2020/07/12 のログ
ご案内:「ソロール:夢」に胡蝶の夢さんが現れました。
胡蝶の夢 >  
      『夢』

   曖昧でいて、非現実で、
 いつか実現するかもしれないことで、
     誰もが見る世界

  これは誰かの夢のついえた痕

   現との間に見える、過去
 
 

胡蝶の夢 >  
蝶が一匹、ゆらゆらと飛ぶ。



「  、また泣かされたのか?」

そこは今より少し古い常世島の街。

その日もこんな、暑い日だった。

公園の片隅のベンチから、すすり泣く声。
学園の制服を着た茶髪茶眼の少年が、同じ服装の黒髪赤目の少女に駆け寄る。
大粒の涙を流して、少女は頷く。

名前を呼んでいるはずなのに、周りの音は聞こえているのに、
その名を呼ぶ音だけが聞こえない。

「気にすんなって言っても、難しいんだろなぁ  は…。
 異能も魔力も無いからって言ったって、どうしようも無いのにな。」

少女の隣に少年は座り込み、はーと溜息。

「なんだっけ、異能の遺伝性? があるかもだからつって、
 俺も  も学校通ってるけど…そう言われても困るよなぁ。」

泣くなよーと、少年はハンカチを渡す。


世界は今より少し混沌としていて、
まだまだ異能の研究も、魔法技術の伝達も、十分ではなかった。
現代ですら十分とは言い難いが、
少なくとも、レベルやステージと言う格付けがまことしやかに囁かれ、
格差を容赦なく突きつけられるモノもいた。

時代の流れに子供が逆らえるはずもなく、
今泣いている少女も、それを慰める少年も、そんな風景の一つだった。

夏の暑さに逆らう術も、少女の涙を止める方法も、
世の理不尽に抗うことも出来ない子供だった。

胡蝶の夢 >  
「でもさ、  はすごい勉強出来るんだしさ、
 大丈夫だって、出来ることいっぱいあるだろ?
 俺なんかとは違ってさ。」

慰める少年が自嘲気味に笑う。
そんなことない、 だってと瞳に大粒の涙を溜めて言い返す少女の頭を、
小さな手がぽふりと撫でる。

「まぁ俺だって、勉強頑張るけどよ。
   前言ってたじゃん、能力無くったっていつかすごいことしてやるって。」

そういって少年は屈託なく笑った。


言葉は祝福だ。そして言葉は呪いだ。

いつかの言葉を思い出す時、言葉を扱える生き物なら、
誰だってそこに感情を思い出す。

少年にとっての励ましが、少女にとってはどうだったのか。

今ではもう分からない。


それでも漸く泣き止んで笑う少女に、少年は安堵していたのだ。

胡蝶の夢 >  
「やっぱり  は笑った方が可愛いって。」

へへっと少し頬を赤くして少年はそう言う。

ぴょんと勢いをつけて少年がベンチを降りれば、
知らず知らず、足の裏で小さな虫を踏みつけただろう。

その虫の名前すら、知らずに。


頭の後ろで手を組み、夏の青空を見上げる。
少し遠くに積乱雲が見えた。

「……行こうぜ。雨降って来そうだしよ。」

可愛いという言葉に顔を赤くして百面相をしていた少女の手を取る。
そうして、走り出した。


あの時、彼らの背はほとんど変わらなかった。
互いの想いも変わらなかったと、今でも信じてやまない。

手を握った時のぬくもりも、握り返してくれた意志も、
嘘ではないと信じていたかった。

胡蝶の夢 >  
やがて降り始めた雨の中、
蝶は雨宿りを探して、小さな葉の裏へ。
 

胡蝶の夢 >  
蝶が留まった葉が見える窓辺。

「じゃあ、  はやっぱり行くのか、本州に。」

声変わりの終わった青年の声が教室に響く。
あいも変わらず茶髪茶眼で、黒髪赤目の女性を見る。

すっかり二人とも成長した。


窓を打つ雨の音が、二人しかいない教室の静寂を乱す。


ごめんね、 と一緒に行くって言ったのに…と言葉を濁す女性に、

「なんで謝る必要があるんだ? 
 すごいことだろ、同い年なのに  は飛び級してって卒業なんだから。
 向こうの研究所からもスカウト来てるって言うんなら、俺のことなんて気にするなよ。」

青年は素直に彼女を祝福していた。
妬むでも羨むでもなく、彼女の実力が認められたことが嬉しかった。

「異能や魔術が無くったって出来るって、
 俺からしても目標が出来たからさ。」

胡蝶の夢 >  
時が経っても彼らに異能は発現することはなく、
また魔術は使えても、魔法を使うことはとうとうできなかった。

飛び級で卒業出来たとはいえ、女性のそれは人の範疇を抜け出すことは出来なかった。

「幼馴染があの研究所で働いてるってだけで俺からしたら自慢だよ。
 それに、夢は諦めてないんだろ? 

 資金貯めて自分の研究所作って、俺と一緒に異世界とかの研究するってさ。」


彼らはいつも一緒だった。

互いに異能も魔力も持たず。
学園に通う故に偏見の眼で見られても、お互いが居たから折れずに成長してきた。

互いが互いを意識するのに、そう時間はかからなかった。

「俺も学校出るまでにバイトとかでお金貯めるからさ、
 待っててくれよな。  」

男の方が下だから情けないだとか、周囲の声も、家族の声も気にせず、
彼らはそれで良かった。

彼らはそれが当たり前で、それが日常だったのだから。

胡蝶の夢 >  
「大人になっても、じーさんばーさんになっても、
 俺たちずっと一緒だって約束しただろ。ゆーびきーりげんまんって」

教室の机の上でプリントをトントンと整列させる。
女性がもう、 ったら子供の頃のプロポーズいつまで覚えてるの、なんていうのも気にせず。

「いいじゃないか、せっかく  の夢の一つが叶ったんだから言わせてくれよ。」

そういって青年はけらけらと笑うのだ。
子供の頃の面影を、そのままに残して。

そのままなら幸せだった。
夢を手に入れて、幸せに歩めると二人は信じてやまなかった。

胡蝶の夢 >  
――蝶の羽根が千切れるのは……またいつかの夢。

胡蝶の夢 >  
雨が上がり、蝶が葉の裏から飛び立つ。

不確かな道取りで、いつしか見失ってしまう。

そうすれば、景色は朧になり………現が近づいてくる。

ご案内:「ソロール:夢」から胡蝶の夢さんが去りました。