2020/10/02 のログ
ご案内:「邸宅兼アトリエ」に月夜見 真琴さんが現れました。
月夜見 真琴 >  
住宅街の森のなかに築かれた瀟洒な邸宅。
川のせせらぎに守られた牢獄は、最近特に賑わしい。

その一階の大部分を占める空間は、もともとはリビングだ。
中庭に続く、カーテンの閉ざされた大きいフランス窓からと、
僅かばかり蓋の開かれた天窓から注ぐ陽光が、
その場所の在り方を薄暗いながらに照らし出している。

壁に掛けられた幾つもの額縁のなかには極彩色の蝶たちが舞い、
その花園だけでなく、適切に保たれた湿度と温度は画材も守っている。
名家の子女が買い受けて、名画家を真似て演出したアトリエ。
応接用のカウチセット――これは最近、とくにお気に入りの品だ。

ご案内:「邸宅兼アトリエ」に日下 葵さんが現れました。
月夜見 真琴 >  
「ようこそ葵。 我が牢獄にして居宅へ。
 ――ふふ、最後に会ったのも随分まえに感じるね」

森の奥の三階建て、名匠の作。
秋風は森も川もあらゆる気配を寒々しく、その色合いを抜き落とし初めていた。
一年前に牢獄の名目を付与された城の玄関で、白い女が笑顔で出迎える。

「ささ、立ち話もなんだ。上がってくれ。コーヒーでも淹れるから。
 普段から濃いめにつくっているが、好みはあるかな?」

軽い口約束を形にしようと決めたのは、
最近少し筆が止まってしまっていたからだ、というのが大きい。
彼女にプライベートでメールを送り、モデルを依頼した、というのが本日の顛末。

日下 葵 > 「……意外と、何ていうか」

あまり監禁という雰囲気はないものなんだな。という印象。
むしろよく手入れのされた中庭や花園の様子は、
上品という言葉をそのまま抜き出したような印象すら受ける。

「どこかにインターホンとかがあるんでしょうか」

庭に続く入り口の前で少し立ち往生すると、
ややためらうような格好で足を踏み入れる。
すると玄関先で見知った人物が出迎えてくれた。

「どうも、お待たせしました。
 ――そうですね、私は濃いめのブラックコーヒーが好きです」

そんな雑談をしながら、彼女のアトリエ――もとい、牢獄へ。

――月夜見真琴
過去に監視役を二人、いや三人だったかな?
を再起不能にしたとかなんとか。そんな話を報告書で読んだ。
気味悪がって抵抗感を抱く者も少ないという話も聞くが、
そんな彼女のもとへ出向いたわけである。

絵のモデルをお願いしたい。

確かそんな話をされたんだったか。
断る理由もなくて、いつもの仕事を受ける感覚で二つ返事をしてしまった。
いざ赴いてみると、はて。絵のモデルって何だろう、そんな不安が今更湧いてきた。>

月夜見 真琴 >  
「ずいぶん待ったよ。世捨て人の時間の流れはゆるやかだからな。
 ――おまえは、どうかな?多事多端の日下葵、という印象はあるがね」

冗談めかしてそう笑うなり、玄関からまっすぐたどり着けるアトリエに迎え入れる。
入ってすぐそばの応接用のカウチセットでくつろぐように言ったあと、家主は姿を消した。

カウチのすぐ近くには、少女が往来でギターを演奏している絵画がひとつ。
この島で暮らした風紀委員でれば、学生街のあの区画かな、と思い至ることもできよう。
総じて不自由を感じさせない場所だ。不自然なほど自然なアトリエ。
奥の、高級なリクライニングチェアの前に置かれたカンバスは、白いまま。

「待たせたね。ふふふ、自信作だ。
 陽月――常夜渋谷の喫茶店、知っているかな?そこで豆を仕入れてね。
 同居人はいまいちリアクションをしてくれないから、誰かに自慢したかった」

彼女の前に置かれた小さなホットグラスは、エスプレッソをダブルで楽しむためのもの。
それなりのこだわりで淹れられたものをそのままに、本人はリクライニングチェアのほうに。
棚から一抱えほどの筒を取り出し、帯を緩める。
シーツを思わせる布だ。それを広げてみせて、なにかを確かめる後ろ姿をみせている。

日下 葵 > 「一応、時間通りには来たんですけどねえ」

庭の前で少し足踏みをしてしまって、なんて。

「私は”本職としては”暇ですから」

本職、というのはつまり刑事部での仕事という意味だ。
普段忙しそうにしているのは警邏部の手伝いをしているから。
つまり断りさえすれば時間は意外とあったりする。

――もっとも、
素行不良や問題行動で罰則的に業務をこなしている面も少なからずあるが。

アトリエの中へ案内されれば、カウチでくつろいでくれと言われれば、
言われた通りにカウチソファに腰を下ろした。

自身の部屋に比べて随分と手の込んだ内装の部屋に、
少し落ち着かない様子だった。
思わず周囲の状況を確認してしまうのは、
潜入やら何やらで訓練された癖だろう。
そんな様子で部屋の内装を見ていると一つの絵が目に付いた。

