2022/12/23 のログ
杉本久遠 >  
「うむ、いつも通りだ!」

 そう自信満々に言う久遠も、また、どこか特殊なメンタリティの持ち主だったりするのだが。
 そんなどこか、噛み合うようで噛み合わない所が、もしかしたら丁度いいのかもしれない。

「いや、そういうわけにはいかないだろ?
 何事にも、予想外のアクシデントってものはありえるんだ。
 そんな時、出来れば好きな相手の傍には痛いじゃないか」

 一人で平気、という彼女は、実際に平気なのだろうし、一人での行動にも慣れているんだろう。
 しかし、久遠の気持ちとしては。
 一人に慣れてしまっている彼女に、一人ではできない体験をしてほしいし、出来るだけ一緒にいたい、とも思うのだ。
 とはいえ、実際は年中一緒にいるわけにも行かないから、こういった行事や記念日などに誘うので精一杯なのだけれど。

「いや全然邪魔じゃないが――ふむ、面白く、か」

 少し考えながらリビングを眺めて、改めて彼女を見る。

「シャンティはクリスマスは祝った事があるか?
 もしかして、宗教的にNGだったりしないか?」

 今の世の中、宗教も無数にあれば、こういったキリスト教の行事をはじめ、異教の行事は一切禁じるような宗教もある。
 まあ、もしそうなら最初から断られていただろうとは思うため、大丈夫だとは思っているのだが。

「よかったら、一緒にツリーの飾りつけでもしないか?
 オレが一人で四苦八苦してるのを見てるより、一緒にやった方がきっと楽しいだろう?」

 杉本家のツリーはだいぶ大きい。
 というのも、一家そろって祭り好き、イベント好きなのが高じてしまった結果である。
 これを一人で飾り付けるのは、慣れていても少し大変なのだった。
 

シャンティ > 「ふふ……おお、きな……番犬、かし、ら……ね」

ぽつりと小さくつぶやく。側にいればそのようにも見えるかもしれない。少し、面白かった。

「そう、いう……もの、か、しら……ね、え」


人は死ぬときには死ぬ。聖人だろうと悪人だろうと。それが無様だろうと崇高だろうと。いつ何時、なにがあろうと――それはそういうものだ、と女は思っている。それゆえ。男の考えも、女には意外なものであった。


「くり、すます……ね。私、自身、は……縁、は……なか、った、けれ、どぉ……別、に……駄目、でも、ない、わ? そも、そも……宗教、とは……もう、無縁……だ、し」


女にとって宗教は救いでもなんでもなかった。それゆえに、信じるなにかも、唾棄すべきなにかも、もっていなかった。


「そう、ね……飾り、つけ……なん、て……した、こと……ない、し。して、みるの、も……おもし、ろい……か、も……しれ、ない……わ、ねぇ……?」


興味が無いからと言って、嫌いというわけでもない。何事もやってみなければわからないこともある。女はそう思った。


「そう、ね……のん、びり……おしゃ、べり、でも……しな、がら……しよう、か、しら?」

杉本久遠 >  
「番犬か。
 なら、しっかりとガードしないといけないな」

 そう言いながら、隣の彼女の手を握ろうと手を伸ばしてみる。
 こういった行動が出来るようになったのも、時間をかけて彼女と触れ合ってきたお陰だろうか?

「ああそれなら良かった。
 それじゃあ、折角だし一緒にやろう!
 何事も、やってみなくちゃわからないからな」

 彼女が意外と乗り気な反応をしてくれれば、久遠は喜んでソファを立ち、ツリーの横に置かれた大きな段ボール箱をのぞき込む。
 その中には、ツリー用の飾り。
 小さなマスコットから、長い紐状の飾り、当然、天辺に飾るようなのだろう、大きな星も入っていた。
 

シャンティ > 「そう、ね」

くすり、と笑う。どちらといえば、こんな会話を耳にした妹がどんな顔をするか、を想像した結果ではあるが。


「と、は……いえ。私、は……くりす、ますに……触れ、た、こと……あまり、ない、から……ん。飾り、とい、う、のも……なんと、なく……し、か……わか、らない、わよぉ?」


手を惹かれて立ち上がれば、そのように口にする。いや、というわけでもないが、わからないのでなにかちぐはぐなことをするかもしれないのだ。


「ま、あ……そこ、は……レクチャー、が……ある、の、よね? それ、に、して、も……大きい、わ、ね? みん、な……こんな、大き、な……木を、つかう……の、かし、ら?」


