2022/03/08 のログ
ご案内:「常世学園附属総合病院」に黛 薫さんが現れました。
■黛 薫 >
『無尽蔵の魔力があれば全てが可能になるか?』
使い古された問いだが、答えは是であり非でもある。
魔術はあくまで手段。御伽話の魔法のような万能の
奇跡でもご都合主義の機械仕掛けの神でもない。
何も魔術だけの話ではなく、無限のリソースさえ
注ぎ込めるなら『理論上』手段は何でもいい。
科学技術だって極めれば全能の存在を作り得る。
それが『理論上』なのはリソースが有限だから。
異世界まで含めて全てを併呑してもなお足りない
命題も設定しようと思えば設定できる。時間とて
有限な資源なのだから、実現するより早く世界が
終わる命題もあろう。方法の模索に必要な時間や
資源まで考え始めればなおのこと。
かつて無限のリソースが無ければ実現は不可能だと
設定された命題──例えば黄金の錬成、不老不死も
異世界と交わった今なら必ずしも不可能ではない。
無尽の力の象徴とされた『賢者の石』も用途を
旧い不可能命題に絞れば実現可能となった世界。
しかし、どこまで行っても限られた資源の使途、
上手な使い方を知ることは無駄にはならない。
■黛 薫 >
つまり、何が言いたいかというと。
使えるリソースの総量が多くなったとて、
何でも容易く解決できるようにはならない。
そういうお話である。
「…………」
常世学園附属総合病院、リハビリテーションルーム。
休憩用に敷かれたマットの上でピクリとも動かない
彼女、黛薫は身をもってそれを思い知ったところだ。
■黛 薫 >
「使ぇる魔力が増ぇたからって、使ぅ量まで
増やしちまったら、意味ねーんだよな……」
黛薫は現在、運動機能の大半を喪失している。
魔術を代替としてリハビリを続けていたのだが、
お世辞にも魔術の素養が高いとは言い難い。
以前は魔術適正自体皆無で、適正を得るために
非合法な諸々に手を染めていた以前と比べれば
使えるようになっただけ御の字ではあるが……。
閑話休題。
そういう理由で、黛薫は自身の魔術適正を高める
実験に臨み、無事成果を得た。しかし魔術適正が
高まり、魔力の生成量、使用可能量が増えたとて
自由に身体を動かせるようになりはしなかった。
■黛 薫 >
厳密に言えば『自由に身体を動かすこと』自体は
可能である。消費魔力を度外視した場合、だが。
今回、問題になっているのはその部分。
例えば、生まれつき両手がない人は手を使わない
生活に慣れるもの。不自由ではあれど、そもそも
『手を使う』という選択がないのだから。
しかし、手を使った生活に慣れている人が突然
『今日から手を使わずに生活してください』と
言われて、かつ言葉による禁止だけで手の使用を
阻害されなかったら……慣れるのは簡単ではない。
『使えるものを使わない』のは意外と難しいのだ。
「順番、ちゃんと考ぇるべきだったな……。
早まったかもしんねー、コレ……」
結局、今までと変わらず研鑽は必要で。
それどころか出力で解決してしまいたいという
誘惑の所為で難易度は上がっているのだった。
■黛 薫 >
せめて日常的に扱う身体操作、強化くらいは
少ない魔力で最適に運用できるまで習熟して、
それから適性を上げれば良かったのかも。
とはいえその場合、適正の不足で対応出来ない
自体に見舞われた場合どうしようもないのだし、
結局のところ一長一短か。
「魔力を制限して訓練するとか、古ぃ手だと
思ってたけぉ……ちゃんと理に適ってんのな。
そーゆーの、手ぇ出した方がイィのか?」
魔力の節約。言葉にすればそれだけでしかないのに
実際にやってみるとなかなか難しい。例えるなら
意図的に呼吸を減らして運動しているような気持ち。
意識を緩めると身体を楽に動かせるだけの魔力が
勝手に流出してしまう。
■黛 薫 >
生成出来る魔力量は増えたし、必然的に使える量も
増えている。しかしそれは自分の身体に『調整』を
加えた結果であり、例えば急速回復には『対価』が
必要だし、身体にも負担がかかる。
不自由なく暮らすにはやはり上手な魔力の運用を
覚えねばならず、変わらずリハビリが必要である。
「……はぁ」
シャワーを浴びて汗を流し、ロビーに戻る。
彼女の体質、特定種族を強烈に誘惑する力は
芳香に近い性質を持つため、流しておかないと
二次被害が発生する可能性がある。
普通の患者なら後は料金を払って帰宅、なのだが。
黛薫は復学支援対象の違反学生であり、料金計算や
諸々の手続きがあるため、待ち時間が結構長い。
■黛 薫 >
「……はぁー……」
2度目のため息。実のところお疲れ気味の理由は
リハビリだけではなかったりする。
精神不安定な彼女は通院に託けてカウンセリングも
受けている。その際、精神状態が安定していると
判断されれば風紀委員、または公安委員とお話する
時間が設けられることがある。今日はの場合午前中、
つまりリハビリ前に面談を行なった。
違反学生という立場上、再度非行に走る気配が
無いか判断するための面談。プライバシーを