「これは――学生街?」

立ち寄ったことこそないものの、時々警邏で見かける店。
そこでギターを演奏する少女が描かれていた。
さすがに少女が誰なのかまでは判別はつかなかったが。

その奥にはまだ何も描かれていない真っ白なカンバス。
あまりにも不慣れな空間は、注意を惹くものが多い。

「ああ、やっぱり。時々警邏でまえを通ります。
 あそこ、豆も買えるんですね?」

常世渋谷の店と言われると、
合点が言ったようにこのアトリエの家主を見る。
同居人、という言葉にほんの少しだけ違和感を覚えながら、
出されたコーヒーを見た。

挽いたばかりの豆なのだろう。
グラスに顔を近づけなくても、コーヒーの豊かな香りが心地よかった。
いただきます、といって差し出されたエスプレッソを少しだけ飲み下す。
一際に苦い風味が口に広がるのを楽しんでいると、
家主はコーヒーをそのままに何か大きな布を確認しているようだった>

月夜見 真琴 >  
たとえば。
棚に押し込まれたカンバスは、既に描き上げられた習作の群れ。
積み上げられているものの一番上には、少したたずまいの幼い、
日下葵の知己である風紀委員もいるかもしれない。
家主の、現役時代に描かれたもの。今より少し鋭い印象の隻眼の少女、など。

「パンケーキが絶品だった。三枚重なっていてそれも安い。
 昼ならトッピングがひとつ無料と来たものだ。
 心躍る響きだろう? 今度行こうじゃないか。軽食の類も美味しそうだった。
 ナポリタン。エビドリアにピザトースト。概ねコーヒーに合うもの、かな。
 ブレンドの種類も多くてね、何度か試したいと思っているが。
 一人の食事は、どうも味気なくてな――そういう時もきらいではないが」

どうやら"暇"であるようだから、誘い文句を口にして。
よし、と頷くなり、畳んで抱えて、兎のスリッパの踵を返す。
来客のそばに来ると、その布を彼女の隣に座らせて、小首を傾ぐ。
冬の滝のような真っ白い髪の房が、肩から滑り落ちた。

「それで体を包んでくれ。
 脱いだものは畳んで、カウチにでも置いておいてくれればいいから。
 準備ができたら言ってくれ。やつがれはむこうをむいているから」

日下 葵 > どうやら画材や習作の収められているらしい棚。
その間から覗く絵の中には、
どこかで見た覚えのあるある人物も描かれているようだった。
ただ、その見た目は今よりもやや幼げで、最近の作品ではないように見えた。

「なるほど?それは確かに魅力的ですねえ。
 なにぶん私も誰かと食事を摂ることが少ないものですから」

食事。
一緒に食事と聞いてふむ、と息を漏らす。
というのも、あまり食時に頓着していなかったからである。

別に不摂生というわけではなくて、
むしろ他人よりも気を遣っている。
ただそれは異能の都合によるものが大きい。
娯楽や楽しみというよりは、純粋な補給に近い物だった。

そういう生活をしていたからこそ、
食のおいしさを楽しむための誘いというのは大変に魅力的に聞こえた。
そんな談笑をしているうちに、彼女が振り返ってこちらに足を進めてきた。

「これで身体を包むと。脱いだものは畳んで。



 ――――畳んで?」

思わず聞き返した。


「それはつまり服を脱いでこれを羽織れ、と?」>

月夜見 真琴 >  
「そうだが?」

不思議そうに目を丸くして。
一拍の後、顎に手をあて、思案の横顔を見せる。
そして、細指を一本たてて、筆を手繰るように空中をなぞった。

「あのとき、こういったんだ。

 "やつがれはおまえの引き締まった身体も、美しく思うよ。
  ぜひ、モデルをしてもいい――と思ってくれたならば。
  拙宅に来てくれ。給金はいくらか渡そう"

 きょうは、"そういうつもり"だったが」

裸婦像のモデル。
そのつもりだったが、どうやら行き違いがあったらしい。

「ふたつきも前になれば、そうか――うん、もし恥ずかしいというのなら。
 背中からでも、構わないよ?」

にっこりと微笑んで、譲歩の構え。

日下 葵 > 「あの時?


