2020/08/23 のログ
ご案内:「『黒き泥に見る夢』」にレイチェルさんが現れました。
■レイチェル > ―――。
――。
―。
歩けど走れど躓けど、視界の先の先まで続く途の上に、導きの光はなく、
沼底のようなどす黒い空虚の中、ただ厚い雲の隙間から薄っすらと顔を見せる月が、
微かに熱の籠もった夜風を無機質に照らすのみ。
黄金色の髪が、闇の中で揺れている。
レイチェルは一人、落第街を走り続けていた。
もうひと踏ん張りを幾たびも重ねて、ほぼ丸々2日、
この落第街を走り続けていたのだ。
身体中は汗ばんでおり、踏み越える足元の地面にその雫をぱたぱたと落としていく。
落第街の捲れたコンクリートの床や、酒瓶などに躓いたのだろう。
その足や腕は鮮やかな赤の軌跡が幾つか刻まれていた。
足がもつれて、そのまま地に倒れ込む。倒れ込んだ先は、暗い水溜り。
上半身をすっかり濡らしてしまうほどに大きいその泥混じりの水溜りの中で、
レイチェルは身体を起こそうと懸命に力を込める。しかし、身体は鉛のように重く、
腕も足も棒になってしまったかのようで、まるで自分の身体とは思えなかった。
何度も何度も立ち上がろうと地に腕を立て足に力を込めるが、
彼女の身体が起き上がることはなく、その口から荒い息が漏れるのみである。
レイチェルはその震える拳を虚しく握りしめ、小さく振り上げた。
「……畜生」
その拳は、何処に振り下ろすものであったか。
自らと周囲を取り巻くこの運命に対してか。
彼女の腕は力を失い、水溜りが飛沫を作る。
今一度振り上げられた拳が、力強く地を叩く。
水の飛沫と黒い泥が彼女の顔を覆い、その髪を、目元を、濡らしていく。
彼女の瞳を濡らしていたのは果たして、薄汚れた水だけだったろうか。
■レイチェル >
「……情けねぇ、自分の気持ちも分からねぇなんて」
救いたい。手を伸ばしたい。取り戻したい。
彼女のことを考えて、ひたすら走っている間に気付いてしまった。
胸の内にある引っかかりに気付いてしまった。
今宵、落第街の空に星は瞬かない。
ただ白い月だけが雲の隙間からレイチェルを照らすのみである。
月の光。唯一の光。見上げるレイチェルの瞳に、意志の輝きが宿る。
そうして滅茶苦茶に力を込めて起き上がろうとして――
――しかし、起き上がることがかなわない。
立ち上がりかけた膝が、力なく水溜りの中に沈んでいく。
「くそっ……動け……動けってんだよ……畜生」
自分の情けなさに、ぼろぼろと涙が出てくる。拳を地面――濡れたコンクリートへ向けて振り下ろす。
一緒に未来を生きたいだなんて告げながら、この身体は既に動かない。
「応えてくれねぇ……ああ、畜生。分かってるよ……オレが、
応えてやれなかったから……応えて……くれ、な……」
彼女を照らす月が翳りに染まっていき、周囲は暗闇に包まれる。
■レイチェル >
気付けば、見慣れた部屋の椅子に座っていた。
女子寮の一室。既にこの島を出たレイチェルの親友――佐伯貴子の部屋だ。
そうしてテーブルを挟んだ向こう側で、見慣れた顔が微笑んでいた。
「どうしたんだ、涙なんか流して。
お前がそんな顔をするのは珍しいな、レイチェル」
言われて気づき、レイチェルは思わず自らの頬を指で撫でる。
確かに、濡れていた。
自分の目からは気付かぬ内に、涙の筋が零れ落ちていたのだった。
「……悪かったな」
その言葉に、恥ずかしくなったレイチェルは視線を逸らす。
「私の知っているレイチェルは涙なんか流さない、強い奴だ。
足なんて止めない。いつだって、救えるものの為に手を伸ばす。
救いを求める者の為に手を伸ばす」
貴子は笑う。何処までも穏やかに笑う。
そうして、レイチェルへ信頼の目を向けてくれる。
「ああ、そうだ。それはオレの信条だ。
救える所に居る奴は、必ず手を伸ばして助けたい。
それがレイチェル・ラムレイだ」
彼女へと言葉を返す。彼女の言葉に拭いきれない違和感を覚えながらも、
