2022/03/23 のログ
神樹椎苗 >  
「謝る事じゃねーですよ。
 お前のソレは、恥じる事じゃねーんですから」

 と、椎苗は言うものの、
 その言葉を彼女が受け入れられるかは別問題だ。
 そう、折り合えるなら、彼女は苦しんでいないのだろう。

「――ふむ」

 彼女の感謝と微笑みを受けて。
 椎苗は少し困ったように眉を顰めた。

「それは、お前も同じでしょう。
 この場所で起きた事を知ってなお――ただ何もしないではいられなかったのでしょう。
 お前の祈りは正しい――お前の祈りで救われたモノは確かにいるのですから。
 お前に感謝されてしまっては、しいの立つ瀬がありません」

 むむむ、と困った顔になる。
 なにせ椎苗は、彼女に感謝を伝える心づもりで居たのだ。
 それが、こうして反対にありがたがられてしまえば、非常に居心地が悪かった。
 

藤白 真夜 >  
「……」

 言葉には出しづらかったけれど、静かに驚く。
 ……このひとは、椎苗さんは、異様に察しが良い。というより、予め識っているかのような――。
 そう思うと、やはり恥じるような気持ちはあった。
 正しい、絶対的な何かに照らされているような――。
 でも、それで構わない。
 恥。痛み。屈辱。
 その中でこそ、正しい私が見えるのだから。

「そう、……なのですか?」

 ……私に、何かができたのだろうか。
 魔術を駆ってあの花を燃やしたわけでもない。
 異能を揮ってあの命を絶やしたわけでもない。
 ましてや、……あの空っぽな祈りが、……どこかに届いたわけが――

 そこまで考えて、目前の少女に目が届いた。
 ……祈りが神に届いた、なんて考えるつもりはなかったけれど。

「仮に、そうなのだとしても。
 ……やっぱり、感謝させてください。
 私に……死を、正しく流れさせることは出来ませんから。
 ……私はただ、留めるだけ。
 でも……――」

 事実、死の眠りを与えられるのは、彼女の行いのおかげだった。
 それでも。

「……私が、……誰かのお役に立てたのならば、それはとても嬉しいです。
 本当に、できたのかはわかりませんが、……とても」

 彼女の言葉に、自信が無さそうに――でもわずかに、微笑んだ。
 私の行いにも、意味が在ったのだから。

神樹椎苗 >  
「――むう」

 やはり難しい顔になってしまう椎苗。
 彼女の行いは、自分が想っているよりも遥かに大きな意味を持っている。
 それだけ、『祈る』という行為は大きな力を持つのだ。
 特にこの、大変容を迎えた世界では。

「――なら、もう少し役に立ってみませんか?」

 少し悩んだ結果、そんな言葉を口にする。

「実は、しいの仕える『黒き神』が、お前の事を気に入っているのです。
 ですから一人の巫女として、しいの代わりに祈って欲しいのですよ。
 ここに居る彼らの、安息と安寧を」

 そう言いながら、霧を纏う右手を彼女に差し出す。
 それは彼女なら感じ取れるだろう。
 気配というにはあまりに濃い――死という概念そのものを現したような黒い霧だ。

「まあ、色々と理由や理屈もありますが。
 それはまたいずれに。
 今はシンプルに、しいと『黒き神』はお前の力を借りたいのだと思えばいいです。
 難しい事はありません、ただ、しいの手を取って、『死を想え』ばいいだけですから」

 そう伝えながら、握手を求めるように手を伸ばす。
 彼女はどう答えてくれるだろうか。
 命の価値を知る彼女は――。
 

藤白 真夜 >  
「……え?」

 彼女を少し困らせてしまったでしょうか……やっぱり、私の行為にそんな意味が――なんて思っていたのもつかの間。
 思いもしない問い掛けに驚く。
 私に手伝えることなんてこの場であるのだろうか、と思いつつも。
 ……やることは、決まっていた。
 “誰かの役に立つ”。
 それは、私が最も求めていることだったから。

