2021/11/25 のログ
ご案内:「常世学園附属総合病院」に黛 薫さんが現れました。
■黛 薫 >
目を覚ますと、病室の白い天井が見えた。
黛薫は運動機能のほぼ全てを喪失して入院中の身。
だからそれ自体には何の疑問も無い……の、だが。
(……あーし、いつ寝たっけ?)
そう、ベッドに入った記憶がない。
自分が寝る前に何をしていたかを聞くためだけに
ナースコールを使うのも気が引けるので、定時の
検診まで待とうと目を閉じて……。
「……え、あぇ、はぃ何?」
目を閉じた矢先、ベッド脇から声をかけられた。
視線だけ動かして確認すると、隣には様子見に
来た看護師の姿があった。
「あの、いつ入って……え、あーし寝てました……?」
戸惑い混じりに確認を取ると、自分は直前まで
ぐっすり眠っていたという。さっき目を覚まして
また目を閉じた一瞬で眠りに落ちていたらしい。
■黛 薫 >
話を聞くと、自分は試験的に外出を許された後
病院に戻ってそうも立たないうちに車椅子の上で
眠りに落ちて、暫く目を覚まさなかったらしい。
しかも一度目を覚ましても即座に寝入っていた。
(軽く街回っただけで、そんなに疲れてたのか)
試しに腕を動かそうと魔力を回してみたが、
容易く集中が切れてまともに動かせなかった。
行動に移してはじめて疲労の重さを自覚する。
「んん……」
診断によると、疲労の原因は魔術の行使に掛かる
精神負担。異能に起因する精神の消耗が重なって
削れた魂が限界を迎えてしまったらしい。
適正を得てすぐに使いこなせるなどと甘い考えは
抱いていないつもりだったがやはり現実は厳しい。
■黛 薫 >
現状、喪った体力は魔力で、運動機能は魔術で
代替しているが、不自由に感じる場面は多い。
いくら知識が並外れていようと黛薫は数日前に
魔術適性を得たばかりのビギナー。身体操作の
魔術刻印を譲ってもらったとはいえ操作性には
かなり難がある。これが無かったらまず指先を
動かすにも何週間かかったやら。
幸い、車椅子は片手が動けば支障なく操作出来る。
片手の操作に注力すれば魔力消費も精神的負担も
然程ではない。
問題はそれ以外の操作を求められるとき。
特に力を入れる必要がある作業には難がある。
運動機能を喪失している都合上、力を入れるには
『身体操作』の魔術だけでは到底足りなかった。
『身体強化』の魔術を重ね掛けしても並み以下。
具体的には、強化無しだと手帳の頁すら破れない。
当然、自立歩行には強化の併用が必須となる。
魂の欠損に起因する負荷耐性の低さも相まって
操作と強化を併用出来るのは精々5秒が限界で、
連続使用回数も片手で数えられてしまうくらい。
階段を上ろうにも踊り場で立ち往生するレベル。
■黛 薫 >
ただでさえ不慣れな魔術頼みの活動は枷が多いのに、
黛薫の場合異能が悪い形で噛み合ってしまっている。
試験的な外出で実感した問題は以下の通り。
・魔術の行使には多少なりとも精神集中が必要
→精神が疲弊すると魔術の行使に支障が出る
・『視覚を触覚で受け取る異能』を持つ所為で
人が集まる場所では多大な精神負荷を受ける
・バリアフリーが行き届いているのは人の利用が
多い空間ばかり→『視線』と『不便』の2択を
常に迫られる
人の利用が少ないところはバリアフリーに回せる
予算が少なく車椅子での活動に不便を強いられる。
人の利用が多いところでは『視覚』も多くなる為、
異能による精神負荷に耐え続けなければならない。
このジレンマは如何ともし難い。
「あーし知ってんぞ。こーゆーのハメ技って言ぅんだ」
■黛 薫 >
最低でも『身体操作』に必要なリソースの確保は
課題になる。現状『身体操作』を切らした黛薫は
人形も同然なのだから。
その上、一時的な自立や扉の開閉を行う場合は
『身体強化』の併用が必須。『身体操作』より
消費が激しい『身体強化』の分までリソースを
残そうとすればなお消耗を避けねばならない。
人混みに呑まれようものなら異能による精神負荷と
精神操作への注力であっという間に消耗するだろう。
車椅子のお陰で目立ってしまうのもデメリット。
それに……表の街では余程問題にならない筈だが、
悪意のある視線を向けられたら身体操作の魔術も
覚束なくなるかもしれない。
(……なのに)
(それ込みでも学生街の方が落第街より怖ぃの、変かな)
■黛 薫 >
「……はぁー……」
重苦しく息を吐く。
実のところ、考えること自体は苦にならない。
むしろ今までになかった世界が目の前に開けて
気が逸っている節すらある。
しかし自分が目先の問題/目標に全てを捧げられる
立場に居るかと問われれば……残念ながら否だ。
黛薫は落第街では『良いように使える弱者』で。
それが更に弱くなったのだから、裏の街に於ける
立場は最早底辺を突き抜けてしまっている。
表の街に留まるのは自衛であると同時にささやかな
抵抗でもあるのだが……落第街で起きた衝突により
裏の街の住民は一定数表の街に焼き出されている。
鬱屈した苛立ちを募らせているであろう不良共に
見つかれば、どう扱われるやら。
■黛 薫 >
しかし本当に怖いのは『自分がどんな目に遭うか』
ではない。自分が『何か』されてしまったとき、
同居人が何を思うか、どんな行動に出てしまうか。
傷を分かち合いたいと言ってくれた彼女に秘密を
作るのは気が引ける。しかし折角人間の暮らしに
馴染み始めた彼女が『報復』を機にまた怪異側に
傾くのでは、という心配もある。
(『最悪』ばっか考えて、気ぃ揉みすぎかもだけぉ)
元々、黛薫は悪い方ばかり想定しがちな性格だ。
しかしそれを踏まえてなお振り払えない不安に
違和感は覚えていた。
きっと、環境が変わって気弱になっているだけ。
そう自分に言い聞かせて目を閉じると、またもや
疲労のお陰ですとんと意識は途切れてしまった。
■黛 薫 >
──黛薫は、最後まで気付けなかった。
その『不安』の原因が街中で向けられた誰かの
『視線』にあったことに。気付けるとするなら、
もう一度同じ人に、同じ視線を向けられたとき。
燻る『悪意』は、彼女の与り知らぬところで。
どろりと煮詰められていった。
ご案内:「常世学園附属総合病院」から黛 薫さんが去りました。