2020/10/23 のログ
月夜見 真琴 >  
「喉元をすぎれば、熱さを忘れる――ということばがある。
 おまえが親友である貴子を、おまえにとっての"喪失"によって、
 心にふかく空いた虚(あな)にしてしまっていることは。
 いくらか、やつがれの感覚としても理解はできてはいる、と思う」

"あれ"を見た時の反応からしても。
その喪失こそが、園刃華霧にとっての、ある種の原体験なのだろう。

「それほど大切だと思えているのだから。
 その痛みもいつか愛せるようになればいいのではないかな」

難しい話だけれど。
適度な痛みや苦しみもまた、人を活かす要素のひとつだ。
優しい思い出にかえて、忘却の彼方にやって、
美しい絵画に落とし込んで部屋に飾ってしまうということは、
ひとつの区切りであり――、それは、

"喪失"ではないのか。

「そうさな」

かちゃり、とソーサーにカップを置くと。

「おまえは」

月夜見 真琴 >  
その指を、彼女の顎に添えて。
視線を自分に向けさせた。
顔を寄せる。

「                              」

問いかけてみた。
彼女の認識を。

園刃 華霧 >  
「その、つもり……だったんだけど、なあ。
 どうにも……最近、掘り起こされてばっかでさ。
 いや、わかってるんだ。わかってたんだ……」

ため息を一つ


「でも、思い出すと……ちょっと、な。」


あの日は輝かしくて
あの時は美しくて
だから、つい……

けれど、今がそうではない、とはいえない


「……へ?」

問いかけに、きょとん、とする


「んー……だって、それって……」


答えるのは、簡単だ
いや、簡単だからこそ、難しい
だって、それは


「どんだけ息した?ってのと似たような感じじゃないの?」

月夜見 真琴 >  
「あいつとなら、その痛みも分かち合えるだろう?
 同じ痛みを持ち寄ってしまえば必然、そうなる。
 あえて口にしない関係もあれば――つい口をついて出てしまうこともある。
 まあ、ゆっくり向きあっていくといい。
 きっと長い付き合いになる。
 ――やつがれも二年近く似たようなものと連れ添っているよ。

 その苦しさに耐えられなくなったら、話くらいは聞くとも」

今日のように。
みずから判断して、持ちかけてくれるのは、嬉しくもあった。
けれども。
それ以上に。

「ひとと関わるうえで、たしかにその一連の運動は、
 あたりまえに行われているものであるというのは確かだ」

だからこそ気づかない。
だからこそ気づけない。

「確認するが、こう考えているということで間違いはないかな」

そして気づかなくても問題のない部分だ。
ひとと関わるうえでは。

「"                 "」

園刃 華霧 >  
「……うん、それは……レイチェルも、ね。
 そう言ってくれたから……
 ったくさ。アイツ、勝手に自分から言ってきてさあ……」

苦笑する
そんな、強引な言葉
馬鹿の一言
それでも、それはとても得難いものであった

だから、苦笑はしたが……嬉しい、ものであったし
彼女の提案も、とても……とても、得難いものだった

ああ、本当に――
けれど


「? ああ……うーん……まあ、そう……か、なあ?
 そんな感じみたいな、そうでないような……」

やや首を傾げる
とても、塩梅が難しい問いかけだ

月夜見 真琴 >    
「―――――」

彼女に言葉を浴びせてから。
顔を手で覆って、深いため息を吐くと。

「端的に言えば、おまえのやっていることは。
 目的に対して極めて利口で効果的な手段だ、といえる」

指を振る。

「とうぜん、間違っているなんていうつもりはない。
 危惧すべきは、おまえに"物理的な限界"が訪れるということだろう。
 監視役としてそれは避けたいところは、ある。
 まあ、"安売りはするな"ということになるかな」

