
何かが終わるたび何かが舞い込んでくる、心休まる暇もない。
コキュトスに至っては、自分の心は一度砕かれた。
まだ、それすら治り切っていない。
「物騒な言い方。 戦国の考え方を持ってこないでくださいよ、もう。」
斬った張った、そういう問題にしたいわけではない。
いうなれば今回の事件は、正に『心』の問題なのだから。
姿勢を正し、相手に合わせる様に正座を組む。
これから話すことに嘘偽りはないと、姿勢をもって表す。
それが彼に対する礼儀になるはずだ、たぶん、何せ彼の価値観は分からない。
「私が風紀委員に相談しなかったのは、幾つかの理由があります。
紫陽花さん、貴方ならわかっているんじゃないですか?
理央さんがまた昔の様な、『鉄火の支配者というシステム』へなりかけていることに。
『神代理央を殺す』
あの声明は、私や貴方が危惧していた、彼『個人』の人格を殺しかねない刃だったことに。」
「私は、あの動画を見た後に『鉄火の支配者』ならどうするかを考えました。
以前、私は彼が、『私を理由に、街一つを焼こうとした事がある』前例を知っています。
もちろん、それが可能といっているわけではないです。
私が危惧したのはむしろ、『私を理由にする』ことができるという事。
自分があたかも人情味である人間であることを演じる道具にされてしまう。
それを危惧したんです。」
だから逃げ出した。
神代理央の恋人、神代理央の綺麗なお人形。
彼が人間であるかのように、人情があるかのように見せかける、お飾り。
傍に居るだけで効果を発揮する、可愛そうな違反部活の犠牲者。
彼ならそんなプロパガンダに自分を利用するくらいはやってのけるだろう。
それを防ぐには、手元からいなくなるのが一番だ。
■紫陽花 剱菊 >
「…………。」
「……生憎、其処まで人の見る目に長けている訳では無い。
が、理非を問われるのであれば、"今は"理、かと……
無論、"個"としての観点では在るが……。」
剱菊は人の心の機敏に敏感な訳はなく
寧ろ、鈍かった。鈍かったからこそ、幾度のすれ違いを起こし
日ノ岡あかねを止めるのも、多くの縁の積み重ねあってこそ、漸く出来た事。
そんな剱菊でさえ、今の水無月 沙羅は何処となく"危うさ"を感じる。
一口には言えない。有体に言えば、彼女を『少女』然として見るのであれば
間違いなく、『無理をしている』
其れを非と言うには余りにもだ。人情的に言えば、少女の行いは否定できない。
其れを踏まえた上で、剱菊は、少女の言葉を耳朶に浸らせる。
「…………ふ。」
其の上で、思わず口元を緩めてしまった。
斯様、此の様なすれ違いに心当たりが在るからだ。
己の時とは違い、今度は互いを思うが故のすれ違い。
なんとも、いじらしいな。
ともあれ、茶化す事は無く。はにかんだ笑顔を浮かべたまま、己の膝を数回叩く。
姿勢を崩して、楽にしていいという合図だ。
「然るに、『社会の歯車』か……嗚呼、『鉄火の支配者』
足るや、如何なる人物化は身を以て知っている。」
秩序の為に少数を斬り捨てる。
そして、一切合切それが社会悪で在れば蹂躙する鉄の行軍。
ともすれば、剱菊もまた陰ながら社会悪を斬る志を持つ為
其れ自体を否定する事はなく、『やり方』を巡って剣を交えた。
「……あの『少年』は……未だ、『鉄火の支配者』に見えるか?」
全てを踏まえた上で、沙羅へと問いかける。
静かで、そして穏やかな、男の本質が滲み出た声音。
■水無月 沙羅 > 「……いいえ、本当の彼は。 神代理央はそんな人間じゃありません。
傷つけることを恐れて、傷つくことを恐れて、自分の身近な誰かがそうなる事を最も恐れてる。
『システム』である事を押し付けられた、唯の男の子です。」
沙羅が彼と出会い、言葉を交わした年月はそう長いものではない。
けれど、それでも彼は、沙羅に自分の心根を見せてくれていた。
それは、『神代理央』の本当の、子供の様にか弱い『心』。
「だから、きっと苦悩している。 『システムである自分』と、『神代理央』でありたい自分に。
でもあの殺し屋の一言で、世間の目は『システム』に寄ってしまった。
だから、彼は望まれた方へ、『歯車』であろうとする。
きっと、私を守るために。」
