2022/03/22 のログ
ご案内:「落第街 閉鎖区画 跡地」に藤白 真夜さんが現れました。
藤白 真夜 >  
 墓標めいた黒こげの瓦礫。
 申し訳程度に開かれた道。
 未だ残る何かの燃えさし。
 ……塗りつぶすような、灰の山。

 ……それはもう終わった場所。
 かつて、地獄めいた光景があった場所には、蠢くような命はもう感じられない。
 どちらにしても、そこは地獄のような場所だった。

 足を踏み入れるつもりは私にも無い。なんなら、中に残っているものはもう何もないだろう。
 ……けれど。
 確かに、“在った”モノがある。

 私は区画の入り口に立ちすくみながら、思い返していた。
 私の目の前で消えていった命を。
 ……もっと多くの、人知れず消えていったものを。

「……」

 何かを口にする気も、資格も無い。
 いざこの場に立つと、私の中のどうしようもない罪悪感が更に疼く気がした。

 何もできなかったクセに?
 何の意味もないコト。
 ただの●●●●。

 自らのうちから湧き上がる罵倒が、酷く心地良い。それはすべて正しいモノだったから。
 ……それで良い。私は、佳く間違えるモノだから。

 もう誰も居ない――何も残らないその跡地に、足を踏み入れる。
 手に持った小さな花を、其処に手向けた。
 その花に命は無い――紙で折られた白い花。

 そこにあったものを知らない。
 落第街は、私には遠すぎる。
 それでも。
 その命に触れ合った者として、せめてもの餞を。

 灰の積もる道に跪いて、小さな祈りを捧げる。

藤白 真夜 >  
 考えることは何も無い。
 思い返すことも、やはり無かった。
 故人の名を知るわけでも、関わりがあったわけでもない。
 ただ死にゆく様と、その在り様を垣間見ただけの他人。
 祈る先も、作法も、想起も……全て何もない。

 それでも、誰も――もう何も無いその場所で。
 何を見つめるでもなく瞳を閉じて。
 何かにこいねがうように手を結び。
 何処にも届かない祈りを。

「……――。」

 死者への祈りは、その実自らへの祈りだと聞いたことがある。
 当たり前だ、死んだ人間はもう居ないのだから。
 私の捩じれた精神性は、その事実にひどく膿んだ。

 私の自己評価はひどく低い場所にある。
 だから、自然と回りのすべてが、……存在そのもの、命をこそ、尊いと思えるようになった。
 それが――

(……何人、死んだんでしょう。
 十、百、どれだけ……?
 ……命を数で数えることに、躊躇いを覚える暇すらないほど――)

 あっという間に、消えて無くなった。
 
 誰もいない跡地に祈る姿はひどく小さく見えて、……それが初めて、かすかに震えた。
 恐ろしいのは、死の容易さじゃない。
 悍ましいのは、生の醜さでもない。
 ただ――、

 私の敬愛する“まっとうな命”が、あまりにもか細く消えるというのに。
 ……自らの醜い生が、……優越感のようなモノすら覚えているという事実だった。

 真っ当な命があっさりと消えていけばいくほど、醜い不死の歪さが際立つ。
 ……だからこそ、私はこの場で懺悔めいた祈りをする必要があるはずだった。

藤白 真夜 >  
 ――だというのに。
 私は、“正しい行い”をしているはず。
 死者を弔う、憐れむ行い。
 自らの内からただの自己愛の発露だと後ろ指を指されて、それでも構わない。
 祈りと、献身と、追悼の想いからの行為であるはずなのに――、

「……ぅ、……」

 何処にも届かない静かで小さな祈りが、崩れた。
 何かを遠ざけるように、顔を背ける。
 吐き気を覚えたように、口元を覆って。

(どうして、私は――)

