2020/08/17 のログ
日下部 理沙 > 一通り、まずは聞き終えて。
理沙は……内容を噛み砕く。
その痛みを想像することはできる。
幼馴染の婚約者を失った悲しみと痛み。
……想像の域を出ることはない。ありえない。
その傷は、彼のものだ。
彼だけのものだ。
羽月柊だけの持ち物だ。
だからこそ、理沙に出来ることは。
 
「偽善とも、愚かとも……思いません」

理沙の思ったままを……伝える事だけだった。

「傷を負って、それでも立ち上がろうとした一人の男の意志です。
 それが偽善でしょうか。それが愚かでしょうか。
 俺は……そうは思いません。
 先生の過去を……俺は聞くことは出来ても、知る事は出来ません」

羽月の過去を聞いても、理沙にその懊悩を知る事は出来ない、傷を知ることもできない。
想像する事しか出来ない。
だが、だからこそ。

「だから、俺から言えることは一つだけです」

理沙は、それを言うしかない。

日下部 理沙 >  
 
「先生しか知らないその過去に、『無関係』なカラス君や竜達を巻き込んでいい理由はありません」
 
 

日下部 理沙 >  
はっきりと、告げる。
冷たく聞こえるかもしれない。残酷に聞こえるかもしれない。
だが、もう、羽月柊の『過去』と『傷』だけで、『傷付けていい範囲』を……彼の研究と行いは超えている。
それは……ハッキリ、伝えなければいけない。
真正面から、しっかりと。

羽月 柊 >  
「……無関係。」

言われてしまった。


「無関係で、済むと…?」


ああ、やめろ、羽月柊。やめるんだ。

羽月 柊 >  

「……なら、俺の今までは、
 ただの、愚行そのものじゃないか…!!!」

 

羽月 柊 >  
若干の錯乱。
ああ全く、過去を思い出すと支離滅裂になってしまう。
だからずっと蓋をして来た。ずっと目を背けて来た。

ピアスを握り込んだ。呼吸が短い。
自分でも短絡的な思考すぎて意味が分からない。

日下部 理沙 >  
「愚行では、ありません」

理沙は、告げる。
取り乱す羽月をみて、しっかりと告げる。
彼と理沙は、恐らく似ている。
似ているのだ。
どちらも、普通の人間だ。
普通の悩みと傷を持った人間だ。
だから、取り乱す理由はわかる。
カッコつけが維持できなくなった時の『怖さ』もわかる。
境遇は全く違う、カッコつけ方も全然違う。
だが……『過去』が襲い掛かってくる恐ろしさは、理解できる。
全く同じでは、ないにしても。

「先生の研究と、先生の善行は……多くの『誰か』を既に救っています。
 先生、その傷は先生だけのものです。
 だから、その傷を理由に……」

理沙は、羽月の目を見て。
その顔を見て。

「これ以上、『犠牲』を増やすのはやめましょう。
 冬眠しなければいけない竜がいる現状も、研究所がシステム化されていない現状も……先生が心身不安定になっている現状も。
 全て、『犠牲』です」

自分の火傷痕を見せる。
もうすっかり癒えたそれ。
残っているのは傷跡だけ。
痛みなど、微塵もない。

「……先生、『素人』を減らさなければいけない段階なんです。
 確かに俺も急ぎ過ぎたかもしれません。
 ですが、歩みを止めていい理由にはならない。
 これから、『俺みたいになる誰か』を減らすためにも」

羽月 柊 >  
火傷の痕を見せられると、ぐっと口を噤んだ。
…そうだ、結局のところ目の前の彼が現実なのだ。

「……だから、君はこんなになっても、着いてくるというのか。」

また同じことが起きらないとも限らないのに。
自分のこんなにも無様な姿を見てもなお、近くにいるというのか?


ピアスを持っていない方の手を、おそるおそると相手へ伸ばした。
伸ばした手の先が消えてしまわないかという怯えのまま。


時折視線の揺れる桜で、相手の青空を見ながら。

日下部 理沙 >  
「それこそ、俺は理由が一杯あります。
 異邦人問題に取り組みたいからという理由もあるし、羽月先生個人を尊敬しているからでもあります。
 カラス君や竜達を放っておくのも寝覚めが悪いですし、俺自身の無知を放っておくのも悔しいですし……ああ、いや、めんどくせぇ、一言でいいます」

伸ばされた手を、ひったくるように掴み取り。

「俺が気に入らねぇんですよ。
 傷口をほったらかしにするってのが」

そう、告げた。
一言でいえば、それでおしまいで。
それ以外に言う事はなくて。

だって、気に入らない。

過去は確かにもう、どうにもならない。
だが、未来は違う。
明日は違う。
まだ、何とかできる。
まだ、足掻くことができる。
それを……放っておくのは、単純に歯痒いじゃないか。

