2022/11/22 のログ
ご案内:「落第街-十字架の欠けた廃教会」にノーフェイスさんが現れました。
ノーフェイス >  
打ち捨てられた教会。
金になりそうなものはあらかた持ち出されているものの、
身廊を挟んで左右に配された長椅子の群れに、祭壇。
見上げるステンドグラスまでは、なぜかそのままだ。
教会としての体裁を失うことを誰かが防いでいるかのように。

懺悔室の外に声が漏れることがないように、
ここでは秘密が守られる。
たとえ何が起ころうとも、その唇が何かを語らぬ限り。

ノーフェイス >  
その最前列から、細い煙が天井に向かって立ち上っていた。
ステンドグラスを貫く月明かりが、舞い上がる埃とともにその道筋を浮かび上がらせていた。

「……なんかひさびさに吸ったな」

……なんで控えてたんだっけ。
恵まれたレッグスパンを見せる脚を組み、含んだ煙をふぅ、と吐き出す様は、
少なくとも礼拝に来た敬虔な信徒、という風体ではなかった。
指に挟んだ細いシガリロは甘いバニラの味がして、
疼痛を甘く癒やすかのようだ。決して消えはしないのに。

「教会っていうのは……もちろん、場所や時代にもよるんだけど。
 よくこうやって密談の場所にも使われていたんだって。
 だから大きい教会にはだいたい、こっそり抜け出すための隠し通路があったりして……
 時として悪事すら睦言のように交わされて、
 カミサマはそんなことのためにここにいたわけじゃ――もういないか」

何か、オブジェでもあったのだろう場所を見上げてもそこは空洞だった。
あるものはステンドグラス、埃が気の早い雪のように積もった祭壇、長椅子、それくらい。

「それでもここは教会のまま。
 ここで悪いことをしてたひとたちは救われたと思う?」

だらり、と背もたれの上に片腕を休ませながら、肩越しに背後を振り向いた。
照明のない聖域に炎の双眸が灯る。
身廊が続く先、両開きの扉には落第街であるにも関わらずに鍵が存在していない。
彼女に指定された刻限は、もうまもなくだ。

ご案内:「落第街-十字架の欠けた廃教会」にマルレーネさんが現れました。
マルレーネ > 吸い込んだ息を、ふ、っと吐き出す。
金色の髪を長く伸ばした女性は、さも当然のようにさびれた街並みをあるいて、自分の当然の場所のように教会の扉を開く。
異邦人の修道女は、怪我もすっかり直して……分厚い修道服にいつも通り身を包み。

「………ここでしたっけね。」

中にいる人影を認めながらも、改めて確認するように声を投げる。
その瞳にかつてのような煩悶は見えず、むしろ心穏やかに、微笑みかけるよう。

「………本当、ここもまた壊れちゃいましたね。
 島に来たばかりの時に一度直したんですけど。」

きょろりと周辺を見回して、首を横に振る。

「またしばらくしたら、直しに来ないとですね。」

落胆や怒りというよりは、全くもう、と言わんばかりの軽い調子。
待っていた相手に対して軽い雑談のように、軽口を。


「……お待たせしました?」

なんて、首を傾げて。にひ、と僅かに笑う。

ノーフェイス >  
ぎぃ、と重たい音。
ようこそという権利はノーフェイスにはない。

「またいつかここに訪れるかもしれないストレイシープのために……?」

表情は眉をあげて、闇夜の猫のように爛々とその眼を輝かせてはいたけれど、
シガリロの仄明かりが下に向けて傾いたのは、
彼女の様子が少しだけ、想像していたものと違ったからだ。

「屋根はちゃんとしてるから雨風はしのげるけど……うん、
 寝室なんかは荒らされ放題。棚は倒れてガラス扉は割れてたし。
 剥がれた床もひびの入った窓も、直しがいはありそうだよ」

この島に来た時にすこし世話になった場所。
とりわけ思い入れがあるわけじゃない。
待ったか、と聞かれると、細く長い演奏者の指がシガリロを挟んで揺らした。
火がつけられたばかりで長いまま、吸い殻がそのあたりに落ちている様子もない。

「ああ、退院おめでとうシスター・マリー。
 でも……病院のほうがいろいろ都合がよかったかもね。
 言った通りここには使えるベッドがない。
 こいつでお楽しみは身体が痛くなっちゃいそうだ――」