 あー……」

あの時と言われると、少しの間記憶の引き出しを開けては閉めてを繰り返す。
いつかの慰安旅行。

言われたっけ?言われたか。

「なるほど?
 いや……別にいいですけど……」

肌を見せるのは日常茶飯事だ。
誰かに見られるというのも珍しい話じゃない。
というのは、仕事柄衣服の損傷が激しいからだが。

傷も負っていないのに、
わざわざ自分で服を脱ぐというのは少し不意を突かれた。
事情と以前のやり取りを思い出して、
やや不服そうにパーカーのファスナーを降ろす。
身体の線をごまかすようなサイズの衣服を脱いでいくと、
服を畳む前に渡された布を羽織った。

さっと衣服を畳む。
布から伸びる手や、その隙間から覗く身体は無駄な肉はほとんどついていないのがわかるだろう。
強くなるためだけに鍛えられた身体は、
機能性を追求した道具のような美しさを思わせるのに、
その過酷な使い方が想像できないほど、身体には傷一つない。

「……準備できましたが」

衣服を畳み終えて布を羽織りなおすと、
アトリエの家主、これから自身をカンバスに書き起こす彼女に声をかける>

月夜見 真琴 >  
承服の言葉には、そうか、とはしゃぐように更に表情を綻ばせた。
 
「ありがとう。当然、報酬は支払わせてもらう。
 それは正統な対価だ。労働には報いがあってこそさ。
 食事の約束はもちろん、それとは別口にさせてもらうから安心してくれ」

彼女が服に手をかけるならその様を見守ることはなく、
ゆるりとアトリエの奥へ、ほのかな絵の具の香りのなかを歩む。
リクライニングチェアに座ってしばし、彼女から合図を受けると、
白い手で、カンバスの横に置かれたスツールを指し示した。

「そこに、こちらに背を向けて」

さっきまでと違い、遊びのなくなった声色で告げた。
温泉で見た裸体もそうだったが、普段の歩き方や挙措からも、
その肉体が積んできた修練のほどは伺えた。
先程視線をあちこちに向けていた観察の習性も、
彼女がだいぶ風紀委員として板についている存在だと知れる。

「いくらか質問をさせてもらうが、答えたくなければ答えなくてもいい。
 その姿勢のまま、楽にしていてくれ」

だが、知りたいのはその内側でもある。
画材の準備をしながら、首筋から肩の稜線、その背から腰に至るまで。
日下葵の膚を求める表情は、鋭ささえ帯びる。

日下 葵 > 「報酬に労働、ですか」

なんだかなぁと言わんばかりの複雑な表情。
別に働いているつもりも、何かを失っているような気もない。
ただ、彼女がそういう価値観の元、絵を描いているのであれば、
受け取るのが礼儀か、なんて。

「ええ、何でも聞いてください。
 答えられるかどうかはわかりませんが。
 あと――布の羽織り方、どうするのが正解でしょう?」

言われた通り、彼女に背を向けるように座ると、
しばらく布を手にしていろいろと迷う。
いまいち布をどう羽織るのが正解なのかわからず、
首だけ振り向いて問いかける。
絵は素人だ、描く人間に質問するのが早いだろう、と>

月夜見 真琴 >  
「うん? ああ、邪魔なら脱いでもらっても構わないが」

直感的に答えてから、少し返答を間違えたことに気づいて。

「そのまま頸、肩、腕……それらすべてが見えるように。
 両腕の先にでも絡めて支えておけば、落ちてしまうこともないだろう」

興味を示しているのは、背面の姿。
臀部までを示しても良いが、下肢は覆っても構わないというのは、
無理を申し付けた同僚への譲歩ならぬ配慮だった。
背面図を願ったのもそうだ。

「布の扱いはむしろ、随意に、と言ったほうが良かったかな?
 性格、感性がでるから――ふふふ」

日下 葵 > 「邪魔、ってことはないんですけどねえ?」

恐らく何も考えずに

――正確には絵を描く状態の脳みそで

答えたのだろう。少し笑って肩が小刻みに動いてしまう。


「わかりました。
 こういうのはなかなか慣れないものですから」

そういって布の端を少し余らせるように軽く握ると、左脇を締めて腕を上げる。
まるでカバンを腕にかけるかのようにして、
右手は布をつかむのに必要な握力を残してだらりと腰に当てた。
少し視線を右によせて振り向き際の様にして、背中を大きく開けて見せる。

頭に浮かべるのは左手に握るナイフと、腰のホルスターに収めた拳銃。
随意、と言われて思い浮かんだのはその二つと、取り回しのための動きだった>

月夜見 真琴 >  
「――――」

骨の駆動、筋肉の収縮。
それをつぶさに観察する。
あらゆる動きを視ている。
心臓の拍動も感じる。
機能美、研ぎ上げられたような鋭さと、女の稜線の融合。

真顔でその視線がふれるほどの集中を注ぎながらも、
口をついて出たものは、

「ほんとうに、傷がないのだな」

温泉でみたときと同じように。
その言葉は、日下葵がどのような異能者で、どのような風紀委員であるかを、
少なくとも書類や映像資料で読み取れる程度には弁えているからこそのものだった。