それでもそんな違和感はレイチェルの意識の奥底に呑み込まれてしまう。
会話を、続けていく。
「でも、お前は間違えた。時の流れるまま、
風紀《システム》に埋もれていく内に、
自分自身をすっかり見失った。
レイチェル・ラムレイの在り方を見失った。
それで、お前は園刃を見捨てたんだろう。
そうだな、レイチェル?」
「……あいつの願いを、想いを、
オレなんかが否定していいものじゃないと、そう思ったんだ。
今思えば、とんでもねぇすれ違いだった」
貴子は静かに首を振る。そうして立ち上がれば、
キッチンへ行けば、皿を手に取って
レイチェルの方へと振り向く。
「そうか。それより、今日はパスタを沢山作ったんだ。
ゆっくり食べていってくれると嬉しい」
テーブルの上に、山盛りのパスタが入った皿が置かれる。
貴子の料理。本当に、『久々に』口にする気がする。
――あれ?
■レイチェル >
胸の内に疑念をいだきながら、それでも彼女の内にある思いを、
目の前の相手へとぶつけることに、レイチェルは決めた。
彼女が幻であったとしても、関係ない。
大切な親友の姿をした彼女に、自分の思いを聞いて欲しかった。
「貴子。オレさ、わからなくなっちまった」
フォークに絡め取られたパスタを見ながら、レイチェルはそう口にする。
「何がだ?」
目の前の貴子は、レイチェルの話をしっかり受け止めるように笑顔を
見せる。それはレイチェルがかつて何度も見た、笑顔だ。
「大切な親友の為に走り出した。そのつもりだったんだ」
レイチェルは落第街で、走り続けていたあの2日間を思い起こしていた。
取り戻したいものがあった。ぶつけたい気持ちがあった。
だからこそ、走り続けることができた。ボロボロでも、不安でも、怖くても。
「でも、さ。
ずっとあいつのこと考えて、走り回って。
そうしている中でさ。引っかかりがあったんだ」
「それは一体どんな引っかかりだ?」
貴子の問いかけに、一瞬口ごもる。
ぐるぐるとパスタの巻きつけられたフォークを、レイチェルは皿の上に置いた。
「全てを差し出してでも守りたい相手……それって、何なんだろうって。
『親友』と『そういう』好き……つまり……その……あー……
恋……の違いって、何なんだろうって」
レイチェルとて恋をしたことが無い訳ではない。それでも今この胸の内に
ある想いは、全く整理がつかない。知らない気持ちだ。
女の子に、こんな気持ちを抱くなんて。
貴子のことも、好きだった。
でも、わかる。この想いはきっと全く別のものだ。
「……それは、お前自身が一番よく分かっている筈だぞ、レイチェル。
……っと、すまんな。そろそろ時間だ。私はごく普通の生活を送って、
結婚するという夢があるからな。
島外へ出なくてはいけないんだ。後のことは、頼んだぞ」
静かに、しかし満面の笑みを貴子は見せる。
いつか聞いた彼女の『夢』を語るその幻は席を立つと、
女子寮の出入り口へと消えていく。
「お、おい! ちょっと待てよ! 待ってくれ! 貴子ッ!!」
彼女を追いかけて、貴子の部屋の扉を開ける。
そこは、女子寮の廊下の筈だった。
しかし目の前には、全く違う光景が広がっていた。
■レイチェル >
――そこはまた、見慣れた景色。風紀委員の本庁である。
「何だってんだ……」
多くの風紀委員が往来する本庁の廊下を、レイチェルは静かに歩いていく。
そこでレイチェルは、違和感を覚えた。
ふと気付けば皆、レイチェルの前を通り過ぎていく。
レイチェルだけが一人、違う方向に歩いていた。
多くの先輩や同僚達が視界の内に現れては消えていく。
皆消えて、消えて、消えて。
「お、おい……待ってくれ……」
違う、そんなはずはないと目を凝らす。
いつだって皆は周りに居て、自分を支えてくれて。
その、筈なのに。
「何でみんな……置いてっちまうんだよ……」
そう口にしながらしかし、レイチェルは止まらぬ足を動かしている。
