2019/02/11 のログ
ご案内:「予備美術室」に宵町 彼岸さんが現れました。
ご案内:「予備美術室」から宵町 彼岸さんが去りました。
ご案内:「Free5」に宵町 彼岸さんが現れました。
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宵町 彼岸 >   
厚い雲に覆われた曇天と降りしきる雪。
それはこの時期にしては珍しくない天気だ。
島を白く染めていくそれは珍しく風がない今、ゆっくりと降り積もっていく。
もう日が落ち、街に明かりがともるころ。
降りしきる雪に霞んだ町はぼんやりと光を放ち
雪に音を吸われた喧騒が僅かに遠くに聞こえる。

「……」

その光景を予備教室の一室でぼうと見上げる小さな姿があった。
少し乱れたオーバーサイズの服に身を包み、髪も寝ぐせのようにいくつか跳ねている。
首にかけた大き目のヘッドホンはずり落ちかけたまま黙り込んでいる。
此処が家や寮の一室であれば完全に寝起きの女生徒と言った風貌のそれは
木製の椅子に腰かけじっと美術室の真ん中で空を見上げていた。
その前にはイーゼルに置かれた真っ白なキャンパス。
イーゼルの横には絵の具を解く水を入れたバケツやいくつかの水彩絵の具や筆が無造作に転がっている。

宵町 彼岸 >   
この時期、第一美術室等の主な教室では躍起になって絵画を描いている生徒が多い。
テストの時期という事もあるが、年度末の品評会、テストの鬱憤を情熱の糧にする者。
理由も動機も様々で喧々諤々悲喜交々な有様。

とは言えこの部屋にやってくる美術生徒となるとあまりいない。
理由は簡単。この部屋には空調が今ない。
夏の間にエアコンが壊れてしまってからというもの、
あまり利用者のいないこの部屋は修理を後回しにされはや半年。
下がりきった室内の温度を示す様に部屋の中にいる唯一の熱源が吐き出す息は白く、
どれだけ放置していたのかは分からないが水彩画用のバケツには薄く氷が張っている。

彼女が美術室を利用しているという事実は実はあまり知られていない。
そもそも美術部員であることも顧問と一部の生徒しか知られていないかもしれない。
利用するのはいつも人のいない部屋で、それもいつも放課後の夜間。
他人に描いている所を見られることを好まず
作品を残して帰る事も滅多にない。課題として提出する時くらいだ。

宵町 彼岸 >   
筆が動かない理由はいくつかあるけれど、
主な理由は描くものが見えていないから。
彼女が美術室で描くものはいつもきまって月。

……天気予報は勿論確認している。
多分この雪は止むことはない。
だからこの場で空を見上げていても、月が見える事はない。
判っていても彼女はただ、空を見上げている。

宵町 彼岸 >   
正直に言って、もう月を描くのは諦めている。
というよりこの場にいるためにキャンパスを置いているにすぎない。

「……」

はぁ、と一つ息を吐き出し指先を温める。
吐き出した白い息が空中に消えていく。
降りしきる白と、立ち上る白
交差する白を見上げて唯々それに目を向ける。

宵町 彼岸 >   
暫くの間島内で改修があったため、多くの生徒が帰省したり
自習期間が長かったりと空白の時間がいくらかあった。
それでも二週間ほどすれば島内はいつも通り。
テストに追われ、時間に追われ……
既に日常に戻りいつも通り混沌と溶け込んでいる。

「すごいなぁ」

人の適応力というべきか、慣れというべきか。
薄く広く広がっていくような感覚はいまひとつ、彼女には理解できない感覚。

宵町 彼岸 >   
まぁ試験というわかりやすいハードルが至近に用意されているという事もあるのだろう。
休みが多かろうと、授業が休止になろうとテスト内容には気を抜かない。
そんな気炎を上げている教師には事欠かない。
教育熱心と喜ぶべきか嘆くべきなのかはよくわからない。
……そもそもテストで苦労したことがない。
免除されているものもあり、逆に既に期待されていないものもある。
そのどちらも彼女にとっては気にも留める必要のないもの。
だからこそこうして一見無為に時間を潰すことが出来ている訳なのだけれど。

「……」

雪が降り積もる微かな音に耳を澄ませて目を瞑る。
言葉にすることはないが、彼女は雪が好きだ。
真っ白で軽く、全てに降り積もり
静寂をもたらしてくれる雪が好きだ。
だからじっとそれを見上げ、それが覆っていく街を見つめる。
雪に霞み、イルミネーションのようにきらめく街の明かり。
もうすぐそれもその殆どが見えなくなる。
白い雪に覆われつくして。

