2019/05/04 のログ
ご案内:「バー「蜥蜴の穴」」にクラリッサさんが現れました。
クラリッサ > 落第街の一角に知る人ぞ知る「蜥蜴の穴」というバーがある。
その名前通り薄暗く、灯はカンテラと蝋燭だけという奇特な店であり、
換気扇のみで窓もないため日中でも店内は薄暗い。
一階と二階のバー部分はシックなカウンターや奥座敷も用意され、
カウンターの奥には古今東西のお酒(密造酒も含む)が並べられた時間と趣を感じさせる。
懐古趣味の人物がいれば中世ヨーロッパのパブのようだと比喩するかもしれない。
店主は白髪の似合う偉丈夫で、特にコーヒーを入れるのが上手いと評判のナイスシルバー。
口数は少ないが料理とお酒のバリエーションは豊かで彩も多彩。
皆で飲むよりも一人でのんびりお酒を飲みたいという人種にはうってつけのお店と言えるだろう。

しかし隠された地下は一転、多数のモニタが備えられた部屋や、いくつもサーバーや機器が設置されていた。
外部から熱感知が難しいように防護された造りのそこは、とても上階の有様からは想像できない程
検知網を電脳世界に張り巡らしており、もしもその施設をハッカーやクラッカーは見れば
その多様さに入り浸りたくなっても可笑しくないほどの施設が揃っている。

「……ぁ、電源切れた」

その一室でぞもぞと布団の山が動いた。
ひょっこりと顔をのぞかせたのは一見不健康な幼女。
彼女は若干眼の下にクマを浮かばせながら辺りを見渡し、時計を見ると首を傾げた。

「おかしい……時間がワープしてる……」

どう考えてもゲームに夢中になっていたため時間が過ぎているだけだと彼女の実態を知る者がいれば突っ込んだかもしれないが
哀しいかな、今此処に住まうのは店主と彼女一人。
店主の娘二人はとうの昔に自立し、一人は学園の教師なんかしている。
つまり突っ込む人は誰もいない。

「……フヒヒ、まいっか」

そんなむなしい平和の中でまあいいかと一人頷くとゆっくりと起き上がる。
同時に全身から僅かにドロリと黒い影のような物が現れ、瞬く間に消えていく。
長い髪が後を追うように布団から引きずり出されるも、さすがに寝癖が付いているようで
立ち上がった姿は完全に某ビデオの妖怪のようだった。
しかし少女はそれらを一切気にすることなく傍らに置いてあった人形を拾い上げると部屋を出、階段を昇ると

「ますたー、おはよー」

バーの下からひょっこりと顔を出す。
今の所店内に他に人が居ないのはあらかじめ確認済み。

クラリッサ > 『……おはよう、リス。あとマスターじゃなくパパと呼べ』

カウンターで一人、グラスを拭いていた店主が応じる。
ちらっと見上げた時計はもう夕刻を指している。

「うん、ますたー」
『……』

普通であればこんばんはの時間だが、彼女にとっては早起きの時間。
もう数刻もすれば店主が店の扉にかかっている札を「OPEN」に変える時間だ。

『よく眠れたか』
「うん。今日はお昼のお客さん誰か来たです?」
『……いや、誰も来ていない。
 穏やかで良い一日だった。』

テーブルの上のランチと書かれた札を回収しながら店主と少女はのんびりと言葉を交わす。
実際の所片方は寝ずにゲームをしていたのだけれど、
そんな事はもうとうの昔に店主は把握している。
なのだけれど形式上というかお約束の会話というのは大事だと二人は考えている。
それに、”お昼に来たお客が居ない”というのも一種の情報だ。
「close」の札が掛かっていても入ってくる客というのは大体ただの酒飲み客ではないのだから。

「んっと、ますたー、今日も警報出すのです?」
『そうだな、そうしてもらえると助かるな。あとマスターじゃなくパパと呼べ』
「うん、ますたー」
『……』

珍しくやる気を出している少女は店主に尋ねると小さく頷き、
店の中心に手に持っていた人形を置くとぺたりと座り込んだ。

「……」

目を閉じ、一つ息を吸い込んだかと思うとその体から力が抜け、かくんと首が前に傾いだ。
途端、彼女の周囲にドロリとした闇が現れ、空気中へと溶けていく。
そのまま暫く黙り込んだ後、その姿勢のままの少女の口から声が零れる。

