2020/09/22 のログ
神代理央 >  
謝罪を受け取ってくれた彼に、小さく笑いかける。
謂わば儀式めいたもの。『守れなかった』事への謝罪。
御互いにそれが必要のない行為だと理解していても、行われなければならない事だったから。

「胡蝶の夢《レム・カヴェナンター》……情緒的な名前ではありますね。
しかし、あの港での戦闘時、先生からは魔力の放出を感じませんでした。あの炎と氷が異能の能力というには…そういう名前には思えませんが…」

ふむ、と首を傾げる。
炎と氷の異能であれば、もう少し違った名前が名付けられる筈。
となれば、また違った能力の異能なのだろうか。
戦闘職、という訳では無いが、前線に立つ身としては興味が尽きない。


「……まさか。風紀委員会は、私一人いなくても十二分に機能します。
しかし、私が前線に出る事によって。私が、落第街の。違反組織の敵意を集める事で。恐怖をばら撒く事で。
風紀委員会の威光と権威を知らしめてやらねば、と思っているだけです。
風紀ある限り、此の島にて大それた犯罪等出来ぬのだと、知らしめてやらねばなりますまい?」

ベッドに着地した小竜に、そっと手を伸ばす。
小竜が拒まなければ、その頭をそっと撫でるだろう。
穏やかに、静かに微笑みながら。
――尤も、小竜を撫でながら紡がれる言葉は、物騒極まりないものであるのだが。

「竜語、異邦の言葉などは私も詳しく学んではいませんしね。
興味が無い、という訳ではないのですが…。
でも、ドラゴンライダーの様な者に憧れるのも事実です。
………子供っぽい、と笑ってくれてもいいですよ?」

と、浮かべる笑顔は少しはにかんだものだっただろう。

羽月 柊 >  
「この異能…詳細に関してはまだまだ不可解な部分が多い。
 山本やヨキ、診断の時に異能学の教師にも話したが、
 簡単に言えば『親しい他者の能力を短時間コピーする』類のモノらしい。
 
 今回に関していえば、そこに居るセイルとフェリアだな。」

理央が撫でる小竜たちを指し示す。
紅い角と蒼い角の白い竜。
前回の戦いの時に、紅い方が炎のブレスを吐いていたと考えれば、
蒼い方の能力も理央の思考能力ならば察しがつくかもしれない。

少年の言葉を聞けば、僅かに視線を伏せた。

「……とはいえ、それが君"独り"の双肩にのしかかる訳ではあるまい。
 『鉄火の支配者』が揺らぐだけで大それた犯罪が起きるというなれば……。

 ──以前の君についての件で、そうなっていただろうな。」


──それは、決してドラゴンライダーに憧れる目前の彼を笑うモノではない。

しかし、裏の街を歩く男は確かに"知って"いると口にする。


目の前の少年が『鉄火の支配者』であることを。
そして、彼が『報いを受けろ』と言う題名で、揺らがされたという事実を。

そう…後者のことは、"『誰でも』この事実を知る事が出来る"のだから。

神代理央 >  
「『親しい他者の能力をコピーする』ですか。
能力の質から言えば、結構恐ろしいものですね…。
何だったら、私の異能もコピーしますか?使いどころ、余りないですけど」

へえ、と感心した様な吐息を零した後、冗談めかした口調で笑う。
とはいえ、他者の異能をコピーするという能力は相応に強力な異能だ。
指し示された小竜に視線を移しながら、異能の有用性に思案を飛ばしてしまうのは職業病だろうか。


「……御存じでしたか、とは言いませんし、言い訳もしません。
しかし逆説的に言えば、他の風紀委員に魔の手が及ぶのを防げた……とは、言えないかもしれませんが」

「どちらにせよ、それだけ風紀委員会への脅威が認識されたということ。
その脅威が途切れぬ様に、私は此れからも『鉄火の支配者』であり続けますよ」

それは、風紀委員としての矜持。己のプライド。
己の行いを改めるつもりも、変えるつもりも無い、と。
静かに彼を見つめて、穏やかな声色で告げるだろうか。

羽月 柊 >  
「…いや、この能力はそう便利なモノという訳ではないんだ。
 不随意性が高く、強い共感や同調…何かしらの強い感情が引き金になっている可能性がある。」