そう、彼らから離れているのは自分自身だ。
分かっている。それでも、足は止まらない。
その間にも皆、幻のように消えていく。
後輩たちも、消えていく。
そして。
「何処に行くんですか?」
いつの間にか隣に居たのは、凛霞だった。
「レイチェルさんは、何処に行くんですか?」
「……別に、何処にも行かねぇよ」
視線は合わさぬまま、レイチェルは返事をする。
「そんなのおかしいですよ。誰にだって行く場所はあります。進むべき未来がありますよね?」
「何言ってんだよ凛霞、それじゃあお前は――」
そうして横を見やれば、そこには何も居ない。誰も居ない。
「――凛霞?」
そうして気付けば無音の空間に、レイチェルはたった独りで残されていた。
誰もが居なくなった後。抜け殻になった本庁を、レイチェルは歩き続ける。
■レイチェル >
本庁の出口がある筈のそこには、不思議な空間が広がっていた。
そこにあるのは、色とりどりの扉。幾つもの扉が、そこにはあった。
黒の扉があった。
白の扉があった。
太陽の描かれた扉があった。
月の描かれた扉があった。
目に入れているだけで痛くなりそうな鮮やかな色を持つものから、
どうしようもなくくすんだ色のものまで、
あらゆる扉がそこにあった。
レイチェルは、思わず振り向いてしまう。
しかし、後ろに道はない。
先まで歩いていた筈の廊下は既に、消えていた。
ならば、前に進むしかない。
選んで、進むしか無い。選択をするしかない。
一つ、大きく深い呼吸をした後。
レイチェルは数多の扉を見渡す。
自分が選ぶべき扉は――
――レイチェルは、白い月の描かれた扉を選び、静かに開く。
「……っ」
その扉の先には、何も無かった。
全ての光を吸い込んでしまう程の暗闇だけがあった。
道など、そこには無かった。未来へ続く道は、見えなかった。
らしくもなく、後ろを振り返る。そこには何も無かった。
ただ暗闇の中に、自分と扉だけが在った。
■レイチェル >
関係ない、進めばいい。
今までだったらきっと、足を踏み出せた。
足を止めるなんて気に食わねぇ、と一言だけ吐いて。
しかし今、彼女の胸の内にある曇りが、
一歩踏み出すその力を彼女に与えてくれない。
守るべきを知る中で、随分と臆病になってしまった。
すっかり、弱くなってしまった。
気付けば暗闇が、彼女の身体を次第に蝕んでいく。
足元から、ゆっくりと。
身体が呑まれる度に、抗いがたい心地よさに意識が引っ張られそうになる。
一瞬でも気を抜けば、地獄の底まで持っていかれそうな勢いだ。
身体が、とてつもなく重い。
足どころか、最早指先一つ動かせず、瞬きもできない。
気付いていた。
自分の居るのは、幻の夢の中。現実世界の自分は、おそらくベッドの上だろう。
そして纏わりつくような、周囲の闇。
レイチェルの脳裏には確かな直感が過ぎっていた。
この闇に引っ張られた先にあるのは、きっと永遠の眠りだと。
一緒に生きたいのなら、
こんな所で立ち止まっている訳にはいかない筈だ。
今すぐに待っている人達の所まで駆け寄って、
自分は元気だと笑顔を見せなくてはいけない。
そう。自分は元気だと、そう見せたい。見せてやりたい。
絶対に心配をかける訳には、いかない。
凛霞にも、真琴にも、ジェレミアにも、そして華霧にも。
皆にも。
――だってのに、どうしようもねぇ馬鹿なんだよな、オレは。
視界が、霞んでいく。
――皆が周りに居て、支えてくれるってのに。
彼女を外から『内』から蝕むこの闇は、
圧倒的な力で彼女を呑み込んでしまおうとする。
――こんなにも、踏み出すことが、自分勝手に歩くことが怖くなっちまってたんだな。
歩き続けながら、歩んできた道を、正解にすればいい。
そう、信じてはいる。いつだって、今この瞬間だって、きっと。
――ああ、本当に、弱っちくて。
それでも。
ああ、それでも。
今この瞬間、レイチェルは迷ってしまっていた。
胸の内にある迷いが、
