2020/08/17 のログ
神代理央 >  
少年について忌憚のない言葉をつらつらと紡ぐ彼女を、静かに、黙って見つめていた。

己が感じているのは無責任な期待なのだと。
『もういいんじゃない』と告げる言葉を。
『得体の知れない物の怪』に変化する事への杞憂を。



――島を出る義務等無い、という未来を。

神代理央 >   
「………貴様は、私に変化を求めぬのか。落第街を焼き尽くしたあの有様を生む私に『良い人間であれ』とは言わぬのか」

勿論、真っ当な人間である様に彼女は言外に告げているのかもしれない。
それでも彼女は、己に『こう変われ』とは言わなかった。
『真面目馬鹿』だと笑っても、決して、変化を求められなかった。

「強がり。それは、認めよう。……認めたくは、無いが。
認めても良いのか。周囲の声に応えるのは辛いのだと。
私自身の在り方を変える事に、時間が欲しいのだと。
――友達が、欲しいのだと。傷つけた者に謝りたいと。……恋人に、もう一度会って、謝りたいのだと」

「そんな愚かで子供じみた我儘を、認めても良いのか」

その願いは弱さだと。
己自身に課した呪縛の奥底から、零れ落ちる言葉。

神代理央 >  
 
 
 
「――夢想しても良いのか。此の島で、平穏に暮らす未来を。
微睡む様な、平穏を」

「お前と、『友達』になれるのだと、期待しても良いのか」
 
 
 

神代理央 >  
 
それは、何処か機械的な声色の問い掛けだったのかもしれない。
彼女の言葉を反芻し、一つずつ事務的に確認する様な、そんな声色の言葉が、彼女に投げかけられる。
ある種の自己防衛。過剰な期待を抱く事への恐怖感故の。
否定されても精神の安定を保つための、鎧の様なもの。


言い換えれば、それは己自身が彼女に『期待』してしまっているという事。
己がそうされて苦しい事を、他者に望んでいるということ。
ああ、それは。それは愚かで浅ましい事だと、嗤う己が心の奥に。


だからきっと。
柔く明るく、優しく笑みを浮かべる彼女に向けるのは、苦悩の表情。
縋るでもなく、頼るでもなく、光明を得たわけでもなく。
彼女に問いかける事そのものが過ちだと、己を自戒し自縛する様な、そんな顔で。
感情の籠らぬ声が、彼女に投げかけられる。

>  
「君が『変わりたい』と望めばそうすればいいし、嫌ならそのままでもいいんじゃない?」

クス、と女は微笑むと目を細めた。
爛々と輝く金の瞳は
"あの夜"見せた拳士の目。

「────それを言ってしまえば、"儂"とて変わらぬさ」

「呵々、お前にこうして説教を垂れる傍らで、落第街に赴くような女だぞ?
 いやはや、実に楽しかったよ。バーベキュー、良き催しだった。だがな
 "それはそれとして"疼くものもあってな、如何にも拳が疼く夜だ」

「要するに、程よい喧嘩相手を求めた。"死合い"さえも、な。
 儂の信条は『一戦一殺』。"死合い"であれば、必ず一人には死んでもらう。
 ……まぁ、儂も大概血に飢えた窮奇だ。己の都合で、"程よい喧嘩"相手を探す、"不良生徒"だな」

それが龍の拳法家としての在り方。
武を修めるものが堕ちるであろう道。
即ち、"暴力の虜"。龍はまさにそうであった。
それは、龍が持ち得る『悪性』他成らない。
しかし、それを悪びれるどころか、あっけからんと語る。

「無論、理の無い殺しは好かぬがな。儂も大概狂人だが、"酔ってはいない"。
 人と同じくして、花も愛でる、人も愛でる。『何も変わらん』よ、理央」

瞬きを一つ、二つ。
瞬く間にそこに、拳士の輝きは無い。

「……まぁ、人間には見ての通り良し悪しがあるんだし、気にする事ないんじゃない?
 あ、言っておくけど"今の"オフレコで。確かに、どっちも"私"だけど
 人にベラベラ喋るものじゃないでしょ?必要ないものを、望まないものを持ち込まない。
 それは、日向を生きる人たちに迷惑になっちゃう。
 君だって、そうやって偉ぶってて不和とは生まなかった?生んだのなら、そう言う事」

龍は己の『善性』と『悪性』を認め、即座に其れを切り替えている。
善悪何方も認め、何方も良しとする。中立的と言えばそうだが
悪い言い方をすれば『秩序に無関心』なのだ。
己の『都合』で切り替える。だが、"弁える良識"は持ち合わせている。
だからこそ女は、善性を良しとし、悪性も良しとする。
龍という女の在り方は、そこにある。
笑みを絶やさぬまま、棚に置いた"土産"を一瞥した。

