2020/10/24 のログ
月夜見 真琴 >  
それは彼女にもらった言葉だった。
懐かしむように目を細めて。

「そのことばには、随分と支えてもらっている」

テーブルの上で、組み合わされた両手が少し落ち着きなく動いた。
思い出すとむねのおくがうずくのだ。

「正直、逃げようかとおもったことは一度や二度じゃない。
 けれどこの島に残ることも、風紀委員会に残ることも、
 じぶんで選んだことだから――正解にするために、ずっと。
 弱気になるたび、くるしいほどに戒めてもくれた」

彼女にもらったあの言葉は、いま、
祝福でもあり、呪いでもあった。
じぶんを鎖につなぐことで、自分はまだ此処に居られる。
レイチェルの言葉も、華霧への誓いも。
限界が近づいていた心身をどうにか奮い立たせて。

「ひとまずは正解にできたよ。
 ……ありがとう、アミィ」

胸を内側からつきやぶり、あふれだした濁流のような想いを、
あのアトリエでぶつけない未来もあったんだよ、と。
カップを受け取ると、口をつけた。
にがくて、おいしい。
自分の身体があたたかいことを、実感できる。

「また懐かしい。もう二年も前かぁ。
 まよってて、自分の足元ばっかりみてたから。
 さいしょは、あなたに見下されてるみたいに感じてた。
 あの桜は――もう、この世にはないけど。
 即興で吟じてくれた力作は、まだ残ってるよ」

お互いに、形は変わってしまった。
熱射のような青春は、短く、そして苦い終わりを経て。
散った薄紅色は暫しして、枯樹よりまた薄紅を芽吹かせた筈。
だから、切り出した。

「華霧から、きいたよ」

"てつだう"。
その言葉は、こちらもだった。
正解とするために、世捨て人の風紀委員としてでも。
彼女のためにできることは、できるかぎり、ひっそりとしてきた。
ここに来た理由のいくらかは、そのためだ。

「からだのこと。華霧の血がひつようなこと」

複雑な想いを、コーヒーといっしょに飲み込んで。
あの夜が、決して甘いだけのものでなかったことは。
華霧の態度と、レイチェルのメールの文面から伺えた。

「あの子に、血を与えさせてしまったこと……」

レイチェル >  
「……ったく、いい加減あれは捨てろっての。恥ずかしい」

そうして語り合う暖かな言葉は幾らか場の空気を暖めはした。
それでも、オレの奥底にあるもの、真琴の向こう側にあるものは。

窓の外から吹いてくる風が、やけに冷たく感じたから。
オレは、窓を閉めた。もう十分だ。

「ああ、そうだ。オレは……結局、『与えさせちまった』」

あれだけ、与えたいと思ってたのに。
逆に、奪ってしまった。
オレの獣としての在り方が、彼女を傷つけてしまった。
悩んで悩んで、悩み抜いた末に、結局。
傷つけないために、傷つけるという、ある種の逆説的な道を、
オレは選択した。

「そのことで、さっきまでずっと……いや、今も悩んでる」

ちらりと、机の上に視線をやる。
そこに積まれた本の山は全て、吸血鬼に関する資料だ。
この地球上にどれだけ自分に合った資料が見つかるかは分からねぇが、
何かしらのヒントがあればと、そう思ってはいるが。

「……華霧は、なんて?」

向かい合う形で座席に腰掛けて、真琴の方を見やった。
どんな言葉が来ても、受け止めるつもりだった。

月夜見 真琴 >  
責めることはなかった。
打ち明けるのにだって勇気は必要で、抱えるには苦しすぎるもの。
彼女に後悔と懊悩があることも、十二分にわかっている。
告白は追い詰められたものがすることで、相手に縋るSOSだ。
柔らかく、まっすぐ見つめて、問われるまでしずかにきいていた。

「気を遣われちゃったの」

あの子は色々しっているから、と、恥ずかしげに苦笑して。

「そういう負い目を持ってはくれていたけれど。
 血を与えたことには平然としてた。
 あの子はそうすることしか知らない。だからためらいがない。
 それをおかしいことだとも、思ってない。
 喪失しないための防衛本能、"呼吸するようなもの"。
 生い立ちを鑑みれば、経験則としてそれが最適な手段と感じてるとか?」