難しい塩梅だろうが、と告げた後で。

「問題はおまえが手段としてそれしか知らないということと。
 おそらくおまえの"目的"が別にあるということだ」

視線は前方、ついていないテレビに向いた。
空中に、園刃華霧の肖像を描くようにして指を動かしながら、告げる。

「無自覚に。あるいは自覚的に。
 意識から遠ざけているものかもしれないが――わかるか?」

園刃 華霧 >  
「ぇ……ぁ……ぃゃ……」


ちがう そんな つもり じゃ
ああ でも でも
そうなって しまっているのも たしかに
ああ 


「……ぁ……」

ため息を付き、言葉を紡ぐ、相手
崩れかけた、何かが一瞬だけ治る

「限、界……?
 んん……でも、今の所、なにも……」

特に、不具合は感じていない
だって たっていられるんだから

でも……


「……もくてき……
 アタシの……?
 え……そんなの……だって……
 なにも……ほかに、ある、わけ……」

いしきから とおざけている
そんな ことは ない と
その はず なのに

月夜見 真琴 >  
「いまのところ、なにも? ほんとうに、そう?」

まっすぐ。
銀色の瞳をむけて、問いかけた。

「"精神的な限界"も、あるのか?」

意識を、向けさせた。だって。

「いったはずだな――"物理的な限界"だ、と」

ぬるくなった甘さを飲み干して、
空になったカップを置くと。

「そのまま続けていると、"なくなってしまう"よ?」

物理的な限界とはそういうことだと。
彼女の変化を見ていて気づいたことだ。
見ようとすれば、きっと誰だって気付けることだ。
だからこれは、ごく直接的な忠告にとどめる。
"同居人"として、"マコト"として。
やさしく、穏やかに、言い含めた。

「さて、おまえの本来の"目的"。
 それはおそらくその手段を続けていては得られないものだが、
 つたえるまえに、ひとつ、質問をして構わないかな」

"月夜見真琴"は、そうしていつもの微笑を浮かべた。

園刃 華霧 >  
「なく……ああ……」

それはこの間、確認したこと
確かに……それは、そう……
そう、だけれど……

マコトが 言う通り…… 精神の限界さえ迎えなければ
それは 些細なこと でしかない


「大丈夫 モノが、なくなる、くらい……
 それで……」

それで、救われるものがあるなら
その程度は 必要な…


「でも……おぼえて おく」

マコトが、いうことだ
むげには できない


「……質問? 答えられること、なら。」

自分もよくわかっていない、かもしれない"目的"
その対価であれば 多少のことは必要だろう

月夜見 真琴 >  
「ペースを落としなさい、ということ。
 そういうところから、"自分を大事にする"ということを覚えていくこと。
 おまえが考えなしに"それ"を行っている、というつもりはない。
 けれど、それだけを手段としてわきまえていることに危惧はしている。
 物理的にも、精神的にも、限界はある――"痛み"とか"苦しみ"を。
 覚えたことは、ほんとうにないのか?」

なんとなくで流した些細なずれ。
意識していない部分の疼痛も。
それは、確かな"兆し"。確認はしておく。
正直に言う必要はない。彼女がそれを自認し、自問すればいい。

「"見て見ぬ振り"は、するなよ?」

そう、言い含めておいた。
詰問はしない。利口な子だ。だからこそ。

「――では、考えずに直感的にこたえてくれ」

ぐっ、と伸びをして、深呼吸をしてから。
あらためて顔を向けて、にっこりと微笑んだ。

月夜見 真琴 >  
 
 
「                 」
 
 
 