改めて確認すると、木はおもったよりも大きめであった。お祭り好きなのだろうな、とは想像がつくが……だからといって、わざわざ無駄に大きいものを遣う意味はあるのだろうか、と女は思う。

女自身は、クリスマスについて特に縁もないので常識的なことはあまりはっきりとはわかっていなかった。

杉本久遠 >  
 
「大丈夫、オレもこういうセンスはからっきしだしな。
 案外、不慣れな君の方がうまく飾れてしまうかもしれないぞ?」

 久遠が飾り付けすると、どうも、ゴテゴテしてしまうのだ。
 バランスを感がるべきなのだが、どうにもやり過ぎてしまうらしい。

「レクチャーか、そんな難しいものはないさ。
 この箱の中のいろんな飾りを、この木にひっかけていけばいい。
 基本的にはこう――直感だな!」

 アドバイスゼロだった。
 とはいえ、久遠自身、なんとなくでやってる事なので、どう教えたものかというものでもある。
 まあ、とりあえず、箱の上の方にある靴下型のストラップを、枝の一つに下げてみた。

「うーん、他のうちはもう少し小さいんじゃないかな。
 うちはなんというか、みんなイベント事が好きでさ。
 こういうのにはちょっと、気合が入っちゃうんだよなあ」

 杉本家のツリーは三メートル弱。
 他の家なら、基本は数十センチから、一メートル以内のミニツリーになるだろう。
 

シャンティ > 「なるほ、ど……?」

難しいことはない、というのでとりあえず詰められた飾りをつまんでみる。色とりどりの鈴が出てきた。一回それを返してまた別のをつまめば……色とりどりに輝くモールがでてきた。

「……やっぱ、り……派手、な……ほうが、めだって、いい、のかし、ら……ねえ?」

ぽつり、と感想を口にする。


「そう……じゃ、あ……昔、から……この、サイズ……な、の? 久遠、の……家、は。」

大きいと言われて、なんとなく合点がいった。

「昔、から……一人、で……飾って、きた、の?」


指示などもないので、とりあえずでなんとなく、鈴の飾りをつけてみながら聞いた。


「……」

そういえば、昔といえば……と、ふと永遠の言葉を思い出して、小さく首をかしげた

杉本久遠 >  
 
「はは、そうだな。
 多少派手なくらい害意かもしれないな」

 己の恋人と、クリスマス飾り。
 その組み合わせが妙にミスマッチで面白かった。

「そういえは、うちは昔からこれだなぁ。
 ――ん、飾りつけか?」

 久遠も少し考えながら、箱の中から白い綿を取り出して、それを枝の上に載せてみる。

「そうだなあ、小さいときは永遠と一緒だったり、親のどっちかが仕事を休んで一緒に居てくれたかな。
 一人でやる事が多くなったのは、まあ、つい最近かな?」

 妹も友人らとの約束をするようになり、両親も子供二人が手を離れて、仕事をするようになった。
 とはいえ、それが寂しい訳でもなく、終わったころに帰ってくる三人を出迎えるのは、それはそれで楽しかった。
 