 気分が悪いわけではなかった。
 むしろ、良い。“良すぎた”。
 総毛立つ程に。

 私の中に――底にあるモノが、この死に満ちた場所を好んでいる。
 何に見送られることもなく、理不尽な生と死に消えた命を。
 私の中の仄暗い闇が、それらを手招くのだ。
 ――此処なら、安穏な死後を送れると、……貪欲な大口を開けて。

「……ぇほ、こほッ……」

 何かを戻すかのように嘔吐く。そこから何かが戻ることは無い。
 でも、……小さく、涙が零れた。
 ……やはり、私にその資格は無いのだから。

ご案内:「落第街 閉鎖区画 跡地」に神樹椎苗さんが現れました。
神樹椎苗 >  
 灰被りの廃墟。
 生者の燃え去ったこの場所には、迷う者が多かった。

『―――――』

「わかっています。
 だからこうして、付き合わされてるのですよ。
 まったく、信者使いの荒い神で――」

 そう、この地には迷う者が多い。
 それは無数の死者に限らず――死に惑う生者も。

「――こんな場所に、生者が近づくもんじゃねえですよ。
 ここは死に溢れてますから、惹かれちまいますよ」

 小さな足音を立てながら、廃墟の奥から椎苗は小柄な姿を現す。
 包帯に包まれた右腕に黒い霧を纏い――周囲に無数の死を――彷徨う死霊の気配を引き連れて。
 

藤白 真夜 >  
「――ひゃッ!?
 は、すみませんっ。す、すぐ立ち退きます、ので……――」

 びっくりしました。
 流石に誰も居ないだろうと思い込んでいたその場所で、思えば勝手に入り込んでしまって、何か許可でも要るのではと叱られるように慌てて振り向いて――、
 ……本当に、驚いた。
 吐き気や焦燥も吹き飛ぶほどに。

(アレは――。
 ……ものすごく、濃い死……?いや、これは――、)

 目を向けるのは、この場所にそぐわない小さな女の子じゃなくて。
 何かが“在った”ようなその背後へ、目を向ける。
 ……でも、何かが見えるわけでは、なかった。だから、現実に目を戻す。

「あの、貴方は……大丈夫、なのですか?」

 小さい女の子。だというのに、私は敬語で話していた。……この島じゃ外見年齢はあまりアテにならない。
 “生者が”という言葉にも、私でも解る色濃い死の雰囲気にも、どちらにもかかった気遣う言葉。
 死霊は触れがたく、かといって容易く扱うには危険がすぎる。
 多少知識はあるけれど、こうして目の前で扱われると驚きより心配のほうが勝っていた。
 明らかに死霊術か何かの心得があるのは目に見えたけれど、……小さい女の子を見るとつい心配してしまうのかもしれなかった。

神樹椎苗 >  
「いえ、立ち退けとまでは言いませんが。
 このあたりは色々と彷徨ってますから、下手に祈ると憑かれちまいますよ」

 さく、さく、と、灰を踏み鳴らして何ともなしに歩み寄る。
 周囲に立ち込める死の気配は、異様なほどに穏やかで――

「ん、まあこれも役目のうちですからね。
 見ての通り、ぴんしゃんしてます。
 お前の方は大丈夫ですか、『陰気巫女』。
 気分がよさそうには見えませんが」

 黒い霧に包まれた右手を顎に添えて首を傾げた。
 椎苗を取り囲む気配たちは、荒ぶる事もなく、ただ静かに椎苗に寄り添っている。
 

藤白 真夜 >  
「……」

 ぱちぱち。思わず瞬き。
 こういう場所に小さな女の子がいるほうが危ないんじゃ……と思ったけれど、私も立場的には変わらないのかもしれない。
 それに、どうみてもただの少女でもなかった。

「憑かれることが慰みになるのなら、私はそれで構いません。
 ……うまくいくとも、思えないのですが……」

 私の祈りに、そんな意味が宿るかもわからなかったし、……たとえ憑かれても、それは私の“糧”になるのがオチだから。

「お役目、ですか? こんなところで、やることが――」

 こんなところでやることがあるのかとは、そもそもその場所に居た私の言えたことではないかもしれなかったけれど。
 ……完璧に死霊を使いこなすその姿に、会話しながら……でも驚きは隠せずにいた。
 使いこなすというよりも、侍らせるとでもいうのか、使役するでもなく服従させるような――、