手の甲で長椅子の背もたれをノック。
してから、身廊を挟んだ向かい側の長椅子を示した。座りなよ、と。
二人して同じ方向を、祀るもののない祭壇に向く形に。

マルレーネ > 「ここだからこそ。このような場所がいるんです。」

その発言は強さこそないものの、そう信じ切っている声。相変わらずの信心は以前と同じように、ぴかぴかに磨かれて。

「………やあ、ここを一人で直すのは骨が折れそうです。
 まあ、それでもどっちかといったら建て直すようなもんですからね。」

相手がそこまで待っていない、と言うなら、ならばよかった、と小さく呟いて、ひびの入った窓を眺めて。
………そうして、相手に視線を戻す。

「……あら、でも病院では邪魔が入りますけれど?
 そういう時はカーテンでも重ねればなんとか? なんて。」

ころりと笑って、ウィンクを一つ。相手の冗談に軽口で返して。
そのまま、そっと長椅子に座って、軽く祈りを捧げる所作。
埃の積もった場所でも、彼女の心のありようは変わらないまま。

ノーフェイス >  
「なぁに~?ノってきてくれるじゃないシスター。
 ボクとしては見られるのは構わないけど邪魔されるのはちょっと……ね。
 痛いのもあんまり嫌いじゃないから、ここはベターなチョイスだったかも」

少しだけ身廊側に身を乗り出し、彼女の軽口には楽しそうに声を弾ませた。
夜闇のなかでも、だからこそ、振る舞いは無邪気な少女のそれだ。
しかして祈りの姿にはよく通る声をひそめ、背筋を伸ばした。
シガリロをくわえて煙を含む。眼をふせた。

「でもここを有効利用しようってのはだいたい悪いひとだ」

すこしだけ間を置いて、苦笑い。

「神父……いや偶像があったっぽいってことは牧師様かな。
 ああえっと――……いや細かい説明はイイよね。
 キミのいうこの場所が要る理由の、そんなひとたちを護って救うのは、
 けっきょく優しい誰かと、本人たちの自立心。
 ……ああ、雨風凌ぐためっていう話ならそれで終わるハナシだケド」

抜け殻の教会であるだけでは意味がないようにも思う。
だから、ここに来て救われる者があればそれはきっと彼女のような人間のお陰。

「ひとりで来たんだね」

椅子の座面に――思いとどまる。
携帯灰皿をらしくなくお行儀よく取り出して、火を押し付けながら。
雑談の流れそのままに、軽い調子で。

マルレーネ > 「あの時は怪我人でしたからね、そりゃ止められるでしょうね?」

ころりと笑いながら、少しだけ目を閉じたまま。

「そいつはただただ、人が来ない静かな空間が欲しいだけでしょう。

 人が人を救うのは、確かにそうかもしれません。

 ですが、人は何かによりかかっていないと立っていられないものですから。
 それは神の存在であるかもしれないし。己の積み上げた実績やプライドかもしれません。

 少なくとも私は、我が主がいたからこそ、……こうして、ここにいます。
 その偶像がどれだけ錆びついていて、泥がついていたとしても。
 その優しい人に巡り合わせてくれたのも、また導かれたものではあると思っています。」

穏やかな言葉。祈りを終えて目を開き。

「……異世界に飛ばしたり、いきなり半殺しの目に遭ったりとかは試練にしてはやりすぎですけどねー。」

てへ、と舌を出して、冗談のように笑って見せて。


「それはもちろん。
 皆さんに助けてもらっているからこそ、……私は常に一人でもいなければいけません。」

強くあろうと彼女は願う。人によりかからずに、神だけを見上げて立っていたいと。

ノーフェイス >  
「キミはリアリストなのかロマンチストなのか、よくわからなくなってくるね」

思わず零れた笑いは、芝居がかった風もないものだ。
話しやすい――とでもいうか、流石の宗教家と思った。
彼女を頼って病室を訪う者が多かったのもうなずけた。
倣って見上げた。荘厳なステンドグラス。手を伸ばす。

「ボクは――進み続けていたい。
 なんだろうな、そうでなくっちゃいられない気がして。
 てことは、ボクがよりかかってるものがあるとすればソレか」

伸ばした手を握り込む。
雨風があるなら、そこに進んでこそ――だ。
自分のことをたしかめるように思考を咀嚼した。少女は神を必要としていない。

「――キミの妹を名乗る子に絡まれてね。
 そのこと自体は……正直どうでもイイ、キミとあの子のことだから。
 でもボクは、あの子がキミの妹だっていうのをすぐには信じられなかった。
 正直なとこ、いまもしっくり来てない」