シャンティ > 「どう、せ……そこま、で……装飾、に……意味は、ない、だろう、し……なにか、意味……ある、の、かし、ら……ね?」


小さく首を傾げる。そのついでに、箱からモールを取り出す。ずるりと出てきたモールは、大きな木にふさわしい長さを誇っていたが、やや長めでもあった。


「ふ、うん……?」

昔から、と。その言葉を確認して


「そう、いえ……ば。久遠……って、どん、な……子、だ、ったの……かし、ら?」


くすり、と笑って質問を重ねた。

「たと、えば……サンタ、さん、には……いつま、で……お世話、にな、った、とか……ね?」

杉本久遠 >  
 
「うーん、たしかになあ。
 もう本来の宗教行事なんかとは、とっくにかけ離れてるだろうし」

 彼女が引っ張り出したモールを、反対側を持って、立ち上がれば、先端を上の方にひっかけて、ゆるくツリーの周りを回って巻きつけていく。

「オレかあ。
 今もまだまだ子供だけど、まあそういうのはいいか」

 うーん、と少し考えて。

「サンタさんはなんというか、すぐに両親だって気づいちゃったな。
 だから、五歳とか六歳くらいまで、かな。
 永遠なんかは、十歳くらいまでは信じてたと思うが」

 そのころから、久遠も両親と一緒に、妹を悦ばせる側になっていた気がする。

「君のほうはどうなんだ?
 クリスマスの想い出とか、サンタさんとか」

 彼女も昔から今のようだったわけじゃないだろう。
 無邪気な子供時代――それがあったかどうかは、分からないけれど。
 

シャンティ > 「多少、は……意味、も……ある、の、かも……しれ、ない、けれ、どぉ……」

巻き付けられるモールを片手に。すこし微調整を加えていく。やるからには、ある程度はまともに。それはなんとなくの女の意地であった。


「あら……意外、ね。今、でも……信じ、てるか、と……そこ、は……お兄ちゃん、だった、の……かし、ら?」


くすくす、と悪い冗談を言って笑う


「私……? 私、は……そう、ねぇ……そも、そも……クリス、マス……なん、て……祝う、こと、も……なか、った、かし、ら……ね。サンタ、の……方、は……本、で……知った、わ、ね。」

唇に人差し指をあて、考えるようにして口にする。今と昔で大きく違う点はあるが、本の虫でそこにばかりのめり込んでいたのは変わっていなかった。


「とう、ぜん……正体、とい、うか……伝承、と……それ、から……今、の……実態、の方、も……知って、いた、わ……ね。」

ただ、知っていたところで祝わないのであればないも同然、ではあったが。

シャンティ > 「ああ、そう、いえ……ば。久遠、って……昔、わるい、こ……だったり、した、とか?」

ふと、思い出したように付け加えた

杉本久遠 >  
 
「意味がない事はないだろうしな。
 とはいえ、今は楽しいお祭りの一つか」

 彼女が調整したツリーは、なかなか見栄えがするようになってきた。
 そうしたら、今度は大きな綿の塊を、半分に千切って彼女に渡そう。
 綿を千切って、雪を模した飾りつけだ。

「たはは、多分、父さんがサンタの格好に着替えてる所を見なかったら、信じてたかもしれないな!
 いやあ、今から思うとあれは、お互いに不幸な偶然だったな」

 子供に目撃されてしまう親と、目撃してしまう子と。
 どっちも、それなりにショックだっただろうと思う。
 さすがに、そのころどう思ったかまでは、今では思い出せないが。
 しかし、彼女の話を聞くと、少しだけ難しい顔になる。

「――むう、それじゃあ、これがほとんど初めて、なのか?
 その、よかったのか?
 初めてのクリスマスがその、なんてことないホームパーティーで」

 きっと、歓楽街や渋谷に出れば、いくらでもクリスマスイベントはやっているだろう。
 そっちの方がきっと、にぎやかで、大掛かりだったに違いない。
 どうせならそっちに連れて行った方がよかっただろうかと、当たり前だが、少し考えてしまう。

「――ん゛、んん!
 それは、まあ。
 うん、なんというか」

 付け加えられた言葉には、つい咽てしまって。
 どことなく濁した言い方になってしまう。
 困ったような、恥ずかしいような、そんな苦笑いを浮かべた。
 

シャンティ > 「ああ……それ、は……しかた、ない……わ、ねぇ……ふふ。」


知りたくはなかった真実。それを知ってしまったその時の、久遠少年の思いはいかほどのものであっただろうか。そう思うと、女は思わずほほえみを浮かべてしまう。本来は笑うべきではないのかもしれないが。

