2022/04/11 のログ
ご案内:「Free7(鍵付き) 蟠桃会拠点 地上部 爆心地」に紅龍さんが現れました。
紅龍 >  
 
 ――どれだけ時間が経ったか。

 潰しても潰しても湧いてくるだろうと思っていた『寄生体』共は、確実に数を減らしていった。
 地下に無数に蠢いていたはずのやつらは、数えるほどが這い出して来ただけだ。
 恐らく、下に降りて行った奴らが盛大に暴れてくれてるんだろう。

「――お互い、計算が狂ったみてぇだな」

 肉体が寄生体によって膨張したΛ型。
 実験体の中でも突出した戦闘力を持っているソレの頭を、.950弾が砲声と共に吹き飛ばす。
 皮下に張り巡らされた根によって頑強さを増しても、こいつに耐えられる強度は実現できてねえ。

 倒れ込む最後の巨躯を見下ろして――体が崩れ落ちた。

「――くく、流石にキツイな」

 右足からの感覚が禄にありゃしない。
 強化スーツごと折り曲げられもすりゃあ、流石に歩く事もままならねえ。
 スーツが圧着する事で出血は多少抑えられているが、それでも痛みと貧血で目が眩む。

 左腕も力が入らねえ。
 今のΛ型にやられて、骨まで砕けたんだろう。
 このスーツの防護性能を上回るってんだから、兵器としちゃ間違いなく成功例だろうな。

「右手も正直、挙げんのがつれぇよ。
 こうして、てめえに向けてるのも限界でよ」

 震えだしそうな右手で辛うじて『鎮静剤』を保持し、銃口を男の顔――⊿型の頭部に向け続ける。
 ⊿型は口から鼻から蔦を溢れさせたまま、呻くように唸る。
 逃げ出すか、オレを殺すかしたいんだろうが、⊿型の性能じゃ、スーツの防護性能を超えられねえし、爆発で損傷したんだろう肉体じゃ逃げ切れねえ。
 寄生体の再生力でも、⊿型の再生力じゃ欠損部位を完全に補う事は出来ねえ。
 手足が吹き飛んでりゃあ、頭は無事でも、精々が根と蔦で這いずりまわるだけだ。

 ――勝負は着いた。

 こいつで⊿型の実験体は最後。
 Λ型と制御個体が消えれば、後の殲滅はどうにでもなる――それこそ、オレに着いてきた奴らでも、始末がつけられるだろう。
 オレの身体は限界だが、残りの実験体は殲滅される。

「おいおい、動くなよ――あと一発しか残ってねえんだぜ?」

 ⊿型が達磨の身体で這いずる。
 最後の最後まで生き延びようとする本能か、少しでも生き残る可能性をあげようとする理性か。
 言葉が交わせない以上、オレに判断はつかねえが、どちらでも構わねえ。