「……私に、出来ることならば」

 ……それでも、迷いはある。
 ……私に、出来るだろうか。
 力不足なら、それならばまだいい。
 私に、相応しいのだろうか?
 血と死に穢れた私の祈りが……真っ当な終わりである死の安息を、呼べるのだろうか。
 しかし――、
 彼女の右手を見た瞳が、瞬く。

(……これ、は――)

 魅入られたかのように、目が離せない。
 だというのに、酷く冷たい予感がする。
 それは私の求めて止まない――しかし遠ざけたモノだった。

 返事もほどほどに、私はうやうやしく膝をついて――引き寄せられるようにその右手へ手を差し出す。
 何かを授かるかのように大袈裟に、両手で受け止めるように。
 握手とは到底言えない、――恩寵を授かるような仕草で、その右手を受け取った。
 神の見えざる手に口づけをする巫女のように。

 死を想う。
 私にそれが正しく解るとは、思えなかった。
 死を幾度となく経験し、しかし生きている。
 生者にそれが正しく解るとは、思えなかった。
 ……だから。

 思い浮かべる。
 落第街で助けた倒れ伏す人々を。
 思い浮かべる。
 あの地獄めいた花園を。
 思い浮かべる。
 死の一瞬、目が合った暴力に染まった瞳を。

 ――それらを、正しく送り出す。
 私の中の経験が、意識に浮かぶ。
 血の抜け落ちる冷たさを。
 首筋をすり抜ける刃の冷たさを。
 胸の穴を通り抜ける風の冷たさを。

 永遠の断絶。
 空虚な死。
 無。

 それらの“後”にやってくる――残酷なまでの闇と静寂。 
 でも、死は冷たいだけじゃない。
 静けさは救いで、闇は優しい眠りに似る。
 私がそれを感じられるのはひどく短かったけれど――確かに識っている。

 甘き死の抱擁。
 祈るようにして――私は死を想った。
 ……彼らが、せめて安らかに眠れるように。

神樹椎苗 >  
 彼女は椎苗が考えていたよりもずっと、仰々しい態度で手を取った。
 椎苗の手を取れば、その右手が枯れ枝のように細く、骨と皮だけのような硬い感触が伝わるだろう。
 そして。

 死を現す黒い霧は、彼女の手へとゆっくりと伝わっていく。
 それは死という概念の冷たさを伝えながらも――その先の安らかな眠りを感じさせた。

 多くの死を知っている彼女を包むように、黒い霧が漂う。
 それはかつて死を司ったモノの抱擁。
 彼女が想う死が、彼女自身を静かに抱く。

 ――きっとほんの束の間だろう。
 彼女の瞼の裏に、イグサが揺れる小島が見えたかもしれない。
 それはアアルの原野――いつか魂が安寧の果てに至る場所――

 ――彼女が祈りを捧げて、瞳を開いたとき。
 周囲に彷徨っていた魂は、その一つも残されていないだろう。
 彼らは死を想う彼女に導かれ、確かに、安寧の揺り籠へと送り出されたのだ。

「――気分は、どうですか」

 そう問いかける椎苗の表情は、とても穏やかに微笑んでいる。
 椎苗もまた、かつて神とされていたその残滓。
 黒き神が喜びを表すように――椎苗自身も、彼女に心地よい親しみを覚えていた。
 

藤白 真夜 >  
 暗く、冷たく――しかし、何者にも遮られることの無い、闇の帳。
 祈りの最中感じたものは、どこか懐かしく――だからこそ、恐ろしいもの。
 生きている限り、逃れえぬ隣人。
 その気配は、だからこそ私には愛おしく――だからこそ、受け入れがたいもの。
 この身は死を知らず、しかし死を畏れている。
 絶対的なソレに対する畏れと敬いと怯えを前に、……しかし、祈り続けた。
 
 この場で散っていった、命のために。


(……!)