"監視"した結果を、静かに報告する。視線はつられて書物に動いた。

「自分たちの関係は変わっていない、と思う、って」

少しばかり、甘酸っぱそうな顔と。複雑な苦味を感じながら。

「――まあ、その。
 どうやって吸ったのかとか、そこまでは……聞いてないけれど。
 きっと、"自分じゃなくても血をあげたんだろう"って。
 そう思うことは、なかった?
 喪わないため、離れていかないように縛るために」

小首を傾いで、白い髪が流れた。
たとえば輸血するような、施すような。
まるでそれが"なんでもないことのように"行われたのではないか。

レイチェル >  
全てを聞いて、再び溜息をつく。
ああ、今度の溜息は、幸せな溜息なんかじゃなかったさ。

「……関係は変わってねぇ、か」

あれだけのことがありながら、か。
別に、今までより近づくことができただとか、
心から本当の、特別な関係になれただとか、そんなことは思っちゃいない。
しかし、間違いなく今までの関係とは変わっている、変化している
筈なのだ。ならば、それほどまでに、あいつは。

真琴と対面しながら、あの日のことを思い返す。
浴室での彼女の言葉を。

『ワっかンないナぁ……
 ダって、血でしょ? 献血みタいなモんじゃん?』

響く、あいつの言葉。

「オレに必要なら、当然のことだって。
 そんな風に言いながら、あいつはオレに血をくれたよ。
 献血みたいなもんだってさ」

そこにどうしようもない認識のずれを、感じていた。
感じていたが、あの場ではそれをどうにかすることなんて、できなかった。

「失わない為に、与える……か。
 あいつは言ってたよ、周りに居る奴は一人も零したくないって。
 だったら……その為に、あちこちに与えるってんなら」

一人も喪わない為に、縛るために、与え続けるというのなら。

 「……そんなこと続けてたらきっと、
 あいつの手元には……
 しまいにゃ何も残らなくなっちまうんじゃねぇか?」

奥歯を噛み締めたオレは、掌を開いてじっと見つめる。
そこに無い筈の赤色が、ふと目に映ったような錯覚を覚えた。

悩みはした。したさ。
それでも、確かに彼女に『与えさせて』しまったんだ、オレは。

月夜見 真琴 >  
「本能的に根付いている習性であるのだとすれば、
 そうすぐに変えることは、おそらくは不可能だとおもう。
 切実性と積極性を無自覚に強め始めたのは――うん、
 あの子が"喪失"の原経験をしたときから、かもしれない」

やめろ、と言ってやめさせていい話でもないと。
思い当たるきっかけを濁したのは、同様の喪失を目の前の彼女も味わっているからだ。
人差し指をたてて、空中をなでる。

「ペースを緩めなさい、とは言ったけれど。
 どうなるかな、いろいろ考えさせてしまっているから」

頬杖をついた。
憂い顔で、同居人の平然とした顔と、仮面の下の移り変わりを回顧する。
あの子には、与えることが当たり前、という自覚はあった。
まだ、限界は来ていないが、不意に来るかもわからない。

「次にあったときは、おもいっきり甘やかしてあげて。
 わたしもたぶん、機会をみつけてそうしようと思う」

そう、気安く笑った。
そして関係の不変に複雑な感情を抱く彼女に。

「すれ違ってる感覚がずっとあったなら、それは――つらいよね」

届かない。通じない。蜃気楼を抱くような。
けれど、と、視線は彼女のほうに向けられた。

「でも、いままでよりきちんと通じ合えたこともあるでしょう。
 貴子のこと、思い出すことはつらかったといっていたけれど、
 そこを話すときだけは、ほんとうにうれしそうだったから」

そこが、おそらくいま。
レイチェル・ラムレイと園刃華霧が、重なっている部分。
おそらく、ずっとまえから、重なっていた部分。

「―――――ここまでいえば。
 "どうすればいいか"、なんとなくわかってきてるんじゃない?」

彼女の問題点が漠然と理解できて。
そして恋愛が判らない彼女に、如何に接すれば。
"殺せる"のか。その緒ていどには、近づけそうなものだ。
頬杖をおろし、両腕がずい、とテーブルの上、
彼女のパーソナルスペースを侵し、僅かに身を乗り出して。
教師のような問いかけとともにみつめた。