羽月 柊 >  
手を取られた。消えなかった。
いや、それは当たり前なのだが。

先程にも一瞬見えたが……ああ、これが彼の素に近いのか。

自分から他人に触れるのが怖かった。
女々しい男でしかないが、その手がこうして握られている。
それがたまらなく…"嬉しく"思えた。


「――……"日下部"、ありが、」


理沙の本心と対話出来た気がして、口を開いた。




――蝶が二人の間を、飛んだ。



 

羽月 柊 >  
ありがとうを言い切るまでに、背に痛みが走った。
思わず理沙に取られた手を強く握り、前のめり気味になる。

「っぁ、ぐ………っ!」

肌を、病衣を新たな骨が窮屈だとばかりに強制的に突き破り、
神経が通い、羽毛の感覚、己の新たな器官の誕生の違和感と激痛に見舞われる。

理沙の目の前で現出していくそれは、…青年が背負う白と同じ色で、同じ翼で。


――《イカロス》そのままだった。


《胡蝶の夢》。それは現実と夢の区別をつけないこと。
蝶が己か、己が蝶か。それは境目の無いこと。

垣根を越えて語り、その絆の橋を、蝶は飛ぶ。

日下部 理沙 >  
「せ、先生!?」

突如、現れたその兆候。
それには、理沙は見覚えがあった。
きっと、誰よりも。
こればかりは、理沙以外に……理沙より知っている誰かがいてたまろうものか。
そう、その特徴的な肉体変化と、同時に齎されたであろう激痛。
それを、理沙は、日下部理沙は。

「お、俺と……同じ、異能……!?」

誰よりも、知っている。

羽月 柊 >  
「ぅ、ぁ………ッ。」

心臓の鼓動が耳に痛い。
口が酸素を欲して短く呼吸を繰り返す。
背中を中心に身体に走る痛み。
激しい痛みながら、それでも意識を失えない。

「おな、ッじ………?」

顔を上げて理沙を見る。
腕がもう2本あるような奇妙な感覚が背中にある。

彼が驚いているということは彼のせいではない。

何がどうなっているんだと後ろを向くと、見慣れた紫髪の間から、
白い羽毛に包まれた…どうみても翼としか思えないモノ。
それも、恐らくは傷みによる痙攣で自分で動かしているのが分かる。

日下部 理沙 >  
「先生、横になって……羽根を文字通り伸ばしてください。
 それで、ちょっとだけ楽になると思います」

羽月が今経験しているであろうことは、理沙にとってはそれこそ『身に染みて』わかっていることだ。
経験則からの対処法……まさか人にいうことになるとは思わなかったそれを教えつつ、羽月をベッドに寝かせる。

「いや、でも、とんでもない外れ異能引きましたね、先生」

また、素直な感想を告げる。
仮に同じ異能なら、痛みはいずれ引く。
全く同じ保障はまだないが。

羽月 柊 >  
「……なる…ほど。」

ベッドに寝かせようとする相手の手を取って、少し自分の方へ引いた。

背は痛いが、それでも。
…なんだろうな、そうしたかった。
拒否されなければ相手を抱き込めるかもしれない。

「……これが、お前の……背負っているのと、同じ、か……。」

いつか喫茶で話してくれたことを思い出す。

飛べない白い翼。
その感覚が、この背負うそれが同じかと。

日下部 理沙 >  
「あ、ちょ、先生……」

そのまま抱き込められて、溜息をつく。
気が弱っているのだろう。
恩師が自分にそうしてくれたように軽く肩を叩いて、ズレた眼鏡を片手で直す。

「……わかりません、同じようで、違う『何か』かもしれません。
 ただ、似ているモノだとは思います」

ただの重荷。
ただの突起物。
だが……それも使いようである。
使い道がまるでないわけじゃないことも、理沙は知っていた。

「先生、痛みは互いに共有できないものです。
 誰もの痛みもそうです。
 俺のそれと先生のそれですら……似ているようで、感じている痛みが同じ保障は何処にもありません。
 だけど、慮ることくらいは……出来ると思うんです」

感覚というものは、どこまでいっても自分の外には出ない。
主観の外に出ることはできない。
そんなことはわかっている。
そんなことは当然でしかない。
だが。

「互いの痛みを想像して、譲歩し合いましょう。
 今回みたいに、痛い目見て失敗することはきっと今後も一杯あるでしょうけど……それも含めて、大事な歩みなんです。
 俺は……そう思ってます」