 瞳の中に映ったモノの意味を考える前に、現実へと戻ってきた。
 驚きとともに開かれた目に映るものは、微笑む少女だけ。
 あの死霊たちは、もうどこにもいない。
 ……きっと、あの場所へ行けたはずだから。
 とても、安らかな、――平和の野原へ。

「……良かった……。
 あれだけ……穏やかな場所なのですね……」

 自分のことではなく、彼らがどこへいったのかを、考えていた。
 あれだけ理不尽な死を迎えたのだから、死の眠りくらい……穏やかであるべきだと思っていたから。

「ありがとうございます、椎苗さん。
 ……いえ。御使いさま。
 私は、あれだけ安らかな死を知りません。
 厳かで優しい、……あなたの死のおかげです」

 その言葉に、自らの気持ちは語られていなかった。
 ……でも。
 何かをやり遂げた満足気な微笑みを見れば、答えはあったかもしれない。

神樹椎苗 >  
「御使いなんて言われるほど、大したもんじゃねえですよ。
 使徒、なんて言ってますが、使いっぱしりみてーなもんです」

 そう笑ってから、すでに自分の意思では動かなくなった木乃伊の右手から力が抜け落ちる。
 彼女と繋がっている右手は、ともすればぽっきりと折れてしまいそうだろう。

「今回、しいは何もしていませんよ。
 ここに居た魂を安寧へ導いたのは、お前の祈りに他なりません。
 お前が今感じた物こそ、お前が描いた一つの、正しき死の形です」

 それまでと少し違う、どこか満たされた笑みに、椎苗は左手を伸ばす。
 彼女はやはり特別なのだと確信した。

「改めて。
 かみきしいなですよ、『陰気巫女』先輩。
 しいと黒き神は、以前、お前の祈りに救われました。
 ありがとうございます――しい達はお前の祈りを忘れません。
 今日は時間切れですが、またいずれ――」

 そう言葉にする最中にも、椎苗の身体は見る見るうちに萎びていく。
 その左手が彼女の頬に届いたころには――まるで目の前にいた姿が幻想だったかのように。
 椎苗の身体は枯れ果て、塵になって消えていただろう――。
 

藤白 真夜 >  
「……ふふ。そうかもしれませんね」
 
 相変わらず、仰々しく大事そうに彼女の右手を支える。
 枯れ木のようなこの右手は、だからこそあの神につながるのかもしれなかった。
 ……だからこそ、しっかりと握りこんだりせず大事に受け止めたのだけれど。
 
 つかいっぱしりという彼女の言葉に、微笑んで茶化すように答えた。
 ……この灰色の墓地には、彼女の鮮やかなフリルリボンがよく映えると思っていたのだ。
 それこそ、祈りに応える天使のように。

「……それは――……」

 ……私の中にも、この少女と重なるものがある。
 安息の眠りに導いたのはほとんど彼女のもので、私はきっかけにすぎないと思っていたけれど――、
 そう思うと、……恥じらうような微笑みが少し、浮かんだ。
 ……私でもやれた、という……自意識過剰かなとすぐ恥じてしまう、ほんの小さな自信が。

「……以前……?
 椎苗さん、それは――」 

 彼女の言葉のすべてはわからない。
 でも、あの昏い死の薫りは、どこかで――。

 頬に感じた手を受け止めるように伸ばした手は何にも重ならず、ただ自らの頬に触れただけだった。
 文字通りに、“枯れた”彼女を、見送ることしかできずに。

 焦ることはない。頬に触れたぬくもりはまだ残っている。
 ――祈りの中感じた、冷たく厳かな感覚も。
 何よりも、彼女はこういったのだから。
 
「……はい。また、いずれ。
 お会いしましょうね」

 もはや何もない場所に向けて応えを返す。
 その表情は、晴れやかだった。
 私の祈りは自らにしか向いていないと思ったけれど、それは間違いだった。

 確かに、私の祈りには何もないのかもしれない。
 でも、……それで誰かが救えるのなら。
 私は何度でも祈りを捧げるだろうから。

ご案内:「落第街 閉鎖区画 跡地」から藤白 真夜さんが去りました。
ご案内:「落第街 閉鎖区画 跡地」から神樹椎苗さんが去りました。