これまで歩き続けていたレイチェル・ラムレイの在り方を
すっかり曇らせている。
――ほんと、『馬鹿』だぜ。
闇が勢いを増して、彼女の全身を呑み込んでいく。
そこでふと、気付く。
これはただの闇などではない。確かな質量を持った漆黒の、泥だった。
泥に呑まれて、身体が外側から侵され、冒され、犯されていく。
もう、意識を保っていることはかなわない。
最後に、本当に最後に。
彼女が脳裏に浮かべたのは、
『……ごめん』
それが、霞んでいく思考の中で思い浮かべることのできる、
精一杯の一言だった。
彼女の意識は彼女の内に芽生えた泥に、
蝕まれて。
食われて。
潰えて。
消えて――。
■レイチェル >
―――。
―――。
―――。
『馬鹿でも何でもいいです!』
脳裏に、負傷して馬鹿だと自嘲した自分に、
駆け寄ってきてくれる凛霞の姿が過る。
そして、どうしようもない先輩に、それでも寄り添ってくれる後輩の言葉を。
――るかよ。
『"気づかせてくれた"者を、泣かせるようなまねはするなよ?』
アトリエでそんな言葉を自分に贈ってくれた、真琴の姿が頭を過る。
そして、盛大に転ぶ姿を期待しているだなんて言いながら、
随分と優しい言葉をかけてくれる彼女の言葉を。
――たまるかよ!
『僕がちゃんと、頼れる男になったら、助けたいんです。
華霧先輩も、皆も、そして、『貴女』も』
デスク前でめちゃくちゃに泣きじゃくったキッド――ジェレミアの
姿が頭を過る。
そして、そんな彼が自分に対して、
最後に振り絞るように贈ってくれたその言葉を。
――終わって、たまるかよっ!!
そうだ。レイチェル・ラムレイはいつだって歩き続けてきた。
何度悔やもうと、失敗しようと、それでも前へ前へと足を踏み出すのがレイチェルの在り方だ。
すっかり足を止めてしまうことなど、あり得ない。
彼女を取り囲んでいた闇が少しずつ、払われていく。
既に胸は密かに、しかし熱く滾っていた。かつての、あの頃のように。
■レイチェル >
『アタシはなンでも隠しテきた』
そして彼女の耳に確かに響いた、声。
浮かぶのは、留置所でのあいつの姿。
「応えてやらなきゃ……いけねぇんだ」
あいつが、伝えてきた言葉を。懺悔の言葉を、思い起こす。
その声は鮮明にレイチェルの頭に響いた。
何よりも聞きたいと思っていた声だった。
『アタシはナんでも捨ててキた』
「与えてやらなきゃ……いけねぇんだ」」
『アタシはなんデも諦メてきた。』
「寄り添って、やらなきゃ……いけねぇんだ」
『アタシは何とも向かい合っテこナかッタ』
「向き合ってお互いを知らなきゃ、いけねぇんだ……」
『アタシは誰も彼も何も信じてコなかった。』
「孤独を、感じさせちゃいけないんだ」
はっ、と。
気付けば、声の主の姿など何処にもない。
周囲にあるのは、どれだけ目を凝らしても先の見えぬ暗闇のみ。
既に、身体を蝕む闇はいくらか払われている。
闇の中で、レイチェルのシルエットが少しばかり浮き上がっている。
しかし、身体は未だ動かない。
未だ、迷いがあるのは明らかだ。
レイチェルは、大きく息を吸う。
そして、改めて自分の気持ちへと向き合う。
彼女に対して手を伸ばすのは、『しなくちゃいけない』義務なのか。
■レイチェル >
「……いや、そうじゃねぇ……」
ぽつりと、こぼす。
「応えて、あげたい……」
自分の胸の鼓動を、感じる。
「それも違う……」
既に闇に消えた筈の拳に、力が入る。
「応えたい……」
既に蝕まれた筈の足に、力が籠もる。
「あいつに与えたい……」
――そして、できたら与えて欲しい。
「あいつに寄り添いたい……」
――よかったら、寄り添って欲しい。
「あいつと向き合ってお互いを知りたい……」
――どうか教えて欲しい。自分を知って欲しい。
「あいつの孤独を埋めるようなぬくもりを感じさせたい……」
――自分も、そのぬくもりを、感じたい。
「この気持ちは……間違っても義務なんかじゃねぇ……!