> 「『友達』に理央君がなりたいなら、私も成りたいから『喜んで』かな」

「だからさ、いいんじゃない?君にそう言う自覚があるなら
 『我儘』言ってこよう。私にも、友達にも、恋人にも。
 そりゃ勿論、当人たちの関係性次第だけどさ。君も私も
 まだ"子ども"なんだ。そして、この学園には"教師"が
 ひいては、私たちを支える"大人"がいるわけだからさ。
 いいんじゃないかな?認めちゃっても。勿論、大人が嫌なら
 君が『頼れる』と思った人に頼ればいい。存外
 そう言うのって『間違いじゃない』関係だからさ。私だって、歓迎だよ?理央君」

「私みたいな女が、平穏を暮らす事が許されてるんだから
 理央君が許されない事は無いよ。……ほら、お腹空いてない?」

「それ、お土産。マルレーネ君から、バーベキューの。
 ジュースとさ、72のアイスもあるんだ。ジュースとアイス、甘いよ?」

「君、あの時飲んでたカフェラテ、『甘かった』でしょ?遠慮なく食べていいからね」

女は満面の笑みを浮かべた。

神代理央 >  
「……変わりたい、とは思う。でも、時間が欲しかった。
それだけなんだ。それだけ」

『変わる様に』と周囲に急かされている様な気がしていた。
本当は、そんな事無かったかもしれないのに。
変わらなければ、という強迫概念に囚われてしまっていた。

そして。纏う雰囲気を変えた彼女の金色の瞳を。
その姿を映す鏡の様に、見開いた紅い瞳が彼女を見つめる。

「……それを告白されるのは、風紀委員として中々に複雑な心境ではあるのだが」

「だが…そうだな。誰しも、様々な側面を持っている。私はそれを、大袈裟に捕えすぎていたのかもしれんな。
落第街で鉄火を振るう事も。少しばかり公人としての側面が強過ぎる事も。こうして、脆弱な弱さを吐き出す事も」

「……全て、"私"でしかない、ということか」

「それを理解し得ぬから……ああ、そうだな。お前の言う通り、不和を生んだ事がある。傷つけた事が有る。
それもまた"私"なのだと、主張出来ぬ儘にな」

『善性』と『悪性』。『公人』と『私人』。
結局それら全てが『神代理央』でしかないことを、何より本人が自覚していなかったのかもしれない。
だから『悪性』を変えようと急ぎ、『公人』である事を言い訳にしていた。
でも、それも全て己自身だと理解出来れば――きっとほんの少し、楽になれる筈なのだ。

神代理央 >  
そして、『喜んで』と告げる彼女に、感情の灯らぬ表情は変化を見せる。
最初は、ぱちくりと。言われた事を理解していないと言わんばかりの表情の後。
ふわりと。穏やかに微笑んだ。

「…そうか。………そうか。有難う、龍。とても、とても嬉しいよ」

「子ども、子ども…か。私は、自分でそれを分かっていながら、認めたくなかったのかもしれないな。
子どもだからと自覚していながら、誰かを頼る事に不慣れな儘だったのかもしれない。
『我儘』を言う事に、怯えていたのかもしれない」

「……平穏、か。それが許されるかどうかは、未だ分からん。
でも、それを夢見るくらいは、きっと。お前の言う通り、許されるのかも、しれないな」

そして、彼女の"土産"を此方も一瞥して。

「……本当は、恋人と行きたかったんだ。BBQ。前から、楽しみにしてて」

「でも、俺自身がこんな有様だし。喧嘩して、傷付けちゃったから、誘うに誘えなくて」

「……頂くよ。せめて気分だけでも、皆と同じ場所に居れるなら。
多少は、気が晴れるかもしれないからな」

ちょっとだけ寂しそうに。
しかし、決してそれを引き摺らない様な笑みで。
満面の笑みの彼女に、応えるだろう。

>  
「さっきも言ったけど、急ぐ必要は無いんだよ、理央君。
 まぁ、周りに言われると焦るよね。わかるよ。
 ……だからさ、今はゆっくりしていきなよ」

「今だけじゃなくて、これからも。自分のペースでさ
 君の時間をゆっくりと使っていけばいい。私からはそれだけ、かな」

漸く笑えたじゃん、なんて冗談めかしに付け加えて立ち上がる。
その笑顔を信用しよう。君がその笑顔を出来るなら
後は、時間をかけて己と向き合えばいい。
君に必要なのは紛れもなく、余裕と時間だ。

「さっきも言ったけど、嫌な事に無理につき合う必要はないからね?
 『風紀』にも『友達』にも『恋人』にも、そして『私』にも。
 それを嫌と言えるのなれば、きっと君は大丈夫さ」

勿論人付き合いの関係で時として仮面を付けなければならない時はある。
だが、人間関係はそんなものだ。
言葉に出さずとも、それをありありと示す女が此処に居る。
『善性』と『悪性』を使い分ける女が、目の前に。