園刃 華霧 > 「ぺーす……」

言われてみれば……そういうことは意識していなかった
そもそも、そんなことを意識するものだと、そういう事自体、思ってもみなかった。

「"痛み"……"苦しみ"……」

今まで、感じたこともなかった
むしろ、見返りに幸せを感じたことしかなかった


「まだ……わかんない、し……
 おぼえはない、けど
 おぼえて、おく」


言われた以上は、意味があるのだろうと
貰った忠告を大事にしまう
見て見ぬ振りは、ダメだと言われたのだし



「……直感、ねえ」

なんだろうと、小首をかしげて問いかけを待ち

「……え」


予想外の問
そして


「いや、え? そんな……両方……」


そこまでいいかけて、きっとそれは許されないのだろうと、硬直する。

月夜見 真琴 >  
微笑みながら。
銀の双眸は真っ直ぐ。
嘘のない光で見つめて。

択一問題の解を待つ。

園刃 華霧 >  
「……」

かんがえる

「………」

かんがえる


「…………」


かんがえる


「…」

かおを あげたさきには
こたえを まつ かお

「……む、り…」

月夜見 真琴 >  
"首輪"を掴んで、強引に引き寄せる。
その瞳を覗き込んで、静かに問いかけた。

「"選べない"のか?」

静かに。

「それとも」

問いかける。

「こたえを、言いたくないだけか?」

園刃 華霧 >  
「あ、たし、は…」

強引に引き寄せられる
顔が、近くに
瞳が、覗き込まれる


「あた、し……えら、べ……」

弱々しい声をあげる

月夜見 真琴 >  
「………なに?」

微笑んだまま。
眼が細められる。

「構わないよ、こたえてくれ」

追い詰める。
そうする必要があるから。
意味のないことでは、ないからだ。

園刃 華霧 >  
「む、り……だって……
 どっちも……だいじ、で……
 だから……えら、べ……な、い……」


おいつめられて
しぼりだすように
ことばを くちに

月夜見 真琴 >  
「―――――」

耳元にささやくと。
首輪から、頬にそっと手をふれて。

「――あとは宿題だ。すまなかったな」

ぺちぺち、と軽く叩いて、笑顔をみせた。
監視役としてでも、毎度のこと、荒療治には気を使う。
問うたことが、たいせつ。
"なぜ"を考えさせることが、たいせつ。

「しかし、事情はわかったが――実際、どれくらいのペースで血が必要なのだろう。
 風紀委員会での職務上では、あいつとはあまり顔を合わせないだろう?」

立ち上がり、伸びをして。
煮込んだままのスープの様子を気にかけながら、ふと。

園刃 華霧 >  
「マコト、は……マコトは……
 アタシ、なんかと、ちがって……できて、る……よ」


ぐらんぐらんと あたまがゆれる
いままでは まちがって いたの?


「わか…ら、ない……
 アタシ、まちがって……た……?」


じっと、目の前の相手を見つめる
その目つきは……普段の鋭さの欠片もなく
それどころか、それはむしろ――


「しゅく、だ、ぃ……?」


開放されたように、吐息とともにつぶやく


「ペース……ぁ」


そんな基本的なことを聞いていなかった
大失態だ。とはいえ、困ったら早急に連絡をくれるはずだし……うん


「まあ、しばらく平気そう……だし。
 アタシも、刑事課に入るかってオサソイの話もあるし… 
 だから、だいじょうぶ」

月夜見 真琴 >  
新しい棘を、そうやって打ちこんだ。

「だいじょうぶ。ゆっくりでいいから」

間違いかどうかも、いまではなくこれから決まること。
だから鏡をみせてそこに映るものを確かめさせる。
鏡を、見ようとさせる。

「気づいていないだけなんだよ」

だれもかれも。
そう笑って、そこで。

「ああ、刑事課に」

なるほど、確かにそれは良いこと。
近くに在れば、もしもの時にも助けになれる。
日常の不安が低減するなら、監視役としても拒む理由はない。

月夜見 真琴 >   
「………   、……」
 
……。
こぼれてしまった言葉を。
そのままに。髪を揺らし。

「書類仕事からなにから山積みだぞ、刑事課は。
 しっかりと励むように。
 時間があるときはここでも、その心得を叩き込んでやろう。
 ふふふ、たのしみだな」

上機嫌に声を弾ませて、キッチンのほうへ足を向けた。

園刃 華霧 >  
キッチンに足を向ける彼女
その背中を眺める

また、シゴキか、と
冗談じみて思う横で


「……」

一瞬だけ、脳をよぎったそれは……
きっと自分に向いていなくて
きっと自分は選ぶべきではなく


「……」

一瞬、感じた寒気は……なんだったのか


「アタシ、は……」


また まちがって しまったのか
また たがえて しまったのか

あたしは


――向いてないんじゃない?

だれかのことばが あたまにひびく


「アタシ、は……」

ぽつり、と
それだけがこぼれた

月夜見 真琴 >  
 
 
それは、とても利口で、
効果的な手段だった。
 
 
 

ご案内:「月夜見真琴の邸宅、朝」から月夜見 真琴さんが去りました。
ご案内:「月夜見真琴の邸宅、朝」から園刃 華霧さんが去りました。
ご案内:「女子寮 レイチェルの部屋」にレイチェルさんが現れました。
ご案内:「女子寮 レイチェルの部屋」に月夜見 真琴さんが現れました。
レイチェル >  
綺麗に片付けられたレイチェルの部屋。
その机の上には今、幾つかの本が積まれていた。
元より勉学を厭わぬ性格ではあるが、此度の山は些か色褪せ、
古びたものが多いように見える。
経年と共に変色した紙束の一冊は机の上で開かれており、
机の隅に置かれたネコマニャンの眼下に在った。