羽月 柊 >  
「……あぁ、すま、ない…。」

自分で誰かを抱き込んだなんてどれほどぶりか。
己の翼ごと、相手を包むようにした後に肩を叩かれて正気に戻る。
そうして彼を解放する。

何をやっているんだ自分は。

まだ背は痛む、それでも。


「……あぁ、分かった。
 もう、眼を閉じてはいられないだろうから、な…。
 ……息子たちの痛みにも、俺が、ずっと…譲歩を押し付けてきた。
 君が来てからは、君にも。

 …正直、また立ち止まるかも、しれんが。」

これまで経験の無かったこと故に。
前に進むのはどうしようもなく怖い部分はある。
また理解だけが進んで感情を置き去りにすることもあるだろう。

ただの人間に、そういった痛みを共有など出来はしない。
それでも、言葉で、仕草で、表情で伝え合って、互いを想い配慮していくしかない。

「……全く、大人だと、…ッいうのにな…。
 ああ、しかし………今回のような、ことは、起きないように、したい……。
 その為には、結局、人員やら、マニュアルやら、か…。」

日下部 理沙 >  
「はい、ただ……実際に事故が起きた事は事実ですから、先生の懸念もまた正しかったんですよ。
 この島じゃなかったら、俺多分死んでますからね」

軽い調子で、身を離しながらそう笑う。
こうして笑ってすますことができたのも、常世島の発達した医療技術のおかげだ。
運が良かっただけでしかない。
理沙の勇み足もまた、『焦り過ぎていた』のだ。

「だから、お互いにすり合わせていきましょう。
 先生が止まるなら、俺やセイルさんやフェリアさんが手を引きます。
 逆に俺が走り過ぎたら、先生が止めてください。
 それで……いいんじゃないですか?」

人員もマニュアルも必要だ。
出来る事なら早い方がいいことも間違いない。
だが、急ぎ過ぎれば……理沙の二の舞が増えるだけだ。
それでは意味がない。

「それが、『誰かと生きる』ってことじゃないでしょうか」

羽月 柊 >  
「そうなっていたら、……ますます人員の話は無かった、ろうな…。」

ぞっとしない話だ。
応急手当を施したとはいえ、改めてこの島の技術に感謝せざるを得ない。

身体が離れれば先ほど理沙に言われた通り、
横になって羽根を伸ばし…慣れないうちは何かしらの筋肉が連動しそうになる。
ああしかし、言われた通り少し楽になった気がして息を吐く。

「……そう…だな。
 もう少しの間は、現体制が、続くかもしれない、が…。
 ……皆と、少しずつ、進んで行こう…。

 …何もかもは上手くいかない、だろうが…。
 ………君と出逢えて、良かった。日下部。」

日下部 理沙 >  
その言葉を聞くと、理沙は笑って。

「それは、お互い様ですよ」

そういって、自分のベッドに戻る。
いずれ、羽月は眠りにつくだろう。
同じ異能なら、羽根が生える時は著しく体力を消耗する筈だ。
本来なかった器官を無理矢理身体から生み出すのだから当然だ。

「先生、今は休んでください。
 俺も休みますから」

焦る事は、物理的に不可能になった。
それもまた、羽月の功績と言える。
何事も……適正な速度というものがある。
それは目に見えない。
だが、話し合い、譲歩し合う事で……少しずつ、見えてくるのではないだろうか。
それこそ、対話を諦めない限り。

決して、止まらず、それでいて、焦らず。

難しいかもしれないが、それが必要なのだ。
きっと、何事にも。

日下部 理沙 >  
程なくして、理沙も寝息を立て始めた。
まだ、病み上がりは理沙も同じだ。
治療を施したとはいえ、消耗した体力は戻っていない。

泥濘のような眠気が、そのまま理沙を連れ去った。
 
 
 

ご案内:「常世病院」から日下部 理沙さんが去りました。
羽月 柊 >  
「…あぁ、おやすみ…。」

横になれば眠りが意識を刈りに来る。

己に起こった翼という異能の顕現。
『同じ』という言葉に引っかかりを覚えながらも、
何かしらを考える先からあやふやになっていく。

そうして眼を閉じる。

一日か数日のうちに、病院に居る間に男の背の翼は消え去るだろう。
何事も、無かったかのように。


そうしている間にも、息子には負担をかけているということを自覚しながら、
それでも、ある意味今まで通り彼は生活しているのだろう。

今まで通りが変わるのは、これから。
柊と、カラスと…そして理沙の、未来。

話し合い、対話し、共に歩んで行こう。

ご案内:「常世病院」から羽月 柊さんが去りました。