片足の膝を抱えるようにして、踵を長椅子に乗り上げさせた。

マルレーネ > 「理想は追い求めても、旅の途中で理想ばっかり追い求めてもお腹空いて死んじゃいますからね。」

とほほ、と肩を落とした。
理想を追い求めながらも、その足で歩いた経験からその理想は優しく削られて、川底に落ち着いた………そんな女。
あはは、と笑いながらも少女の様子を眺める。

「そういうことです。
 己の"こうなりたい"が強ければ強いほど、それは寄りかかっても壊れないものになりますからね。」

神を必要としていないことには、ずいぶんと前から気が付いていた。
だって、そんな人ならばここを待ち合わせ場所になんてしないから。

それについても、非難するような様子もなく。


「………………。
 あの子がよりかかることができたのが、私だった。
 それで、十分じゃありませんか?」

具体的に言及はしなかった。
その上で、行儀の悪さに苦笑を浮かべる。仕方ないなあ、と言わんばかりの表情。

ノーフェイス >  
それで十分だろう、と言われれば。
 
「……キミがさっき言ってた理想の話じゃないんだけど」

視線を落とす。らしくもなく瞼の裏に描いたのは現在ではない場所。

「"家族"に愛してもらえたら、
 ニンゲンは孤独ではなくなるんだろうって……そう思ってた」

誰も、真に傍にはいないひと。
女――少女から見たマルレーネはそういうニンゲンだ。
彼女自身が示すように、神をのぞみ、誰にも寄りかからぬモノ。
清らかな狂気の炎がそれを拒んでいるようですらあった。

「そう考えるとむしょうに寂しくなってさ」

修道女を憐れみはしない。
他人を憐れむ心が自分にあるのかもわからなかったが。

「――だから、キミが払うことになる代償は、ボクが伝えた通りのものになるだろう。
 それでイイのか、まずは確認しとこうかな。
 犯罪者を一発ぶん殴りに来た、ってワケじゃないんだろ?」

ぱっと瞼をあげて、いつものにこやかな表情を彼女に見せた。

マルレーネ > 「………そうなんでしょう、かね?」

そこは首を傾げて、空を見上げた。
異邦人でありながら。元の故郷にも真の血縁は一人もいない。知らないのだ。
だから、そんな自分が家族のような言葉を口にしているのは滑稽ではあるのだけれども。

だから、ここに来て少女の言葉に、同意も否定もしない。


「………私が後悔するのは、出来ることをやらなかったとき。
 救える人を救えなかったとき。
 やるべきことに、手を伸ばさなかったとき。

 だから、問題ありませんよ。
 私の後悔は、きっと過去ではなく未来にあるんだと思います。」」

代償は覚えている。
それを、とても大切にしていることも事実だ。

でも、必要ならばそれを炎に投げ入れるとしても後悔はしない。
元よりこの身そのものがそうなのだから。

彼女もまた、穏やかな笑顔で言葉を返した。

ノーフェイス >  
「わかんない」

苦笑する。こちらもまた、彼女のそれにむけられる講釈はもっていなかった。
ただそうであればいいのに、というロマンチシズムがあっただけで。

「素晴らしい。
 ……素晴らしいよ、マルレーネ。
 乗り越えようとする意志が、灼けてしまいそうなほど……美しくみえる」

必ずやれる、絶対に乗り越えられる、なんて言わない。
乗り越えられず悲劇になる可能性を十二分に孕むからこそ、
試練に挑んだものが掴む果実は尊いのだ。
 
「再三確認するけど、喪ったものは絶対に還らない。
 そこは如何なる奇跡を重ねても――覆らない。
 だからこそ、奇跡――キミにはこの言葉はあまりよろしくないな。
 奇跡、御業、偉業……どれもしっくりこないだろうから。
 ニンゲンの手で起こすことは、"仕業"とでも言っておこうかな。
 そう、とてつもない仕業を引き起こせるだろう」

眼を細める。
相手に授ける準備はこれで十分。
これ以上、彼女の決意も決定も惑わすつもりはない。
なにより使うのは彼女自身の意志――使わない、という未来を導ける可能性も当然ある。

