2022/10/22 のログ
ご案内:「要Backstage Pass」にノーフェイスさんが現れました。
■とあるミュージシャンの追想 >
朱に交われば朱くなる、という言葉がある。
異世界人が地球の文化に魅せられるというのは本当によくあることで、
彼/あるいは彼女――仮称"EV"の場合もそうだった。
EVの世界にも「音楽」はあった。
そのこと自体、素晴らしい偶然ではあるが、「人間」が絶えたEVの世界では、
機械文明と電力の開発が行われずに、光も音も熱も魔力が支えていた。
澄み切った撥弦の音、木や金属を打ち鳴らすリズム、調和を求めた歌声。
EVが持ち込んだ文化は地球人にも歓迎されたが、
逆にEVが地球の音楽を聞いた時にはどうなったか。
結論から言えば気絶した。
100年近く前に発祥した、比較的新しいといえるジャンル、
歪み、唸り、叫ぶ、濁りきって品のない――ロックの血潮の赤さに、
透明の異界人は一瞬にして染まった。
■とあるミュージシャンの追想 >
歌手(該当の世界ではまた別の言葉が使われる)としての経歴を持つEVは、
地球という異文化圏に馴染むための勉学に励む傍らで、
深く根付いた音楽の理論も同時に習熟することにした。
学徒としての成績は優秀で、
異界人からしても非常にハードルが低い島内での就職を見据えながら、
学校生活中に出会った同好の志たちとバンドを組むことになったのは自然な成り行きだった。
メンバー五名、地球人類は一人、だれひとり同じ出身地を持たない異世界混成バンド。
ジャンルは当然、ロックを主軸にしたものだ。
EVは歌唱力にこそ天稟があるわけではなかったものの、
尖った耳のその種族が持ち得る特殊な可聴域を震わせる歌声には傑出したものがあり、
それが地球にはない独特の響きでもって(ユニセックスな美しいルックスも当然含めて)島内でそれなりに人気を博しはじめる。
成績優秀な不良生徒たちの馬鹿騒ぎは少しばかり過ぎた悪ふざけもすることがあり、
未成年飲酒喫煙、若年不純交遊から無許可のゲリラライヴなども行われた。
音声媒体の発行ばかりはどうしても該当の部活との折衝が必要だが、
多少の素行不良くらい眼を瞑ってもらえる程度の勢いはあった。その時までは。
■とあるミュージシャンの追想 >
「許可……ですか?」
拠点ともいえるライブハウスを運営する部長が唐突に渋り始めた。
『最近あったろ?薬物騒ぎがさ……異世界の……あ、ごめん』
目が泳いだことを咎めはしない。
いわゆる、異界人犯罪――未承認の薬物でトリップした連中が問題になった。
今も病院でダウンしてる連中のせいで、若干締め付けが厳しくなったわけだ。
「いや、いいよ。大丈夫、手続きしてくるわ」
部長の好意で無許可で使わせてもらっていた場所だ。こちらが折れた。
活動の認可を得るのは、ストリートでの演奏よりも安価で容易だ。
公認のバンドとなり、公式的に存在を認められたその部活はというと、
その後のステージも好評を博した成功を修めるものの、
――"ああ、許可とか取る人たちだったんだ?"
見下ろしたオーディエンスの何人かがしていたどこか醒めた目が、
錯覚であると言い切れなかったのは、
メンバー全員が同じ感覚を抱いていたからだった。
■とあるミュージシャンの追想 >
そこからは坂道を転がるように散々な目に遭った。
「歌詞を修正しろって、どういうこと?」
媒体の発行と流通を手伝ってくれている馴染みの部活の、
形ばかりのマネージャーが急にそういうことを要求しだした。
音楽だけでなくメディア全般に手を出しているせいか、
その少女はあまりロックには興味がないタイプだったが、快く協力してくれていたのだ。
『あー、あのね、最近そういうの厳しいらしくって』
彼女の発言は要領を得ないものだった。
異界人という存在がまだ、地球にとって馴染み深いとはいえない。
"大変容"の前から国家、肌の色、様々な思想や派閥で争ってきた地球が、
唐突に受け容れられる筈もない多種多様な移民たち。
その権利を主張するロビー活動は時折賑わしく、
極端な思想を振りかざす声が時折耳障りに届いたものだ。
『過激な表現とか、差別発言とか……気をつけないと目をつけられちゃう』
「いや、でも……そういうつもりで書いたんじゃないんだよ、これ」
『わかってるよ、EVはそういう人じゃないってこと。
でも、聴いた人がどう思うかだし……この前のやつも移民差別だってクレームが……』
「来たの? どういう世界の人から?」
『ううん、普通に地球の、にこ上の先輩から』
「なん……」
『それに……ちょっと言いづらいんだけど、目をつけられるっていうのはあなたたちだけじゃなくて……』
「…………」
居るかもわからない被差別に声をあげるものに対して"配慮"をしろと?
