2019/02/15 のログ
ご案内:「夜中の美術準備室」に北条 御影さんが現れました。
北条 御影 > 静かな冬の夜、誰も居ない校舎で無遠慮な音を立てて扉が開く。
それを咎めるものは誰も居ない。

「おじゃましまーす」

当然、答えは帰って来ない。
冬の張りつめた空気が静寂となって辺りを満たす。
窓から月明りが差し込んだ美術準備室は、それだけで一枚の絵画のようでもある。

「……ホントは、直接渡したかったんだけど」

誰も居ないことを改めて確認してから準備室の中へと歩みを進める。
手にはいつかの紙袋。中身は―あの時とは違う、可愛らしい包み紙のチョコレートだ。

 「ハッピーバレンタイン、先生」

そ、と机の上に紙袋を置いて呟いた。

北条 御影 > あの時に貰ったチョコレート。
結局、ヨキに依頼した生徒に渡すことにした。
彼女に己が「北条御影」であることを明かし、落書きを残した目的も、己の異能のことも、思い切って話してみたのだ。
女生徒は時に驚き、時に笑い、時に涙させ流しながら、一緒にチョコレートを食べてくれた。

「すごく、楽しかったんですよ。
 覚えてるのは私だけかもしれないけど。それでも、楽しかったんです」

指先で机の淵をなぞり、静かにほほ笑む。
知らぬ間に諦めてしまったいた、「友人との時間」を久々に楽しめた気がする。
それが例え一度きりの出会いだったとしても、あの日、あの時間は確かにそこにあったのだ。
彼女が忘れてしまっても、自分は覚えている。

「そんなに悲観することもないのかな、って。そう思えました。
 ヨキ先生があれだけ私のこと、真摯に探してくれて、覚えていようとしてくれて。
 嬉しかったんですよ、私」

北条 御影 > 「まだ自分をこんなにも思ってくれる人が居るんだーって。そう、思ったんです。
 例えそれが、私個人に向けられるような特別なモノじゃなくても良いんです。
 教師が生徒に向けるような、ごく当たり前の感情も…すごく、久々だったんですから」

自分の気持ちを整理するようにぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。
誰も聞いては居ないけれど、それでも―

「だから、もうちょっと前向きになってみようと思えたんです。
 例え忘れられるとしても…私が覚えている限り、それはまやかしになんかならないんです。
 忘れられたんなら、思い出して貰えばいいんです。
 思い出せないなら、新しい想い出を作ればいいんですよ」

ふふ、と笑って窓の外の星々を見つめる。
昼間にはその姿を隠し、誰からも意識もされない星々も、消えてなくなってしまったわけではない。
夜になればその姿を見せる。何度でも、何度でもだ。

「―だからこれは、私から先生へのお礼であるのと同時に、新しい想い出の切欠でもあるんです。
 このチョコを見て先生がどんな顔をするのか、どんな気持ちになったのか。
 そして、それを踏まえた「次の初めまして」の時―先生は、どんな言葉をかけてくれるんでしょう?」

「私、また泣かされちゃうかもしれませんね。
 でも、それでもいいです。それはそれで―ちょっと、待ち遠しいぐらいですから」

「だから先生。
 また私を見つけてくださいね。
 今度は、誰か他の人からの依頼じゃなくて―私が、貴方にお願いします」

紙袋の中には「北条御影より」とだけ書いたメッセージカードを添えて。
それを見てヨキはどんな顔をするんだろうと想像して、ちょっと楽しくなった。

「貴方との「約束」、忘れてませんから」

弾む心で足取りも軽く。
来た時よりと比べて幾分か静かに扉を閉めて、準備室を後にするのだった。

ご案内:「夜中の美術準備室」から北条 御影さんが去りました。