2020/10/26 のログ
レイチェル >  
「……吸血鬼の血を相手に与える。こいつは、血の契約だ。
 別に、お前がどうこう変わった、とかそういうことはねぇさ」

こうすることで、自らの内にある本能《けもの》を
騙すことができるのだと。レイチェルはそう語った。

――負ける訳にはいかねぇんだ、オレ自身に。

怖がっている様子の彼女に、レイチェルは穏やかな口調で、
真琴が安心できるように静かに笑ってみせた。

そうして。
頭を抱かれたまま、温もりの中で。
自らの腕を、真琴の背中にまで回して、強く抱きしめた。
それは、餌を逃さぬ吸血鬼の本能ではない。
怯えながらも、証が欲しいと願う彼女を守る為に。
大切な存在を守る為に。
己の理性を守る為に。

「……真琴」

静かに、確かな愛情を込めてその名前を呼んだ。
これまで自分のことをずっと想ってきてくれた、目の前の存在は。
特別な存在が別に居る、華霧を想っていることを、認めてくれる。
こんな吸血鬼《じぶん》でも、欲してくれる。

ただ彼女の肯定に、甘える。月夜見 真琴に、溺れる。
決して、そうではなく。

レイチェルがたった一つだけ彼女にできること、したいこと。
それは、彼女の願いを、望みを、叶えることだ。
彼女が大切な存在であることに相違ないのだから。
全てを捧げられること。
それはもしかしたら、重荷となり得るのかもしれない。

それでも。

レイチェル・ラムレイは躊躇わない。
それを背負うだけの気持ちがレイチェルにはあったから。

彼女の不安を――否定する。

腕に、確かな力を込めて。
身体を重ねて、寄り添う

レイチェル >  
そうして、耳元でそっと囁いた後。


レイチェルはその白い牙《あかし》を、その首筋に突き立てた――。 
  
 

月夜見 真琴 >  
証。血の契約。
そう考えれば……ぞくり、背筋に駆け上がる非ぬ感情。
穢れたこの血肉に、僅かばかりでも彼女が宿るというのなら、幸福すら、ある。

「かえてくれても、よかったのに」

なんて零した言葉は、うそかまことかを伺わせない曖昧な笑みとともに。
視えざる場所は、変わっていっている。1秒前の自分が存在しないように。
だからいまは、これでいい。とても幸せだ。
賜られた甘美な葡萄酒で、十二分に酔ってしまえる。

「…………うれしい」

ふるえた、悦びの声。
抱擁を強める。溢れた月光に照らされて輝く金糸のぬくもりを確かめる。
頬を寄せ、目を閉じて。尖った耳朶に唇を寄せる。

「わたしにも、頼って。甘えていいから」

こうして不安を融かす甘さを齎してくれるというのなら、
自分の"役割"は、これ以上もないほどに明白だ。
かつて時間を止められ、そしてまあ動き出させた相手に。
孤独は否定され、ならば自分は彼女を肯定するだけだ。

注ぐのは、それこそ。愛や恋の一色ではなく。
憎しみも、妬みも、怒りも……綯い交ぜにした重たい感情。

「わたしの不安も……罪も……きっと、血が穢れているの。
 だから……だから、あなたに……ぜんぶ、吸い出してほしい……」

牙が近づく。緊張と期待に震えた。
"月夜見真琴"としての言葉も、じきに紡げなくなるだろう。


「………アミィ……」


耳に届いた、『約束』に。レイチェル・ラムレイの仮面のむこうに。
ささやくような甘い声は、そっと夜闇に溶けて。
不安も、悲しみも、なにもかもを否定してもらうために、力をぬいた。

理性とともに紡がれた言葉は、それが最後。

月夜見 真琴 >  
 
  
「…………愛してる……」
 
 
 

レイチェル >  
――ありがとな。

ただ一言、心の内でそれだけを返した。
言葉は要らない。口元の笑みだけで、きっと伝わってくれた筈だ。

愛も、恋も。
憎しみ、妬み、怒りすらも。
全て受け入れるために。

不安も、恐怖も。
全て否定するために。

レイチェル・ラムレイは、月夜見 真琴に。

彼女が望む証を――刻んだ。

レイチェル >   
 

ぽう、と。優しく光る月明かりだけが、揺れる二人を照らしていた。
 
 

ご案内:「女子寮 レイチェルの部屋」からレイチェルさんが去りました。
ご案内:「女子寮 レイチェルの部屋」から月夜見 真琴さんが去りました。