「そん、な……大層、な……話、でも、ない……わ? お祝い、に……思い、入れ……が、ある、わけで、も……ない、し。」


言葉通り、女にはそこまでクリスマスに思い入れはなかった。祝わないのであれば、それはそれでいい。祝うのであれば、別にそれでも何も思うところはない。


「ふふ。で、も……三人、の……精霊、とか……は、興味、ある……か、も……しれ、ない、わ……ね? 強欲、な……商売、でも……はじめ、よう……か、しら……なん、て」


くすくす、と笑う。クリスマスといえば……に付随する、それなりに有名な小説。それになぞらえて。


「あら、ぁ……黒、歴史……と、か……いう……やつ、か、しら……?」


咽た久遠の様子を見て、面白そうにからかう。


「そ、れ……興味、ある、わ……ね、ぇ?」

杉本久遠 >  
 
「な、しかたないだろ?」

 久遠もつられるように笑う。
 今では、もうとっくに笑い話だ。

「んー、そうか?
 まあそれならいいんだけどな。
 でも、思い入れがないって言うのも、なんか寂しいな」

 単にそういう習慣がなかった、だけならいいのだが。

「三人の精霊?
 なんだ、そんな話があるのか?」

 結構有名ではあるのだが、久遠は案の定知らないようで、首を傾げた。
 そして、咽たところに楽しそうな声を聴けば、困った顔をしつつも、ちゃんと答えようとしてしまう。

「んん、そんなに面白い話でもないんだが――。
 ただな、以前は今と比べると随分、喧嘩っ早くてな。
 一時は不良行動に憧れたりもして、毎日のように喧嘩して歩いてたり、な。
 今思えばその、不良をまねた行動は、単純に似たような毎日に退屈していただけなのかもしれないと思う。
 今は、ほら。
 夢中になれる物もあるし、その――君もいるしな」

 最後の言葉は、少なからず、照れが混ざっていただろうか。
 

シャンティ > 「そう、ねぇ……身の、周り、に……なけ、れば……興味、も……特に、は……ね? そう? 寂、しい……か、しら……ね?」

そう口にして小さく首を傾げる


「そう、ね……強欲、な……商人、が……精霊、たちに……見せられ、た……自分の、過去、現在、未来……の、悲惨、さ……を、以て……改心……する。そん、な……お話……よ。ふふ。聞いた、こと……なかった?」


くすり、と笑う。


「ま、あ……悪、者……が……改心、する、と……ふふ。そん、な……だった、の、だけ、れど、ぉ……そう、ねぇ……久遠、も……出会った、り……して、ない、のぉ……? 改心、した……みた、い……だ、し?」


じっと……男の方を見るようにして笑う。あくまで、そう見えるように振る舞っているだけ、だが


「夢中、ね、ぇ……? で、も……私、と……会う、まえ……か、ら……よ、ねぇ……最初、は……エアースイム、に……なる、の……かし、ら……? あら、やけ、ちゃ、う……わ、ね? なん、て」

杉本久遠 >  
 
「うーん、なんだろうな?
 知っていたら、君と共有できる思い出が増えたのかな、とか。
 それこそ、子供の頃どうだった、なんてな」

 サンタさんを信じて楽しみに布団に入る、幼い彼女を思い描いてみる。
 そんな話をしたり出来ないのは、少しだけ寂しいという気持ちはあった。

「プレゼントを待ち望んで、眠れない、幼いシャンティ、とか。
 ちょっとイメージしてみるだけでも、可愛いじゃないか?」

 思うだけじゃなくて口にするのが久遠だった。

 しかし、悪者が改心するというお話を聞くと、少し苦い顔で笑うしかない久遠である。
 なにせ、喧嘩で補導された事もあるような、やんちゃ時代もあったのだ。

「――あー、ははは。
 そう、だなあ。
 オレが会ったのは、空を自由に泳ぐ、妖精さんかな」

 いつか、浜辺で会った彼女を思い出す。
 あの時、久遠は間違いなく彼女に魅了され、この世界に魅せられたのだ。

「はは、妬いてくれるのか?
 だとしたら嬉しいな――ん、まあ、オレにスイムを教えてくれた人さ。
 今も現役に復帰して、プロリーグで戦ってるよ」

 そんな風に話しながら、飾りの入った箱から、大きな星を取り出した。

「――そうだ、折角だし。
 君が飾ってみないか、この星。
 ツリーの天辺に飾るんだ。
 昔はオレと永遠と、どっちがこれを飾るかって喧嘩したりもしたんだ」

 そんな、思い出のある星飾り。
 折角なら彼女にも、その思い出に加わって欲しい――そんな思いが少なからずあった。
 

シャンティ > 「ああ――そう、いう……ね? そう、ねぇ……私、の……子供、の、頃……なん、て……今、より……も、っと……なに、も……ないし……あま、り……変わり、ばえ、も……しない、から……そこ、は……残念、ねぇ……?」

思い出の共有……という発想は言われて初めて、そういう考え方の存在を知ることになった。正確には、一方的に知ることはあっても、分かち合う、といった発想がなかった、のだが。それは女自身の歪みでもあった。


「クリスマス、を……祝う、より、も……先に、内情、を……全部、しって、しま、って、いた……し。ふふ。まあ、それ、で……も。本、さえ……あれ、ば……よかった、から……気に、なら、な、かった、けれ、どぉ……」