日下 葵 > 「さぁ、どうでしょうか。
 傷が多すぎて、もはや傷と認めるには過ぎるのかもしれません」

なんて答えて見せるのは、少し皮肉が過ぎるだろうか。
恐らく、資料に記述されている程度のことは彼女も知っているのだろう。
傷がない、という言葉はそういう部分から出た言葉だと察する。

「とはいえ、傷ひとつないという意味では自慢の身体ですよ」

他の風紀委員は嫁入り前なのに傷だらけ、何てことも珍しくありませんから?

あくまで身体は動かさず、背後から聞こえる彼女の言葉と、
画材が擦れる音を聞いて答える。
再生医療が発達した現代、その中でも突出しているこの島であっても、
大きな怪我を傷ひとつ残さず直すのは難しい。
それは前線で活動する委員であればあるほど顕著だろう。

そんな委員の一人である自分が、
身体に傷ひとつ残さず今日まで生きているのは、
間違いなくこの身体に備わった異能の力にほかならない>

月夜見 真琴 >  
「これが、数多の傷のうえに成り立っている美しさであるということが――」

わずかばかり声に感情が宿ったのは。
刺激されるものが、あったからだろう。
その美に欲情するでもなくして、日下葵の膚を求めた理由。

『"あいつは、痛いのも死ぬのも恐くないんですよ"』

告げた声音は、だれか別のものを真似たような。
そうした、幻術の一貫だ。
声真似ではなく魔術、ということが伝わる程度の隠蔽性の。
日下葵の知己たる、『不死性の持ち主』の誰かに、似た声だ。

「――らしい、な。
 そういう話を聞けば聞くほどに、おまえに会いたくなった」

筆が、走り出す。

日下 葵 > 「ええ、それは間違いないですねえ」

――私は数えるのも馬鹿らしくなるほどの傷と、
  墓場が足りなくなるくらいの死からできています。

誰か、どこかで聞いたような声が、場に響いた。
いや、響いた様に思っただけで、私が聞き違えたのかもしれない。

『痛いのも死ぬのも怖くない』

そんな言葉を聞き違えることなんて、
恐らく今までの人生においても、これからの人生においても、
あり得ることなんてないのだけれど。

「それはどうでしょうか。
 怖いとか、恐ろしいとか、正直忘れてしまいました。

 私は死んでなんぼの存在です」

だから怖いとか恐ろしいとか、そういうのは価値基準じゃない>

月夜見 真琴 >  
「なるほど」

忘却は喪失だ。
日下葵の痛みと死への恐怖は、どこかになくなってしまった。
そう解釈する。

「外のどこか」

秋風にさらわれてしまっていったのか。
筆が流れる。

「あるいは水底にか」

深い深い場所に、押し込められてしまったのか。

「死」

腕が停まった。

「定義するのが難しくなってくるな。
 やつがれにとってそれは絶対の終わりであり、
 興醒めな結末でしかない――生きていてこそ面白い。
 善も、悪も、死んではそこまで。笑って死に逃げ、など最悪に近い。
 しかしおまえにとっては、風紀委員としての機構のひとつとしては、
 死は手段の過程に存在する事象であり、日下葵の人生においては通過点、
 いつか治る負傷でしかない」

栓を緩めたように思考の濁流があふれ、

「絶対の終わり――諸人いずれ迎えるやもしれない、
 "定命の者の死"に対してはどう思う」

日下 葵 > 「さぁ、どこでしょうか。

 春の舞い散る桜吹雪か、
 夏の響き渡る蝉の声か、
 秋の広葉樹の落葉か、
 冬の積る降雪か。

 あるいは朝に差し込む光か、
 昼の喧騒の中か、
 夜の消えゆく色彩の中か」

どこに置いてきたんでしょう?

思い当たる場所を強いて挙げるなら、
それはきっとあの人の吸う煙草の煙の中だろう。

「どうでしょうね。
 そもそも死の定義に意味があるかどうかも怪しいものです。
 中世から近代にかけては鼓動の有無が全てでした。
 そこに脳の機能の有無が加わって

 ――大変容以降はもっと複雑になった」

機械で駆動するポンプと、
酸化還元反応で作用する交換機、
そして情報を処理して蓄えるマシン、
人間が生きるために必要な機械は出そろって、
死ぬことの方が難しい今、私と彼らに何の差があるのだろう。

「私は考えるだけ無駄だと思っています。
 それを考えたところで、私がやることも、やれることも変わりませんから」

手の届く範囲でしか、どうにもできないのだから。>