レイチェル >  
「オレもオレで、背負ってるものがある。
 だから、分かるさ。分かっちまうのさ、
 簡単には変われねぇってことくらいはな」

喪失の原経験。
いつまでもあると思っていた日常が崩れ去った時。
簡単に喪われてしまった時。
残された人は。残された吸血鬼は。


「元より言葉一つでどうにかなるもんでもねぇだろうさ。
 お前はきっと不器用なオレよりもずっと上手くあいつと
 信頼関係を築いてるんだと思うが、それでもな」

言葉一つで変わらねぇことなんて、真琴も分かりきってるだろうが。
オレとしても考えは同じだってことを示すために、敢えて口にした。
そしてその時、何となく空っぽの椅子に視線をやったら、
少しだけ視線が落ちちまった。でも、一瞬のことだ。
すぐに頬杖をついている真琴へと視線を戻す。

「そりゃ、つれぇさ。
 でも、そんな辛さに負けてられねぇとも思ってた。
 そんなのは、オレらしくねぇからな」

そして、あいつに贈った言葉は、偽りのないもんだ。
オレは簡単には、諦めねぇ。どうしようもねぇ奴だから。

「なんとなく……そう、なんとなくな。
 正しいかどうかは分かんねぇ。
 でも、正しいか正しくないか悩んでいるよりも、
 今からあいつにしてやれることを、正しいものにしていきたいと思う。
 近づけていけたらと思う。
 
 日常を。
 ごく当たり前の日常を。
 暖かくて、安心できるような『日常』を。
 
 安心を。
 何かを与えたりしなくても、
 簡単になくなったりはしねぇ、そんな
 『安心』を。

 
 与えたい。


 オレ達の傷を、少しずつ埋めながら。
 貴子が居なくなったこと……
 その変化は、ただの喪失じゃねぇってことを……


 伝えたい。

 
 オレ自身も、同じもんを……確かめながらな。
 こいつが、今のオレの答えだ」

そこには恋だの愛だのは関係なくて、
いつまでも続くと思っていた明日に裏切られた、
二人の時間を取り戻すために。


そして。大切なこと。


「勿論……穴を埋めるのは何も、
 華霧との時間《にちじょう》だけじゃねぇ」

身を乗り出し教師然としている真琴に、
口元を緩めて手を差し出す。

欲張り? 我儘? 上等だ。

一番大事なのは確かに華霧だ。

それでも、真琴だってオレにとって大事な存在なんだ。
それは前に伝えた通りで。

だから、今度こそは。もう暗がりからの『日常』を描くようなことが
ないように。そんな思いをさせないように。

「真琴、お前との時間《にちじょう》もだ」

月夜見 真琴 >  
「わたしは」

すこしだけ、気まずそうに視線を落とした。
コーヒーをひとくち啜って、その間にことばをさがす。

「共感するとかが苦手だから、理屈で相手をわかろうとして。
 それがたまたまうまくいっている、というだけ」

褒められたことかはわからない、と苦笑した。
生来、共感能力が非常に低いことが、刑事課の適正が低かった一因だ。
それを自覚しているため摩擦なき学生生活はまあまあ送れているが、
現役の刑事時代に、そのせいで問題を起こしたことがたくさんある。
活動をつづけていくうち、問題は少しずつ減っていった。
だれかさんの姿を見つめて、他人に寄り添う手段を自分なりに模してきたからだ。

視線を向けた。

「――――うん」

両手の指を、そっと合わせて。

「よくがんばったね、アミィ」

唇はふかい笑みを浮かべた。

「ちょっとびっくりした。
 すこしあなたに都合の悪いことだから――てっきり、
 目を逸らしちゃうんじゃないかっておもってた。
 あくまでわたしのアプローチとしてはだけど、概ねおなじ結論かな。

 そして――"親友(あなた)"が、ちょっと前まで、当たり前にできていたこと」

もちろん、違うアプローチもあるだろうけれど――と前置きして。
大事なのにひとたび、喪われかけていたもの。
恋の熱病によって、すこしだけ見失ってしまっていたもの。
成長は喪失の回復であり、すこしだけ進めたはずだ。

