2020/07/21 のログ
ご案内:「特殊領域第三円」に日月 輝さんが現れました。
■日月 輝 > 目が覚める程に暗くて冥い昏き森。
恰も夜で、けれども判然としない。見上げても星々は瞬かず、ただ黒色が広がっているだけ。
月とて視得ない。輝かしきものは何一つ無い──このあたしを除いては。
「……なんか……変な所ね。ふぅーん?」
何一つ判然としない暗闇の森は、判然としない事が判然としている。
良く解らないことが判り、如何な不思議か視界そのものに不便が無い。
森を構成する木々もまた良くわからないもの。
そう樹木に明るくは無いけれど、恐らく四季折々が混ざっている。
桜が舞い散る中で紅葉が落ちるだなんて、現実ではありえない。
■日月 輝 > 「これが全部桃の木なら桃源郷かとも思うけど──ん?」
暑くも無く寒くも無い不思議の森を行く。
そういえば森の中で熊に出会う童謡だか民謡なんてのもあったわね。
そんな事を思った矢先、木々の合間から行く手を塞ぐように影が現われた。
その影は──
「悪趣味ね……なに、此処ってばお化け屋敷か何か?」
短く嘆息するあたしの前に現われたのは、熊だ。
大きさは3mくらいで毛色は黒。種類までは解る筈も無いけれど、危険である事だけは判る。
だって、彼方此方から濃緑の膿と腐汁を吹いているし。
だって、胸から知らない女の人の顔が見えているし。
だって、その口からは懇願が漏れるのに、熊さんの顔は唸っているんだもの。
■日月 輝 > 「……付き合ってらんないわ。それじゃあね」
異能を用いて高く、大きく飛んで熊を超える。
風は無いから距離は稼げない。けれども木々よりも高く飛ぶ事で周囲の状況は少しだけ、見える。
中心部に見える巨大な光、一方で反対側に見える光。それによりこの森が円状だと知る。
夢にしては妙な光景で、そもそもが夢ではない光景。
あたしはただ、自宅のドアを開けただけだった筈なのだから。
「身に覚えが無いんだけどなあ……偶発的な巻き込まれか何かってとこかしら」
着地をし後方を視る。
熊は居ない。そう足は速く無いのかもしれない。
そう安堵した視界の隅で何かが動く、蠢く、飛び掛かる。
「!──どらっせぇい!」
反射で跳んで足を合わせる。
質量増加した足刀が"なにか"にめり込んで湿った音と悲鳴のような音を鳴らした。
「あらいけない。はしたない声が出ちゃったわ。……てゆーか今度は──うわ」
頑丈なブーツを履いていて良かった。なんて考えが脳裏の隅に押し退けられる。
あたしの視界の先にあったのは、人の形をしていたんだもの。
■日月 輝 > 縫い合わされた瞳。削ぎ落された鼻。耳まで裂けた口。
風紀委員の制服。清潔感のあるツーブロックの黒髪。血に塗れた左腕。
右腕は無いわ。代わりに大きな刃物のようなものが固定されている。誰かが人為的にやったのだと示している。
あたしの前にある人の形は、そうした形をしていた。口からは懇願が漏れていた。
『殺してくれ』
「なんなのよさっきから……」
死にたい誰かが殺しうる誰かを喚んだのかと思う。そりゃああたしは強いけれど、それにしたって迷惑だ。
そんな事をする義理も理由も、何もかもが無い。そもそも此処が何処なのかも解らない。
少なくとも常世島では無さそうだけれど、と思案するあたしに人の形が飛び掛かる。酷く単調な動きで。
「ええぃ、死にたきゃてめえで死ねッッ!!」
質量を軽くして跳び、質量を重くしてその頭蓋に踵を叩き込む。
慣れ親しんだ異能は腕をどう動かすか迷うことの無いようにあたしの思い通りだ。
成果は過たず、色の無い森に幾許かの色が戻る。
「……質感がリアルったら無いわね……これ、マリーだったら卒倒してるんじゃない?」
「なぁんかぬぼーっとしてるもんねえ……うわブーツ汚れた。サイッアク!!」
地面に飛び散る赤、白、ピンク。
赤が肉で白が骨。ピンクは脳かはたまた髄の類か。
元々がもろくなっていたのか、大層グロテスクに頭部を破壊された化物が倒れる横で嘆息すると、
その傍らに学生証が落ちている事に気付く。蹴り飛ばされた衝撃で化物から落ちたのかしら?
「……?」
怪訝に思うけれど、拾う。
学生証には清潔感のあるツーブロックの黒髪の男子生徒が映っていた。
3年生で、名前は『西塔 繁』と記されていた。
ひっくり返すと、書き殴った文字で『フチへにげろ』と書かれていた。
■日月 輝 > 「…………よし、考えるのは後ね。ええ、後々」
フチ、恐らく飛び上がった時に見えたこの境界を構成する光の円だ。
どちらにせよ外に出る為には、どちらかの光に向かってみるのが速そうだし好都合って奴よね。
『──してくれ』
「──はい?」
そんな事を考えていると、倒れていたものが喋った。
視線を送ると『西塔 繁』の頭部だったものが、まるで蟻の巣に運ばれる獲物のように地を這っている。
あるべき所に移動をし、ジグソウパズルでも組み上げるように嵌り、化物の顔に象られる。
『ころしてくれ』
「……!」
怪物が立ち上がろうとするよりも先に
怪物があたしの足を掴むよりも先に、跳んだ。
最も速度が出せるように異能を使って跳んで、駆けて、縁を目指した。
追い縋るように木々の合間から声がする。輪唱するように、合掌するように老若男女の声がする。
冗談じゃない
冗談じゃない
冗談じゃない
あたしを巻き込まないで頂戴。
心の底からそう思って、想って──気が付いたらあたしは自宅の玄関に立っていた。
■日月 輝 > 時計を見る。時間は殆ど変わっていないように思う。
「……白昼夢?今のが?え~……いやねあたしったら……疲れてるのかな。そんなに気張ってテストに備えたつもりは無いんだけど──」
乾いた笑い。
楽しい愉しい夏休みに水を差そうだなんて許されざること。
そう思うから鼻だって笑うのに、次にはその手に持った物を見て何もかもが止まる。
■日月 輝 > ──そこには知らない誰かの学生証。
ご案内:「特殊領域第三円」から日月 輝さんが去りました。