本当にオレがやりたいことで、同時にやって欲しいことでもあって……
全部全部全部……オレの、我儘だ……『自分勝手』な……!」
そこまで口にすれば、闇が再びレイチェルを呑み込まんと襲いかかる。
彼女をこの世から磨り潰してしまおうと、迫りくる。
そこへ、声が再び響き渡る。どこまでも心に染み透る、彼女の声が。
『あたしは、ただ……
ぜったい、なくならない、ものが……
ほしかった……』
――だったら。
「……――は、――と、―――――に――――――。
――、――――た、い……!」
声にならない声、絞り出すように叫んだ。
「……たい、よ……」
彼女だけが取り残されたこの影の世界に、誰にも届かない声が響く。
気がつけば。
既にそこは、暗闇ではなかった。
道こそ見えなかったが、確かに。
視界のその先には、白い月が輝いていて。
そこに見えたのは、どうしようもない『馬鹿』で、いつだって適当なフリをして、
可愛げのない……それでももう二度と失いたくない、本当に大切な――
■レイチェル >
―。
――。
―――。
長いこと閉じられていたその瞼が、開かれた。
病室にかけられた眠りの呪いは今、解かれた。
ぼやけた彼女の目に映るのは、見知らぬ天井。
そして耳に聞こえてくるのは、
自らの生命を見守ってくれていたらしい無機質な電子音。
身体を見れば、沢山のチューブが繋がっていた。
高鳴る胸の鼓動を感じる。
自分の生の証を、全身で感じる。
すっかり熱くなった胸の内にある想いに、もう嘘はつかない。
隠すことだってしない。
けれど、この気持ちは、簡単に伝えていいものではないのかもしれない。
自分の全てを投げ捨ててでも――なんて、この『馬鹿』みたいな想い。
自分勝手なこの想いは、彼女に重荷を背負わせてしまうかもしれない。
だから、まだ自分の内にとどめておくことにする。今は、まだ。
「……そう、だ」
彼女には今すぐに、伝えたい言葉がある。
目覚めたとて未だ腕は重い。震える指先で、眼帯を叩く。
視界に展開されるのは、数多の人物の名前。
その中から一番大切な人間の名前を選んで、メッセージを送る。
本当ならば、いくらでも書き連ねる言葉はある。
他の皆にも、色々と伝えなければならない言葉がある。
しかし、そこまでの体力はまだ無いらしかった。
だから、ありったけの力を込めて、今、一番想いを伝えたい人に。
今自分の胸に湧き起こるこの気持ちを、
偽りなく、簡潔に、そのままに伝えるのだ。
それは、『たった4文字のメッセージ』。
何処にでも転がっている、ありふれた言葉。
それでも、彼女にとっては本当に大切で、代えがたい、
切実な想いと願いの込められた言葉なのだ。
メッセージを送信した後、レイチェルはふと、外を見る。
白い月の周りに散りばめられた星々は、あの日と同じように、輝いていた。
彼女を見守るように、いつまでも輝いていた。
ご案内:「『黒き泥に見る夢』」からレイチェルさんが去りました。