「そう急ぐなよ、てめえには李華が世話になったからな。
 しっかり礼をさせてもらわねえと、なあ」

 這いながら、少しずつ遠ざかろうとする⊿型。
 震えだす銃口は、かすむ視界も相まって、⊿型に狙いが定まらない。

「――アシストをカット。
 ゴーグルを外せ」

『アシスト無しでの命中予測は42%。
 対象の抹消確率は17%です。
 ゴーグルを外す事により、熱による網膜へのダメージが――』

「――うるせえ、やらせろ」

『――了解(ヤー)』

 AIが答えた途端、銃口の揺れが大きくなる。
 AIの計測によるアシストが無くなった結果だ。
 そして、そこら中から発せられている熱が、外気に晒された網膜を炙る。

 まともに対象が視えねえ。
 右腕の感覚も鈍けりゃ『鎮静剤』を支えるのも限界だ。
 理性で考えれば、とても合理的とは言えない判断だろう。

 ――最後の引き金は――

 ああ。
 てめえで引くさ。

「――再也不見」


 ――――――――――――――――

 ――――――――

 ――――

 ――


『――寄生体反応、消失しました。
 安全のため、マスクを再装着します。
 ――你太精彩了』

 AIの音声が遠く聞こえる。
 気づけばオレは、ひっくり返って夜空を見上げていた。

 『鎮静剤』の反動だろう。
 右腕は肘から先が動かない。
 経験から言えば、こいつは、肘と手首がイカれたって所だ。

「――『鎮静剤』をロック。
 ついでに機密保護モードに切り替えとけ」

『了解』

 右手が勝手に動いて、『鎮静剤』を保持する。
 スーツと『鎮静剤』が物理的に接続され、『鎮静剤』の機能が魔術、機械両面で閉鎖された。
 ついで、スーツ自体も全ての機能があらゆる外部接続を遮断した。
 当然スーツを介した通信も機能しない。

『外部デバイスに通信が入っています。
 中継しますか?』

「おう」

 こうなった場合に備えて用意しておいた無線機に通信が入る。
 周辺状況のせいで通信状況はかなり悪いが、相手の判別がつく程度にはまともに聞こえて来た。

『――紅のおっさん、生きてたら返事してくれ!
 こっちからじゃ、どうなったか観測できねえんだよ!
 なあ、死んだりしてねえよな、おい!』

 なるで悲鳴みたいにぴぃぴぃ泣いてる様子に、口元が緩んじまった。
 なんて声、出してんだよ、ガキじゃあるめえし。

「ああ、ああ、生きてる生きてる、没有问题」

『あぁくっそ、心配させんなよおっさん!
 待ってろ、すぐ迎えに――』

「住手、来んじゃねえよ。
 オレの事はほっといたって死にゃぁしねえ。
 それより、下から戻ってくるヤツらを援護してやれ。
 まだ雑魚共は少なくないはずだ」

『んな、でも――いや、分かった、了解(ヤー)、了解!
 おっさんの事はとりあえず置いといて、寄生体の駆除しつつ、脱出してくる『協力者』を助けりゃいいんだな?
 風紀に見つからねえように?
 無茶な命令しやがってよお、ちくしょう』

 その答えに忍び笑いが漏れちまった。
 馬鹿野郎、文句を垂れるなら、そんな嬉しそうに言うんじゃねえよ。

『状況が片付いたら、風紀が押し入ってくる前に回収に行くからな!
 それまで、うっかりで死んだりするんじゃねえぞ!』

「好的、好的。
 大人しく寝とくとするさ」

 通信が終わると、耳に届くのは、火花が爆ぜる音と、遠くから響くサイレンの音。
 さっきの⊿型の支配下に居た寄生体は全部潰したからな――静かなもんだ。

『寄生体反応、無し。
 しばらくは安全ですが、特務准佐のバイタルは異常値です。
 苹果酱を投与しますか?』

「不要、こんなんで使ってられるか。
 つーかお前、勝手に麻酔打ち込みやがったな?」

『あんまり痛々しいので使いました。
 右脚部全体の複雑骨折、大腿動脈の破裂、左腕部の粉砕骨折、肋骨の開放骨折に右肺の気胸、左手首の骨折と肘の脱臼。
 以上の状況を診て、必要と判断しましたが、ご不満ですか?』

「――うっす」

 ぐうの音も出ねえ。
 ってか、そんなにボロボロだったのかよ。

「ん、っとに、どうなるかわかんねえもんだな」

 いい加減、くたばる頃合いかとも思ってたんだが、また死に損なった。
 どうやらまだ、オレは死なせてもらえんらしい。

『我非常高兴、特務准佐』

「――我能理解」

 
 ――――

 ――


 しばらくの後、穴蔵への入口から火柱が上がった。
 それで穴蔵に詰まってたクソは消し飛んだ。
 後始末と情報統制は風紀と公安が行う事だろう。
 こうしてオレの、ささやかな戦争は、不運な爆発事故として処理されるのだった。

 

ご案内:「Free7(鍵付き) 蟠桃会拠点 地上部 爆心地」から紅龍さんが去りました。