さて。
この部屋の主、レイチェル・ラムレイはといえば。
ベッドの上にちょこんと腰掛けて、一人目を閉じていた。
窓は少し、開け放たれていた。

――静かだな。

そう感じるのは、鼓動の音と熱を感じるからこそだ。
外界が静かであればあるほど、自らの内面はその音を増す。

ついついあの日のことを思い出すと、自らの内にあるものが
熱を帯びる。


少しずつ冷たくなりつつある秋風には、晩秋が歩み寄る気配を覚える。
ただただ、心地よかった。

僅かに頬と髪を撫でていくそれが、
自らの内にある熱を、冷ましてくれるのではないかと、
そのような淡く儚い算段がなかったと、彼女自身否定はできないだろう。

冬の始まりを感じさせる月は乾いた空気を照らし出して、
静かに、しかし確かに輝いていた。

月夜見 真琴 >  
いつでも来てくれていい、と言われた部屋。
先日、華霧が訪れて、そういうことがあったらしい部屋。

そこに今度は自分がというのは、どう心の中で処理していいものだろう。
考えすぎであるということは否定できなかった。
けれど如何にも、同居人に伝えるも気まずい用事であることも確かだった。

ただ、「あいたい」と伝えるだけでも、
随分な懊悩な遠回りをした。
それならもうすこし遠回りくらいしても、いいのではないか。

ただ、あうだけなら、たとえば。
"華霧と三人で、食事をしよう"とでも言えば、アトリエに呼び出せるわけだし。
部屋に行く必要は。
他人のテリトリーに入り込む必要は、ない。

これで彼女の部屋に、素直に足を運ぶようなことがあれば。
まるで――あらぬ期待でももっているかのようで。


――――。


沈黙を破るように。
レイチェルの携帯デバイスが鳴動する。

『きょうは、ひとり?』

短い文面は、月夜見真琴からのメール。

「――――はぁ」

――――来てしまった。
女子寮の廊下で、浅いため息。
居るのはわかっている。チャイムを鳴らして期待されてもあれだったから。
部屋の前で待ってることがわかるような一文で、誘われるままに訪った。

レイチェル >  
「……ん?」
 
ベッドの上で、手元に置いてあった私用の携帯が振動する。
目を閉じていたレイチェルはすぐさまその端末を手にとって、
メッセージを確認した。

「……」

沈黙しながら、そのメッセージに対し返答を打ち込んでいく。
その沈黙は無論失望ではなく、純白の髪を持つ彼女の思いを思案しての
空白である。

『いいから入ってこいよ、寒かっただろ』

それだけ打ち込んだ後、レイチェルの口元には
何とも言えない笑みが浮かんでいた。呆れているような、申し訳無さそうな。

彼女の想いを知った今、
この一文に何も思わぬレイチェルではない。
様々な躊躇いを背負いながら道を進んで来たのだろう彼女に、
せめて労いの想いを込めて言葉を贈りつけたのだった。

外に居るのは、分かっていた。彼女とは、短い付き合いではない。

そうして暫しの後。
レイチェルは立ち上がると、玄関の前まで歩を進めていった。


「いらっしゃい」

扉一枚を隔てたまま、女子寮の廊下に立っているであろう彼女へ
向けて、レイチェルは声をかけた。
目を閉じたまま浮かべるその笑みは、穏やかなものだった。

月夜見 真琴 >  
僅かな空白のあと返ってきた厚意を、素直に受け止められる人間であれたなら。
デバイスをしまい込み、ドアノブにそっと手を這わせて。

這わせて――

「……っ」

向こう側からきこえた静かな声に、指先がびくついて。
意を決して自分から、ゆっくりと扉を開けた。
隙間から伺うようにして――視線を外さないようにしながら。
後ろ手に扉を閉めた。

「…………」

隔絶された空間となって、次の挙を考える。
どうやら、吐き出してもいいらしい。

であれば胸裏にあるものに突き動かされるままに、
一歩をするりと深く踏み込むと、部屋の主に抱きついた。

すがるように背に腕を回し、服がしわになるのも厭わずに指に力を込める。

レイチェル >  
現れたのは、予想通りの白髪の少女。
ところが、彼女がとった行動は、レイチェルの予想を飛び越えていた。
しかし、レイチェルはただそれを受け入れた。
強く抱きしめてくる彼女に対して、決して強く抱きしめ返すのではなく、
優しく受け入れるように、彼女の背中に手を回し、撫でた。