そこは、彼女の神が如何なる試練を架すかどうか、だ。

「じゃ――、そうだな。
 キミから聞きたいことがあったら、なんでもこたえてあげる。
 会うのはこれっきりかもしれないし、大事な確認でも、なんでも」

背もたれに深くもたれかかりながら、手をひらり、と振って。

「ああ、本名以外で。 こればかりは本当に特別なひとにだけってこの決めたから」

唇のまえに人差し指を立てる。

マルレーネ > 「それは、わかりませんけれど。
 美人を褒められるなら、もうちょっと別の視点が良かったんですけどね。」

舌をちろ、と出して笑って見せる。
表情に若干の緊張はあれど。何か底冷えがするかのように、心落ち着いた表情。


「………使い方だけ。
 どんな基準で失われるものが決まるのか。何が生み出されるのか。
 それについては、きっと基準も無いのでしょう。

 逆に、サービス的に教えてもらえるものがあれば?
 ………それで十分です。」

短く、端的に言葉を紡いで、目を少しだけ閉じる。
息を吸って、吐いて。

それでも、決断の重さに心は震えている。軋んでいる。
苦しそうなのは吐息だけ、表情には出さないままに、もう一度目を見開いて。

ノーフェイス >  
「そういうのはぁ~……、ふたりきりになれるベッドに誘って?」

フフフ、といつもの笑いかた。
彼女の表情に、もはやなんのけちもつけない。
もとより思想の是非、善悪の如何にはこだわらない性質だ。

「使い方か」

しかし、言われると思案顔に。

「キミが――ああ、こたえなくていいからね。
 あのとき思い浮かべたものを、使いたいように使うといい。 
 その所作は、決意でも、祈りでも、なんでもいい。
 "キミの意志で使う"、それだけでイイんだ」

詳しく何が起こるかもこちらにはわからない。
ただ、自動的に発動するものでもなければ、持っていてどうなるわけでもない。
手札を切るのは自分の自発的な意思決定である、判り得るのはそれだけだ。

「……試しに使おうとか考えないほうがいいよってことと。
 キミが想定してる使い方にもよるけど――代償が代償だからな。
 思ってるより数倍か数十倍は威力が出る可能性もあるから、
 周りを巻き込まないように気をつけてねってくらいかな」

不確定要素が多いものだった。多くのものが"使う側"に依存するタイプの――異能。

代償は、還らない。
決断は、使う側が。

明示されるルールは、これだけ。

「サービス……、……んー」

少しだけ、考える。
これっきりかもしれない、と考えると。

ノーフェイス >   
少女は、ただ静かにはにかむように笑った。

「キミのようなひとを、孤独ではなく孤高だ、と言いたいってのは。
 ちょっと格好つけすぎかな?」

肩入れする理由はこれで十分でしょ、と。
少しだけ遊び無い表情をみせると、立ち上がる。

あの病院で、嘘はついていなかった。
本当のことのなかで、言わなかったことがあるだけだ。

一歩を前に進み、彼女のほうを向く。

「じゃ、はじめよっか」

マルレーネ > 「今この場でも二人きりでは?
 ああ、暗くしないと恥ずかしい性質です?」

なぁに考えてるのかな、なんて、ころりと笑って茶化す人。冗談を解する女は、相手に優しく言葉を投げかける。
ついでに大人のジョークを一つ挟んで。


「………そういうことなんでしょうね。」

相手の言葉には、静かに頷く。
この世界の異能を、これでもいくばくか見てきたつもりだ。
それはほとんどの場合は己の意思がトリガーであり。その力は不安定かつ、強大だった。
だからこそ、そこまで予想から外れたものではない。

元よりそれは覚悟の上だ。


「………孤高、というには私はちょっと違いますけどね。
 回りの人を拒否するつもりも、遠ざけるつもりもありません。
 ただただ、私は神に縋っているだけでもありますから。
 少しでも、周りの人の助けになれるならば、それはそれ。」

それが空虚であれど。その空虚に捧げる祈りは本物だ。
相手の言葉を全て聞いて。うん、と頷いた。


「いいですよ、いつでも。」

女の表情は変わらないままだった。……いや、先ほどよりも、より穏やかで。

ノーフェイス >  
「フフフ。暗いなかで探ってくのはゾクゾクするでしょ?
 ……なんだろ、もしかして結構ヤラシイひとだね?」

未知を舐る快楽くらい、冒険という言葉に身を浸してるなら少しは知ってそうなものだ。
新しい景色を見ることすら辛い試練でしかなかったのなら、寂しいことだと思うが。

「ううん、カッコイイよ。
 そう見えるから。
 人には縋らない、というのはきっと、ボクの在りたい姿だ。
 ……それがちょっと悔しくもあるかな、いい刺激になるケド」