宵町 彼岸 >   
雪が降る度に、彼女は空を飛ぶ夢を見る。
酷く脆い翼を持った小さな鳥が、凍り付きながらも嬉々として空を飛んでいく。
そんな夢を。
決まってその最後に鳥は力尽きて凍り付き
静かに砕けて散っていく。ひどく穏やかな心持で。

「……」

とある心理学者の分析に頼るとすれば
現実からの脱却願望、高すぎる理想、そして世界への切望……
ああ、性的欲求なんて解釈もあったなと薄く微笑む。

「……どーでもいいけどね」

これらの願望を抱かない生物が一体どれくらいいるのだろう。
そう考えればそれらの願望を持っているうちは生物と言えるのだろうか。
そんな風に生物の範疇に自分が該当すると分類して、ほんの少しだけ安心する。
気やすめや言葉遊びに過ぎないけれど。

宵町 彼岸 >   
ゆっくりと瞳を閉じて背もたれに体重を預ける。
……この国では春に一年の区切りを迎えるらしい。

「今年も、駄目だった……なぁ」

時間というのはあっという間。
暦上、春はもう目の前だ。
止まったままの自分を置き去りにして世界はまた一つ区切りを迎える。
少しずつ、少しずつ、周囲と自分がずれていく。
それがこの島では許される事に僅かに安堵を覚えるも
同時に酷く暗い想いも沸き上がる。
この島は理想の一つであり、それが外の世界に触れた時
……果たして絶望せずにいられるのだろうかと。
いや、いっそ絶望する事を望んですら居るのは何故なのだろう。

「……来年も」

恋する乙女とはこのような心持なのだろうか。
何処までも春を望みながら、同時に今のままと望む。
願いが叶わないと判っているなら、冬のままであればいい。
そんな願いはとても子供らしくて……自分には滑稽な感覚だと思う。
そんな事を考えるのもまた思春期かと苦笑する。
思春期という言葉を考えた人物は天才だ。
実に正しく年頃の若者を言い表している。

宵町 彼岸 >   
「……ま、いっか」

……思っている以上に私はこの島に情が移っていたらしい。
そう思い至ると苦笑を浮かべる。
路傍の石が道を行く旅人の事を想えど彼らの道筋は変わらないのだから
こんな事を考えるのは意味のない事。
わざわざ考える必要など何処にもない。
そんな資格があるわけでもなし。

「懲りないなぁ、私も」

私が抱えているこれは一種の英雄願望なのだろう。
ありふれた、そして意味のない願望。
世界は沢山の歯車がかみ合って出来ている。

「……きれー、だなぁ」

今降りしきる雪のように。
いくつもいくつも降り積もり、世界の色を変えていく。
一つ色の違うものが混ざっても、きっと世界は変わらない。

宵町 彼岸 >   
「……馬鹿みたいだなぁ」

クスリと笑う。
とりとめのない乱雑な思考だなと自分でも思う。
この思考にはとうの昔に結論が出ている。
答えの判っている問いに時間をかけるのは非効率だ。
この思考は半分微睡んでいるようなもの。
実際こんな事を考えている時は眠っているに等しい。
馬鹿の考え休むに似たりと昔の偉い人も言っている。

「……あ、みたいじゃなかった」

とは言え脈略もなく、無秩序な思考に思いを廻らせる時間があるというのは
この忙しい現代社会においてそれはそれで幸せな事。
現代流の贅沢とでもいうべきだろうか。これは学生の数少ない娯楽の一つ。
それに……実際問題私は馬鹿なのだし、誰にも聞かれなければ何の問題もない。
程度に違いこそあれ、表に出さなければ思う程度は自由なのだから。

「……今日だけ、ね」

明日からまた日常が始まる。
何時ものように変人で少し抜けた、変わり者で居ればいい。
だから今日は、馬鹿な願いを抱いたまま、ただ空を眺めて居よう。

宵町 彼岸 >   
凍り付く様な部屋の冷たい空気の中で
ただじっと空を見上げる。
降り積もる白に暖かい笑みを浮かべて。

こうやって真っ白になったキャンパスに明日、様々な願いが彩を足すだろう。
明るい色も、暗い色も、そこらかしこに転がっている。
そして出来上がった混沌とした絵画の中、一日一日と過ごしていく。
それはもう、この島にやってくるずっと前からこの場所で続いてきたこと。

「……くす」

そこにどんな色を足そうか。
無邪気にそんな事を考えながら
少女はただ雪を眺めていた。

ご案内:「予備美術室」から宵町 彼岸さんが去りました。