彼女の行動を受けたレイチェルの内に、愕きが無かった訳ではない。
事実、彼女の耳は小さくびくんと跳ねたのである。

しかしながら、言葉という道筋を超えて、抱擁は成された。
その意味合いを考えれば、それを無下にできよう筈もなかった。

彼女の胸裏の全てを推し量ることはできない。
それでもあの日の彼女の言葉、目の前の表情、そしてこの抱擁から
慮れば、手を差し伸べ返して――抱きしめるだけの
自信を持つことは、レイチェルにもできた。


「……ごめん」

待たせてしまって。言えずにいて。
苦しめてしまって。触れずにいて。

その言葉はどこまでも純朴。何の飾り気も、華やかさもありはしない。
しかしそれは、これ以上無いほどにレイチェルの胸の内に沿った言葉であり、
また月夜見 真琴の心に寄り添いたいと願うレイチェルが抱く、
彼女に向けての数多の想いを乗せた言葉であった。

月夜見 真琴 >  
「あやまらないで」

彼女の生活と、"対人関係"からくる諸問題がもたらす心的な疲労を、
を汲めないほど、物分かりは悪くないつもり。
短い言葉はうけとめたうえで、かすれた、あまい声で柔らかくささやいた。

抱擁には、彼女にそっと身体を預け、肩に顔を埋めた。
しばらく、しばらくそうして、彼女を実感する。

「寒かっただけ……」

その少しのあと、猫のようにじゃれつきながら、そう口にした。
辛いのは確かだが、少なくとも自分が辛いことはわかることができる。
それに気づくこともできない者よりは、症状は確かに軽めで、
"気づいてくれ"なんて我が侭を押し付けられるほど、
このぬくもりの持ち主に余裕がないことを、知っている。

「……寂しかったから、会いにきちゃった」

顔を離し、改めてみあげると、少し困ったように苦笑する。
そんなことすら大変だった。
寂しさに耐えることになれて、いざとなると求め方がわからない。

「そういうときは、こうすればいいということは、わかった。
 やつがれに自分からいく勇気が、なかっただけさ」

いざ確かめて、色々勘違いだったらどうしよう。
そういう些細な不安から、連絡を滞らせていたのは自分だ。

「もうすこしこうやって暖めてくれたら」

話をきくよ、と。
再び肩に、ぽすんと顔を埋める。

レイチェル >  
彼女の気持ちを受け止めながら、レイチェルは目を閉じた。
金と白の髪が、穏やかでいて少しばかり冷たい月の光を受けて、
きらきらと輝いていた。
 
―――
――


「構わねぇさ。寂しけりゃ会いに来てくれたって。
 約束しただろ、お前も置いてはいかねぇって」

少しの間そうしていた。
真琴の身体は確かに冷えてたけど、それだけじゃねぇだろう。
オレがどれだけ穴を埋めてやれるかは分からねぇけど、
それでもこの行為にちゃんと意味があると分かっていたから、
それが僅かばかりでも救いになることは分かってたから、
オレは身体を寄せて、こいつの身体を暖めることにした。

そうして。

「ちょっとは、暖かくなったかな?」

随分と長い間、そうしていたように感じた。
実際はどうだろうかな。


「あったかい飲み物、出すぜ。何がいい?」

そう口にしつつ、彼女から離れるまでは、そのままで居る。
自分から離れることは、しない。

オレが誰よりも大切に想う華霧との関係の中で、
そういうことはもうしないと決めたから。

大切な存在を置いていくことは、しないと決めたから。

月夜見 真琴 >  
「ああ、現金なことに。
 まだ足りないと言えば足りないけれど、このくらいの餓えは心地いい、かな」

気恥ずかしそうに視線をそむけつつも、弁舌を立てた。
いつまでもひっついていたい気持ちはあるが、
すくなくとも許されれば許されるだけ溺れてしまいそうなのが少し怖かったのもある。