何もなくても、本さえあればいい。そんな物言いであった。



「あら、あら。女、の……人、なの、ねぇ……ふふ。冗談、だ、ったの、だけ、れ、どぉ……焼い、ちゃ、おう……か、しら……空、の、妖精、さん……なん、て。ふふ」


くすくすと女は笑う。いつもの冗談めいた笑いで、本気ではない。


「で、も……そう――ね。憧、れ……だ、ったり、した……の、かし、ら? 彼女、を……目指し、た……と、か?」

さもなければ、ともに並び立とうと思ったのか。そこまでは口にはせず。


「天辺……? とど、か、ない……けれ、ど……はしご、でも……遣う、の?」

大きな星を、渡されるままに受け取る。そうはいってもそこそこのサイズの木の上に飾るのは、女にはなかなか難しいものではあった

杉本久遠 >  
 
「うーん、素直に残念だな」

 代り映えしないと彼女は言うが、きっとそれなりに大変だったに違いない――そう久遠は勝手に思い込む。
 とはいえ。
 思い出が共有できなくとも、これから一緒に思い出を作る事は出来るのだから、と気合が入るだけなのだが。

「はは、やっぱり君にとっては、本こそが人生の一部なんだな」

 今の久遠にとってのエアースイムのように。
 自分からけして切り離せない大事なものなのだろう。

「そこで、本気で妬いてもらえないんじゃ、まだまだ頑張らないとなあ」

 冗談めいた笑みに、久遠も自分なりの冗談――っこっちは本気混じりだが。
 で、返していく。

「ああ、憧れだよ、今も昔も。
 目指すには――ちょっと遠すぎるけどな」

 彼女は久遠の限界の、遥かに向こう側を行く人だ。
 だからこそ憧れはしても、目指しはしない。
 太陽を目指して飛べば身を亡ぼすように、彼女は目指してはいけない、憧れの人なのだ。

 そんな、少し寂し気に応えつつも。
 ツリーの天辺を一緒に見上げる。
 さて、脚立もあるし、いくらでも方法はあるが――。

「――肩車でもしようか?」

 なんて、冗談のつもりで彼女の前で屈んで見せた。
 

シャンティ > 「ふふ。残念、ね。大した、過去……では、なくて……ね」

どこか違う捉え方を女はする。どちらかといえば、自分の過去そのものに興味が無いようにも聞こえるかもしれない


「そう、ね……本、さえ、あれ、ば……よか、った、わ……それ、は……今、も……あまり、かわ、らない、か、しら」

本のない自分の人生など、想像もつかないほどに。それは女自身の全てに刻み込まれていた。

「――そう。それ、は……残念、ね?」

憧れても届かず。自分はそこに到達できないのだと、思い知らされる。それでも太陽は常に自分の前に輝いている。眩しいばかりのそれを見つめ続ければ、いつしか自分の目を灼いてしまうかもしれなくとも見ずにはいられない。

女にも心当たりのある話であった。


「肩、車……」

唇に人差し指をあて、少し考える。


「そう、ね。それが、はやい、かし、ら?」

決めるが早いか、両肩に足をかけた

杉本久遠 >  
 彼女の言葉が、どこか虚しさを含んで聞こえるのは気のせいだろうか?
 けれど、ごく『普通』に生きて来た久遠にとっては、そこはとても、理解するのは難しい感覚だろう。

「はは、そこはやっぱり、少し似てるな!」

 エアースイムのない人生は想像できない。
 そうした人生の一部、自分と切っては離せない関係になったモノを抱くところは、数少ない、似ている所なのかもしれない。

「ああまあ、残念だけどな。
 きっとそれでいいんだ。
 オレとあの人は同じ空で繋がってる――それで十分だよ」

 憧れは憧れのままで。
 追いつく事は出来ずとも、いつまでもあこがれ続ける事が出来る。
 それはそれで、素敵な事のように思えるのだ。

 まあそんな話をしつつ――。

「――え?」

 冗談があっという間に、現実になってしまう。
 今までにない触れ合い方――距離――久遠の顔は少なからず赤くなっていただろう。

「お、おう。
 よ、し、しっかりつかまってるんだぞ」

 彼女の脚をしっかりと支えて、ゆっくりと立ち上がる。
 高いツリーといえど、二人が合わされば、簡単に手の届く距離になるだろう。
 台になった久遠は、ドキドキと心臓が鳴ってはいたものの、しっかりと安定してよろめいたりもしない。
 きっと簡単に星は取り付けられることだろう。
 