「私見だけれど……あの子に恋愛はむりかな。
 すくなくとも、"いまはまだ"。
 なにかが起こればどうなるかはわからないけど。

 恋をするとそのひとしかみえなくなるように、渇望は確かで……
 だから、わたしはあの子が欲していそうなものがなにかを、考えて。
 ただそれを、与えてた――最初は苦痛だったな、他人と同居なんて。
 いまはなんだかんだと、愛着も湧いてきちゃってるけれど」

あとは、如何に近づいて殺すか。
彼女に委ねるものだから、小さく笑って。大丈夫、と背を押して。
その油断に。真っ直ぐな"欲望"を向けられると、硬直した。

「……わたしとあなたの」

月夜見 真琴 >  
ぽつりと、……復唱する。
ゆめのような響きだ。
それを求められることが、どうしようもなく嬉しくて。
けれど――、複雑な感情を、飲み干すことができずに。

「その……、」

メールに綴られていた。
"助けてほしいところもある"。
カップをおいて、視線を所在なげに彷徨わせた。
どこをみていればいいのか、わからない。

「わたし……」

たどたどしく。


「あなたに、なにをしてあげられるの……?」


縋るように。

――"わたしの血ではだめだから"。

いくらでも、捧げられるのに。
強烈な劣等感と嫉妬心。
顔を伏せたまま、闇のなかにいる心地で。

レイチェル >  
「あぁ、今は無理なんだろうな。
 オレも、そう思うよ。

 けどさ。なにかが起これば、ってのはちょっと違うかな。

 奇跡が起これば。
 良いことが起これば。
 都合の良いなにかが起これば。

 そうじゃねぇと思うんだ。
 望むことは……起こるんじゃなく、起こす。
 
 気に食わねぇ盤面ならひっくり返す。
 そういうつもりで、居たい。オレはそう在りたい。

 改めてそうやって……あいつと一緒に歩こうと思えるのも、
 真琴。お前のお陰だ」

ありがとな、と笑う。真琴には、助けられてばっかりだ。
全てが上手くいくことなんてないかもしれない。
時間はかかるのかもしれない。それでも、オレは諦めない。

園刃 華霧を殺すことを。
その先に居るあいつを、喪失の不安から救うことを。
あいつに本当の意味で寄り添うことを、諦めない。

きっとそれは辛くても、楽しい経験になる筈だから。

レイチェル >  
「何をしてあげられる、か。何だ、そんなこと」

今度はオレから、真琴の方へと身を乗り出す。
そして、笑ってやった。思いっきり、笑ってやった。
だって、そんなこと分かりきってるじゃねぇか。

ああ、分かってる。オレにとって華霧の血が特別だってこと、
その事実は、お前からすれば――。
だから、はっきり口にしてやる。

「確かに、華霧の血は特別かもしれねぇ。
 前にも言った通り、華霧はオレの中で一番の特別だ。
 あいつのことは、いくら想いを殺そうとしてもダメだった。
 ……どうしようもねぇ、大好きだ。大好きなんだ」

大事なことは、改めて伝える。
ここは、オレがどうしても譲れないところだ。

「でも、さ」

だけど、それでも。
それだけじゃないんだ。

こいつは本当に、悩んでいる。苦しんでいる。
分かってるさ。けど、そいつを全部包み込んだ上で、
伝えたい言葉がオレにはある。


「オレは今、こうして歩き出して……前に進んでる真琴が好きだ。
 華霧のことで悩んでいるオレを支えてくれる真琴が好きだ。
 どうしようもねぇ我儘に付き合ってくれる真琴が好きだ。
 色々あったけど、一緒に居てくれる真琴が好きだ。
 オレのクッキーを美味しそうに食べてくれる真琴が好きだ。
 オレの前で可愛い顔を見せてくれる真琴が好きだ。
 こんなオレのことを大切に想ってくれる真琴が好きだ。
 