「い、陰気巫女ですか? 巫女というには、ちょっと……。ど、どこかでお会いしましたか?」

 ――しかしその単語にはちょっと戸惑う。どこから出てきたんでしょう……祈ってたから、いや私の黒ずくめはどうみても巫女には……。

「具合は良いんです。すごく。
 ……だから気分が悪いのかもしれませんね」 

 ……少女は死に惹かれることを危惧してくれたけれど。
 私にとってはそれは逆に、糧のようなものだった。
 命の残滓を啜るもの。
 その事実が嫌なだけで、女にはむしろ生気が満ちていた。
 ……顔色は悪かったけれど。

神樹椎苗 >  
「ふむ――このあたりの魂はオススメしませんが。
 あまりに苦しみ過ぎてますからね。
 それに、糧にされてはしいの役目が果たせませんし」

 彼女が死霊らをどうしようと、普段なら気に留める事ではないのだが。
 今日は正しく『使徒』としてこの場にいるのだ。

「やる事は色々ありますよ。
 死神の遣いとしては、彷徨う死者に安寧の眠りを与えねばなりませんからね」

 そう、周囲の気配からは――自ら椎苗に付き従っているように見えるだろうか。

「ああ、そう言えば一応初対面でしたね。
 しいはお前の事をしっていますが――なるほど。
 折り合いをつけるのは、簡単ではねーですからね。
 だからって、お前は卑下するような人間じゃねーですよ」

 久しぶりに自由に動く右の指先で、少し考えるように頬を叩く。
 彼女の自己評価の低さは、筋金入りらしい。
 こうして対面して、より感じられた。

「――しいは、かみきしいな、と言います。
 肩書はまあ、色々と増えそうで面倒ですが。
 今は『黒き神の使徒』と名乗っておきましょう」

 そう彼女に名乗る。
 とても悠長に、場所と状況にそぐわない穏やかさで。
 うっすらと微笑みかけるのは、椎苗が彼女を気に掛けているからでなく――仕える神が、彼女を気に入っているからだ。
 

藤白 真夜 >  
「……! ……すみません……。
 私は、せめて、……手向けだけは、と……」

 ああ、このひとには“解る”らしい。
 結局のところ、私のやっていることはそれだ。
 血、死、魂――。
 それらは全て、私の動力へと繋がる。
 いうなれば、それらこそが私の本当の食事だ。
 ……だから、私は申し訳なさそうに頭を下げた。

「……安寧の、眠り……」

 死神の遣いと聞けば、驚くけれど納得はした。
 でも、何よりも。

「ああ――良かった。
 あの死の中でも、……導くひとが居てくださったのですね」

 まだ頭を上げることは無い。恥じるように下げた頭の意味は、今は少女への感謝にすり替わっていた。
 何が出来るはずもなく流した涙が、再び零れる。今度は、喜びの意味をこめて。
 私にできることが無いのは変わらずとも、それを為したひとが居るというだけで、喜ばしいのだ。

 再び面を上げるその顔は、相変わらず陰気臭かったけれど、かすかな笑顔を浮かべていた。

「私は、……知っているとおっしゃっていましたが、藤白真夜と申します。祭祀局に務めている、3年の。
 椎苗さんは、……」

 黒き、神。
 その言葉にひっかかりは覚えたけれど、でも今は。

「……その方たちを、ありがとうございます。
 私には何の縁もゆかりもありませんが、……この場で起きたことを、見送ってくれる人が居る。
 私は、それだけで嬉しい」

 物悲しい灰色の世界の中で。
 黒き死と霊の漂う中で。
 それを当たり前のように受け入れて、彼女の微笑みに感謝の笑顔で応えるでしょう。