眉を吊り上げて、笑った。
ちょっとだけ、あの奇妙な男に感じた感覚と似ている。
接点もなさそうな二人だ。あえて話題に上らせることもあるまいが。

「カミサマもその代償は返しちゃくれないし、
 わかっての通り、ボクは目の前が面白くなればいい。
 これを使うのはキミのようなニンゲンばかりじゃない。
 そういうものだ。 せめて未来の後悔に、キミが潰れないことを――
 ――祈っておこうかな」

息を吸う。吐く。
肩の力を抜いて。

「眼を、閉じて」

マルレーネ > 「わかんなくもないですけどね。
 私はどっちかというと、退屈くらいでちょうどいいかな、って人ではあるんですが……」

とほほー、と頬をぽり、と指でかいた。
後悔はしていない。していないが、望まぬ旅だった。望まぬ力でもあった。
今もまた、望みながらも、望んでいない。

身を焼くでも、投げ打つでもない。
ただ殉ずるのみ。

「恰好いいより可愛いとか美人の方がいい気分になれると思うんですけどね。」

相手の言葉を受けて、それも軽い調子で言葉を返しながら、自然と目を閉じる。
緊張がほどよく残ったままではあれど、腹をくくる速度はまた、この世界の人ではない片鱗が垣間見える。

ノーフェイス >  
「それでも、いまこの場に在ることは」

あなたの決断だ、と。
たとえこの少女が悪魔のように惑わせたのかもしれなくとも。
それは、とても大事なこと。

こう在ることが、少女自身の決断であるように。

見えざる誰かや何かを言い訳にすることを――赦さない。

「《このうたは、あなただけのために》」

静かに宣誓する。
眼を瞑れば。
何が起こっているか、は視えない。

ノーフェイス >  
ただ、うたが響く。

優しく、強く。

透き通らぬ、甘く掠れた音で。

紡がれる詞は、

異邦の旅人の故郷のことばに、聴こえるような。

意味が判ぜずとも、内容が判るような。



祈りの歌だった。

祈る者の歌だ。

苦境に生きる者が、今在る理不尽に対して、

ただ、祈る。

きっとうまくいく、と願いながら。

手を組んで、指を絡めて。

歌い上げられるその最後までも、

物語に、神の存在は欠片も語られることはなく。

祈りながら生きるだけの。



与えられるものは、歓びでも苦しみでもない。

ただそれを受けた心と身体――魂に、直接。

ほんの幽かな、だが確かに、何か――異物が、

ひとしずく――ぽたり、と垂らされる。

そんな感覚。

ノーフェイス >  
「――……、……あ、」

ものの一分ほど。歌い上げた、それだけでその儀式は終わる。
全身に吹き上がる汗に、荒らげた息は、極限の疲労の証だ。

終わったよ、と言ういとまもなく。
寄る辺をもとめて、膝をふらつかせながら、どこかに腕を伸ばした。

マルレーネ > ………女は、ただ聞いていた。

歌は少しだけ懐かしい気分がするようで、初めて聞くようでもあり。
心が落ち着くようで、……それでいて、やっぱりざわめくような。

その上で、心に落ちる何かに気がついてはいても、それに反応はせず、忌避感も示さない。
ああ、何かが"ある"んだなあ、と受け入れながら、目を閉じたまま。

歌の内容も、淡々と耳に入れる。
祈りをそこでも捧げるように、手を組んだまま。

……その歌が終われば、そっと目を開き。


「………。お疲れ様。」

唄い終わった相手を、ぽふん、と受け止めて胸に埋めるように。
毛布で包むように腕を回して、無理に立たせず、一緒になってまた長椅子に腰かける。

ノーフェイス >  
「う、ん」

胸をかきむしるようにふれながら、
包まれると、どこかむずがるように身を捩りながらも、
彼女の動きを阻害することもできぬ、というようで。
支えられる肉体は、活力に満ちていた先までの姿より、弱々しく、そして重い。

暖かく、柔らかい。
人によりかかるということの心地よさを教えるかのようで、
まずいな、と内心考えていた。

「………キミの挑戦に、期待、してるよ」

ようやく、腰を落ち着ける。

「ふ、ぅ……」

そのぬくもりに、安心を――してしまって。

「…………ッ」

ぐ、と片腕で、彼女を押しのけようとする。
もう片方の手は、みずからの口元を覆っていた。
うつむいて、汚さぬようどうにか距離をとろうとしながら。
吐いていた。薄闇、月明かりが指の間から溢れる色を鮮やかに紅く照らす。
異様な発熱と吐血は、ほんの僅かな気の緩みがもたらした、異能の反動を受けきれなかった姿だ。