 
 だから、『何をしてあげられるか』なんて、悩む必要はねぇ。
 そう思ってくれることは、嬉しいさ。けどオレは真琴が、
 今のままで歩いてくれてれば、それで嬉しいよ」


だから、一番伝えたいのは――。
彼女に、一番伝えたいのは――。

月夜見 真琴 >  
「その意気も、正解にしてみせて。
 徹頭徹尾、おりこうでいる必要なんてない。
 ほしいなら手を伸ばしてしまっても、いいんじゃないかな。
 あの子がかつて、そうしたっていうように。
 ――でも、あんまり、急ぎすぎないようにね。
 あの子の歩幅はたぶん、あなたが思ってるよりもずっと小さいから」

きっと根気も必要な話。
そのときどきに、大事なものは何か、と問われるような重たい歩み。
でも対外的にうまくやる必要などなにもない話だ。
美しいだけのものに、月夜見真琴は興味を示さない。

「すこしずつ――それがいちばん、確実。
 ずれたきもちのまんまで求めすぎてしまったら。
 なおせない"ずれ"が、生まれてしまうかもだから」

心当たりはない?と。
視線を向けてみた。吸血を行った夜に。
そのあたりも、少しずつ確かめなければいけないこと。
でもきっと、やろうと思えばできることなのかも。

それが――自分のおかげ。

「あ、ぅ……」

そう、言われると、心が楽になる。
だったらそれでいい――、……いや、
ほんとうにそう、なのか。

「…………ぅ」

"すき"と、染み入る言葉の礫は、雨のように。
乾いてひびわれた心を癒して、満たしてくる。
いちばん、特別でなくても。
園刃華霧のいる場所に、居られなくても。
それで十二分だとわきまえて、

「…………?」

――――、あれ?

月夜見 真琴 >  
べつに――べつに、いい。
唯一絶対になりたいというわけでもない。
もしそこにいるのが自分だったらと、思う気持ちがないわけでもないが。
それは、それなら一番うまくいくというだけで。

華霧を妬んだことも憎んだこともあるけれど。
でも、ふたりが恋人同士になるかもしれないことには、ふしぎと。

――抵抗が、ない。

なにか、――違う。
じぶんは華霧のなにに嫉妬していたのだろう。
じぶんはアミィになにを求めているのだろう。
尋常な友人でも、先輩後輩でもない。
恋人同士でも――なれたらいいとはおもっていても。

もともと、歪んでいる自分が懐く想いとは、
普遍的なよくある恋でありながら、しかしどこか、
なにか、ちがう、きがして――


「――――、……」


しずかに告げられた、"想い"に対して、
浴びるほどに、まっすぐな感情にあぶられるほどに、
どうしようもなく燃え上がるような心地をおぼえる。
その言葉にうそがないのかどうか、
伏せた顔はおずおずと彼女をみあげた。
銀色に、涙をためて。


「"それ"で、いいんだ?」


するり。
ゆっくりと、回り込んで、彼女の傍に。
阻むものを超えて、みずから近づいた。
"救われる"。――だったら。
しなだれかかる。


「…………じゃあ、」


耳元に、

レイチェル >  
「ああ、ずれたまま……無理になんてのは、華霧を傷つけるだけだ。
 そんなの、オレは望んじゃいない」

真琴の言葉には、深く頷く。
オレの望みは、あいつが傷つかずに居てくれることなんだから。
そして、傷つかないように守りたいってことなんだから。


そして。
真琴から告げられた言葉。
それらを全て受け止めたオレは、一瞬だけ困ったように笑って。

その後に、しっかりと真琴を見つめた。


「……ここまでしてくれた……してくれてる……
 そんなお前がそう、望むってんなら」

かつて、アトリエで真琴に口にした。
約束をした。嘘は、つきたくない。

「真琴がそう望むってんなら」

オレは、オレを支え続けてくれた真琴の願いを叶えるために。

その本当の願いを、叶えるために。

たとえ、それが歪んだ形のものだったとしても。


――オレに、できるだけを。

レイチェル >  
夏は過ぎ、秋もまた過ぎ去りつつある。


季節は、時は、流れ続ける。


時計の針が動き続ける中で。


純粋。歪み。

錯綜する、そんな想いたちは。



~中断~

ご案内:「女子寮 レイチェルの部屋」からレイチェルさんが去りました。
ご案内:「女子寮 レイチェルの部屋」から月夜見 真琴さんが去りました。