冗談とはいえ相手の異能をコピーしますかと言われて、
はい分かりましたと出来る品では無い。

「不随意というのは、"異能疾患"に脚を突っ込みかけだ。
 あの場は幸い、上手く働いただけに過ぎん。

 以前に翼が生えるだけの異能を"コピー"した時は、痛みで身動きも取れなかった。」

共感や同調、"境を失う"からこそ、この異能の名は『胡蝶の夢』なのだ。
その浅き夢の状態で、契約を行う故に《レム・カヴェナンター》と称されたのだ。

茶を啜る。
柱の立つ黄緑色の水面に、相反する紫と桜が映る。


「……そうか。」

知り合ったばかりの己が、相手を変えられる可能性は低い。
それは大いに分かっているつもりだ。
己にも竜研究者という誇りはある故に、今零すのは、助言の一つ。

「まぁ、集団に属するモノは、誰もがその集団の顔だ。
 ヒト独りで成し遂げられることは…余りに少ない。
 その名と共に潰えぬことを、俺は願っている。

 君の周りに居るモノを、決して忘れないようにな。」

それは、己の自戒も込めた意味で。 

神代理央 >  
「強い感情、ですか。聞いた限りでは、便利そうな能力だと思ったのですが、中々難しいものなのですね。
自由意思かつ、任意の相手の異能をコピー出来れば、凶悪な異能かと思うのですが」

「……痛みで身動きが取れない。ふむ……感覚迄共有する、というのは考え物ですね」

むぅ、と考え込みながら此方もお茶を一口。
VIP個室の患者と、その見舞客の為に用意された一品。
仄かに甘く、そして香り高い茶が喉を潤す。


「…勿論ですよ。集団、組織。それらの中で個人が成し得られる事など、細やかなものです。
私一人が風紀委員会を背負っている、とまで傲慢にはなりません。
ただ、他の風紀委員の仕事がやりやすくなれば。危険が減れば。
それだけを思って、職務に励んでいますから」

「――…私の周りにいる者、ですか。
良く言われますよ。私なりに、考えているつもりではあるのですが。
どうしても、未だ組織と職務に忠実であろうとしてしまう。
変えようと、思ってはいるんですけどね」

『鉄火の支配者』ではなく『神代理央』として。
それは多くの者達から受けた忠言であり、己自身もそう思うところではある。
それでも、中々直ぐには変えられない。
風紀委員会として、果たすべき職務を第一に考えてしまう。
『神代理央』という個人を、後回しにしてしまう。

指摘されれば治そうとは思っているのに、と。
浮かべるのは小さな苦笑い。

羽月 柊 >  
「そんな便利な能力が生えたなら、もう少し上手く生きてるさ。」

そんなことを冗談めいて零す。
何もかも上手く行く世界には成り得ない。
故に自分は、この無限に広がる世界に生きる一人の人間。

そうしてそれは、目の前の少年も。


「……君が他を気にしていないとは言っていないさ。
 人間、在り様を変えようとするのは、そう簡単には行かない。

 歳を取れば取るほど、それは難しくなる。
 故に変えたいと思うなれば、今の内ではあるとは、言っておくがな。」

そんなことを言う男は、こんな歳になってから変わろうとし始めてしまった。
ひとつづきの地獄を歩くような、そんな一進一退のような道を。

幾つも幾つも取りこぼして、
誰かを諦められず、
万物に解を出すことなんてできずに。

その言葉には、確かに取り戻した熱がある。

「…まぁ、かくいう俺も、つい最近それを指摘されてしまったところでな。」

神代理央 >  
「全くです。私達の力は、全能でもなく、万能でもない。
異能や魔術など、所詮は"何かをするのに便利な能力"でしかない、のかもしれませんね。
どんな強力な力を持ってしても――救えないものは、幾らでもある」

冗談めかして呟いた言葉に、ぽつりと零した独り言の様な言葉。
己には、救えなかったと思うものは余り無い。
己の力は奪う側。誰かに伸ばされる救いの手を、焼き尽くす為の異能。
それでも、偶に。ふと、記憶に残る何かが訴えるのだ。
救えなかった――いや、共に居る事が出来なかった人が、己には居たのではないか、と。
砲火を振るい、『鉄火の支配者』と大仰な異名を取っていても。
守れなかった何かが、あったのではないかと。


「先を生きる者からの言葉。正しく"先生"の忠告、ですね。
心に留めておきます。幸い私はまだ、先生に比べれば若いですから」

そう告げる言葉は、少し悪戯っ子の様な響きを持っている。

「……それでも。変わる事に、遅すぎるなんてことはありませんよ。
私には、先生がどんな経験を経てどんな決意をしたのか。伺い知る事は出来ません。
でも、指摘してくれた人がいて。それをしっかりと受け止めたのなら」

「変われますよ、きっと。諦めてしまうまでは、幾らでも変えられる筈ですから」

彼の言葉に熱を感じる。
見上げた桃色の瞳をじっと見つめた後――にこり、と微笑むのだろう。
怜悧であり、知的な雰囲気を常に纏う彼が見せた熱に向けるのは、それを肯定する様な嫋やかな笑み。
己が忌み嫌うものではあるが――所謂、少女めいた笑みを、彼に向けるのだろう。