「……f6、f5周辺、怪異情報……。先週の物と同じ。
 b2、……風紀委員の手入れ、摘発の予兆……
 d7、……人が一人亡くなってる。被害者は近くのバラックに住んでいた男性。
 死因は……おそらく他殺……」

その様子を見つめていた店主は滔々と語られる言葉に暫く耳を傾け、頷くと奥の部屋へと入っていく。
暫く後にメモのような物を入れた筒状の容器をいくつか店の入り口の横に猫缶と一緒に置いた。

『……よし』

こうしておけば彼女が後は運んでくれる。
そのままコーヒー豆を挽き始め、少女が意識を取り戻すのを待つ。

『……お疲れ』
「ふぁーぁ……またクモさん跋扈してるみたいです。
 あの赤いの怖いですね……」

程なくしてすくっと立ち上がった少女は人形を横の席に置いてカウンター前に座り
その前にはゆっくりと湯気を薫らせる珈琲が差し出された。
落第街に限らず、スラム等にはあまり情報がいきわたらない。
独特の情報網がある事は確かだが大体が人づてになることもあり、
怪異が跳梁跋扈するこの島では無用な犠牲が発生しても可笑しくはない。
そんな彼らの為に、十重二十重の防衛策をはさみながら
「この辺りは危険だぞー」「近寄らない方が良いぞー」という警報を流している内の一人がこの店の店主だった。
理由は多々あれど、やはり根っこの部分でお人よしなのだろう。

クラリッサ > 『……クリアできたのか』
「駄目ですぅ」
『……そうか』

そんな何気ない会話を交わしながら時間はゆっくりと進んでいく。
初めてこの店に来た時少女は珈琲の苦みと美味しさに目を白黒させていたが
今では当たり前に飲めるほどこの店に馴染んでいた。
独りその事に若干の懐かしさと哀愁を覚えながら店主は卵を焼き、
程なくして差し出されたオムライスに少女は目を輝かせて匙を握る。
薄暗い店内で一見して判るほど、彼女の眼は光を宿している。

「いただきまーす」
『ん』

両手を合わせ、ソースで口の周りを汚しながらオムライスを口いっぱいにほおばる姿は
とてもではないがこの辺り一帯の枕事情まで把握している情報屋には見えない。
最もセンスの欠片もないTシャツ一枚という出で立ちも到底このバーにも肩書にも似合うものではないが……
誰がアレを買ったのかと言えば答えは簡単なわけで、店内にいる誰もそのTシャツには疑問を抱かない。

『旨いか』
「はぃ!」

少女が食べ終わると店主はその皿と匙を受け取り代わりにもう一杯のコーヒーを差し出す。
そして軽く水で流した後に食洗器に入れると店のドアへと近づき
食後のコーヒーを堪能している少女へと視線を向けた。

『……リスはどうする?』
「お休みしますぅ」

相変わらずお店で働く気はなさそうな少女に僅かに苦笑しながら
店主は扉に掛けられた札をひっくり返して確認した後、ゆっくりと空を見上げる。
日はもうだいぶ落ち、今夜もまた星が綺麗に見えるだろう。
この天気だといつもの常連は店にやってくるだろうと脳内で在庫の確認をしたあと店内へと振り向くと

「……ぅ」

珈琲に満足したのか人形を抱きしめてうつらうつらと舟をこぐ少女の姿があった。
食べてすぐ眠くなるのはまるっきり子供。

「……まったく」

困った子だと口の中で唸りながら店主の顔は綻んでいた。
仕入れの前にこの子を寝かせてやらねばならんなと
ゆっくりと抱えあげると少女は寝ぼけ眼で店主へとしがみつく。

「パパ……」
『……』

その言葉に店主の口元が綻んでいたのは間違いない。
そのまま少女を奥の休憩室へ運び、布団をかけて寝かせると
店主はまたカウンター前へと戻り、グラスを確かめた後
奥の炉で食材の下ごしらえを始めた。

ご案内:「バー「蜥蜴の穴」」からクラリッサさんが去りました。
ご案内:「バー「蜥蜴の穴」」にクラリッサさんが現れました。
ご案内:「バー「蜥蜴の穴」」からクラリッサさんが去りました。