明確に難色を示しても、協力してくれる彼女にまで多大な迷惑を被りかねないのなら、
EVは強く出られるものでもなかった。
なにより、彼女の気弱な瞳が訴える、『みんなちゃんとやってるよ』という視線、
それに背いた時、自分たちが彼女たちに対する外敵になってしまうという、
見えない恐れに囚われてしまったのもある。
「わかった……どこを直せばいい?」
『ありがとう、EV。 えっと、多分ここと、ここと……こことか、あとこのあたり』
「……こんなに、か……」
■とあるミュージシャンの追想 >
修正作業は急ピッチで行われた。
すでに完成間近だったものも録り直さざるを得ず、音源の出来は特にミキシングが今一つだった。
作曲段階からけちをつける連中が居て、だいぶ難色したということもあって、
モチベーションが最悪に落ち込んでしまっていた。
それがステージのクオリティにも当然影響し、何よりも数字にはっきりと現れたのだった。
水物であるとはいえ、新曲を聴いてくれていた奴が存外少なかったのも効いたのだ。
先立つものが足りなければ活動も鈍る。
調子に乗って豪遊していたツケも一気に押し寄せ、何もかも見通しが甘い現実を突きつけられたのだ。
日常が一気に精彩を欠きだした。
動きが少なくなった自分たちを見つめる周囲の眼を過剰に気にしだした。
楽しく眺められていた筈のストリートの表現者たちから逃げるように道を選び始めた。
極端に"売れるもの"を詰めだして、自然と行き詰まっていった。
最初に出した曲に格好つけて『Burn it down!』なんてフレーズを使ったせいで、
異界人による放火事件の直後にあれやこれやと難癖をつけられた。
そいつが自分たちのメディアを持っていた、というだけで。
自然と集まっても、音を出すよりくだらない話に花を咲かせる時間のほうが増えていた。
■とあるミュージシャンの追想 >
『なー、真詠って居るじゃん』
歓楽街を暇つぶしに練り歩いている時、メンバーのひとりが唐突に声を出した。
遊興費を稼ぐためにバンド以外の部活動に精を出すようになったためか、
集まるのも久々な気がして、話題がどれも新鮮だった。
「TOKO MODEによく載ってるコだろ。お前ああいうの好きなの」
『いやそうじゃなくて……そうなんだけどそうじゃなくて……』
『如何にもオタクくん向けのアイドルって見た目なのに楽曲がマニアックに攻めてて超好きだったな』
「Anthemのとこのリードだよな」
『そうそう。EssEnceな。未収録の曲のブート、PCに入ってるぜ』
「んじゃ今度端末に入れて……んでその真詠がどうしたんだよ」
『ああ、それがさ――あくまで噂話なんだけど』
よくある友達の友達系の切り出しにEV含めて茶化すように聴いていたが、
続く内容には思わず足を止めた。
『歌うことを禁じられてるって話』
「……誰から?」
『風紀?いや知らんけど』
なんで、とは聞かなかった。自分が特殊な声を持っているからだ。
特殊な可聴域を持っていることを分析した記事がネットに流れた後、
それが人体に害を及ぼすかもなんて根も葉もないやっかみがカウンターのように湧いたこともある。
同情とかはなかった。大変だな、と思う。
声が魔力を帯びるなんてのも、特段珍しい話じゃない。色々あるんだろうと考えるだけ。
だが、それを聴いて、今まで引っかかっていたものがようやく言葉になって飛び出した。
■とあるミュージシャンの追想 >
「……窮屈じゃね?なんか」
それを言ったのが自分だったのか、他の誰かだったのか、EV自身も判然としていない。
ただ、全員の総意だったことは確か。
全員飢えていた。注目されることに。刺激に。未知に。熱に。
『ここ、右に曲がってくと黒街だな』
続いた言葉に、また別の疼きが続いた。
『私たち、あっちだとどこまでやれるかな』
とっくに悪魔に囁かれているのに耳を背けていただけだと、全員が気づいてしまった。
そして気がついた時には、全員が同じく境界線を踏み越えていた。
知恵も周り学もあり腕っぷしも良く、身を立てるには十二分だと判断した。
当然痛い目にも遭いはしたが――この時を契機に、EVをフロントマンとしていた"ライオット"は、
違反部活"ライオット"として、旗揚げすることとなった。
書類上は、全員が失踪、休学中――ということになっている。
音楽活動はしていなかった。
しかしそれ以上に稼げたし、何よりスリルがあった。
島内就職の道を諦めてまで選ぶものかはわからない。
まるで性質の悪い安い薬のように、リスクとリターンの釣り合わない快楽におぼれていた。
■とあるミュージシャンの追想 >
そして少し前。
なんともくだらない話が違反部活"ライオット"に飛び込んできた。
合同活動、などという冗談のような響きに、しかし、
全員がその主催者の情報を調べれば調べるほど、
情念のようなものが激しく燃え上がっていた。
認めたくはないが、嫉妬と羨望だった。
「好き勝手やりやがって」
モグリの携帯端末を取り上げた。
最後に残っていた首輪を全力で引きちぎりながら。
『ハーイ♪』
通話がつながると、癪に障る上機嫌な声が聴こえてきた。
成る程、と違反部活生ではない自分がうなずいていた。
「……おい。お前の話、受けてやるよ。
客寄せパンダになってやる」
■ノーフェイス >
『だから主役を寄越せ。
オープニングアクトになら使ってやるぜ』
「…………」
携帯端末を顔から離して、首を傾いでしばらく見つめた。
じっくり吟味してから、赤い唇が愉しげに笑む。
「オーケー」
こうしちゃいられない。
フライヤーを作ってるペインターたちに、段取りを組んでるイベンターたちに声をかけねばならない。
時は万聖節のひと月前、未来からの侵略者が大暴れして、人が死に、傷つき、悩んでいるその横で。
シリアスに生きるなんてまっぴらごめんと、くだらないことに命を賭ける者たちもいる。
ご案内:「要Backstage Pass」からノーフェイスさんが去りました。