シャンティ > 「そ。う?似てる、か、しら……?大事、なにか、が……ある、くら、い……だ、けれ、ど……」

それは誰しにもあることのようで。けれど、それがよいと。共通するところだと。それをよしとするなら、それでもよいのだろう。そう、女は考えた。


「……そう。久遠、は……割り、きれ、て、いるの、ね? そう」

それで十分。その言葉に、女はなんとも言えない声音で返した。羨望とも、諦観とも、なんともつかない、何かが滲んでいた。


「ん……久遠、ここ、で……いい、の? みて……ちょう、だい?」


星を置く場所を、ああでもない、こうでもないと探り探り確かめていた。取り付けるだけなら簡単だったが、そこは男の助けが必要だった。上を見上げて、位置を一緒に確かめれば無事、取り付けられただろう

杉本久遠 >  
「割り切れてる、のかな?
 諦めがついただけかもなあ」

 どれだけ憧れても追いつけない相手。大人になって割り切れた、そう言えば聞こえもいいものだが。

 ――さて。肩車の行方だが。
 何の抵抗もなくされてしまって、久遠と来れば嬉しいやら緊張するやら。

「え、あ、ああ。
 もう少し右に寄せて――そう、その辺りで」

 彼女の脚に挟まれながら上を向いてナビゲートしつつ。
 これが夏でなくてよかったと、心底思うのだった。

「――よし、これでそれなりに見えるだろう」

 二人で飾り付けたツリーは、その一本だけで、なんの変哲もないリビングをクリスマスの雰囲気にしていた。
 それだけ大きく存在感のあるツリーだから、というのもあるが。
 ツリーの先端に取り付けられた星が、しっかりとその存在感を際立たせていた。
 

シャンティ > 「ふ、ぅ――意外、と……手間が、かかる、の、ねぇ……」

完成を見たツリーを前に、女は一息つく。


「ん……こん、な……もの、で……いい、の、かし、らぁ……?」


他にツリーを見たことがないわけでもないが。普段からそこまで気にしていないので、女にはあまり実感がない。


「ま、あ……共同、作業、とし、ては……いい、でき……なの、か、しら……ね、ぇ?」

手元と飾りつけがおぼつかない人間が手伝ったものとしては、上出来、なのかもしれない。結局、見るものが満足すればそれで十分なものではあるのだ。


「ふふ。まあ……悪く、は……ない、かも、しれない、わ、ね。大道具、と、して、も……」


くすり、と笑った

杉本久遠 >  
 
「おう、上出来上出来!
 それに、まだまだ、パーティーの準備はこれからだしな!」

 くすりと笑った彼女に、単純だが嬉しくなるのが久遠という男。
 ならもう、今日は準備から、徹底的に我が家のパーティーに参加してもらおうと考え直す。

「一人だと少し時間もかかるが、二人でやればあっという間だ。
 終わったら、みんな揃うまではゆっくりできるしな」

 そう声を掛けて、彼女にパーティーの準備を手伝って貰うのだろう。
 とはいえ、二人で行えばそれほど時間のかかる事でもなく。
 夕方、杉本家が揃う頃には、のんびりとお茶を飲んで待っていられることだろう。

 そして、ついにパーティーが始まれば。
 明るく騒がしい中での、褐色美人への質問攻めが始まるのは想像に難くない。
 ターキーとケーキを囲みながら、きっと驚くほどあっさりと、シャンティ・シンという人を、杉本一家は受け入れるのだ。
 彼女の歓迎を兼ねたクリスマスパーティーは、とても賑やかに催された事だろう。
 

シャンティ > 「そう、ねぇ……人と、なにか、を……する、のも……ひさし、ぶり……かも、しれ、ない、わ、ね……」


言われれば、気怠い口調とは裏腹に、存外によい手際で手伝いをしたことであろう。
それにも助けられ、意外にのんびりとしたお茶の時間を過ごせたことだろう。


「あら、それは……ふふ。実は……」


そして――
質問攻めにあった女は。それでもいつもの調子を変えることなく。受け止め、受け流し……その日を乗り切ったことだろう。

ご案内:「Free5 杉本ドラッグ二階杉本家」から杉本久遠さんが去りました。
ご案内:「Free5 杉本ドラッグ二階杉本家」からシャンティさんが去りました。