「実感が欲しかったのだとおもう。
 ほんとうにあのとき距離が近づいたのか、受け容れてくれたのか。
 こうしてくれるだけでほぐれていくものなのに――ありがとう」

むずかしいな、と息を吐いた。
すこしずつできるようになっていくしかないのか。

「任せる。おまえがいま飲みたいもので――、
 …………、……? ………あの」

離れる気配がなかった。きょとんと見上げて、首を傾いで。
あ、そういうことか、と気づくと……名残惜しみながら抱擁から抜ける。
まだ暖かいから、だいじょうぶ。

「ちいさいこどもじゃないんだから」

嬉しくないわけではなかったが、無性に恥ずかしくて、
そう言うと歩をすすめた。落ち着ける場所に、カーディガンを脱いで身を休めた。
それなりに、長居はするつもりだ。

レイチェル >  
「不安に思う気持ちは、分かるぜ」

ただそれだけを、返した。
華霧と話した時、血を吸う約束を果たそうとするあいつを前に、
オレがどれだけ不安に思ったことか。
本当に、受け容れてくれるのか、こんな化け物にも近寄ってきてくれるのか。


「じゃあ、コーヒーでも淹れる。好きなとこ、座れよ」

カーディガンを脱ぎ始めた彼女にちらりと視線をやって、
静かに笑って見せた。でもって、部屋の中央にある丸テーブル、
そいつを囲む3つの赤の座椅子をほれ、と指さした。


そうして真琴が休んでいる間に、コーヒーを淹れる。
白いマグカップに、熱くて苦いそれが注がれていくのを見ながら、
視線はそのままに声をかけた。


「最近、絵の調子はどうだ?」

比較的当たり障りのない話から、始めようと思った。
昔、絵の話をした時にとても嬉しそうな表情を浮かべていた
彼女のことを思い出す。

月夜見 真琴 >  
座椅子は、みっつ。
わずかに胸に去来する感情、疼痛も、今は受け容れられる。
するりと行儀よく座ると、コーヒーの支度をする彼女を見守る。
みていてたのしい。

「すこし筆が停まっていたけれど、佳いモデルに恵まれてな。
 裡面のうつくしいひとでな。風紀委員で――顔見知りかな、旅館にもきていた。
 こんど、また見に来てほしい……力作だ!
 校内展示は嫌がられるかと思って提案は控えたが、それがとても惜しくなるほどだよ」

あの時、アトリエで色々と伝えてしまった後。
ふわふわと浮つく気持ちのせいで、カンバスはずっと白いままだった。
それをとある風紀委員にモデルを頼んだことでいくらか解消されたこと。
"魂"を注ぐ創作活動は、時にぶざまに躓きながらも順調だと微笑んだ。

「じきに、紅葉が見ごろかな」

夏はおわって。
気がつけば、秋。
芸術の秋、だなどと気取ってみせられる好きな季節だ。

「わかりきったことだが、この時期の浜辺にはだれもいなかった。
 ……いろいろ落ち着いたら、冬の海でも歩かないか?」

他愛ないことでも、自分から誘ってみる。
かつてから委員会を通してしか関わらなかった互いの色を、たしかめる。
さりげなく、当たり前のように提案してはみたけれど、
さとられぬよう、コーヒーを淹れる彼女をみつめる視線は不安げだ。

レイチェル >  
「冬の海、か。そういや今年の夏は、
 入院だの何だので海に行けなかったっけ。
 ちょいと遅くなっちまったが……行くか、一緒に」

紅葉を見に行くのは、良さそうだ。
そして冬の海ってのも、きっと悪くねぇ。
ちょいと寒いかもしれないけど、まぁ一緒なら楽しいだろ。


「しかしまぁ、絵は順調か。それなら何よりだぜ。
 お前が選んだ道だ。躓くことはあっても、正解にしていこうぜ――」

出会ったあの日に、こいつに伝えた言葉を思い返す。
あの時は、随分と反抗されたっけな。

「――オレも手伝うからさ」

何だか懐かしい気分になっちまって、
ちょいとばかし溜息が漏れた。
ネガティブな感情じゃない、寧ろ、少し暖かくて幸せな感情だった。
胸は、まださっきの温もりを残していて、随分と暖かい。


「そういえばな、最近お前と出会った時のことを思い返してたよ。
 風紀の廊下で出会った時のこと、
 綺麗な桜が咲いてた青垣山に一緒に行った日のこと。
 あれから色々あって、離れたこともあったけど、
 それでも今はこうして一緒に居られる。
 風紀委員とか関係なく、一緒にさ。
 オレにとっちゃ、ほんとに嬉しいことだ」

ストレートに思ったままの言葉を伝えながら、
白いカップを二つ手に持って、丸テーブルの上へ置いた。

「あいよ、お待たせさん」