唇を噛みしめる、妙なうわさが流れ始めているのは知っている。
『水無月沙羅』もまた、殺害予告をされたという事が知れ渡りつつある。
事実ではあるが、それはニュアンスが違うという事に、大衆や、彼らはまだ気が付いていない。
『殺し屋』の目的に、まだ気が付いていない。
「……だから、私は彼をシステムにしないために。
彼を取り戻そうと思ってる。
そのためには、力が必要なんです。
物理的なものじゃない。
それはきっと、情報だったり、繋がりだったり、今あなたと話しているような、『縁』。
彼を彼たらしめるものを、集めないといけない。
そのためには、あの暖かい場所に居るわけにはいかないんです。
甘えていてはいけないんです。」
彼の負担になってはいけない。
少なくとも今は、これ以上の重荷を負わせるわけにはいかない。
重荷を請け負うために、動かなくてはいけない。
「彼を助けたい、『殺し屋』の本当の目的を知りたい。
何がどうなっているのか、自分の目で確かめたい。
私の、我儘を突き通すために、今は未だ、あそこには戻れない。
私は、『正義』のシステムから神代理央を切り離す『悪』になる。」
正直、自分は言葉選びがうまい方ではない。
この事件自体の全てを理解しているわけでもない。
ひょっとしたら、自分のやっていることは空回りで、全部意味がないことなのかもしれない。
彼に、紫陽花 剱菊 にうまく意図が伝えられないかもしれない。
ただ、一つだけはっきりと伝えられることがあるとすれば。
「私はですね、剱菊さん。 迷っているあのバカ彼氏を、殴って正気に戻したいだけなんです。」
ただ、それだけだ。
遠回しに、空回りしながら、それでも一つやりたい事。
それはたったそれだけの単純な話。
■紫陽花 剱菊 >
言う言葉は尤もらしく、其れを否定する事もない。
傍にいるからこそよく見ている。
あの少年の事をよく見ている。
覚えがある。相手の事を尊重しすぎるが故に、ひたむきに走るか、道を譲るか。
……嗚呼、成る程な。恋愛模様は人それぞれと言うが、己も斯様な行いをしていたのか。
思わず、頭を振った。黒糸のような髪が細かく揺れる。
「……いみじくも、的確……と、言いたいが、彼は確かに『変わり始めて』いる。
……私も多くを思い悩んだ。未だ、心に多くの迷いが在る。激動の最中、考える時も無く」
「駆け抜けるには、是非も無かった。」
彼女ために、奔走し続けた。
後に後にと回した悩みを全て押しとどめ
唯只管に、真っ直ぐ、直線に。
知った縁、見知らぬ縁、全てが何とか繋ぎ留めてようやく至った。
故に、己の言葉に説得力はないのやもしれない。
其れでも尚、敢えて言葉にする。
「未だ青二才と誹られるべき言葉かもしれないが……
其方が何に頼り、何を以て『正義』の是非を言問うかは存じ上げる事は無い。だが……」
「"其方が思う程、弱くはなく"」
「"其方が思う程、あの男は強がりで"」
「"恐らくは、私よりものを知らない"」
物資の中に在った、艶やかな朱色の皮財布。
其れを沙羅の方へと滑らせた。
中身は嫌味なほどに詰め込まれた札束。
『金持ちがやりそうな事』
「……其方の為に、と、の事らしいが……
私は金銭に頓着が在る訳では無いが、理央なりの気遣いは"こう"だ。」
「……私も物を知っている身の程では無い。
だが、余りにも不器用なやり方だと思えば……そう……。」
「『互いに遠慮しすぎ』かと……斯様な場所にいては、殴るにも殴れまい。」
勿論、比喩ともすれば余りにも間の抜けた答えになるだろう。
其れを踏まえた上で、敢えて言った。
困ったような、はにかみ笑顔。
理央は多分、自分と同じだ。
好きになってしまった相手に、大きく遠慮していて
彼女も其れを受け止めて、此処まで走ってきてしまった。
羨ましい位の相思相愛に、少しばかり妬けてしまいそうだ。
「……『鉄火の支配者』……歯車として戻すには、形は既に『歪』だと私は思っているよ。」
「其れほどまでに、変わろうとしている。唯、知っての通りあの男は『強がり』だ。」
「……沙羅、其方が必要な時だ。……無論、此れを機に風紀の不祥事、是非を問われるやもしれん。」
「だが、其方にその気があれば……」
己を打ち付け、人として導き、支えてくれた言葉が脳裏に蘇る。
