2020/06/19 のログ
ご案内:「校内の片隅」に群千鳥 睡蓮さんが現れました。
■群千鳥 睡蓮 > 「迷った……」
コマの都合で午後が暇になった。
下校がてら校内を散策していると、突然しとしとと雨に降られてしまった。
雨宿り先に選んだのは、いちばん近くだった、入ったこともない棟の裏口。
「……季節だよな。 折りたたみ傘くらいは持っておくか。
購買部は――あ」
雨水を吸った制服が張り付いてきて気持ちが悪い。
この湿気では風乾も期待できないか。
携帯端末から校内見取り図を呼び出すために鞄をあさると、
昨晩手に入れた物品が指先にあたって、何気なく取り出した。
「そう言えば買ってたな、コレ」
煙草だ。学校の構造上、勿論年齢制限はあるが――どうやら普通に流通しているらしい。
自分に売りつけてきたのは、買えない悪い子に卸すために正規ルートから仕入れてさばく転売屋だろう。
だいたい相場の三倍くらいの値段だったはずだ。
悪いことをしているのに、島外でよく見るポピュラーな銘柄を選ぶ無難感が、自分で少しもぞもぞした。
■群千鳥 睡蓮 > ――『大変容』前後、喫煙者の数は年々減り、
まるで異端者扱いで、ガラス張りの中で見世物のように扱われたもんだ。
法螺ばかり吹く近所のジジイが、将棋を指しながらそんなことを言っていたっけ。
分煙されて良いことじゃないか。そう言ったら大人気なく詰まされたのを覚えている。
「……ちょうど良いところに、火もあるんだよね」
紙蓋を破る――なんでソフトパックを買ったのか――自然に銜える。
落第街の呼び込みがくれたよくわからない店名のマッチを擦った。
ヂッ、と首筋にぞわぞわ来る音を立てて生まれた火を煙草につけた。
口いっぱいに煙を吸引する。メンソールの香りが鼻に抜ける。
手を振ってマッチの火を消した。ポケットティッシュに包んで隠蔽。
受容体にささやきかける悪魔の感触。脳が流通数百円の快楽物質に侵されr
■群千鳥 睡蓮 > 「――う゛ぇっ、げほっ、げっほ………!
……最悪、やっぱり不味い……!
なにが良いんだよ、こんなの……」
盛大にむせた。
煙草の味も煙も、むかしから嫌いだった。
正しい吸い方を舎弟に教わって試してみてもこうなったのだ。
――群千鳥サンって思ったより子供ッスね~。
かつてそう笑ったやつをしばらく吸えない身体にしてやったのも記憶に新しい。
「なにがおまえを惹き付けるんだろうな……
脳と交わるアルカロイド。燃えカスの脂は身体を壊す。
この煙も有害なんだろ……吸ったらおとなになれるって?」
吸いさしを指に挟んだまま、因縁をつけるように煙草にかたりかける。
背後を振り向く。裏口のガラス扉に、間抜けに立ち尽くした自分がうつっている。
雨に降られて服を濡らし、なんとなく買った煙草に牙を剥かれた間抜けな女だ。
空いた片手で少し濡れた髪を、くしゃくしゃと掻いた。ためいき。
■群千鳥 睡蓮 > 壁に煙草を押し付けて鎮火。ぴん、と指で弾いて投棄する。
雨は止む気配もない。しとしとと静かに降っていた。
つい先程、異世界から来た者が雨宿り先を求めているのを見た。
「煙草吸えなくたって、変われはするでしょうよ……」
残った煙を吐き出すような密やかな嘆息。
父の書斎で読んだ詩には、雄大な自然は百年経っても変わらずそこにあると言った。
雨が降っても微動だにしない大きな山と野のケモノ。
しかしずうっと前、世界は大変容を前後して大きく変わったのだという。
そんな昔から、人間は、雨を恐れる矮小なモノであったが、翻れば変わるモノである。
そう信じて此処に居る。道は長いが急ぐことはなし。
「……帰るか。 購買部探して傘買って……おっと」
腰を下ろしてシケモクも回収。これもティッシュに包んでと。
目に見える形跡は壁の焦げくらいなものだ。
代わりに携帯を取り出して、校内地図を頼り屋根下を歩きはじめた。
ご案内:「校内の片隅」から群千鳥 睡蓮さんが去りました。