羽月 柊 >  
「そうだな。
 どれほどの力を得ても、ままならぬことはある。
 『真理』に縋らねば変えられぬようなことは、往々にしてな。」

男は理央からすれば、反対側だ。
力が無かった故に、消えてしまった大切なモノが居た。
力を手に入れてもなお、喪った何かと同じモノを取り戻せはしない。

その証拠が、この右耳にいつでも存在している。

もしタイミングがかち合っていれば、喪った直後に目の前に『真理』が提示されていたら、
己も手を伸ばしてしまっていたかもしれないと、思う。

この言葉は、知っているモノからすれば、僅かに違う意味を持っていた。


「…全く、俺はよくよく君たち子供に励まされるモノだ。
 今となってはそのつもりをしているとも。
 そうでなければ、こうして君たちと関わる仕事をしようなどと思っていないさ。」

そうして、最初に出逢った時に見間違えた様相の笑みを零す相手に、
男も下手ながらも、笑って見せた。

神代理央 >  
「…何かに縋らなければ救えない、変えられない様なものは、どのみち己の手には余るのだと、思います。
真理を求めて、そして死んだ――トゥルーバイツの連中だって、それに縋らなければならなかった。自らの力では、変える事が出来なかった。それが全てです。
何かを変えたいと、救いたいと思うなら――己の手を、伸ばさなくてはならないのですから」

それは、己の信念の様なものでもあった。
神だの真理だの。そういったものに縋らなければならない事は、救ったところで自らの手に余る。
『自らの力』で『自らの手』で救い、変えるからこそ価値があるのだと、静かに紡ぐだろうか。
――尤もその言葉は、少年が決定的な損失を経験していないが故の危うさもあるのだが。


「励ましたつもりはありませんよ。私は唯、事実を告げただけです。
先生なら、自らの壁を壊すことが出来る。変わる事が出来る。
…まあ、余り先生とお話したことない私が言うのも何ですが。
余り先生の事を知らないからこその、第三者の言葉として捉えて頂ければと思うところです」

笑い返してくれた彼に、浮かべる笑みは深くなる。
小竜を優しく撫でながら、紡ぐ言葉は軽やかなものであった。

羽月 柊 >  
男は少年の言葉を聞くと笑みを仕舞いこみ、
緑茶の残りを飲み干すと、ありがとうと残し、立ち上がる。

撫でていた小竜たちも男の動きに応じて飛び立ち、その肩や頭に戻った。

 
一度目を閉じて、ゆっくりと開く。
変わってしまった桜色。

これからまた、変わっていくかもしれない男。

「……"彼"と"彼女"たちは、それでも、諦めきれなかった。
 己の命すら天秤にかけて、……駆け抜けていってしまった。

 彼らが抱える"空白"も"喪失"も、手段は愚かだったとしても。
 裏では当たり前の光景のひとつひとつに、彼らの『物語』があった。」


 「それだけは……確かだ。」

『トゥルーバイツ』を知るモノ。
対峙し、いくつも取りこぼした男故の言葉。

神代理央が、羽月柊という男がかの事件において何をしたか、
どこまで知っているかは定かでは無いが、それでも。

「誰にもそういう時は来るかもしれないし、来ないかもしれない。
 だからこそ、変わることを恐れずにいかねばな。」

そう結び、長話をしたな、と。 

神代理央 >  
「…だけど、その『物語』は終わってしまった。
もう続かない。エンドロールの後、物語は続かない。
彼等は生きねばならなかった。自らの物語を、続けなければならなかった。
それを怠り『真理』などという"編集者"に頼った時点で…彼等のエピローグは、もう訪れない」

小さく肩を竦める。
彼が取りこぼしたもの。取りこぼしてしまったもの。
駆け抜けていったもの。
それらは全て、少年にとっては"弱者の論理"でしかない。
己の命を賭ける事が悪いのではない。
"何かに頼って事を為す"という事そのものが、己にとっては否定すべき事柄。

彼が何をしたのか。何を為したのか。何を救えなかったのか。
それら全てを知る事は無くても――少年は、彼等を否定する。


「……変化とは恐ろしいものですからね。
それを恐れずにいられる事が、強さなのでしょうし」

と、彼の言葉に時計に視線を向ける。
黄金細工のアンティーク調の掛け時計は、既に夕刻を過ぎる時間である事を指し示している。

「そうですね。御引止めしてしまい、すみませんでした。
次は学園で。御会い出来る事を、楽しみにしていますね。
羽月先生」

クスリ、と小さく微笑んで彼を見送る様に手を振った。
彼が部屋から立ち去った後、ぽすりとベッドに身を預けた少年は――やがて穏やかな寝息を立ててしまうのだろう。

ご案内:「常世学園付属常世総合病院 VIP個室」から羽月 柊さんが去りました。
ご案内:「常世学園付属常世総合病院 VIP個室」から神代理央さんが去りました。