「呵々、君だって焼け野原にするし、人の事言えるのかい?盟友(ボンヨウ)」

「……うん、そうかそうか。
 じゃぁ、その恋人とはもう一度向き合えそうかい?
 そこで"後悔"を口にし、その人を『恋人』って言うなら」

「まだ、好きなんだよね?」

神代理央 >  
「急ぐ必要は無い、か。
つい最近、似た様な事を言われたよ。私はそんなに、急いでいる様に見えるのかな」

「…だが、そうだな。自分のペースで。
急かされず、急ぎ過ぎず。
変わるのか、変わらないのかも考えながら。過ごしていこうと…思う」

それが出来るかどうかはさておき。
先ずは、そういう『心構え』を得られた事が何より大事なのだろう。
立ち上がる彼女を見上げ――自分より3歳しか変わらないなんて卑怯だ――ながら、穏やかな笑みの儘頷いた。

「嫌な事を嫌、というのは、存外勇気がいる事かも知れん。
それでも、多少なりの我儘を言えるくらいには。
ふてぶてしくなってみる…様に、してみるつもりさ」

それもまた己の変化。
『周囲の期待に応えようとする』事に慣れ過ぎた己には、急激な変化は難しいかもしれない。
それでも、一つの道は示された。『使い分ける』事を肯定する彼女が、身を以て示してくれたのだから。


「私のアレは仕事故な。ああやって示威を示す事もまた、大事なんだよ」

と、クスクスと笑った後。
真面目な表情へと変化して。

「…アイツの方が、どう想ってくれているかはわからんがな。
それでも、俺はまだアイツの事が好きだ。
大事にしたいと。守ってやりたいと。…傍に居たいと、思っているよ」

>  
「まぁ自暴自棄になってる時点でね。然もありなんって感じ」

男の子って本当に格好を付けたがるな。
そう言う所が可愛いとは思うが、にしても思い悩みが多い。
畢竟、身の丈に合わない事はするべきではない。
女は肩を竦めて、苦い笑みを浮かべた。

「人間、急に何て変われないし、とりあえずやるだけやってみれば?
 失敗もするだろうけど、そこはほら、『お互い様』だよ」

人間なんて、そんなものだ。
此の世に完璧な人間はいない。
如何なる人間であれ、間違いを起こす。間違いを犯す。
故に、『お互い様』と言える範囲なら、それに越した事はない。

「それじゃぁ、私も"性分"ってことで」

拳士としての性分。
この獣は何時だって飢えている。

「そうかそうか。じゃ、後は頑張りなよ?
 彼女の事、好きだっていうのはいいけど
 『お前のそう言う所が嫌い!』位は言ってやっていいかもね?
 ハードル、高いだろうけどさ。ちょっと位ぶつかってやる位が丁度いいよ。
 君にそれだけぶつかっといて、愛想尽かすような女なら、悪いけどそう言う事」

「……って、君の肩を持っちゃったか。失礼」

失敗失敗、と踵を返す。

「それじゃ、そろそろ帰ろうかな。
 理央君、今度はバーベキューいけるといいね?」

なんて、冗談めかしに残して静かに立ち去っていくだろう。

神代理央 >  
「…やれやれ。恰好がつかないものだな。
そういう姿を見せぬ様に努力しても、こうなのだから」

と、苦笑いを返しつつ。
しかし、己はきっと幸福な部類なのだろう。
『急ぎすぎ』だと言ってくれる『友達』が出来たのだから。

「『お互い様』か。何とも肩肘の張らぬ言葉だ。
恰好のつかない言葉だ。……良い、言葉だな」

他者に求めず。自縄自縛の理想に従って。
そうやって生きてきた己には『お互い様』という言葉は随分と遠く思える言葉だった。
でも、今は違う。御互いに言いたい事を言い合って、本音をぶつけ合って。時には間違えて。
そうやって。人は生きていくのだから。

「……む、むう。努力する。…いや、努力するところなのか…?
兎に角、アイツの言葉を聞いて。私の言いたい事も伝えて。
そうしなければ先ず、スタートラインにも立てぬだろうからな」

此方を気遣う様な彼女の言葉に、クスクスと笑いながら。
恋人と本音でぶつかってみる、と彼女に告げるのだろう。
その結果どうなるかは――きっと、その時にならないと分からないけれど。

「ああ。その時は最高級の肉を持ってくるとも。
ひけらかすのもあれだが、私は金持ちだからな」

こうやって、冗談を言えるくらいには気持ちも落ち着いた。
きっと次のバーベキューは、楽しく参加出来る。
皆と、輪を囲む事が出来る。

「……ああ。それじゃあな、龍。あと、その、うん、その……。
……ありがとう。また、な」

最後の言葉は、少し照れくさそうに。
小さく手を振って、彼女を見送ったのだろうか。

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ご案内:「常世学園付属総合病院 VIP個室」から神代理央さんが去りました。