■紫陽花 剱菊 >
「"知るか、そんな事"、と。彼の傍に戻ってやってはくれまいか?」
■紫陽花 剱菊 >
「手を汚すには、些か早すぎる。嗚呼、否、気持ちを理解した、とまでは言わない。」
「其れほどまでに、彼を愛しているのであれば、是非も無い。……だが……」
「『重い』だろう。彼の背中にも、君の双肩にも。其方達は、『手が届く場所』に今いるのなら……。」
「共に分かち合い、共に居るべきかと。……どうか……改めてはくれないだろうか。」
貫き通す我儘の言葉。
人を導き上に立つ教師が言っていた、『人』としての有り様。
凛然とした態度のまま、そっと冷たい石床に両手を添え
■紫陽花 剱菊 > ────静かに、頭を下げ、額を石床に添えた。
■水無月 沙羅 > 「……なんで、貴方が頭を下げるんですか。
どうして、貴方がそこまで理央さんに肩入れするんですか。
なぜ、そこまで優しくしてくれるんですか。
貴方は彼を斬りたいほどに、相反していたはずなのに。」
呆然と、只、呆然と、呆気にとられるしかなく、沙羅は黒髪の彼の言葉に耳を疑う他なかった。
彼は、彼と理央が戦ったのには、理央があったはずだ。
紫陽花 剱菊にとって、看過できないことがあったからこそ、彼に刃を向けたはずだ。
だのに、彼は刃ではなく、言葉で持って沙羅に頭を下げるのだ。
『共に居て助けになってやれないか』と。
滑りこんだ朱色の皮財布。
嫌味なほどに詰まった紙幣は、あぁ、きっと理央のモノ。
『金持ちのやる事』
なんてわかりやすく、不器用な気遣い。
あの苦境にあって尚、きっと沙羅の身を案じて、どうしていいものかと苦悶して。
こんなことしか出来なかったであろう、彼の顔が目に浮かぶ。
隣に居たく無い訳がない、傍に居て支えたいに決まっている、それでも、それでも彼の為にと歩んだ道の上で、彼が泣いている。
寂しさに、泣いている子供が見える。
知らず、自分の瞳からも雫が一つ、零れ墜ちた。
『過去の私が其処に居る。』
「バカみたい、馬鹿みたいですよ、こんな、お金渡されたって、意味ないことぐらいわかるでしょうに。
こんなスラムの中で、見せびらかすように持ち歩けるわけないでしょう。」
溢れる涙は止まってくれずに、鼻水まで無様に零れだす。
不細工に、顔は水に塗れて、声は上ずる。
「私、間違ってましたか? 傍を離れてはいけなかったんでしょうか。
余計に苦しめてたんでしょうか、それでも、私は。
私は、彼を助けたくて……、だから、えっと。
きっと、私だけじゃダメだって、思って。」
腕で顔を拭う、涙は腕に溜まって滴り落ちる。
さながらダムからあふれだす水のように、押さえつけていたものが零れていく。
好き好んで、離れたわけではない、好き好んで、一人になった訳ではない。
『ひとりぼっちは怖いのだ』
それは、自分が一番よく知っていたはずなのに。
「私、あの人を一人にしちゃった。」
一番、したくなかったはずのことを、彼に押し付けてしまったことを。
今更ながらに理解した。
甘えていたのだ、『月の日の約束』に。
離れていても傍に居るなどと、そんなロマンチシズムに。
何て残酷な、エゴ。
■水無月 沙羅 >
「私は……っ!」
■水無月 沙羅 > こんなことがしたかったんじゃない、その言葉は、喉から出る事は無く。
嗚咽に呑みこまれた。
■紫陽花 剱菊 >
静かに頭を上げた。
穏やかで、陽の様に朗らかな微笑み。
「……私は一度も、誰かを望んで斬りたいと思った事は無いよ。」
何時だってそうだった。
『人を斬りたい』と思ったこと等、一度もない。
何時でも誰かの為に、『そうせざるを得なかった』
ともすれば、其れは唯の言い訳だ。
理央の時とて、通じぬから刃に頼るしかなかった。
そうしなければ、止まらなかった。
だから、刃を交えた。
そう、何時でも『刃<ソレ>』が抜かれるのは、『其れしか手段が残らなかった』からだ。
剱菊も大層、ものを知らない。傍から見れば、そこに至るまでが早すぎるように見えたかもしれない。
だが、何時だって彼は太平の世を見据え、多くの生命を平等に愛する心を忘れた事はない。
多くの、多くのものを斬り捨てた。
漂う死臭こそ、男が生きてきた、何をしてきたかを示すものだが