侵害しない範囲で嘘偽りなく答える必要がある。
今日はそこで『お話』すべき案件があったのだが。
「……めっっちゃ叱られたな……」
遠い目。そう、叱られた。
これでもかというほど思いっきり叱られた。
■黛 薫 >
報告したのはリハビリでも問題となった魔術適正を
高めるための実験について。仔細は省くが結果だけ
見るなら『人外に近付く行為』と言える。
まず、黛薫は魔力適正を得るために相当な無茶を
行なっており、魂に深い傷を負ってしまっている。
その上で今回人外に近付く実験……自身の存在を
揺るがす行為、下手を打てば削れ切った魂が更に
傷付く行為に手を出した。
結果、二度とやるなと思いっきり叱られた。
安全措置さえしっかりしていれば問題ないという
落第街慣れした思考をみっちり叩き直すつもりで、
深く反省するまで叱られた。
(あーしの価値観、まだ『あっち』寄りなのかなぁ)
汚れた水で捻くれて育った価値観。自分ではどこが
おかしいのかすら分からないから真っ当な倫理観を
持った他者に指摘してもらうしかない。
■黛 薫 >
落第街暮らしが長かった所為で忘れがちだが、
風紀委員会も公安委員会も学生のための組織。
今回叱られたのも自分を慮ってのことだと
理解しているが、凹むものは凹む。
車椅子に乗ったまま、ロビーに設置された自販機に
近付く。今日は通信障害も起きておらず、ちゃんと
キャッシュレス決済が可能。
(何飲もっかな……)
喉は渇いていない。ただ頑張った自分へのご褒美が
欲しいだけ。些細なことでも自分を肯定するように、
とカウンセリングで度々言われているから。
先日存在を知ったイロモノ飲料が置いていないか
探したりもしたが、流石に挑戦的な味の飲み物は
病院では見つからなかった。
■黛 薫 >
電子決済のために開いたホロスクリーン。
魔法円を改造し、電子機器の機能を移植した物。
電子機能の完全移植はまだ当分難しそうなので、
スマートフォンとの通信による代替が精一杯。
仮に完全移植が為されても必要魔力の関係から
結局自分では使いこなせないかもしれない、と
悩んでいたのも今や昔の話。
(そーなると、次に解決すべきは……)
魔術について考え始めると他が疎かになるのは
黛薫の悪い癖。自販機の前で思考が脇に逸れて、
自分の世界に没入していく。
移植の障害になっていた問題は、技術面を除けば
消費魔力と発動媒体。消費魔力の問題に関しては
適正の向上により解決の光明が見えつつある。
問題は発動媒体について。当初の見込みでは大型の
魔導書1冊分になると考えていた術式は想定よりも
更に規模が大きくなり、2冊で収まるかも怪しい。
■黛 薫 >
その規模になった発動媒体を持ち歩くなら演算を
スマートフォンに任せて通信する現在の形式で十分。
もっと言うならスマートフォンを持ち歩くだけで
解決出来てしまうのが悲しいところ。
特に自分で扱うことを想定した場合、重い荷物を
持ち運ぶだけで魔力を消耗する。消費魔力の問題が
解決しても、別の場所に皺寄せが行ってしまっては
本末転倒。
(独自の強みも……あるっちゃあるんだけぉ)
全てを魔術で代替する場合の強みは何らかの事情で
機械を扱えない者……例えば自分の師であり恩人の
彼女のような者でも問題なく扱える点。
そして、もうひとつ考えていることがある。
(元が魔法円なんだから、小規模な術式の行使にゃ
向ぃてんのよな。ただの魔法円に戻せばイィから)
陣1つ分で描ききれる術式なら『保存』しておいて
『表示』し、微調整を加えるだけで発動させられる。
これは電子機器にはない強み、だと思う。
■黛 薫 >
電子に寄せた魔術を魔術の領域だけで実現可能な
諸々に派生させるのは難しくない。しかしそれも
普通の魔術でやれば良い、に行き着いてしまうと
強みとは言えなくなる。
どこまで電子の領域に侵食出来るか。
或いは電子の領域を魔術に引き込めるか。
「んん……」
それを考えると、ときどき何かが閃きかける。
アイデアになる前の発想の種、そのきっかけが
とても身近なところにあるような気がするのに、
形になるまえに霧散してしまう。
「……何か、もどかしぃな」
何度目かになるため息を吐きながら、半透明の
ウィンドウ、まだ途上の研究成果を閉じる。
■黛 薫 >
「……あっ」
閉じてから気付いた。まだ何も買っていない。
ホロウィンドウを開き直しコーンスープを購入。
先日候補に入っていたのに選ばれなかったから、
という雑な理由での選択。
(今日はまーた寒くなってたのよな)
暖かい日が来たと思ったらまた寒くなったり。
寒い日が続いたと思ったら急に暖かくなったり。
そんなことを繰り返して、春が近づいてくる。
躓いて、時には振り返ったり後戻りしてみたり。
うじうじと進めない自分も、ほんの少しずつでも
先に進めているのだろうか。
「……会計、してこなきゃ」
物思いに耽っているうちに手続きは終わったらしい。
受付から名前を呼ばれた黛薫は、支払いを済ませて
また日常へと帰っていく。
ご案内:「常世学園附属総合病院」から黛 薫さんが去りました。