其の奥底では穏やかで、柔らかな日の残り香が確かに在る。
紫陽花 剱菊個人の本質。
刃で在るには、余りにもか細すぎる個人の性。
「……其れは恐らく、理央も同じ事。
此の世に、望んで武器を取るものは非ず。
皆、『そうせざるを得なかった』……私の場合は、其の意味合いは異なるやも知れないがね。」
乱世の世。武器無くば生きられない群雄割拠。
其れが生きる手段なれば、剱菊が『こうなってしまう』のも、必定。
だが、理央の場合はどうだろうか。
『鉄火の支配者』の奥にいる『怯える少年』は、今何を思っているのだろうか。
其れを考えるのは、己ではない。剱菊は静かに立ち上がる。
「……其れの是非を決めるのは、私では無い……。」
大局的に見れば風紀の、神代理央の立場を悪くしかねない行いだったかもしれない。
だが、『そうするしかなかった』『其れしか知らなかった』
無知は罪と人は言うが、誰かを思う気持ちを罪とは決して言わせたくはない。
今まで、我慢していたものが決壊したように
少女の嗚咽が、ひっそり関を破った。
何をしようと、二人とも少年少女。
其の心に何をどうと言うのも、無理なもの。
そして、己は学んだ。
多くの人間から学んだ。
水無月 沙羅の行いはともかくとして
「……唯、感情のまま、すずろのまま行動する事は、"人"として正しき事かと。」
だからこその、人だと。
静かな足取りで、沙羅へと近づき、膝をつけた。
唯、何も言わずに傍に。泣きじゃくる少女に柔らかな髪をなぞる様に、撫でた。
「……故に、泣きたければ泣くと良い。もう、良い。良いんだ。今だけは……。」
其れが、正しい有り様成れば、悔恨が在れば
全て此処に、吐き出していくと良い。
■水無月 沙羅 > 数刻ほど少女の嗚咽は続いて、目頭が紅く腫れあがったころに、もう一度涙を拭う。
『泣いてばかりいる女の子』はもう卒業したのだから。
「私、戻ります。 理央さんのところに。
あの人がそう望むなら、傍に居ます。
あの人が間違った事をしそうになったら、私が止めます。
人を捨てようとしたなら、私が拾い上げます。
だから剱菊さん、お願いしても、良いですか。」
紅い、紅蓮の瞳の少女は、黒き双眸を見つめる。
それは燃え上がる炎のように、淡く濡れた瞳が揺れる。
「公安の人たちを、止めておいてください。
あの人は、神代理央は、殺し屋は、私たち『風紀委員』が
必ず落とし前をつけさせます。
だから、お願いです。」
少女が、頭を下げて願う。
無理を承知での、願い。
「手始めに、あの人の顔を殴ってこようと思います。」
顔を上げる。
赤らんだ顔は、か弱い少女を脱ぎ捨てて。
服装が服装でなければ、おのこに見違えるほどの決意に満ちて。
少女は立ち上がった。
何度も挫けて、何度も間違えて、何度も失敗して。
それでも、それでもと困難に立ち向かうために。
また、少女は立ち上がる。
『神代理央』を助けるために。
■紫陽花 剱菊 >
「……うむ。」
其れが彼女の決めた事なら、何も言いはしまい。
其の決意に炊きつけられた炎を見据えて頷いた。
「……私も、強い権限を持っている訳では無い。
全ては止められぬ……とは言え、其れこそ
杞憂程度やもしれないが……。」
揚げ足を取るような人物に心当たりは在るが
公安委員会は元より影の諜報機関。
表立って動く方が稀だ。自浄作用を期待するのであれば
きっと、風紀委員会で丸く収まるなら、動く事は無いだろう。
何より、公安も身内のいざこざで激しく動こうとはしないだろう、多分。
「……ふ、加減はしておくのだぞ?」
同じくして立ち上がれば、出口の方を見据えた。
さて、これからが二人の正念場と成れば、己の役割は此処で終わりだ。
「……然れど、『本質』まで脱ぎ捨てる事はなく、感情を押し殺す事は、罷り成らぬ……。」
其の決意を間違いとは言わない。
だが、其れ等を押し殺すにはまだ、若い。
二人の問題だが其れ以上口出しはしないが、釘だけは差しておいた。
「では、後は好きにされよ……。」
剱菊は静かに一礼し、一足先に静かに去っていくだろう。
ご案内:「227の隠れ家」から水無月 沙羅さんが去りました。
ご案内:「227の隠れ家」から紫陽花 剱菊さんが去りました。